上 下
34 / 54

33.夜会の庭で

しおりを挟む
ローヴァンは人気のない少々寂しい庭で佇んでいた。
見目麗しいフレデリックも婚約者役のミカエラもいないため、色とりどりの羽虫…もとい令嬢に囲まれてしまい、這う這うの体で逃げてきたのだ。
会場に近い庭でも待機している女性はいるので、ローヴァンは庭師小屋の近くまで来てしまっている。

シーズン最初の夜会は華やかだった。温室で育てられた大輪の花を飾った大ホールに、王家にお目見えが許された貴族はこぞって参列し、領地の自慢話や噂話に花を咲かせていた。
話の中には王子の領地訪問の件もあった。
突然の訪問を名誉と捉えた家、何かの嫌疑がかかっているのではと疑心暗鬼になる家…の主に二極化しているようだ。

「おや、こんなところで涼んでいるのかい? ランシア卿」
「…お久しぶりでございます。カーナボン卿」
「やはり高貴な場所は無頼漢な君たちには合わないのだろう? さっさと海に帰り給え」

しっしと追い払う仕草をする目の前の男はカーナボン伯爵の長男、ソウェルだ。
由緒正しい血筋だけが自慢の青年は、25歳になるがまだ妻帯していない。
他家を訪れても使用人に手を出そうとしたりと素行が悪いことで有名で、話がまとまらないのだ。

「そうですね。今のお話を母に伝えて帰路を取ることにしましょう。それでは」

ローヴァンの母は王妹だ。ならず者と一緒に括ることは王家に唾履く行為だ。

「待てよ!親の威光を借りるなんて卑怯だろ!」
「そう言えばあなたのその地位も親の威光でしたね」

さっさと踵を返し騎士ならではの速足で去っていくローヴァンを追いかけようとするが、鍛えることをせずふっくらとした体型のソウェルとの距離は次第に離れていく。
優雅な夜会では走ることはエチケット違反だ。そもそも重い体を揺らして走ろうなどとはソウェルは思っていないが。

「良い夜だな」

通路の正面にクリスヴァルト…第一王子が立っている。
ローヴァンは通路の脇に身を寄せ礼を取った。ソウェルも遅れてそれに倣う。

「随分急いでいたようだが」
「カーナボン卿に退室を勧められましたので帰途に就く所です」

通常は王族の前であからさまなやり取りを言いはしない。確執や火種を生むからだが。この辺りは海賊の血筋らしい傲慢さなのか、王族の血筋らしい尊大さなのか…。

「そうか」

クリスヴァルトは背後にいる護衛騎士を軽く見やり指示を出す。

「カーナボンの長男がお帰りだ。送ってくれ」
「⁉ 殿下! 私ではありません…そっちの卑しい…」
「ふむ、我が叔母上が卑しいと申すか」
「…! 滅相もございません…」

蒼白な顔面はダラダラと流れる汗でてらてらと光っている。

「身だしなみも乱れてしまったようだから丁度良かろう? サム」
「御意」

たくましい体格の護衛騎士サム—サムハインはふくよかなソウェルの体をものともせず引きずっていく。
実に無礼な送り方だが、彼の頭の中は王族に退場を命じられたことに対し、どう父に言い訳するか、周囲の噂をどうすればいいのかでいっぱいなのだろう。

ソウェルに絡まれている方がまだマシだった。
誰かがうっかりこの場所に入り込んでしまうまで(もしくは会話が終わるまで)この執念深そうな王太子と一緒ということだ。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

悪妃の愛娘

りーさん
恋愛
 私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。  その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。  そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!  いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!  こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。  あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!

処理中です...