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36.オーボンヌ領へ

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「ここのチャルニア草、根が食べられるの」
「…お嬢様、食べるために摘んでいるのですか?」
「オーボンヌ領は人が溢れて食料が無さそうだから、食べられそうなものを集めておこうかと…。あそこの木、キンベイラの実も食べられるけど、実がついているかな…」
「ミカエラ、我々はオーボンヌ伯爵の客人の扱いだから、食うには困らないはずだよ。野営する場合もヤルマールとアネッサに任せておけば獲物は取ってくれるから…」

貧しい村で生活していたからだろう、ミカエラは食べられる野草や木の実に詳しかった。
だが今は従者もいるし、伯爵が後見となっている今はそのような心配はいらないのだ、とフレデリックは説き伏せた。

「じゃあ…アネッサたちにお願いすることにします」

少し落ち込んだ様子のミカエラの手をフレデリックは苦笑しながら取る。
ジュリエッタ夫人に手入れされて大分手荒れは減ってきたものの、皮膚に硬い部分が残る。労働者の…今武器を握っている淑女のものとは異なる手だ。

「私のお姫様はたくましいな」
「お姫様…」

ミカエラがうつむく。おそらく顔を赤らめているのだろうが、子爵に借りた馬に2人乗りしているため表情が見れない。

「お姫様というのはもっと綺麗で身分の高い方のことを指すのですよ」
「ミカエラはとても可愛らしくて強さも持ち合わせている…私の素敵なお姫様だよ」

後方ではアネッサが小さく、だが力強くガッツポーズを取っている。
アネッサがフレデリックに助言したのだ。
ミカエラはフレデリックに対してほんのり好意は持っているから甘い言葉をたくさん掛けて心を掴め! と。

(魔獣侵攻が起きていなければデートもしてもらいたかったが…次に訪れる国が平和だったら2人でお出掛けしてもらおう)

「他人の色恋にかまけて疎かになるなよ」

隣を行くヤルマールがポツリと釘を刺してくる。

「警戒は怠ってないし、コレは最重要事項なの。王家に取られて籠の鳥になるより、若様と結婚してくれた方が私たちに直接大きな益があるでしょ?」
「伯爵家の益のためか」
「旦那様がそれをお望みだから。…僻地に追いやられた渡り人様への贖罪もあるかもしれないけど。本来は豊かな暮らしを約束された方だったのでしょ?」

アネッサの雇い主はマクレガー伯爵なので、彼の命令と願望に忠実であろうとする。
ヤルマールの雇い主はジュリエッタ夫人なので2人を守り抜くことが受けた命だ。ターゲットが恋仲だろうが不仲だろうが気にしない。
ただジュリエッタ夫人は少女の方をいたく気に入っているので、彼女が傷つかないよう注意を払わなければならない。でないとあの美しい顔が般若になりかねない。

シグヘイム子爵が記した書簡を持って4人はオーボンヌ伯爵の元へと向かう。
近くに魔獣の気配はないものの、オーボンヌ領に近づくにつれ瘴気の気配は強くなっているので、ヤルマールはアネッサに先頭に回るよう合図した。
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