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43.フレデリックの心

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ミカエラは混乱した。
トクトクと耳元で心の音が鳴っているよう。
フレデリックは、ミカエラの反応に満足して甘く囁く。

「ミカエラのそんな表情を引き出せたのなら、望みはあると思っても良いのかな?」
「…よく分かりません」

物心つく頃には父はおらず、家に訪ねてくるのは年配の男性だった。
若い男性と長く生活するのも、思いを告げられるのも伯爵領に来てからの経験なのだ。

「弱っている時にごめんね。ここには2週間ほど滞在するつもりだからゆっくり休むといい」
「え 2週間もですか⁉」
「大きな問題に尽力して喧伝も出来たし、もうそんなに無理をする必要はないよ。…医者を呼びに行くから横になっていてね」

フレデリックが退室する。
ミカエラは大きく息を吐き出した。
直接的な言葉ではなかったが、『ずっと隣にいたい』という表現は物語や芝居にも使われる『夫婦になろう』の代名詞だ。

…私と結婚したい? あんなに顔が整っていて地位のある人が。 何故?

ほどなく医者とアネッサが入室したので考えるのは後回しにする。
医者は異常なしと判断し、兎に角ミカエラにしっかり休養するよう言い渡した。
アネッサは少し甘く煮たパン粥を用意してミカエラに食べさせた後、全身を湯を使って拭い、夜着を替えて洗濯室へと消えていく。

「どこも異常が無いと聞いて安心したよ」

後回しにしていたことが早くもやってきてしまった。
なので単刀直入に訊いてみることにした。

「日義兄様は次期伯爵で、私は見た目も身分もすごく…10人並みだと思うのです。…どうして私なのでしょう?」

フレデリックはベッド傍の椅子に腰を下ろし少しの間じっとミカエラを見つめた。

「ミカエラは”渡り人様の子”だ。身分は10人並みではなく、並ぶ者とてないほどだ。…だから父はミカエラのお母さまのこともあって王家等に利用されないよう…贖罪も含めて、私とローにミカエラと恋仲になるよう命じた。最初は父の指示だったんだ」
「そうだったのですね…」

マクレガー伯爵の計略と聞いてミカエラは腑に落ちた。

「最初は男兄弟の中に妹が出来たような喜びがあった…。でも君は領地の問題に真剣に向かい合っていくつも解決してくれた。自分の出来ることに協力を惜しまない献身的な姿に、ミカエラをパートナーとして一緒に領地を盛り立てていく未来を描きたいと思ったんだ」

フレデリックの右手が、ミカエラの左手を優しく包む。

「君は灯のようだよ。心にほんのりと灯り、皆を明るく照らして導き、温かく迎え入れてくれる…。他の令嬢方とは異なり、この小さな体に勇猛さも持ち合わせ皆を守ろうともする…私はそんなミカエラに魅了されたんだ」

ミカエラは明るく照らしたつもりはない。困っている人がいたから少し手を差し伸べただけ。それが母の教えだったのだ。

「…私はそんなすごいことは…導いたりなんてしていません」
「病を治し、狂暴化した魔獣を追い払ったのに? …まぁ物事は大きさではないよね。ミカエラの何気ない行動が心に沁みたというだけだ。私が一番感心したのは紅茶の件だったしね」
「茶葉の…」

フレデリックは握る手を少し強める。
エメラルド色の瞳がミカエラの姿を捕えて離さない。

「君の優しい心根に惚れたんだ」
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