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第一章
結末
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信長の脳裏にはまるで走馬灯のように過去の出来事が流れていた。
それは数々の裏切りの末路…
足利義昭のそれは、私達が企み義昭公に裏切らせるという、ある意味、当人にとっては気の毒な設定ではあったにせよ、当初その温厚な性格や優柔不断な思考を危惧していた私達の心配をよそに、いとも簡単に裏切ってくれた。
臆病なあやつはあっという間に私に対する猜疑心を募らせ、次々と勝手に頼る相手を代えていった。器の小さなあのお人は、知略や策略など巡らせなくとも、いつか必ず私を裏切ったであろう。
その義昭公の愚行の一役を担っていた越前の朝倉義景は初めから胡散臭い奴だった。
義昭公を一緒に祭り上げた時から一度たりとも信用などない、始めからの敵であった。
そしてこの義景は噂通り計算高く知略に長け、最後の最後まで抗い続けた。弟の朝倉景高を調略しやっとの思いで討ち滅ぼす事が出来た時、私は精も魂も尽き果てた。
そして、その義景と手を組み私を裏切った浅井長政。
今でも忘れられぬ痛みとして弟、信勝と同じく深く心に突き刺さっている義弟、長政の裏切り。
金ヶ崎の戦でこっぴどく裏切られる事はもちろん知ってはいたが、それまで長政との関係は良好だっただけに、心のどこかでもしかしたら?という少なからぬ期待があった。
しかし長政は私を裏切った。
長政に嫁がせていた妹の市とその子供達を救えた事だけが私自身の救いだった。
もし長政が私を裏切らなかったら…
長政を生き長らえさせる方法を、性懲りもなく必死に考えていた私にとって、弟、信勝を殺めた時のように、ただただ激しい痛みが残っただけだった。織田信長ではない「私」の残忍さを増大させただけだった。
そして今・・
私の目の前に座っている徳川家康の…妻であった築山。
それは永禄10年・・
以前から歌奈が言っていたように家康の長男、信康に嫁がせていた娘の五徳が、義母の築山と武田信玄の結託を知らせて来た事から始まった。
調べの結果は明白で築山と信康の武田方との内通が判明した。
そう、私達を悩ませる一大事であるが、私は迷わず死罪と告げた。
しかし、家康の反応はいたって冷静だった。
そして語り始めた・・
「妻は結婚した当初から私のことは馬鹿にしておりました。もちろん情なんてありません。そもそも彼女は今川の縁者です。本家から言われ渋々私と結婚したんです。それは義元公が体裁を繕うという形だけの夫婦です。人質の子でも自分の縁者を嫁にしてやったと世間に誇る為にした事だったんです。もちろん、築山は妻の務めなど全くせず、それどころか自分のやりたい放題で私の事など、ただのお飾りと思っていました。そして…それだけではありません。私達は夫婦じゃないのです。なので…信康も私の息子ではないのです。ですから、信長様、気にしないで下さい。私には初めから妻も子もいない。妻にとっても主人などいないのです。」
衝撃的だった。
「その・・信康が自分の子ではないという事は・・実際に心当たりはあるのか?」
「心当たりなんてありません。しかし成長していく息子の顔を見ていれば自ずと答えは出ました。」
家康は最後まで毅然とした態度で私に向かい合い・・
「信長様。私はちょうど良かったとさえ思っています。あの女は危険です。生かしておけばきっとこれからも禍を招く原因になる事でしょう。ですから私は築山とは縁を切りたいと思ってきました。そして出来る事なら早くこの悍ましい世界から離れたいと思うのです。ただ、実の息子では無いとは言え信康には情はございます。あの子は不憫に思うのです・・」
かける言葉が見つからなかった私はせめてもの救いに信康の命を助けた。
しかし、家康が危惧した通り築山が禍となり程なくして信康にも死罪を命じる事となった。
それは数々の裏切りの末路…
足利義昭のそれは、私達が企み義昭公に裏切らせるという、ある意味、当人にとっては気の毒な設定ではあったにせよ、当初その温厚な性格や優柔不断な思考を危惧していた私達の心配をよそに、いとも簡単に裏切ってくれた。
臆病なあやつはあっという間に私に対する猜疑心を募らせ、次々と勝手に頼る相手を代えていった。器の小さなあのお人は、知略や策略など巡らせなくとも、いつか必ず私を裏切ったであろう。
その義昭公の愚行の一役を担っていた越前の朝倉義景は初めから胡散臭い奴だった。
義昭公を一緒に祭り上げた時から一度たりとも信用などない、始めからの敵であった。
そしてこの義景は噂通り計算高く知略に長け、最後の最後まで抗い続けた。弟の朝倉景高を調略しやっとの思いで討ち滅ぼす事が出来た時、私は精も魂も尽き果てた。
そして、その義景と手を組み私を裏切った浅井長政。
今でも忘れられぬ痛みとして弟、信勝と同じく深く心に突き刺さっている義弟、長政の裏切り。
金ヶ崎の戦でこっぴどく裏切られる事はもちろん知ってはいたが、それまで長政との関係は良好だっただけに、心のどこかでもしかしたら?という少なからぬ期待があった。
しかし長政は私を裏切った。
長政に嫁がせていた妹の市とその子供達を救えた事だけが私自身の救いだった。
もし長政が私を裏切らなかったら…
長政を生き長らえさせる方法を、性懲りもなく必死に考えていた私にとって、弟、信勝を殺めた時のように、ただただ激しい痛みが残っただけだった。織田信長ではない「私」の残忍さを増大させただけだった。
そして今・・
私の目の前に座っている徳川家康の…妻であった築山。
それは永禄10年・・
以前から歌奈が言っていたように家康の長男、信康に嫁がせていた娘の五徳が、義母の築山と武田信玄の結託を知らせて来た事から始まった。
調べの結果は明白で築山と信康の武田方との内通が判明した。
そう、私達を悩ませる一大事であるが、私は迷わず死罪と告げた。
しかし、家康の反応はいたって冷静だった。
そして語り始めた・・
「妻は結婚した当初から私のことは馬鹿にしておりました。もちろん情なんてありません。そもそも彼女は今川の縁者です。本家から言われ渋々私と結婚したんです。それは義元公が体裁を繕うという形だけの夫婦です。人質の子でも自分の縁者を嫁にしてやったと世間に誇る為にした事だったんです。もちろん、築山は妻の務めなど全くせず、それどころか自分のやりたい放題で私の事など、ただのお飾りと思っていました。そして…それだけではありません。私達は夫婦じゃないのです。なので…信康も私の息子ではないのです。ですから、信長様、気にしないで下さい。私には初めから妻も子もいない。妻にとっても主人などいないのです。」
衝撃的だった。
「その・・信康が自分の子ではないという事は・・実際に心当たりはあるのか?」
「心当たりなんてありません。しかし成長していく息子の顔を見ていれば自ずと答えは出ました。」
家康は最後まで毅然とした態度で私に向かい合い・・
「信長様。私はちょうど良かったとさえ思っています。あの女は危険です。生かしておけばきっとこれからも禍を招く原因になる事でしょう。ですから私は築山とは縁を切りたいと思ってきました。そして出来る事なら早くこの悍ましい世界から離れたいと思うのです。ただ、実の息子では無いとは言え信康には情はございます。あの子は不憫に思うのです・・」
かける言葉が見つからなかった私はせめてもの救いに信康の命を助けた。
しかし、家康が危惧した通り築山が禍となり程なくして信康にも死罪を命じる事となった。
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