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第一章
異世界
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ふと、気がつけば朝だった。
昨日は興奮し過ぎて、気絶するように眠った記憶がある。
向こうで扉を叩く音がした。
「三郎君、起きてる?気分はどう?」
「母上、大丈夫です。」
昨日、この家に辿り着くまで、そしてこの家に戻って来てからも見る物、聞く物、驚きばかりで、なんだか気分が悪くなってしまったようだった。
「分からない事が多すぎて頭が混乱したようですがもう大丈夫です。」
「そう。良かった。じゃあ下に降りて来て朝食にしましょう。主人も歌奈も、もう出かけたけど心配してたわよ。暫くは無理しないで適当に私の手伝いをして頂戴ね。」
「はい」
「母上、娘さんは歌奈というのですか?」
「そうよ。私には孝人(タカヒト)と勝人(マサト)という息子が二人と、歌奈(カナ)という娘が一人いるの。覚えておいてね。さあ、まずは環境になれる事が必要だし、後でお買い物にでも行きましょうか?」
「はい!」
優しい母上に私の口からは素直に返事が飛び出した。
水は井戸を使わずとも、簡単にどこからでも出てくる。
厠にも炊事場にも風呂にも・・
炊事場は生活のすぐそばにありとても便利だ。
何故、私の住んでいる世界の人間はこんな風に考えなかったのだろうとさえ思えてくる便利が満載である。
指先ひとつで湯が沸き、火が起きる。
見た事もない大きな箱の中は、常に冷たく冷えていて食材がたくさん詰め込んである。
箱の違う引き出しの中には凍っている物まである。
未来というのはこんなに便利になっているのかと、改めて感心しきりだった。
そして何と言っても一番驚いたのは厠だ!
排泄物は水が勝手に流し、その見た目はまるで珍しい陶器の置物のように美しく清潔感に溢れていた。
温かい水が勝手に尻を洗い、これまた温かい風で乾かしてくれる。
しかし、私の一番のお気に入りは尻を拭く紙だ!
尻を拭くだけなのに、色とりどりの美しい模様が装飾してあり、その柔らかさはまるで夢を見ているかのような使い心地だった。
洋服というものを着せられた。
私が着ていたような衣は特別な事がない限り、今はみな着ていないという事だった。
この洋服。古くは西洋と呼ばれる異国から入り、現在まで改良がなされて、今のさまざまな形になったのだと母上は教えてくれた。
歌奈の兄のものがあるという事で母上はそれを私に着せた。
慣れないうちは多少ぎこちない動きになってしまったが、慣れてしまえば、これがとても動きやすく、信じられないほど快適だった。
(いつ頃からこのような出で立ちになるのだろう?とても着心地が良いではないか!)
これまた、兄上のものとおぼしき、靴という現代の履物を履き、そして私は初めて自分の足でこの町に出た。
母上の買い物とやらについて来たのである。
当然、見る物、聞く物すべてが初めてであり、一瞬では私の記憶にとどめておくのも困難な情報量だ。
しかしそれでも私の目に鮮明に焼きついたのは、考えられないほど沢山の商人と、もの凄い数の見たこともない品物だった。
「母上、この商人達は、全てお上が許可を出しているのですか?」
興奮しすぎて思わず母上に聞かずにはいられなかった。
「お上ね~まあ、一応許可は必要よね。でも基本的には誰でも許可さえ貰えれば自由に商売は出来ると思うわよ。」
「じゃあ、高い銭を払っているのですか?」
「取り敢えず利益に応じた税金は払ってるけど、それは日本国民みんなそうだから、仕方ないわよね~あ!税金とか分かる?」
「商売をするために払う銭という意味ですか?でも商人だけじゃなくみんなが払う?」
「商売をするためと言うよりはその利益に応じて納めるお金って事かな?それは商売人だけじゃなくてお役所の人達や違う仕事についている人達もそうよ。みんな自分が貰う収入に見合っただけの税金を払ってるって事ね。」
「不思議です。年貢や商家の献上に頼らずに民を養えるなんて・・」
そんな私を見て母上はクスクスと笑った。
「三郎君と話をする為にはもう一度、社会科と歴史を学び直さなきゃいけないかしら。その辺に興味があるようだから今度、歌奈に教えてもらうと良いわ。記憶が戻るまでは、何も分からないというつもりで色々勉強すればいいんじゃない?」
何だかとても照れくさくて、私は「はい」と返事だけを返した。
母上たちは、約3年ほど前にこの地に越してきたばかりで、平野家はまだあまりこの町を知らないという。
今はもう城の名残はないがこの辺は大昔城下町だったらしい。隣にある寺や、町並みなどはかなり古くからの物でありこの辺一帯は由緒ある土地柄で一見の価値はあるという事だった。
確かに、この高台に位置する我が家から、眼下に広がる街並みを眺めるとそれは整然としていてとても美しく素晴らしい。
「この高台に城があったのかもしれないな。」
日が暮れる。
各々の家に明かりが灯る。
美しいこの景色を目に焼き付けておきたい。
まだまだ知りたい事は山のようにあるが、ゆっくりと味わいながら学んで行きたい。
心からそう思った・・
昨日は興奮し過ぎて、気絶するように眠った記憶がある。
向こうで扉を叩く音がした。
「三郎君、起きてる?気分はどう?」
「母上、大丈夫です。」
昨日、この家に辿り着くまで、そしてこの家に戻って来てからも見る物、聞く物、驚きばかりで、なんだか気分が悪くなってしまったようだった。
「分からない事が多すぎて頭が混乱したようですがもう大丈夫です。」
「そう。良かった。じゃあ下に降りて来て朝食にしましょう。主人も歌奈も、もう出かけたけど心配してたわよ。暫くは無理しないで適当に私の手伝いをして頂戴ね。」
「はい」
「母上、娘さんは歌奈というのですか?」
「そうよ。私には孝人(タカヒト)と勝人(マサト)という息子が二人と、歌奈(カナ)という娘が一人いるの。覚えておいてね。さあ、まずは環境になれる事が必要だし、後でお買い物にでも行きましょうか?」
「はい!」
優しい母上に私の口からは素直に返事が飛び出した。
水は井戸を使わずとも、簡単にどこからでも出てくる。
厠にも炊事場にも風呂にも・・
炊事場は生活のすぐそばにありとても便利だ。
何故、私の住んでいる世界の人間はこんな風に考えなかったのだろうとさえ思えてくる便利が満載である。
指先ひとつで湯が沸き、火が起きる。
見た事もない大きな箱の中は、常に冷たく冷えていて食材がたくさん詰め込んである。
箱の違う引き出しの中には凍っている物まである。
未来というのはこんなに便利になっているのかと、改めて感心しきりだった。
そして何と言っても一番驚いたのは厠だ!
排泄物は水が勝手に流し、その見た目はまるで珍しい陶器の置物のように美しく清潔感に溢れていた。
温かい水が勝手に尻を洗い、これまた温かい風で乾かしてくれる。
しかし、私の一番のお気に入りは尻を拭く紙だ!
尻を拭くだけなのに、色とりどりの美しい模様が装飾してあり、その柔らかさはまるで夢を見ているかのような使い心地だった。
洋服というものを着せられた。
私が着ていたような衣は特別な事がない限り、今はみな着ていないという事だった。
この洋服。古くは西洋と呼ばれる異国から入り、現在まで改良がなされて、今のさまざまな形になったのだと母上は教えてくれた。
歌奈の兄のものがあるという事で母上はそれを私に着せた。
慣れないうちは多少ぎこちない動きになってしまったが、慣れてしまえば、これがとても動きやすく、信じられないほど快適だった。
(いつ頃からこのような出で立ちになるのだろう?とても着心地が良いではないか!)
これまた、兄上のものとおぼしき、靴という現代の履物を履き、そして私は初めて自分の足でこの町に出た。
母上の買い物とやらについて来たのである。
当然、見る物、聞く物すべてが初めてであり、一瞬では私の記憶にとどめておくのも困難な情報量だ。
しかしそれでも私の目に鮮明に焼きついたのは、考えられないほど沢山の商人と、もの凄い数の見たこともない品物だった。
「母上、この商人達は、全てお上が許可を出しているのですか?」
興奮しすぎて思わず母上に聞かずにはいられなかった。
「お上ね~まあ、一応許可は必要よね。でも基本的には誰でも許可さえ貰えれば自由に商売は出来ると思うわよ。」
「じゃあ、高い銭を払っているのですか?」
「取り敢えず利益に応じた税金は払ってるけど、それは日本国民みんなそうだから、仕方ないわよね~あ!税金とか分かる?」
「商売をするために払う銭という意味ですか?でも商人だけじゃなくみんなが払う?」
「商売をするためと言うよりはその利益に応じて納めるお金って事かな?それは商売人だけじゃなくてお役所の人達や違う仕事についている人達もそうよ。みんな自分が貰う収入に見合っただけの税金を払ってるって事ね。」
「不思議です。年貢や商家の献上に頼らずに民を養えるなんて・・」
そんな私を見て母上はクスクスと笑った。
「三郎君と話をする為にはもう一度、社会科と歴史を学び直さなきゃいけないかしら。その辺に興味があるようだから今度、歌奈に教えてもらうと良いわ。記憶が戻るまでは、何も分からないというつもりで色々勉強すればいいんじゃない?」
何だかとても照れくさくて、私は「はい」と返事だけを返した。
母上たちは、約3年ほど前にこの地に越してきたばかりで、平野家はまだあまりこの町を知らないという。
今はもう城の名残はないがこの辺は大昔城下町だったらしい。隣にある寺や、町並みなどはかなり古くからの物でありこの辺一帯は由緒ある土地柄で一見の価値はあるという事だった。
確かに、この高台に位置する我が家から、眼下に広がる街並みを眺めるとそれは整然としていてとても美しく素晴らしい。
「この高台に城があったのかもしれないな。」
日が暮れる。
各々の家に明かりが灯る。
美しいこの景色を目に焼き付けておきたい。
まだまだ知りたい事は山のようにあるが、ゆっくりと味わいながら学んで行きたい。
心からそう思った・・
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