いまさら!のぶなが?

華猫

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第一章

記憶喪失

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「あら、目が覚めた!気分はどう?」
見たこともない場所で見たこともない人達が私を覗き込む。
何だか気が引けて・・何も答えられなかった。
そもそも何を言っていいのか考えることすら出来なかった。

「取り敢えず、高瀬先生を呼んでこよう」

傍らにいた男がそう言って部屋を出ていく。

目が覚めても知らない世界であることに変わりはなかったが、ここは最初に見た場所とは違うようで、私が気を失っている間にここに連れてこられたらしい。
扉が開き、また知らない男が先ほどの男と現れた。
「おう、目が覚めたか。具合はどうだい?じゃあちょっと診てみようか。」
(医者なのか?)
着ているもので何となくそう思った。
「熱もないし、血圧も正常。脈も安定してるな。大丈夫だね。ところで君、名前は?」

思いがけない急な問いに言葉が出ない!

(名前・・どうしよう~)

「君の名前だよ。あと、住所とか。どこに連絡したらいいか、親御さんの連絡先を教えてもらえるかな?」

「・・・」

何も言葉が出ない。頭の中は真っ白で何も考えられない。

「えっ!もしかして?自分の名前分からない?」

その男が言った・・

その瞬間、皆が凍りつき、私に視線が集まるのが分かった。

「分らないの?何も?」

(どうしよう!)

何も言えずただ一点を見つめて項垂れる私を見て医者は言った。

「あ~了解。よし、じゃあ暫く様子を見ようね。ここにいれば良いよ。平野先生ちょっと相談しましょう。」

「そうですね。じゃあ、ママと歌奈はもう帰った方がいいね。パパは高瀬先生とお話してから帰るよ。」

「分ったわ。じゃあパパ無理しないでね。君も心配しなくて良いから、今日はゆっくり休んでちょうだいね。」

皆が、急に慌てたように動き出した様子を見て、何だかとても申し訳ない気持ちになった。
意を決して謝罪だけ伝えてみた。

「かたじけのうございます・・」

なぜだか皆、また凍りついた。



記憶喪失・・そう医者がいっていた。
私の病名らしい。

なるほど!皆には私が記憶がないように映ったんだ!
ならその方が都合が良い!
私には分からないことだらけで、聞きたいことだらけなのに、普通に尋ねる事も出来ない。
でも、記憶がないなら聞ける!「記憶喪失」なんて素敵な言葉なんだ!
良かった・・これで何とか生きていけるかもしれない。


ここは、医者の住まいらしい。
住まいといっても住んでいるのではなく『仕事場』ということなのだろう。
ケガをした者や病気の者が集められここで医者に診て貰っているという事だった。
私のように家に帰らずにここで寝泊まりしている者も多かった。
そして珍しいことに、たくさんの女子が医者の手伝いをしている。
気遣いが行きとどいており、本当に居心地が良い。
今日も優しく私を見舞ってくれる。

「お昼ご飯ですよ~気分はどうかな?今日はナポリタンだから良かったわね。いつもの病院のメニューじゃ若い子には物足りないでしょ?」

(ナポリタン?)

そう、そして生きて行く為には食べなくちゃならない。
そう、そして嬉しいことにこの世界の料理は信じられないほど美味い!

即座にそのナポリタンを頬張りながら
「そんなことないです。どれも全て美味いです!」
本音を元気よく伝えた。

「良かった。もう退院しても良いくらいね。」

そう声を掛けられて何だか急に不安になった。

退院?あ~そうか・・何となく分かった。元気になればここには居られないという事なんだ・・
しかし、ここを出たら何所に行けばいいのだろう?
生きて行けるのかこの先どうすればいいのかまた考えなければならないか・・
そう思うと少しだけナポリタンが不味く感じた。



「名前は三郎。歳は十三歳。それしか分からないか・・」
高瀬副院長はそれだけ言うと頭を抱えて平野医師に問いかけた。
「まあ、仕方ないか。どんなに治療をしてもこればっかりは直すことは出来ないからな。それで退院させて良いのかい?この先どうする?」
それを聞いた平野医師は迷わず答えた。
「ああ。暫くはうちで面倒を見ることにするよ。これでも医者の端くれだからね。病状も観察出来るから責任を持って預かるよ。警察にも私が身元引受人になって、引き続き捜索願いとか?調べて貰えるように頼んであるから大丈夫だろう。初めはどうしようか悩んだけどね。でもね、うちの女性陣は頼もしいよ。歌奈なんか、自分より一歳年下だと分かってから、まるでお姉さん気どりでさ、末っ子だから弟が出来たみたいで嬉しいらしい。妻も今じゃ世話を焼く息子達がいないから張り切ってるよ。彼女たちにとっては『大したことない』らしいよ。」
平野医師はそう言って苦笑した。



「三郎、帰るわよ!」

この先どうしようかと、どんよりしていた私に少女は言った。

「どこに?」

「どこって、家に決まってるでしょ!今日退院だって。あんた行くとこないんだからうちに来るしかないでしょ?」

そういう少女に対して母は飽きれたような顔で優しく答えた。

「歌奈ったら、そういう言い方ないでしょ。三郎君気にしないで、まったくこの子は誰に似たのか口が悪いんだから。取り敢えず、あなたのご家族が見つかるまでうちで預かることになったから。一応うちの主人もお医者さんだから安心してね。」

「お母上・・」

涙が溢れそうになった。
こんな得体のしれない人間をこんなにも優しく迎えてくれるとは、なんて良い人たちなんだ!

娘の口が悪いのはさておき、生きることを心配せずにここを出られる事は、平野家の面々に心から感謝しなければならない。
と、同時にこの先いったい何が待ち受けているのか興奮せずにはいられなかった。
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