いまさら!のぶなが?

華猫

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第一章

紫陽寺

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まじまじと本堂を眺めていると、妙に懐かしさがこみ上げてくる。

(以前、ここに来たことがあるような気がするな~)

「三郎、本堂を見せてもらったら奥の院も見せてくれるか頼んでみるね。」
「奥の院?」
「そう。実はこのお寺って家の中にもう一つご本尊があるんだって!それが奥の院。ほとんどの人は見たことがないそうなんだけど、ダメもとで聞いてみようかなって思ってるんだ。」
「だめもと?へえ~」

「歌奈ちゃん」
そう呼ぶ声に振り返るとそこに装束を身に着けた若い男が立っていた。
「あ~利信さん!何してるんですか?」
歌奈が親しそうに話しかける。
「これから本堂のお神酒を取り換えるところだよ。お祭りに来てくれてたんだね。」
「はい。そうだ!利信さん!本堂を見せてほしかったんです。あと・・ご住職様にお願いして奥の院を見せて貰えたらな~なんて・・」
「ん~ご住職は今日忙しいからな~奥の院はちょっと・・でも本堂なら今私が案内するよ。」
そう言って私に目を向ける。
「ありがとうございます!三郎、こちらはここの長男の利信さん。次期ご住職だよ。」
そう言って歌奈が振り返ったその瞬間!

ガシャーン!

何かが割れる音がして、驚いてその先を見ると先ほど手にしていたお神酒が地面に散らばっている。

「大丈夫ですか!」

心配して二人で覗き込むと・・

「だ、大丈夫だよ!君!三郎クンっていうの?」

急に名前を聞かれて困惑したが取り敢えず返事を返す。

「はい・・三郎です。初めまして。大丈夫ですか。お神酒・・」

「だっ!大丈夫!」

「色々事情があって今、私の家にいるんです。紹介が遅くなっちゃってごめんなさい。」

そう、歌奈が話し掛けても聞いているのかどうなのか・・

「ああ、大丈夫!ああ、ちょっ、ちょっと待っててくれないか。おやじじゃない、ご住職だよね。今呼んでくるから。ぜったいここにいて!待っててねっすぐ戻るから!」

そう言って慌てたように奥へと走って行ってしまった。

「利信さんどうしたのかしら、あんなに慌てて。お神酒を落としたのがそんなに大変なことなのかしらね?」

「・・・?」



「鈴木さん!お、おやじ!いや!、ご住職は!どこにいるか知らないかい?」
「ご住職様なら、先ほど秀一坊ちゃんと奥の院に行きましたが・・」
「あ、ありがとう!」
利信はバタバタと急ぎ奥の院まで走る・・

「お、おやじ!」
「なんだ!やかましい。そんなに慌てて走ってくるんじゃない。ここは奥の院だぞ。お館様に失礼じゃないか!」
「さ、さ、三郎が来た!」

(ガシャーンと音を立ててお神酒が割れた)

「あ~あ、父さん、お神酒落としちゃって~」
隣で一部始終を見ていた次男の秀一がからかうように笑う。

「今、お隣の歌奈ちゃんが連れて来てるんだ。待ってて貰っているから早く行かないと!」
「えっ歌奈?歌奈が来てるの?じゃあ俺も本堂に行こうかな~」
「秀一!おまえは黙ってろ!おやじ早く行こう!」
そう言って呆然とする住職の手を掴み利信はまた走りだした。
「秀一、そのお神酒片付けといてくれよ~」
「え~!」



「歌奈ちゃん。お待たせしてしまってすみませんね。」

「いいえ。ご住職様こそ忙しいのに、スミマセン!」

住職が静かにこちらを向いて話し掛けてきた。

「君が三郎君ですか?」

「はい。そうです。始めまして・・」

「ご住職。三郎は事情があって今家で預かってるんです。ちょっと病気で記憶がなくて、でもお寺とか、歴史とかが好きみたいなんです。それでここを案内しようかと思って連れてきちゃいました。」

歌奈が少しだけ事情を話す。

「そうですか・・好きだという事は忘れてないんですね。とても良い事です。では中をご案内しましょう。」

「ありがとうございます!」


思いがけず、住職に案内をして貰えると知り、歌奈も私も驚いた。
しかしどこを見ても、まるで懐かしい感覚が沸き上がる。
やはり、私はこの寺と同じ時代の人間なんだと、なぜか嬉しさが込み上げてきた。

「あ~なんか、落ち着くよな~」
「そう?三郎、あんたやっぱりこういうとこ好きなのね。」
「それは良かった。では今日は特別に奥の院をお見せしましょう。」
「本当ですか!良かったね、三郎。」
「うん!」

住職が気前のいい事を言うので二人で顔を見合わせて喜んだ。


母屋を通り抜け、奥へ奥へと進んでいくと、そこは、外の世界とはまるで空気が違っていた。

そこは・・いく年もの間、忘れ去られていたような静寂に包まれ、それでいて、大切にされていることが隅々から伝わって来るほど美しく整然と祀られ、何故だか自然と泪が溢れて来た。

そんな私を見て歌奈は優しく声を掛けてくれる。
「大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ。悲しいわけじゃないんだ。なんていうか、感動してるのかな・・」
「お心に響きましたか・・そのように思って頂けるなら、今日は誠に良い日です。」
ご住職は静かに、そして優しく微笑んでくれた。


奥の院の本堂を出るとそこに同い年くらいの少年が興味深そうにこちらを見ている。
「三郎、秀一よ。このお寺の次男坊。私と同じクラスなの。秀一も歴史が好きだから、あんたと気が合うかもね。」
そう言って、歌奈は紫陽寺の家族を紹介してくれた。
「始めまして。よろしくな!」
そう気軽に挨拶をしてくれた少年の目はご住職と同じでとても優しかった。

誠に、良い一日だった。
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