いまさら!のぶなが?

華猫

文字の大きさ
上 下
9 / 58
第一章

紫陽寺

しおりを挟む
まじまじと本堂を眺めていると、妙に懐かしさがこみ上げてくる。

(以前、ここに来たことがあるような気がするな~)

「三郎、本堂を見せてもらったら奥の院も見せてくれるか頼んでみるね。」
「奥の院?」
「そう。実はこのお寺って家の中にもう一つご本尊があるんだって!それが奥の院。ほとんどの人は見たことがないそうなんだけど、ダメもとで聞いてみようかなって思ってるんだ。」
「だめもと?へえ~」

「歌奈ちゃん」
そう呼ぶ声に振り返るとそこに装束を身に着けた若い男が立っていた。
「あ~利信さん!何してるんですか?」
歌奈が親しそうに話しかける。
「これから本堂のお神酒を取り換えるところだよ。お祭りに来てくれてたんだね。」
「はい。そうだ!利信さん!本堂を見せてほしかったんです。あと・・ご住職様にお願いして奥の院を見せて貰えたらな~なんて・・」
「ん~ご住職は今日忙しいからな~奥の院はちょっと・・でも本堂なら今私が案内するよ。」
そう言って私に目を向ける。
「ありがとうございます!三郎、こちらはここの長男の利信さん。次期ご住職だよ。」
そう言って歌奈が振り返ったその瞬間!

ガシャーン!

何かが割れる音がして、驚いてその先を見ると先ほど手にしていたお神酒が地面に散らばっている。

「大丈夫ですか!」

心配して二人で覗き込むと・・

「だ、大丈夫だよ!君!三郎クンっていうの?」

急に名前を聞かれて困惑したが取り敢えず返事を返す。

「はい・・三郎です。初めまして。大丈夫ですか。お神酒・・」

「だっ!大丈夫!」

「色々事情があって今、私の家にいるんです。紹介が遅くなっちゃってごめんなさい。」

そう、歌奈が話し掛けても聞いているのかどうなのか・・

「ああ、大丈夫!ああ、ちょっ、ちょっと待っててくれないか。おやじじゃない、ご住職だよね。今呼んでくるから。ぜったいここにいて!待っててねっすぐ戻るから!」

そう言って慌てたように奥へと走って行ってしまった。

「利信さんどうしたのかしら、あんなに慌てて。お神酒を落としたのがそんなに大変なことなのかしらね?」

「・・・?」



「鈴木さん!お、おやじ!いや!、ご住職は!どこにいるか知らないかい?」
「ご住職様なら、先ほど秀一坊ちゃんと奥の院に行きましたが・・」
「あ、ありがとう!」
利信はバタバタと急ぎ奥の院まで走る・・

「お、おやじ!」
「なんだ!やかましい。そんなに慌てて走ってくるんじゃない。ここは奥の院だぞ。お館様に失礼じゃないか!」
「さ、さ、三郎が来た!」

(ガシャーンと音を立ててお神酒が割れた)

「あ~あ、父さん、お神酒落としちゃって~」
隣で一部始終を見ていた次男の秀一がからかうように笑う。

「今、お隣の歌奈ちゃんが連れて来てるんだ。待ってて貰っているから早く行かないと!」
「えっ歌奈?歌奈が来てるの?じゃあ俺も本堂に行こうかな~」
「秀一!おまえは黙ってろ!おやじ早く行こう!」
そう言って呆然とする住職の手を掴み利信はまた走りだした。
「秀一、そのお神酒片付けといてくれよ~」
「え~!」



「歌奈ちゃん。お待たせしてしまってすみませんね。」

「いいえ。ご住職様こそ忙しいのに、スミマセン!」

住職が静かにこちらを向いて話し掛けてきた。

「君が三郎君ですか?」

「はい。そうです。始めまして・・」

「ご住職。三郎は事情があって今家で預かってるんです。ちょっと病気で記憶がなくて、でもお寺とか、歴史とかが好きみたいなんです。それでここを案内しようかと思って連れてきちゃいました。」

歌奈が少しだけ事情を話す。

「そうですか・・好きだという事は忘れてないんですね。とても良い事です。では中をご案内しましょう。」

「ありがとうございます!」


思いがけず、住職に案内をして貰えると知り、歌奈も私も驚いた。
しかしどこを見ても、まるで懐かしい感覚が沸き上がる。
やはり、私はこの寺と同じ時代の人間なんだと、なぜか嬉しさが込み上げてきた。

「あ~なんか、落ち着くよな~」
「そう?三郎、あんたやっぱりこういうとこ好きなのね。」
「それは良かった。では今日は特別に奥の院をお見せしましょう。」
「本当ですか!良かったね、三郎。」
「うん!」

住職が気前のいい事を言うので二人で顔を見合わせて喜んだ。


母屋を通り抜け、奥へ奥へと進んでいくと、そこは、外の世界とはまるで空気が違っていた。

そこは・・いく年もの間、忘れ去られていたような静寂に包まれ、それでいて、大切にされていることが隅々から伝わって来るほど美しく整然と祀られ、何故だか自然と泪が溢れて来た。

そんな私を見て歌奈は優しく声を掛けてくれる。
「大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ。悲しいわけじゃないんだ。なんていうか、感動してるのかな・・」
「お心に響きましたか・・そのように思って頂けるなら、今日は誠に良い日です。」
ご住職は静かに、そして優しく微笑んでくれた。


奥の院の本堂を出るとそこに同い年くらいの少年が興味深そうにこちらを見ている。
「三郎、秀一よ。このお寺の次男坊。私と同じクラスなの。秀一も歴史が好きだから、あんたと気が合うかもね。」
そう言って、歌奈は紫陽寺の家族を紹介してくれた。
「始めまして。よろしくな!」
そう気軽に挨拶をしてくれた少年の目はご住職と同じでとても優しかった。

誠に、良い一日だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

楽将伝

九情承太郎
歴史・時代
三人の天下人と、最も遊んだ楽将・金森長近(ながちか)のスチャラカ戦国物語 織田信長の親衛隊は 気楽な稼業と きたもんだ(嘘) 戦国史上、最もブラックな職場 「織田信長の親衛隊」 そこで働きながらも、マイペースを貫く、趣味の人がいた 金森可近(ありちか)、後の長近(ながちか) 天下人さえ遊びに来る、趣味の達人の物語を、ご賞味ください!!

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

出撃!特殊戦略潜水艦隊

ノデミチ
歴史・時代
海の狩人、潜水艦。 大国アメリカと短期決戦を挑む為に、連合艦隊司令山本五十六の肝入りで創設された秘匿潜水艦。 戦略潜水戦艦 伊号第500型潜水艦〜2隻。 潜水空母   伊号第400型潜水艦〜4隻。 広大な太平洋を舞台に大暴れする連合艦隊の秘密兵器。 一度書いてみたかったIF戦記物。 この機会に挑戦してみます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

獅子の末裔

卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。 和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。 前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。

戦国を駆ける軍師・雪之丞見参!

沙羅双樹
歴史・時代
川中島の合戦で亡くなった軍師、山本勘助に嫡男がいた。その男は、山本雪之丞と言い、頭が良く、姿かたちも美しい若者であった。その日、信玄の館を訪れた雪之丞は、上洛の手段を考えている信玄に、「第二啄木鳥の戦法」を提案したのだった……。 この小説はカクヨムに連載中の「武田信玄上洛記」を大幅に加筆訂正したものです。より読みやすく面白く書き直しました。「武田信玄上洛の巻」の後は、「明智光秀の本能寺の変の巻」、さらにそのあとは鎌倉の商人、紅屋庄右衛門が登場する「商売人、紅屋庄右衛門の巻」、そして下野の国宇都宮で摩耶姫に会う「妖美なる姫君、摩耶姫の巻」へと展開していきます。

処理中です...