いまさら!のぶなが?

華猫

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第一章

出会い

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いつものようにただ、その池の紫陽花の傍らに佇んでいただけだった。

突然、物凄い力で引き込まれ瞬く間にその池に落ちた!
水面に揺らぐ紫陽花がどんどん遠くなって行く・・

私は死ぬのか?

確かについさっきまで、死にたいと思うほどの絶望と悲しみに打ちひしがれてはいたけれど・・
まさか本当にこんなことになるなんて思っても見なかった・・



「おまえに会わせたい者がいる。」
そう言って父は、我が織田家菩提寺の万松寺へと私を誘った。
この寺に来るのは久しぶりだった。
そこに待っていたのは、小さな男の子だった。
「名は竹千代。松平の嫡男だ。我が家の人質として来たが・・まだ幼い。織田家の嫡男として何かと気にかけてやってほしい。」
父はそれ以上なにも言わなかった・・
これが私と小さな竹千代との初めての出会いだった。
「竹千代、私は織田家嫡男、織田三郎信長。宜しくな。君は何歳だ?」
「はい信長様、七つになります。松平家嫡男、竹千代にございます。」
元服をおえたばかりの十三歳の夏だった。


この万松寺は、父が織田家の菩提寺として建立した。
普段は頻繁に訪れることはなかったこの寺に、この竹千代が預かりになってから私は度々通うようになっていた。
その日も竹千代に会いに来て、遊び疲れた竹千代を寝かしつけた後、一人ぶらぶらと寺の周辺を散策していた。

大人に成りきれない自分がいた。
元服したところで何も変わらない。
元服をした途端、大人になれるのなら苦労はしない。
こうやって幼い竹千代と戯れていることで、幼稚な自分を隠し大人のふりをしているのはよく分かっていた。
そんなことを考えながら美しく敷かれた玉砂利の上を、まさに子供の様に無造作に奥へ奥へと下って行く・・

ふと、何気なく見上げた視線の先に、突如として現れた竹林が凄ましいほどに見事で、その何人をも近づけさせぬと言わんばかりの迫力と不気味さに恐怖でその場に立ちすくんだ。
ただ、ただ、この世のものとも思えぬその鬱蒼とした妖気に圧倒された。

「ここはいったいなんなんだ!」

幼い頃から何度も訪れていたはずのこの寺にこんなところがあるなんて・・

思わず怖気づいた心とは裏腹に、吸い込まれるようにその中へ足をのばす・・

昼でも暗く、静寂に満ち溢れ、まるで俗世とはかけ離れた世界の中、足を踏み入れた事に少しの後悔を感じながら、それでも抑えきれない好奇心の塊となり、奥へ奥へと進んでゆく。

その閉ざされた神秘の先に、ひっそりと佇むその池はあった。
傍らに咲く紫陽花がそのなんとも言えない神秘的な情景を写し出していた。

「綺麗だ・・」

無意識に言葉が出る・・
こんなところがあるなんて本当に思いもよらなかった。
先ほどまで抱いていた恐怖心などさっさと忘れ、病んでいた心が癒されるようだった。

しばらくその傍らで時を過ごした。
何も考えず、何も感じず、ただ心地よい空間の中で、自分を忘れるまで・・

どのくらい経ったのだろう?(探されても困るな)そう急に思い立ち、名残惜しいが・・
「また来るよ」誰にいうでもなくそう言って紫陽花の池を後にした。



池に落ちたはずなのに不思議と苦しさを感じない。

(あ~これで死ぬのか・・人生なんてあっけないものだな)

などと考える余裕さえあったが、ふと見上げると頭上に光が射し込んでいる。
必至にもがき手を伸ばすといとも簡単に水面に辿り着いた。

(どうやら助かったらしい)

ほっとして一息つき何気なく周りを見渡してみると何だか様子がおかしい。

「ここはどこだ!」

見るからに万松寺ではないその風景に一瞬凍り付く。

(もしかして、私は死んだのか?ここは極楽浄土なのか?)

あまりにも違う!

そこには、自分が今までこの目で見て、生きてきた世界とは全く違う景色が広がっていた。

明らかに尾張ではない!

(ここはいったいどこなんだ?他藩?もしかして異国?あの池が知らない場所につながってた?)

頭の中にグルグルと疑問が湧き上がるが、まずは落ち着いて状況を確かめる事だと自分に言い聞かせ、しばしその場に座り込み考えてみる事に・・

(先ずは、自分が死んだかどうか確かめる事だよな・・でも、もし死んでないならここがどこなのか早急に調べなくてはいけないって事だよな・・)

様々な考えを巡らせながらも、まずは行動あるのみと思い、立ち上がる。走ってみる。触ってみる。抓ってみると・・
「痛っ!もう~絶対に生きてるよ~」
思わず大声で叫んでしまった!

取り敢えず、生きている事は確認出来たので、逸る心を落ち着かせ慎重にあたりを見渡してみた。
そして・・一歩二歩と歩みを進めてみる。

そこには、小さいが綺麗に手入れされた庭と端っこに私が出て来た池がある。
そして傍には住まいとおぼしき石造りの建物が建っているが大して大きくはない。
一部が透明の板のようなもので仕切られていて中の様子が丸見えだ。
その向こうを覗いて見ると見た事もない奇妙なものが見えた。
それはおおよそ自分の理解をはるかに超えていた。

「ダメだ!ダメだ!ここは後でゆっくり確認しよう。」

自分の頭を切り替えて、混乱する奇妙はさておき、まず外の状態から確認しようと家の周辺を見渡してみた。

庭の周りには石垣が張り巡らされていて、外から中は見えないように設えてあるようだ。
そしてその石垣から眼下を覗き込むと、やはり見た事もない町並みが広がっていてまた私を困惑させる。
整えられた道の向こう側にも、この建物と同じような建造物が美しく整然と立ち並び立ち、私は暫くの間見惚れていた。
そしてふと、通りの奥に目をやるとなぜか懐かしくも思えるような古びた寺が見えた。

(寺があるということはやはり異国ではないということか・・そしてあの世でもないとすれば他国の領地内ということか?いったいここはどこなんだ・・)

改めて後ろを振り向きこの家らしき建物を凝視し、混乱する頭のなかを整理していく。
すると思いがけずひとつの仮説が頭の片隅に浮かんできていた。

(こんな奇妙な建物や代物は他藩でもある訳がない!異国?いや、この風景は明らかに日本だ!まさか・・もしかして未来とか?そう遠い先の時代・・)

心臓がばくばくと音をたてている。その鼓動は早くなる。恐れか。不安か。
いや、違う。これは・・とてつもない好奇心が掻き立てられている音なんだと!その時、気が付いた。


「そこでなにしてるの!」

その湧きたつ心臓が止まるかと思うほど驚いて後ろを振り向くと、そこに少女は立っていた。

「ひとんちの庭でなにしてるのって聞いてるのよ!」

明らかに怒り心頭のその表情に頭が真っ白になる。

「いや、その、ここは君の家?」

そう問うだけで精一杯!

「そうだけど!なんか用!」

なんと言えば良いのか…次の言葉を考えたようとした瞬間!全身から力が抜けて自分が倒れていくのが分かった。

「ちょっと!大丈夫!やだ~どうしよう・・パパ、ママ!大変よ~男の子が倒れちゃった!」

その言葉を聞きながら、遠のく意識の中で見たこともない人たちが私を囲んでいるのが見えた。
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