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第一章
化け物
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明智光秀として美濃へ帰郷した濃姫が、斉藤義龍討伐の援軍を求めて来たのは、信長が桶狭間で今川義元を討ち取ってから間もなくの事だった。
織田軍はまだ万全の体制では無かったが、斉藤義龍を討つために明智光秀に呼応し美濃へ侵攻した。
しかし斉藤義龍の抵抗は思っていたよりも凄まじくこの後、幾多の勝ち、負けを繰り返す事になる。
そのさなかに斉藤義龍が亡くなり、その子、斉藤龍興をやっとの思いで討ち果たし、信長が稲葉山城に入った時は開戦から7年の月日が過ぎていた。
しかしこの7年の間にも信長は美濃だけにかまけている訳にもいかなかった。
永禄8年、武田信玄の息子、武田勝頼に娘を嫁がせ牽制し、それと同時に上杉謙信と交流を計るなど、その外交手腕に磨きをかけていった。
他にも史実になどには残らない小さな戦や些細ないざこざなどが無数にある。
その一つ一つに間違いがおこらないよう対処する事にも細心の注意が必要だった。
未来の知恵などなんの役にも立たない些細な事ばかりだが、万が一にもこの対応を間違えば、大きな戦や揉め事に発展しかねないと思うと疎かにする事など到底出来なかった。
その時、秀吉は考えていた。
この後は巨大な敵が現れる。
それは宗教という名の化け物だ・・
本来の信長の性格はとても温和だ。
史実にある織田信長を演じているに過ぎない。
そして何より信仰心にあつい。
そんな信長に敵は寺だ!本願寺だ!というのを簡単に受け入れる事など到底無理であろう。
信長本人が本気で戦う意思を持たなければこれは成功しない。
そう秀吉は考えていた・・
この時代の宗教関係者が本当に史実と同じく悪どさ極まりないのかどうなのか?
疑問に思っていた秀吉は早い時期から比叡山や全国に散らばる一向宗の情報を集めていた。
そしてその結果は・・やはりそうであった。
秀吉が思っていたよりも遥にその勢力は大きくその影響力は凄まじくその内部は腐りきっていた。
(これは…信長様だけではなく皆にとっての恐怖だ・・)
しかしこれが事実。
それは信長が討伐するに値する敵である事には間違いない。
秀吉はこの化け物たちを倒すべく、先ずは自分の目で見て、勝手な思い込みは捨て、全てを確かめ納得した上で成敗するのだと信長に強く言い聞かせた。
手始めに、一向宗と呼ばれる浄土真宗本願寺派の一揆の制圧は徳川家康に任せろと進言した。
「一向宗の者は僧侶などではありません。奴らのやり方はこうです。まず全国各地で密かに商いを営み、そのネットワーク・・いや、繋がりですかね・・を生かして不正に利益を上げます。そう、寺には税金の免除という決まりがありますから、黙って稼いだ分は丸儲けという事です。そして内密に稼いでいる事は民には知らせずに、貧しいながらも民に施しをしているのだといかにもっぽく見せつけるんです。そして騙された民たちはありがたがり、信じ込み信者となっていく。こういう仕組みなんですよ。しかし、本来税収であるその金が一向宗に流れることで国は衰退し余計に民は貧困に苦しむ事になります。それを逆手に取ってあろうことか「国が悪い」と一揆を先導し民を欺いているのです。」
「・・・」
「このような所業は見過ごせません。いずれ必ずお館様の障害になります。」
強い口調で信長に迫った秀吉だが一言も発せずにいる信長を見て冷静に続けた。
「しかし…あのあたりは家康殿の領地です。まずは家康殿に対処させれば良いでしょう。お館様が初めから出て行っては事が大きくなるだけでしょうから・・」
その言葉を聞き信長は重い口を開いた。
「家康は討ち果たせるのか?」
「ええ、時間もかかりますし、家臣の裏切りにも会う事でしょう。かなり大変な仕事になりますね。」
「そうか…しかし…ここでまた家康の度量を図ることも出来るということでもあるな・・」
正直、心が定まらない信長は自分が手を下さず、先ずは家康に…と言われ少なからず安堵した。
しかし比叡山はそうはいかない!
「お館様、一向宗との闘いはほんの始まりにしかすぎません。これから長い間、僧侶や僧兵たちにもっと苦しめられることになるでしょう。義昭公が裏切り先導してくることは前にお話ししましたよね。それに石山本願寺、延暦寺そして他国の武将も絡んできます。私はもうだいぶ前から密偵を各地を送り探らせて来ました。これをご覧になれば諸国に散らばっている信者がどれほど多数に上るのか、その者たちが一斉に一揆に加勢したらどれだけの勢力になるのか一目でわかります。」
信長は秀吉が集めたという情報に目を疑った。
「これが本当ならその辺の小国など足元にも及ばないな・・」
「そうです。ですから早く手を討たなければ私達は負けます。お館様が本気で戦わなければ確実に負けます。そして歴史は簡単に塗り替えられてしまう事でしょう。」
浄土真宗本願寺派の総本山がある比叡山には、本願寺、延暦寺の他におおよそ寺とは言い難い堅牢な石山城が鎮座している。
そしてその周辺には、信者や民が多数居住し、まるで1つの国であるかのようだった。
秀吉は時に秘密裏に時に表から堂々と、事あるごとに信長を比叡山へ連れ出し現実を見せつけた。
ここでもまた、手汚い策略を巡らせ富を貪っているのは明らかだった。
その僧侶たちは、豪華絢爛な設えと贅沢な衣を纏い、裏を除けばそこはまるで廓のように、白昼堂々と酒を飲み酒池肉林の世界に浸っている。
そしてその財力に物を言わせ、あろう事か朝廷に深く入り込み数多の人物を取り込み傀儡とし、政治にさえも口を出すようになっていた。
そう、権力さえもその手に収めようとしていたのである。
信長は嫌悪感で吐き気がするほど憤り、怒り、嘆いた・・
そして…その粛清は諸国の宗教の拠点を叩き潰し没収する事から始まる。
石山本願寺派は各地の拠点を失いその富を失ったことに腹を立て、いよいよ信長討伐の血気が盛んになった。
「宗教とは時に自分の命よりも大切なものになります。そうした信者を敵に回すことほど恐ろしいものはありません。未来のいつの時代でも他国では未だに宗教戦争は起こってるんです。生半可な気持ちではこれを弾圧する事など出来ません。そしてひとつ間違えばこちらが敗者になります。それだけ恐ろしいことなんです。」
そう語る秀吉には内密に、信長は再三「降伏し自分の傘下に下れ」と石山本願寺へ文を書いたが、それは悉く無視されることになる。
この巨大で邪悪な集団との戦はこの先長きに渡り続いて行くことになる。
そしてこの戦いの中で信長は自分の兄弟や大勢の重臣を失う。
しかし・・必ず討ち果たせるのだと未来を信じ決して諦める事は無かった。
織田軍はまだ万全の体制では無かったが、斉藤義龍を討つために明智光秀に呼応し美濃へ侵攻した。
しかし斉藤義龍の抵抗は思っていたよりも凄まじくこの後、幾多の勝ち、負けを繰り返す事になる。
そのさなかに斉藤義龍が亡くなり、その子、斉藤龍興をやっとの思いで討ち果たし、信長が稲葉山城に入った時は開戦から7年の月日が過ぎていた。
しかしこの7年の間にも信長は美濃だけにかまけている訳にもいかなかった。
永禄8年、武田信玄の息子、武田勝頼に娘を嫁がせ牽制し、それと同時に上杉謙信と交流を計るなど、その外交手腕に磨きをかけていった。
他にも史実になどには残らない小さな戦や些細ないざこざなどが無数にある。
その一つ一つに間違いがおこらないよう対処する事にも細心の注意が必要だった。
未来の知恵などなんの役にも立たない些細な事ばかりだが、万が一にもこの対応を間違えば、大きな戦や揉め事に発展しかねないと思うと疎かにする事など到底出来なかった。
その時、秀吉は考えていた。
この後は巨大な敵が現れる。
それは宗教という名の化け物だ・・
本来の信長の性格はとても温和だ。
史実にある織田信長を演じているに過ぎない。
そして何より信仰心にあつい。
そんな信長に敵は寺だ!本願寺だ!というのを簡単に受け入れる事など到底無理であろう。
信長本人が本気で戦う意思を持たなければこれは成功しない。
そう秀吉は考えていた・・
この時代の宗教関係者が本当に史実と同じく悪どさ極まりないのかどうなのか?
疑問に思っていた秀吉は早い時期から比叡山や全国に散らばる一向宗の情報を集めていた。
そしてその結果は・・やはりそうであった。
秀吉が思っていたよりも遥にその勢力は大きくその影響力は凄まじくその内部は腐りきっていた。
(これは…信長様だけではなく皆にとっての恐怖だ・・)
しかしこれが事実。
それは信長が討伐するに値する敵である事には間違いない。
秀吉はこの化け物たちを倒すべく、先ずは自分の目で見て、勝手な思い込みは捨て、全てを確かめ納得した上で成敗するのだと信長に強く言い聞かせた。
手始めに、一向宗と呼ばれる浄土真宗本願寺派の一揆の制圧は徳川家康に任せろと進言した。
「一向宗の者は僧侶などではありません。奴らのやり方はこうです。まず全国各地で密かに商いを営み、そのネットワーク・・いや、繋がりですかね・・を生かして不正に利益を上げます。そう、寺には税金の免除という決まりがありますから、黙って稼いだ分は丸儲けという事です。そして内密に稼いでいる事は民には知らせずに、貧しいながらも民に施しをしているのだといかにもっぽく見せつけるんです。そして騙された民たちはありがたがり、信じ込み信者となっていく。こういう仕組みなんですよ。しかし、本来税収であるその金が一向宗に流れることで国は衰退し余計に民は貧困に苦しむ事になります。それを逆手に取ってあろうことか「国が悪い」と一揆を先導し民を欺いているのです。」
「・・・」
「このような所業は見過ごせません。いずれ必ずお館様の障害になります。」
強い口調で信長に迫った秀吉だが一言も発せずにいる信長を見て冷静に続けた。
「しかし…あのあたりは家康殿の領地です。まずは家康殿に対処させれば良いでしょう。お館様が初めから出て行っては事が大きくなるだけでしょうから・・」
その言葉を聞き信長は重い口を開いた。
「家康は討ち果たせるのか?」
「ええ、時間もかかりますし、家臣の裏切りにも会う事でしょう。かなり大変な仕事になりますね。」
「そうか…しかし…ここでまた家康の度量を図ることも出来るということでもあるな・・」
正直、心が定まらない信長は自分が手を下さず、先ずは家康に…と言われ少なからず安堵した。
しかし比叡山はそうはいかない!
「お館様、一向宗との闘いはほんの始まりにしかすぎません。これから長い間、僧侶や僧兵たちにもっと苦しめられることになるでしょう。義昭公が裏切り先導してくることは前にお話ししましたよね。それに石山本願寺、延暦寺そして他国の武将も絡んできます。私はもうだいぶ前から密偵を各地を送り探らせて来ました。これをご覧になれば諸国に散らばっている信者がどれほど多数に上るのか、その者たちが一斉に一揆に加勢したらどれだけの勢力になるのか一目でわかります。」
信長は秀吉が集めたという情報に目を疑った。
「これが本当ならその辺の小国など足元にも及ばないな・・」
「そうです。ですから早く手を討たなければ私達は負けます。お館様が本気で戦わなければ確実に負けます。そして歴史は簡単に塗り替えられてしまう事でしょう。」
浄土真宗本願寺派の総本山がある比叡山には、本願寺、延暦寺の他におおよそ寺とは言い難い堅牢な石山城が鎮座している。
そしてその周辺には、信者や民が多数居住し、まるで1つの国であるかのようだった。
秀吉は時に秘密裏に時に表から堂々と、事あるごとに信長を比叡山へ連れ出し現実を見せつけた。
ここでもまた、手汚い策略を巡らせ富を貪っているのは明らかだった。
その僧侶たちは、豪華絢爛な設えと贅沢な衣を纏い、裏を除けばそこはまるで廓のように、白昼堂々と酒を飲み酒池肉林の世界に浸っている。
そしてその財力に物を言わせ、あろう事か朝廷に深く入り込み数多の人物を取り込み傀儡とし、政治にさえも口を出すようになっていた。
そう、権力さえもその手に収めようとしていたのである。
信長は嫌悪感で吐き気がするほど憤り、怒り、嘆いた・・
そして…その粛清は諸国の宗教の拠点を叩き潰し没収する事から始まる。
石山本願寺派は各地の拠点を失いその富を失ったことに腹を立て、いよいよ信長討伐の血気が盛んになった。
「宗教とは時に自分の命よりも大切なものになります。そうした信者を敵に回すことほど恐ろしいものはありません。未来のいつの時代でも他国では未だに宗教戦争は起こってるんです。生半可な気持ちではこれを弾圧する事など出来ません。そしてひとつ間違えばこちらが敗者になります。それだけ恐ろしいことなんです。」
そう語る秀吉には内密に、信長は再三「降伏し自分の傘下に下れ」と石山本願寺へ文を書いたが、それは悉く無視されることになる。
この巨大で邪悪な集団との戦はこの先長きに渡り続いて行くことになる。
そしてこの戦いの中で信長は自分の兄弟や大勢の重臣を失う。
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