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第一章
別れ
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さて、喜んでばかりいられない・・
自分の頭を整理しなくてはならない事が山ほどある。
そもそもなぜ未来へ行ったのか・・
どうやっていったのか・・
なぜ未来と現在では時間の経過が異なるのか・・
いったいどうやって戻ったのか・・
また、未来へ行く方法はあるのか・・
そこまで考えてふと思った。
(そういえば未来にいる時は帰る方法を探さなかったな・・)
帰る方法が分かれば、行く方法も分かるんだろうか・・そしてその逆も・・
平成は楽しかった。
たった三か月の短い期間だったにも関わらず、懐かしくてたまらない。
もう一度、帰りたい。心からそう思った。掛け替えのない時間だった。
この問題は、記憶と気持ちを整理しながら、考えをまとめなければなかなかに難しい。
暫く経つと、記憶が薄れてしまいそうで、急いで細かく書き留めては思い出し、また思い出しては書き留め・・
そんな日々を過ごした。
まるで抜け殻のような信長を見て、母の土田御前は弟の信勝を伴い怪訝そうに信秀に問いかけた。
「お館様。信長殿はいつまであ~しているんですか?私が実家から戻って以来、一度顔を見たきりですがいったい何をしているのやら・・そもそも織田家の家督という自覚が足りないのです。何度も言うようですがお館様のお子は信長1人ではないのですよ。私は織田家を第一に考えておりますので、お館様もそのようにお考えになって下さい!」
相変わらずのその冷たい言いように信秀は深いため息を付いた。
「お前がどう考えようとそれは構わん。だが織田家の家督は信長だという私の心は変わらない。これ以上信長を苦しめることは許さん。おまえも信勝も、もう二度とその話はするな!」
その溝は深くなる一方だった。
何の考えも思いつかず、時間だけが過ぎていった。
時折、竹千代を訪ね万松寺へ出向き、そのついでに紫陽花の池へ立ち寄る。
そんな日々が続いていたが、私が池に落ちることもなく、未来への道が開くこともなく、ましてや自分から飛び込むことなど出来ず・・ただ時間を費やしていた。
「なあ~竹千代。お前の親戚に徳川家康という方はいるか?」
「徳川家康?いいえ。私が知っている方の中にはおりません。でも、私が知らないだけなのかもしれないです。すみません。信長様・・お役に立てず・・」
涙ぐむ・・
「あ~いいんだ。いいんだ。ちょっと聞いてみただけだから。気にするな。まったく、お前は弱気だな~なぜすぐに涙を見せるんだ。」
「すみません・・」
涙がこぼれ落ちる。
「もういいよ~仕方ないな。松平の嫡男がそんなに気が小さくてどうするんだ。いいか竹千代。お前は今は人質としてここにいるが、大きくなったら松平家を継ぐ事になるんだぞ。沢山の家臣や民を纏めなくちゃならないんだ。分かるか?だからもっと強くならなくちゃいけない。これからは私がお前をもっともっと強くしてやるからな。覚悟しておけよ。」
「はい。信長様!」
竹千代は目に涙を浮かべながらも信長を見つめ元気に返事をした。
信長はこの小さな松平が、なぜか愛おしくてたまらなかった。
二人は仲の良い本当の兄弟のように打ち解けていた。
しかし、しばらくすると竹千代は、今度は今川家へと人質としていくことになった。
「信長様、お世話になりました・・」
こらえきれずに、大粒の涙をぬぐいながら竹千代は言った。
「竹千代、元気でな。おまえが行ってしまうのは私も寂しいが、このような乱世では私にはどうすることも出来ないんだ。許せ竹千代。いいか、どんなことがあっても生きのびて立派な君主になるんだぞ。そうだ!落ち着いたら必ず文をよこせ。いいな!」
「はい。分かりました。必ず!」
そう言って、涙にぬれたその頬に精一杯の笑顔を作った。
今年もまた、美しく咲いた紫陽花が小雨に濡れるそんな朝であった。
ほんの短い月日だったが、私にとって竹千代との時間はかけがえのない癒しの日々であった。
気弱な少年は、私を頼り、私を誇りに思い、私を愛していたに違いない。そして私も同じ気持ちだった。
この乱世。この後どんな運命が待ち受けているのか分からない。
いつ、敵になるか考えもつかない。
「せめて、竹千代とは敵にはなりたくないな・・」
そう呟きながら・・私はまた一人取り残された。
自分の頭を整理しなくてはならない事が山ほどある。
そもそもなぜ未来へ行ったのか・・
どうやっていったのか・・
なぜ未来と現在では時間の経過が異なるのか・・
いったいどうやって戻ったのか・・
また、未来へ行く方法はあるのか・・
そこまで考えてふと思った。
(そういえば未来にいる時は帰る方法を探さなかったな・・)
帰る方法が分かれば、行く方法も分かるんだろうか・・そしてその逆も・・
平成は楽しかった。
たった三か月の短い期間だったにも関わらず、懐かしくてたまらない。
もう一度、帰りたい。心からそう思った。掛け替えのない時間だった。
この問題は、記憶と気持ちを整理しながら、考えをまとめなければなかなかに難しい。
暫く経つと、記憶が薄れてしまいそうで、急いで細かく書き留めては思い出し、また思い出しては書き留め・・
そんな日々を過ごした。
まるで抜け殻のような信長を見て、母の土田御前は弟の信勝を伴い怪訝そうに信秀に問いかけた。
「お館様。信長殿はいつまであ~しているんですか?私が実家から戻って以来、一度顔を見たきりですがいったい何をしているのやら・・そもそも織田家の家督という自覚が足りないのです。何度も言うようですがお館様のお子は信長1人ではないのですよ。私は織田家を第一に考えておりますので、お館様もそのようにお考えになって下さい!」
相変わらずのその冷たい言いように信秀は深いため息を付いた。
「お前がどう考えようとそれは構わん。だが織田家の家督は信長だという私の心は変わらない。これ以上信長を苦しめることは許さん。おまえも信勝も、もう二度とその話はするな!」
その溝は深くなる一方だった。
何の考えも思いつかず、時間だけが過ぎていった。
時折、竹千代を訪ね万松寺へ出向き、そのついでに紫陽花の池へ立ち寄る。
そんな日々が続いていたが、私が池に落ちることもなく、未来への道が開くこともなく、ましてや自分から飛び込むことなど出来ず・・ただ時間を費やしていた。
「なあ~竹千代。お前の親戚に徳川家康という方はいるか?」
「徳川家康?いいえ。私が知っている方の中にはおりません。でも、私が知らないだけなのかもしれないです。すみません。信長様・・お役に立てず・・」
涙ぐむ・・
「あ~いいんだ。いいんだ。ちょっと聞いてみただけだから。気にするな。まったく、お前は弱気だな~なぜすぐに涙を見せるんだ。」
「すみません・・」
涙がこぼれ落ちる。
「もういいよ~仕方ないな。松平の嫡男がそんなに気が小さくてどうするんだ。いいか竹千代。お前は今は人質としてここにいるが、大きくなったら松平家を継ぐ事になるんだぞ。沢山の家臣や民を纏めなくちゃならないんだ。分かるか?だからもっと強くならなくちゃいけない。これからは私がお前をもっともっと強くしてやるからな。覚悟しておけよ。」
「はい。信長様!」
竹千代は目に涙を浮かべながらも信長を見つめ元気に返事をした。
信長はこの小さな松平が、なぜか愛おしくてたまらなかった。
二人は仲の良い本当の兄弟のように打ち解けていた。
しかし、しばらくすると竹千代は、今度は今川家へと人質としていくことになった。
「信長様、お世話になりました・・」
こらえきれずに、大粒の涙をぬぐいながら竹千代は言った。
「竹千代、元気でな。おまえが行ってしまうのは私も寂しいが、このような乱世では私にはどうすることも出来ないんだ。許せ竹千代。いいか、どんなことがあっても生きのびて立派な君主になるんだぞ。そうだ!落ち着いたら必ず文をよこせ。いいな!」
「はい。分かりました。必ず!」
そう言って、涙にぬれたその頬に精一杯の笑顔を作った。
今年もまた、美しく咲いた紫陽花が小雨に濡れるそんな朝であった。
ほんの短い月日だったが、私にとって竹千代との時間はかけがえのない癒しの日々であった。
気弱な少年は、私を頼り、私を誇りに思い、私を愛していたに違いない。そして私も同じ気持ちだった。
この乱世。この後どんな運命が待ち受けているのか分からない。
いつ、敵になるか考えもつかない。
「せめて、竹千代とは敵にはなりたくないな・・」
そう呟きながら・・私はまた一人取り残された。
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