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第一章
上洛
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数多の戦を潜り抜けてきた信長に、次に課せられた使命は次代の足利将軍の擁立であった。
数年前、初めて上洛し、時の将軍、足利義輝に謁見したことが懐かしく思い出される。
目の覚めるような好青年ぶりと勇猛果敢なその姿に見惚れてしまったことは今でも鮮明な記憶として残っている。
三十歳の若さでこの世を去ってしまった事はひとりの人間として心底悲しい出来事だった。
もし、義輝公が生きていたなら足利幕府が滅亡する事は無かったかもしれない…
その後の史実は変わっていたかもしれない…
そして未来が変わってしまったなら、私がその滅亡に手を貸す事も無かったかもしれない…
まったく…そんな事はある訳がないのに、切ない郷愁に駆られた。
永禄11年
「必ず明智光秀となって信長様に会いに来ます!」
濃姫がそう約束し、尾張を離れてから9年の月日が流れていた。
濃姫はその信長との約束通りこの年の夏、次期将軍として祭り上げられた足利義昭と共に信長と再会した。
明智光秀を作り出すという難題の克服にはこの足利義昭を擁立する事が出来るかどうかがひとつの鍵だった。
それが上手く行かなければ、この後の信長の再度の上洛や京での信長の立場を造り上げることは到底無理であり、それはすべて濃姫の明智光秀にかかっていた。
しかし濃姫はここまで事を上手く運び足利義昭を擁立する事に成功したのである。
それと同時に京の都に人脈を張る事も忘れてはいなかった。
久しぶりに会う濃姫は一段と男らしくなり一門の武将としての威厳を放っていた。
信長は足利義昭に一通り挨拶をした後、振り向き明智光秀に声を掛けた。
「明智殿。ご無沙汰しております。この度は大役をお引き受けになり、誠にご苦労だった事でしょう。」
「織田様。お久しぶりでございます。いえいえ。織田様こそ義昭公の後ろ盾となって頂き光秀はこの上なき安心を得る事が出来ました。感謝いたします。」
「何を仰る。光秀殿と志が同じと分かってこの信長がどんなに安堵したことか、お礼を申し上げるのはこちらの方です。ましてや一族とはいえ、我が妻がご面倒をかけておりますので明智殿には感謝しかありません。そういう意味では私達は親戚ですから互いに手を組むのは当然の事ですよ。ところでその後、妻は息災ですか?本人の希望で里に帰ったとはいえいつも気にはしているのですよ。」
「はい。病は一進一退ですが最近は落ち着いておられます。ご心配なさらずに折をみてぜひ我が家にもおいで下さい。」
「承知した。誠にかたじけない。」
二人の男の芝居は静かに幕を上げた。
足利義昭に謁見後、秀吉を伴い、信長は濃姫と密かな場を設けた。
「濃姫・・いや明智殿。今までのお働きに本当に感謝いたします。どれだけ苦労したことか本当にありがとう。」
その言葉に明智光秀は嬉しそうに答えた。
「いいえ信長様。お礼を申し上げたいのは私の方です。この数年間、私は生まれて初めて幸せを実感する事が出来ました。好きな女子を娶る事ができ、念願の父の仇を打つ事が叶いました。そしてなにより男として、武将として知略を巡らせ身体を張って戦いぬく事。これが本来の私なんだと気付かせてもらえました。本当に私こそ改めてお礼を申しあげます。」
そう言って深々と頭を下げた。
「確かに!明智殿にこのように戦や政の才能があったとは驚きました。今では私の妻のままにして置かなくて良かったと心から思っていますよ。」
三人は顔を見合わせ高らかに笑い合った。
暫くすると、濃姫は神妙な面持ちで切り出した。
「しかし信長様。これからが本番です。私はこの数年間で京の都にも人脈を作り情報も得て来ましたが、ご存じのように都の人間は一筋縄では行きません。京の人間や公家相手に戦をすればいい訳でもありません。誰を味方につけ誰を排除するのかも今までのように武将相手ではないので十分に気を付けなければいけません。」
「確かに・・足利義昭公を擁立すると見せかけて彼に裏切らせ、足利幕府を終わらせる・・その為には京の輩や公家たちを動かさなければならない。そして私に対する敵意を義昭公に芽生えさせなければならない。あの御仁を血気に逸らせるのは中々に難しいだろうな・・」
そこへ秀吉が割り込んだ。
「そうです。難しいんです。私だって実際に事を起こして見なければあの御仁が本当に我々の思った通りに動いてくれるかなんて分かりません。皆さん驚かれるかもしれませんが、史実として未来に伝えられていることも実際には人によって様々な解釈が存在するんです。なので、未来の時代劇っていう架空の物語の中では色んな解釈の戦国時代が記されています。そこでです。その時代劇の色んな脚本を少しづつ思い出して書き留めておきました。そして私達の作戦がもし有効ではなかったらそれを片っ端から試してみるつもりです。」
秀吉は得意そうに話してみせた。
「さすがは秀吉だ!。これからも頼りにしているよ。」
信長は愉快そうに笑った。
「脚本ですか・・そうですね確かに私達は演じているんですからね。役者みたいですね。でもこの役者人生は私にとって、得難い貴重なものです。悔いを残さないよう謳歌したいです。」
「役者か・・今まで秀吉と二人、苦労して何とかここまでやって来たが、それが芝居の第一幕なのだとしたら・・光秀が加わってこれから第二幕が始まるという事だな。」
信長は感慨深そうにそう呟いた。
三人はその晩、遅くまで昔話に酔いしれた。
その年の9月…
信長は足利義昭と共に上洛を果たした。
秀吉と新たに加わった光秀と三人、役者が揃った京の都を舞台に、演目は本能寺へと続いてゆく。
数年前、初めて上洛し、時の将軍、足利義輝に謁見したことが懐かしく思い出される。
目の覚めるような好青年ぶりと勇猛果敢なその姿に見惚れてしまったことは今でも鮮明な記憶として残っている。
三十歳の若さでこの世を去ってしまった事はひとりの人間として心底悲しい出来事だった。
もし、義輝公が生きていたなら足利幕府が滅亡する事は無かったかもしれない…
その後の史実は変わっていたかもしれない…
そして未来が変わってしまったなら、私がその滅亡に手を貸す事も無かったかもしれない…
まったく…そんな事はある訳がないのに、切ない郷愁に駆られた。
永禄11年
「必ず明智光秀となって信長様に会いに来ます!」
濃姫がそう約束し、尾張を離れてから9年の月日が流れていた。
濃姫はその信長との約束通りこの年の夏、次期将軍として祭り上げられた足利義昭と共に信長と再会した。
明智光秀を作り出すという難題の克服にはこの足利義昭を擁立する事が出来るかどうかがひとつの鍵だった。
それが上手く行かなければ、この後の信長の再度の上洛や京での信長の立場を造り上げることは到底無理であり、それはすべて濃姫の明智光秀にかかっていた。
しかし濃姫はここまで事を上手く運び足利義昭を擁立する事に成功したのである。
それと同時に京の都に人脈を張る事も忘れてはいなかった。
久しぶりに会う濃姫は一段と男らしくなり一門の武将としての威厳を放っていた。
信長は足利義昭に一通り挨拶をした後、振り向き明智光秀に声を掛けた。
「明智殿。ご無沙汰しております。この度は大役をお引き受けになり、誠にご苦労だった事でしょう。」
「織田様。お久しぶりでございます。いえいえ。織田様こそ義昭公の後ろ盾となって頂き光秀はこの上なき安心を得る事が出来ました。感謝いたします。」
「何を仰る。光秀殿と志が同じと分かってこの信長がどんなに安堵したことか、お礼を申し上げるのはこちらの方です。ましてや一族とはいえ、我が妻がご面倒をかけておりますので明智殿には感謝しかありません。そういう意味では私達は親戚ですから互いに手を組むのは当然の事ですよ。ところでその後、妻は息災ですか?本人の希望で里に帰ったとはいえいつも気にはしているのですよ。」
「はい。病は一進一退ですが最近は落ち着いておられます。ご心配なさらずに折をみてぜひ我が家にもおいで下さい。」
「承知した。誠にかたじけない。」
二人の男の芝居は静かに幕を上げた。
足利義昭に謁見後、秀吉を伴い、信長は濃姫と密かな場を設けた。
「濃姫・・いや明智殿。今までのお働きに本当に感謝いたします。どれだけ苦労したことか本当にありがとう。」
その言葉に明智光秀は嬉しそうに答えた。
「いいえ信長様。お礼を申し上げたいのは私の方です。この数年間、私は生まれて初めて幸せを実感する事が出来ました。好きな女子を娶る事ができ、念願の父の仇を打つ事が叶いました。そしてなにより男として、武将として知略を巡らせ身体を張って戦いぬく事。これが本来の私なんだと気付かせてもらえました。本当に私こそ改めてお礼を申しあげます。」
そう言って深々と頭を下げた。
「確かに!明智殿にこのように戦や政の才能があったとは驚きました。今では私の妻のままにして置かなくて良かったと心から思っていますよ。」
三人は顔を見合わせ高らかに笑い合った。
暫くすると、濃姫は神妙な面持ちで切り出した。
「しかし信長様。これからが本番です。私はこの数年間で京の都にも人脈を作り情報も得て来ましたが、ご存じのように都の人間は一筋縄では行きません。京の人間や公家相手に戦をすればいい訳でもありません。誰を味方につけ誰を排除するのかも今までのように武将相手ではないので十分に気を付けなければいけません。」
「確かに・・足利義昭公を擁立すると見せかけて彼に裏切らせ、足利幕府を終わらせる・・その為には京の輩や公家たちを動かさなければならない。そして私に対する敵意を義昭公に芽生えさせなければならない。あの御仁を血気に逸らせるのは中々に難しいだろうな・・」
そこへ秀吉が割り込んだ。
「そうです。難しいんです。私だって実際に事を起こして見なければあの御仁が本当に我々の思った通りに動いてくれるかなんて分かりません。皆さん驚かれるかもしれませんが、史実として未来に伝えられていることも実際には人によって様々な解釈が存在するんです。なので、未来の時代劇っていう架空の物語の中では色んな解釈の戦国時代が記されています。そこでです。その時代劇の色んな脚本を少しづつ思い出して書き留めておきました。そして私達の作戦がもし有効ではなかったらそれを片っ端から試してみるつもりです。」
秀吉は得意そうに話してみせた。
「さすがは秀吉だ!。これからも頼りにしているよ。」
信長は愉快そうに笑った。
「脚本ですか・・そうですね確かに私達は演じているんですからね。役者みたいですね。でもこの役者人生は私にとって、得難い貴重なものです。悔いを残さないよう謳歌したいです。」
「役者か・・今まで秀吉と二人、苦労して何とかここまでやって来たが、それが芝居の第一幕なのだとしたら・・光秀が加わってこれから第二幕が始まるという事だな。」
信長は感慨深そうにそう呟いた。
三人はその晩、遅くまで昔話に酔いしれた。
その年の9月…
信長は足利義昭と共に上洛を果たした。
秀吉と新たに加わった光秀と三人、役者が揃った京の都を舞台に、演目は本能寺へと続いてゆく。
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