いまさら!のぶなが?

華猫

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第一章

苦労

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その日安土城の一室で信長と光秀はある男を待っていた。

現れたのは羽柴秀吉。
そう、今時分は備中高松城攻めの真っ最中であろうこの男は安土にいた。

「家康殿の事は自分に任せておけという事でしたが、まさか私や光秀殿の事を隠しておくとはさすがは信長様です!」

「人の心はままならぬ事も多い。いざとなると欲が出てしまう。家康に余計な邪心を抱かせてはいけないとそう考えた。あいつはこの時代には似つかわしくない。どうせ未来へいくのだから過去の戯言など知らないほうがいいだろう。全てを知る必要などなかろう。」

「確かにそうですね・・私は家康殿に何故この役を引き受けたのかと散々問い詰められ、かなりウンザリしていましたが、私も未来へ行きたいと言ったその言葉を信じたのか、「向こうに行っても友でいよう」なんて呑気な事を仰ってました。本当に変わったお人ですね。おおよそこの時代にはそぐわない。」

三人は、これまでの苦難の道のりを想い出しながらも、今ここに来て心は穏やかだった。


「信長様、私の話しを聞いてくれますか?」
「ん!なんだ秀吉?」

「私は本当は未来へ戻りたかった。辛くて投げ出したくてそう考えた事は幾度となくありました。でもそれは戦に対する恐怖やこの時代の暮らしに対する不満とかではない・・私の生半可な知識だけで、この途方もない計画を遂行する事が出来るのかという事に対する不安でした。そして出来る事ならもう一度未来へ戻って確かな情報や知識を蓄えてからここで実行したいといつも思ってたんです。しかし出来なかった。それは、一度帰ってしまったらまた再びこの時代に戻ってこれるのかどうか確信が持てなかったからです。それが一番怖かったんです。」

「そうか、苦労かけたな…私もこの残虐非道な織田信長に嫌気がさして何度逃げたいと思ったことか…向こうで歌奈と子供とただ平穏に暮らしたかった。しかし、この「歴史を変えない」という使命を放り出してしまったら、その穏やかな暮らしも愛する二人も夢と消えてしまうのではないかと想像したら怖くて仕方がなかったよ。だがな、今だから言うが、一度だけ歌奈に会いに行った事があるんだ。」

「えっ!」

「案の定、こっぴどく叱られたよ。『戻れなくなったらどうすんのよ!!』ってね。」

「でしょうね~」

「正直…タイムワープの謎も殆ど解明は出来ていない。そんな不透明な中で、この計画を遂行する事が正解なのかも分からない。しかし、ここまで成し遂げてこれたという現実は、私達の選択は間違ってはいなかったという事だと私は思っている。だからこそ、正念場である「本能寺の変」を必ず成功させなければ、なんの為にここまで苦労して来たのか、それこそ分からなくなってしまうだろう。今は、これまでの苦労を決して無駄にしてはいけないのだと心からそう思っているよ。」

そんな二人の話しを黙って聞いていた光秀・・

「お二人の話しを聞いていると、歌奈殿が如何に凄かったかが分かりますね。私の為に何度も往復して下さったんですから・・」

「・・・」

「確かに・・度胸はあるな・・」

「その上ひとりで子供を育てながらこの計画の準備もしているのでしょう?それを思うと私の苦労など本当に取るに足らないものだなと、痛感いたします。」

「いやいや光秀。そなたの苦労は私達のそれとは全く別物なので比べる事など到底出来ない!」
「そうですよ。光秀殿!性別を変えて暮らすなんて私には絶対に真似出来ませんから!」
「そうですか・・確かに私は生活の全てを変えて生きて来ましたから、便所や風呂などは当然ですが、寝てる時でさえ警戒しないといつバレるかと、本当に生きた心地がしないほど…それはそれは苦労しました。」
「しかしお前はお静と一緒になれて良かったとか、男としての生活が性に合ってるとか以前言ってたよな?」
「そうですが…それとこれとはまた色々と違うんです!」
「私なんか殺したくもない者を何人殺してきたことか…怒りたくもないのに怒れとか秀吉に散々言われて…」
「あ~お館様、そう言います?私のせいですか?じゃあ言わせてもらいますが、私だって色んな方々を騙したり煽ったり策を巡らしたりそれはそれは大変だったんです。どれだけ考えた事か。私だって夜も寝れない事なんて何日もありましたからね。その点お館様は良いですよ。私が考えた策を実行すればいいだけなんですから!」
「は~実行するのが一番大変なんじゃないのか!」
「まあまあ、お二人共落ち着いて下さい」
「落ち着いて下さいって!そもそも光秀殿が苦労したとか言い始めたんじゃないですか?」
「え~私ですか!」

知らぬ間に苦労合戦になっていた・・

「もうよい!とにかく皆、苦労してやっとここまで来たのは間違いない。あともう一息だ!気を抜かずに行くぞ!」



夜も更けて日付が変わろうとしていた。

「そろそろ私は帰ります。戦の準備を任せて来ましたので・・」
そう言って光秀は立ち上がった。
「では、私もそろそろ・・」
「えっ!秀吉殿は備中へ戻られるのか?」」
「まさか!その辺でぶらぶらしてますよ。あと幾日もないのでね。尼崎あたりでゆっくりしております。」
「さすがは秀吉殿。準備万端というところですか。」
「高松城は秀長に任せてあります。私とて影武者の2~3人くらいの用意はありますからね。何とでもなります。」
「あ~羨ましい私なんてこれからの数か月が最も大変です!」

二人を見つめ信長は静かに言った。

「では光秀、本能寺でまた会おう。そして秀吉、この後の事は宜しく頼む。」


「本能寺の変」まであと10日と迫っていた。

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