グランディス・クロニクル

sansa

文字の大きさ
上 下
2 / 4
序章 

月下の麗人

しおりを挟む
 耕作は、20メートル四方の森の広場であぐらをかき腕を組んで首を傾げる。
 背には石でできた小さな遺跡の入り口が蔦に覆われている。蔦には赤い小さな花が咲いており、緑色の蔦と無数の花、そして茶色の壁が覗いていた。
「異世界かぁ~」
 ここでやっと耕作は悩んだような声を上げた。
 突如として異世界に飛ばされた自分を両親が心配しているのではないかと気になったのだ。いきなり息子が消えたら普通の家庭では蜂の巣を突っついたような大騒ぎとなる。捜索願が出され、警察が動きもしかしたらテレビで報道される可能性がある。
 が、両親がどんな顔をしているかを思い出すと、二人とも笑っていた。
(親父も母さんもたぶん喜ぶんだろうな)
 耕作の両親は特殊だった。貝塚夫妻は、日本でも有名な冒険家夫婦。父は作家兼冒険家で、母は大学の非常勤講師の考古学者。そんな二人にくっついて小さな頃より全世界を旅し、耕作の義務教育ではなくなる中学から日本へ住んでいるが、両親は年がら年中外国へ行って家を留守にしていた。
 耕作は幼少の頃より父に聞かされていた言葉がある。
『耕作。俺を超えてみろ。俺を超えるような冒険をしたらお前は一人前だ』
 ガシガシと耕作の小さな頭を無精髭をニカっと笑わせて揺さぶる父。
 それを思い出すと耕作の心から悩みは消え去った。
「冒険だ。俺は親父を超える冒険ができるぞ!」
 憧れ。
 耕作の胸にはずっとその憧れが潜んでいた。父を超えるような冒険。エベレストやゴビ砂漠横断など数々の大冒険をしてきた彼の父親に勝てるような冒険計画を妄想したこともある。しかし、自分の知恵で行けるような場所が父を超えるような場所とは思えなかった。
 そして、耕作はいま異世界にいる。
 これぞまさしく大冒険も大冒険。
 誰もなし得ない冒険の世界が広がっていた。
 耕作は満足そうに笑った後で
「まずはここを拠点にするか」
 彼はここを根城にして調査に出るつもりだった。異世界も、現実世界の外国も大して耕作には変わらない。言語、生活習慣、通貨、そして信じる宗教や社会規範。自分とは全く違う人種というものを理解している彼は、気楽な頭の割に慎重な考えだ。
 さしあたり、今は飲み水の確保と何処まで続くかわからない森を過ごすために食料を集めなければならない。遺跡の扉は誰か、あるいは他の生き物にあらされた形跡はない。彼は遺跡を安全地帯だと決めて、行動を開始する。
「寝るか」
 選択した行動は実に気楽な物だった。
 だが、月が二つあってかなり明るいが今は夜。人間が行動するには十分暗かった。森に入れば更に暗くなり、足下もおぼつかなくなる。太陽が昇ったあとでゆっくりと調査すればいい。そう判断して、彼は自分が壊した扉を手に持ち、起こす。扉は色々と活用できる。一番は生物が遺跡に侵入するのを防ぐ防御壁となり、よく乾いた板は燃やせばいい燃料にもなるだろう。
 ずるずると重そうな扉を片手で引きずりながらふと耕作は首を傾げる。
(なんか…筋力上がってない?)
 どう見ても30kgはありそうなずしりと重たい木の扉を片腕でなんなく引っ張ることができる。それに自分がタックルをして千切った蔦も人の腕ほどありそうなほど太かった。
 耕作は自分の腕を見る。日焼けした普通の腕だった。一応父に言われたように筋トレを欠かさないようにしていたので年齢の割に太い。だが、それでもプロレス部や柔道部の学生と比べればなんとも頼りない細腕である。
 不思議に思いつつも筋力が上がったならラッキーだと勝手に納得して耕作は、また扉を引きずろうとすると。
―――ガサガサガサ。
 不意に森の茂みから音が鳴った。
 耕作は警戒してさっと木の扉を縦にして隠れる。
(なんだ? 獣か? それともモンスターってやつか?)
 頭の中にあるのは熊や犬といった獣だが、嫌な予感がした。異世界特有のモンスターや魔物。そういった人の命を脅かす存在にひやりとした。
(魔物とか魔族じゃ…ないよな?)
 彼は声をひそめている。自分の気配を消して、扉から顔を少し覗かせて月明かりに照らし出されている森の方へと目を向けていた。
 そしてまたガサガサと音がして何かが月明かりの影を地面に落として這い出てきた。長い胴体と凶悪な顔つき。
(やばい…ヘビだ。しかもデカすぎ…)
 我が物顔で悠然と出てきたのは自、分の背丈の数倍を優に超えるような大きさのヘビだった。首周りだけでも耕作の胴体ぐらいはあった。それを持ち上げる姿は、耕作が隠れる扉を圧迫するような迫力がある。
 灰色の巨大なヘビはチロチロと舌を出して、匂いを嗅いでいた。ヘビの口内には嗅覚を感じ取る感覚器と顔には獲物の熱を感じ取る感覚器が備わっている。それを正確に耕作へと向けていた。
(………反則だろ)
 耕作は命の危険を感じ取り、頭が真っ白になりそうになる。
 熱に敏感なヘビは優秀なハンター。例え森に逃げ込んだとしても匂いと熱で簡単に見つかってしまうだろう。
(あれほどデカいヘビだ。動きも遅いはず。全力で逃げればなんとななるかも)
 しかし、耕作は森に逃げることを考えていた。
 幾ら早いヘビでも人間の足には勝てない。全力で逃げ回り相手よりも体力で勝れば―――。
(なんとなかるか)
 そう考えて耕作は扉を支える手に力を込めた。
 扉を投げつけて怯ませ、後は一目散に森に逃げる。後のことは考えない。むしろ考えたところでどうにもならないと彼は腹をくくる。
 ずるりとヘビが動いた。鎌首を上げたまま蛇腹を芝生にこすりつけて、耕作へ近付いてくる。
 耕作は顔を扉の影に引っ込めて、ヘビの影でタイミングを見計らう。
 1、2、3とリズムを刻み、影が完全に扉を覆った。
(今だ!)
 腕に力を込めて耕作は叫ぶ。
「おりゃあああああああああ!」
 耕作は全力で扉をぶん回す。その扉がグルグルと回ってヘビに襲いかかることも見ずに耕作は走り出そうと―――。
「シャァァァァァ!」
 バシャリと液体が扉にかかる音。そしてその扉がジュウジュウと激しい音を出して煙が舞い上がる。
 木製の扉は、ヘビが吐き出した溶解液で溶けた。
「なぁっ!?」
 耕作は悲鳴を上げた。逆に怯んでしまった。白い煙をかき分けるように一筋の影が息を飲むような速さで耕作に襲いかかる。
「ぐっ!」
 耕作はワザと芝生に転がり、そのままその勢いで立ち上がる。
 が、双子の月を背にした耕作は、自分が最後に見る光景だと直感した。
 既にヘビの口角が大きく開かれ、鋭い牙と二股の舌から生臭い息が耕作の顔にかかるほど近い。
(俺の冒険もこんなものなのか…)
 噛み付かれるまでの一瞬の時間が以上に引き延ばされる。まるで時間が止まったようだった。
 その一瞬、耕作の心の中で冷たい諦観がヘドロのように彼を覆い尽くそうとしていた。それはヘビの口の形をしたヘドロ。
 耕作は目を閉じない。
 例え自分の最後だとしても、今までに生きた16年間の幕をしっかりと見ようと心に決めていたのだ。
―――ビュウ。
 鋭い音。風を切るような音と頬を掠める風。
 視界の端で何か細い物が一閃通った。それは月の光に照らされ、目に焼き付くような煌めきだった。
 ぶしゃりと何かが貫かれる音。貫かれて血が弾けた音だった。
 ヘビを貫いたのは一条の槍だった。ヘビの口角から槍が入り込み、そのまま脳みそを貫通している。ヘビの身体はそのまま槍に持って行かれて、遺跡の中へと吹き飛んでいった。
 ごくりと唾を飲み込んで耕作は後ろを振り返る。
 そこには一人の女性。
 双子の月を背にして、燃える松明が名刀のように引き締まった美しい顔を輝かせていた。松明と同じ燃え上がるような赤毛は腰まで届き、ほっそりとした身体には、透き通るほどの白い絹衣を纏っている。絹衣は膝丈よりも短く、白い脚を長い革の靴で覆っている。
 月下の麗人。
 耕作は別の意味でもう一度生唾を飲み込んでしまった。
 いまだに性への執着はそこまでない彼でも思わず唾を飲み込んでしまうほど、その女性は月の色香をたっぷり含んでいる。人を狂わせてしまいそうなほどの美だ。
ふむ今回のテ・ムまれびとはサダリギ・ウ人の子か・ヒュノ・ム・ベラ
 その言葉は奇妙だった。耕作の耳にはまったくわからない言葉。だが、なぜか意味はわかってしまう。
まあよいグル私から名乗るザス・ウ・コスレのが礼儀だな・ムネネ・ムロ・イ私の名はミ・ムネ・ウ、スザーカ。この召喚のミ・ウ・ルプリエ・祭壇を守護プローテラ・アタイグする神官だ・ム・スデ・サモス
 そう言ってスザーカは名乗り上げ、寂しげな微笑みをたたえる。
「貝塚耕作。俺は貝塚耕作です」
 耕作はただ彼女の美しさに見とれてそう言うことしかできなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...