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第一章
明智
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美濃に戻った濃姫は叔父が待つ明智の屋敷を尋ねた。
無論、濃姫としてではなく立派な武士としての装いで濃姫の従者、明智光秀としてだった。
出迎えた叔母はお静を見て懐かしそうに微笑んだ。
「ああ!お静懐かしい。元気でしたか?」
嬉しそうな叔母を見て濃姫は安心した。
「はいお方様。お久しぶりでございます。静は変わりございません。ただ・・濃姫様をこのような形でお連れする事になるとは本当に申し訳ございません。」
奥方は残念そうに表情を曇らせたが、直ぐに気を取り直し使者に向かい言葉をかけた。
「皆さま。この度はご苦労様でした。濃姫をお連れ下さり感謝いたします。信長様より旦那様に文も届いておりますのでどうかご心配なきよう・・これから旦那様のところにご案内いたします。」
「お方様ありがとうございます。私もこの度は使者として参りました。こちらの明智光秀様と一緒に旦那様にお会いしたいと思っております。」
「分かっている。濃姫からも文を受け取っていますので旦那様ももうお待ちですよ。しかし肝心の濃姫はどうしましたか?」
「はい。実は道中、姫様の具合が悪くなり、途中の富田、聖徳寺にてご静養されております。この後、旦那様にお会いしてからお迎えに参ります。」
「そうであったか・・」奥方はため息をついた。
明智光秀となった濃姫とお静は、明智の現当主である明智光綱と対面した。
まずは、お静が口を開く。
「旦那様、こちらが明智光秀様でございます。」
それを聞いて、明智光綱は冷静に頷いた。
「ふむ。信長殿より内密に文が届いている。織田家のたっての頼みとあらば承知せねばなるまい。この御仁を我が息子として迎え入れればいいのだな。」
「はい」
「我が家には跡取りが居ない。私としては願っても無い事。ましてや内密にとは言え、織田家の縁戚となれば断る理由もない。」
「ありがとうございます。今後、光秀殿は必ず明智一族の助けとなることでしょう。そして信長様の力を借りて必ず憎っくき斉藤義龍を討ち果たしましょう。」
お静は勢いよくそう言い放った。
続いて光秀が明智光綱に話しを切り出す。
「明智殿。今後私が明智殿の子としてこの明智の家督を継ぐために周りの者にどのように説明をされるおつもりでしたか?」
「ふむ。その事か。差し当たって、貴殿は私が若かりし頃に設けた子だとして長く探し続けやっと見つけたとでもしておこう。なに、心配はご無用。こんな田舎だ。細かい事を疑うようなやからはいません。ただ周辺の武門のやつらは怪しむ事もあるでしょう。が、私の息子だと言ってしまえばそれまでです。織田家の方から漏れなければ問題はないでしょう。」
「なるほど・・しかし織田家側の心配も無用です。この時の為に私と信長様そして濃姫様の三人で策を練ってきましたので。では他の詳細は後程ご相談致しましょう。」
明智光綱は安堵の表情を浮かべた。
「ではお父上。いまひとつお願いがございます。」
光秀は早速、一番の願い事を申し出る事にした。
「んっ?何かな?」 光綱に緊張が走る。
「はい。それはこのお静を私の妻としてこちらに置いて頂きたいという事です。これは濃姫様たっての願いでもあります。このお静がこの先、織田家とこの明智家の繋がりとして行動する事にもなります。そのためにはある種の立場が必要になります。将来的にはこの家の奥方という事になりますがご承諾いただけますか?」
明智光綱は驚き、そして暫く考え込んだ。
「光秀殿・・それは形だけという事かな?」
「いいえ。そうではありません。確かにお静にはこの先も織田と明智の為に働いて貰わなければなりませんが、私は形だけではなくお静を本当の妻にしようと思っております。この気持ちに嘘、偽りはございません。如何でしょう?」
光秀のその言葉を聞いて光綱は安堵の表情を浮かべた。
「お静に依存がないという事なら構いません。あなたは知らないかもしれないが、幼いころから知っているこのお静もまた、私達にとっては大切な娘のような存在なのです。なのでこの娘が不幸になる事は決して望まないのです。」
思いがけない光綱のその言葉にお静は感極まった。
「旦那様!ありがとうございます!お静はもちろん依存はありません。光秀様の妻になります。喜んでなります!」
そう言って泪を浮かべた。
尾張から連れて来た濃姫役の侍女を籠に乗せ、その晩遅く光秀は屋敷に戻った。
光綱に従い迎えに出た家臣たちを避け光秀は光綱の耳元で囁いた。
「濃姫様は長い病のせいでお顔が酷く変わっております。出来れば他の者にはお会いしたくないと仰せです。明日、旦那様と奥方様にはご挨拶させてい欲しいと仰ってます。どうかご理解下さい。」
「そうであったか・・分かった明日、私と妻だけで会いに行くとしよう。」
その晩、歓迎の席が用意され、光秀は光綱の子として初めて明智の家臣たちに紹介された。
翌日、濃姫に会いに来た光綱と妻を迎えたのは明智光秀だった。
「濃姫の様子はどうです?」
心配そうに様子を伺う奥方に向かって光秀はその携えた髭を取って見せ、愛らしい声で話し掛けた。
「伯母上、私はこんなに元気ですよ!」
腰を抜かすほど驚く二人に向かって濃姫は顔を上げて話し始めた。
「叔父上、伯母上よ~く私の顔を見て下さい。私です。帰蝶です。お忘れですか?」
「いったいどういう事なんだ!光秀とは!お前なのか!」
「そうです。昨日お会いした時、気付きませんでしたか?」
そう言って「ふふふ」とおどけて見せた。
「これが、昨日お話しした信長様と私が考えた策です。でも驚かないで下さい。私はもうずっと前からこうなりたかったんです。私は生まれた時から心は男なのですよ。信じられない事だとは思いますが、本当なんです。なのでどうかこの私を明智の跡取りとして認めて下さい。そして私はず~と幼いころからお静を慕っていたんです。だから明智光秀としてお静を必ず幸せにしますから!」
しばしの驚嘆の後、光綱たち夫婦が冷静さを取り戻した様子を見て、濃姫はこの先の信長の野望と明智の重要性を語った。
「叔父上これは冗談ではありません。この先、信長様が天下を治める為にはこの美濃はとても重要なのです。その為には斉藤義龍を必ず討たなければなりません。そしてこの美濃を織田が統治しなければ先は無いのです。その為には私はどんな事があっても明智の跡取りとしてここを治め、そしてここから天下に出で行かなくてはなりません。その大事を成すためにはお二人のお力がどうしても必要なのです。もちろん!先ずは、父上の仇を討つ!それが大前提です!」
女子を捨て、織田信長の妻という立場を捨て、容姿をここまで変えてまで必死に訴えかける濃姫に、二人は言葉を失なった。そしてその覚悟を目の前に抵抗する事など出来なかった。
明智光綱は昨晩と変わらず光秀を息子とする事を改めて約束した。
無論、濃姫としてではなく立派な武士としての装いで濃姫の従者、明智光秀としてだった。
出迎えた叔母はお静を見て懐かしそうに微笑んだ。
「ああ!お静懐かしい。元気でしたか?」
嬉しそうな叔母を見て濃姫は安心した。
「はいお方様。お久しぶりでございます。静は変わりございません。ただ・・濃姫様をこのような形でお連れする事になるとは本当に申し訳ございません。」
奥方は残念そうに表情を曇らせたが、直ぐに気を取り直し使者に向かい言葉をかけた。
「皆さま。この度はご苦労様でした。濃姫をお連れ下さり感謝いたします。信長様より旦那様に文も届いておりますのでどうかご心配なきよう・・これから旦那様のところにご案内いたします。」
「お方様ありがとうございます。私もこの度は使者として参りました。こちらの明智光秀様と一緒に旦那様にお会いしたいと思っております。」
「分かっている。濃姫からも文を受け取っていますので旦那様ももうお待ちですよ。しかし肝心の濃姫はどうしましたか?」
「はい。実は道中、姫様の具合が悪くなり、途中の富田、聖徳寺にてご静養されております。この後、旦那様にお会いしてからお迎えに参ります。」
「そうであったか・・」奥方はため息をついた。
明智光秀となった濃姫とお静は、明智の現当主である明智光綱と対面した。
まずは、お静が口を開く。
「旦那様、こちらが明智光秀様でございます。」
それを聞いて、明智光綱は冷静に頷いた。
「ふむ。信長殿より内密に文が届いている。織田家のたっての頼みとあらば承知せねばなるまい。この御仁を我が息子として迎え入れればいいのだな。」
「はい」
「我が家には跡取りが居ない。私としては願っても無い事。ましてや内密にとは言え、織田家の縁戚となれば断る理由もない。」
「ありがとうございます。今後、光秀殿は必ず明智一族の助けとなることでしょう。そして信長様の力を借りて必ず憎っくき斉藤義龍を討ち果たしましょう。」
お静は勢いよくそう言い放った。
続いて光秀が明智光綱に話しを切り出す。
「明智殿。今後私が明智殿の子としてこの明智の家督を継ぐために周りの者にどのように説明をされるおつもりでしたか?」
「ふむ。その事か。差し当たって、貴殿は私が若かりし頃に設けた子だとして長く探し続けやっと見つけたとでもしておこう。なに、心配はご無用。こんな田舎だ。細かい事を疑うようなやからはいません。ただ周辺の武門のやつらは怪しむ事もあるでしょう。が、私の息子だと言ってしまえばそれまでです。織田家の方から漏れなければ問題はないでしょう。」
「なるほど・・しかし織田家側の心配も無用です。この時の為に私と信長様そして濃姫様の三人で策を練ってきましたので。では他の詳細は後程ご相談致しましょう。」
明智光綱は安堵の表情を浮かべた。
「ではお父上。いまひとつお願いがございます。」
光秀は早速、一番の願い事を申し出る事にした。
「んっ?何かな?」 光綱に緊張が走る。
「はい。それはこのお静を私の妻としてこちらに置いて頂きたいという事です。これは濃姫様たっての願いでもあります。このお静がこの先、織田家とこの明智家の繋がりとして行動する事にもなります。そのためにはある種の立場が必要になります。将来的にはこの家の奥方という事になりますがご承諾いただけますか?」
明智光綱は驚き、そして暫く考え込んだ。
「光秀殿・・それは形だけという事かな?」
「いいえ。そうではありません。確かにお静にはこの先も織田と明智の為に働いて貰わなければなりませんが、私は形だけではなくお静を本当の妻にしようと思っております。この気持ちに嘘、偽りはございません。如何でしょう?」
光秀のその言葉を聞いて光綱は安堵の表情を浮かべた。
「お静に依存がないという事なら構いません。あなたは知らないかもしれないが、幼いころから知っているこのお静もまた、私達にとっては大切な娘のような存在なのです。なのでこの娘が不幸になる事は決して望まないのです。」
思いがけない光綱のその言葉にお静は感極まった。
「旦那様!ありがとうございます!お静はもちろん依存はありません。光秀様の妻になります。喜んでなります!」
そう言って泪を浮かべた。
尾張から連れて来た濃姫役の侍女を籠に乗せ、その晩遅く光秀は屋敷に戻った。
光綱に従い迎えに出た家臣たちを避け光秀は光綱の耳元で囁いた。
「濃姫様は長い病のせいでお顔が酷く変わっております。出来れば他の者にはお会いしたくないと仰せです。明日、旦那様と奥方様にはご挨拶させてい欲しいと仰ってます。どうかご理解下さい。」
「そうであったか・・分かった明日、私と妻だけで会いに行くとしよう。」
その晩、歓迎の席が用意され、光秀は光綱の子として初めて明智の家臣たちに紹介された。
翌日、濃姫に会いに来た光綱と妻を迎えたのは明智光秀だった。
「濃姫の様子はどうです?」
心配そうに様子を伺う奥方に向かって光秀はその携えた髭を取って見せ、愛らしい声で話し掛けた。
「伯母上、私はこんなに元気ですよ!」
腰を抜かすほど驚く二人に向かって濃姫は顔を上げて話し始めた。
「叔父上、伯母上よ~く私の顔を見て下さい。私です。帰蝶です。お忘れですか?」
「いったいどういう事なんだ!光秀とは!お前なのか!」
「そうです。昨日お会いした時、気付きませんでしたか?」
そう言って「ふふふ」とおどけて見せた。
「これが、昨日お話しした信長様と私が考えた策です。でも驚かないで下さい。私はもうずっと前からこうなりたかったんです。私は生まれた時から心は男なのですよ。信じられない事だとは思いますが、本当なんです。なのでどうかこの私を明智の跡取りとして認めて下さい。そして私はず~と幼いころからお静を慕っていたんです。だから明智光秀としてお静を必ず幸せにしますから!」
しばしの驚嘆の後、光綱たち夫婦が冷静さを取り戻した様子を見て、濃姫はこの先の信長の野望と明智の重要性を語った。
「叔父上これは冗談ではありません。この先、信長様が天下を治める為にはこの美濃はとても重要なのです。その為には斉藤義龍を必ず討たなければなりません。そしてこの美濃を織田が統治しなければ先は無いのです。その為には私はどんな事があっても明智の跡取りとしてここを治め、そしてここから天下に出で行かなくてはなりません。その大事を成すためにはお二人のお力がどうしても必要なのです。もちろん!先ずは、父上の仇を討つ!それが大前提です!」
女子を捨て、織田信長の妻という立場を捨て、容姿をここまで変えてまで必死に訴えかける濃姫に、二人は言葉を失なった。そしてその覚悟を目の前に抵抗する事など出来なかった。
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