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第一章
芝居
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翌日、信長はまずは濃姫の侍女のお静を呼んでこう言った。
「昨日、濃姫のところに行った吉乃が部屋にあった香炉が気に入ったみたいでな。確かそれは私が濃姫に贈ったものではなかったかな?」
「そうだと思います。」
「では悪いがそれを譲って欲しいと濃姫に伝えてくれ。そしておまえがここに持ってきてくれるか?大事なものだから他には任せられないからな。」
「承知いたしました。」
暫くすると、その香炉を持ってお静がやって来た。
「これが濃姫様のお部屋にあった香炉です。お間違いないですか?」
信長はあえて手に取らず一瞥し簡単に返事を返した。
「あ~確かに!私が贈った香炉だ。で、濃姫は気を悪くしなかったか?」
お静に不信感を抱かせないよう何気ない会話を続けた。
「はい。濃姫様は吉乃様を大変お気に召したようで、素直な吉乃様のお願いがとても嬉しかったようです。」
「そうか。さずがは濃姫だ。昨日は多少の無礼もあったと聞いているが、濃姫がそう思ってくれているなら私もとても嬉しい。しかし、この借りは必ず返すと、そう伝えてくれ。」
「承知いたしました。では、私は下がります。」
下がるお静の姿を見ながら(ここからが本番だ!)と信長は密かに意気込んだ。
翌朝、信長は、昨日受けとった香炉の端を折り、お静を部屋に呼び叱りつけた。
「お静!昨日お前が持ってきた香炉だ!良く見ろ!かけていたじゃないか!気をつけろと言ったはずだぞ!」
信長はあえてきつく叱りつけた。
「私の信頼を裏切るとはいったいどういう事なんだ!濃姫の侍女だからといって容赦はせぬぞ!」
お静はただ平謝りに頭を下げる。
「私の頼みを大事と思わず軽々に扱うなど言語道断だ。濃姫に伝えよ!如何にそなたの侍女であっても主君を軽んじる事は許さん!きつく処分するとな!」
暫くすると濃姫が血相を抱えて飛び込んできた。
「お館様!お静が何をしたというのですか?無礼を働いたというのなら私が罰を与えます。もしそれでお館様の気が静まらないのであれば私がお館様より罰を受けます!」
濃姫の勢いに一瞬、押されそうになった信長だがそこはぐっとこらえ強気で応戦する。
「あれほど注意しろと言ったのに、私が贈った物を吉乃が欲しがった腹いせにワザと傷つけたのではないのか?その気持ちが許せないのだ!お静には必ず重い罰を与えるので覚悟しておけ!」
それを聞いた濃姫は怒涛の如く怒り始めた。
「いくらお館様に頂いた物とはいえ、そもそもあれは私の物です。それを吉乃殿が欲しいというから差し上げたのですよ。それをワザとだなんていいがかりも良いところです!そもそもお静は決してそのような人間ではありません!お静を処罰するというのなら私も一緒に罰を受けます!」
その様子を見て信長は静かにいった。
「ほう。たかが侍女に何故そこまでムキになる?では濃姫。侍女を死罪と言ったらそなたにはどんな罪で、どんな罰を与えたらいい?」
濃姫は一瞬息を飲み、言葉を詰まらせた。
「謹慎?鞭打ち?それとも投獄されたいか?」
信長は畳みかけるように濃姫を追い詰め次の言葉を待った。
暫くの沈黙の後、凛とした表情で信長を見据え濃姫は答えを出した。
「いいえ。一緒に死にます。悔いはありません。お静と一緒なら私は死にます。」
「ほう。たかが侍女に何故そこまでする。」
「たかが侍女ではありません。私にとってお静はこの世でたった一人のかけがえのない人です。誰よりも大切な人なのです。お静が死ぬというなら私は一緒に死にます!」
その言葉を隣の部屋でじっと聞いていた歌奈は静かに襖を開けた。
「お館様、濃姫様と二人きりで話したいのです。良いですか?」
「ああ。頼んだ。じゃあ今度は私が向こうの部屋へ行っているよ。」
驚く濃姫に少しの笑顔を向けて信長は席を立った。
困惑する濃姫に歌奈はゆっくりと話し始める。
「濃姫様。無礼は承知の上です。申し訳ありません。でも真実を知りたくてお館様に協力して貰いました。」
「いったい!どういう事なんです!」
驚き動揺を隠せない濃姫に歌奈は構わず核心に迫った。
「昨日、私はあなたには好きな人がいるのでは?と聞きましたがあなたはいないといった。でもいますよね?それはお静さんじゃないですか?」
「なっ何を言ってるの!」
訳が分からず狼狽える濃姫に向かって歌奈は話しを続ける。
「最初に言っておきます。濃姫様、何も心配しないで下さい。私もお館様も本当の事が知りたいだけなんです。ごめんなさい。今までの事は全部芝居です。そして夫婦としては無理でも、あなたをもっと幸せにしたいとお館様は思っています。私も同じ気持ちです。どうか私達を信じて貰えませんか?私は濃姫様の心には誰かがいると思ってました。なのでお館様に会わせて欲しいとお願いしたんです。そこで会った時に気付いたんです。それはお静さんなんじゃないかって・・男とか女とか私は気にしないんです。お館様も同じです。そして私達はきっと良い関係になれると思ってます。もちろんお静さんも含めてね。どうですか?真実を話してはくれませんか?」
そんな歌奈の言葉に濃姫は諦めたように重い口を開いた。
「お静とは幼い頃から一緒にいます。早くに母に死なれ、甘える事が苦手な私には3歳年上のお静だけが頼りだった。元々、物心付いた時から男性は好きになれなくてね。気が付いたら私の心にはお静だけだった。そしてお静も私を慕ってくれているのよ。身分の差があっても幸いなことに侍女ならば傍においておくことが出来る。たとえ嫁に出たとしても侍女として連れて行く事も出来る。こんな私達だから信長様に嫁ぐ事が出来て本当は嬉しかった。だって敵同士の政略結婚なら形だけの夫婦でいられるって事でしょ。侍女としてお静を連れてくればすっと傍に置く事も出来るから・・私がこの織田家に嫁いできたことは私達にとってとても幸せな事だったのよ。死ぬまで一緒にいられるからね。」
そう言って濃姫は悲しい笑みを浮かべた。
となりの部屋で聞き耳を立てていた信長はようやくすべてを理解する事が出来た。
つまり男同士のそれは良く耳にすることはある。実は珍しくもない。しかし女子同士は先ず聞かない。でもそういう事もあるんだと信長は初めて知った。
これは少々受け入れるには時間がかかるかもしれないが、歌奈にしても秀吉にしても未来の話しにしても理解しがたい事実が自分の周りには溢れている訳なので、その内どんな案件にも慣れてしまうんだろうなどと考えていた。
「お館様。もういいでしょ。こちらに来てください。」
と・・歌奈の声がして我に返った。
「昨日、濃姫のところに行った吉乃が部屋にあった香炉が気に入ったみたいでな。確かそれは私が濃姫に贈ったものではなかったかな?」
「そうだと思います。」
「では悪いがそれを譲って欲しいと濃姫に伝えてくれ。そしておまえがここに持ってきてくれるか?大事なものだから他には任せられないからな。」
「承知いたしました。」
暫くすると、その香炉を持ってお静がやって来た。
「これが濃姫様のお部屋にあった香炉です。お間違いないですか?」
信長はあえて手に取らず一瞥し簡単に返事を返した。
「あ~確かに!私が贈った香炉だ。で、濃姫は気を悪くしなかったか?」
お静に不信感を抱かせないよう何気ない会話を続けた。
「はい。濃姫様は吉乃様を大変お気に召したようで、素直な吉乃様のお願いがとても嬉しかったようです。」
「そうか。さずがは濃姫だ。昨日は多少の無礼もあったと聞いているが、濃姫がそう思ってくれているなら私もとても嬉しい。しかし、この借りは必ず返すと、そう伝えてくれ。」
「承知いたしました。では、私は下がります。」
下がるお静の姿を見ながら(ここからが本番だ!)と信長は密かに意気込んだ。
翌朝、信長は、昨日受けとった香炉の端を折り、お静を部屋に呼び叱りつけた。
「お静!昨日お前が持ってきた香炉だ!良く見ろ!かけていたじゃないか!気をつけろと言ったはずだぞ!」
信長はあえてきつく叱りつけた。
「私の信頼を裏切るとはいったいどういう事なんだ!濃姫の侍女だからといって容赦はせぬぞ!」
お静はただ平謝りに頭を下げる。
「私の頼みを大事と思わず軽々に扱うなど言語道断だ。濃姫に伝えよ!如何にそなたの侍女であっても主君を軽んじる事は許さん!きつく処分するとな!」
暫くすると濃姫が血相を抱えて飛び込んできた。
「お館様!お静が何をしたというのですか?無礼を働いたというのなら私が罰を与えます。もしそれでお館様の気が静まらないのであれば私がお館様より罰を受けます!」
濃姫の勢いに一瞬、押されそうになった信長だがそこはぐっとこらえ強気で応戦する。
「あれほど注意しろと言ったのに、私が贈った物を吉乃が欲しがった腹いせにワザと傷つけたのではないのか?その気持ちが許せないのだ!お静には必ず重い罰を与えるので覚悟しておけ!」
それを聞いた濃姫は怒涛の如く怒り始めた。
「いくらお館様に頂いた物とはいえ、そもそもあれは私の物です。それを吉乃殿が欲しいというから差し上げたのですよ。それをワザとだなんていいがかりも良いところです!そもそもお静は決してそのような人間ではありません!お静を処罰するというのなら私も一緒に罰を受けます!」
その様子を見て信長は静かにいった。
「ほう。たかが侍女に何故そこまでムキになる?では濃姫。侍女を死罪と言ったらそなたにはどんな罪で、どんな罰を与えたらいい?」
濃姫は一瞬息を飲み、言葉を詰まらせた。
「謹慎?鞭打ち?それとも投獄されたいか?」
信長は畳みかけるように濃姫を追い詰め次の言葉を待った。
暫くの沈黙の後、凛とした表情で信長を見据え濃姫は答えを出した。
「いいえ。一緒に死にます。悔いはありません。お静と一緒なら私は死にます。」
「ほう。たかが侍女に何故そこまでする。」
「たかが侍女ではありません。私にとってお静はこの世でたった一人のかけがえのない人です。誰よりも大切な人なのです。お静が死ぬというなら私は一緒に死にます!」
その言葉を隣の部屋でじっと聞いていた歌奈は静かに襖を開けた。
「お館様、濃姫様と二人きりで話したいのです。良いですか?」
「ああ。頼んだ。じゃあ今度は私が向こうの部屋へ行っているよ。」
驚く濃姫に少しの笑顔を向けて信長は席を立った。
困惑する濃姫に歌奈はゆっくりと話し始める。
「濃姫様。無礼は承知の上です。申し訳ありません。でも真実を知りたくてお館様に協力して貰いました。」
「いったい!どういう事なんです!」
驚き動揺を隠せない濃姫に歌奈は構わず核心に迫った。
「昨日、私はあなたには好きな人がいるのでは?と聞きましたがあなたはいないといった。でもいますよね?それはお静さんじゃないですか?」
「なっ何を言ってるの!」
訳が分からず狼狽える濃姫に向かって歌奈は話しを続ける。
「最初に言っておきます。濃姫様、何も心配しないで下さい。私もお館様も本当の事が知りたいだけなんです。ごめんなさい。今までの事は全部芝居です。そして夫婦としては無理でも、あなたをもっと幸せにしたいとお館様は思っています。私も同じ気持ちです。どうか私達を信じて貰えませんか?私は濃姫様の心には誰かがいると思ってました。なのでお館様に会わせて欲しいとお願いしたんです。そこで会った時に気付いたんです。それはお静さんなんじゃないかって・・男とか女とか私は気にしないんです。お館様も同じです。そして私達はきっと良い関係になれると思ってます。もちろんお静さんも含めてね。どうですか?真実を話してはくれませんか?」
そんな歌奈の言葉に濃姫は諦めたように重い口を開いた。
「お静とは幼い頃から一緒にいます。早くに母に死なれ、甘える事が苦手な私には3歳年上のお静だけが頼りだった。元々、物心付いた時から男性は好きになれなくてね。気が付いたら私の心にはお静だけだった。そしてお静も私を慕ってくれているのよ。身分の差があっても幸いなことに侍女ならば傍においておくことが出来る。たとえ嫁に出たとしても侍女として連れて行く事も出来る。こんな私達だから信長様に嫁ぐ事が出来て本当は嬉しかった。だって敵同士の政略結婚なら形だけの夫婦でいられるって事でしょ。侍女としてお静を連れてくればすっと傍に置く事も出来るから・・私がこの織田家に嫁いできたことは私達にとってとても幸せな事だったのよ。死ぬまで一緒にいられるからね。」
そう言って濃姫は悲しい笑みを浮かべた。
となりの部屋で聞き耳を立てていた信長はようやくすべてを理解する事が出来た。
つまり男同士のそれは良く耳にすることはある。実は珍しくもない。しかし女子同士は先ず聞かない。でもそういう事もあるんだと信長は初めて知った。
これは少々受け入れるには時間がかかるかもしれないが、歌奈にしても秀吉にしても未来の話しにしても理解しがたい事実が自分の周りには溢れている訳なので、その内どんな案件にも慣れてしまうんだろうなどと考えていた。
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