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25.クリスヴァルトとローヴァン
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「突然何を言うのです! 養子縁組がなされたばかりで縁切りでは、伯爵家は良い笑いものになってしまいますし、娘が出来たと喜んでいたジュリエッタ様が悲しみます!」
呆気に取られてすぐ返答できなかったローヴァンの代わりに、アネッサがミカエラの良心を突くような口撃で返す。
呆けたローヴァンもすぐに気を取り直し、アネッサの言い分に怯んだミカエラが逃げないよう抱き寄せた。
「でも皆さんに迷惑が掛かってしまいます」
「後見人になるってのはそういうのも分かっていて引き受けているから問題ないよ。…多分、シーズンが始まったら父上は陛下のところに殴り込みに行くんじゃないかな」
「殴り込み…?」
王の一臣下である伯爵が、そんなことをしても良いのだろうか。
「とりあえずミカエラが悪いわけじゃない。…でもまぁ毎回こんな風に避難するのは大変だから…」
ローヴァンはミカエラの肩に手を置き、罪悪感で顔を歪めるミカエラを見る。
「ミカエラが決めて? 魔法を極力使わず僕と辺境警備でひっそり生活するか、この魔法を思い切り公表して揺らがない地位を固めてしまうか」
「私は―」
「あれ? ここに次男がいるじゃないか」
声のした方…扉の方には上品なアビ・ア・ラ・フランセーズをまとった栗毛色の髪の青年が立っている。
ローヴァンとアネッサはすぐに礼を取る。ミカエラもアネッサの真似をした。
「屋敷を出ていたとは聞いていたが、こんなところにいるとはね」
「自警団と訓練後にここへ寄ったのです。美術品の搬入日なのですが兄が動けないようでしたから…自分が代理を務めたのです」
この辺はフレデリックと口裏を合わせている。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます」
王族!
体の中をヒヤリとしたものが撫で上げる。
「免礼。面を上げよ」
3人は体を起こす。ミカエラは少し顔を伏せ気味にしておく。背も低いし、子供が単に緊張しているように見えるだろう。
「王太子殿下は共も連れず何故こちらに? 画廊をご覧になりたいのでしたら1階のオーナーの所へお連れいたしますよ」
「ああ…。突然画廊の上の階で突然魔力が感じられたと聞いたのだ」
屋敷の周囲だけでなく、街のあちこちに間者を放っていたわけか。
その情報を得て単身…いや、複数の潜んでいる護衛と一緒に乗り込んできたのだ。
「彼女たちに僕の魔法を見せていたのです。魔法を見たことがないという話でしたので」
「ふぅん…そうなんだ。確かに次男は魔法が使えるものな」
(背が高い方の女性は魔力を全く感じられない。もう一方の少女も魔力を持っているが体内の回路が正常に循環していない。マトモな魔法を発動することはまず無理だろう。…この3人で魔法が使えるのは次男だけか)
魔法を使うことは出来ないが、魔力を見ることが出来るクリスヴァルトは心の中で独り言ちた。
ローヴァンはアネッサとミカエラを画廊の従業員で、これから搬入品の開梱をするところだと説明した。
「次はその美術品が展示されたころに来よう。良いものがあれば今立てている宮へ飾りたい」
「かしこまりました。次のお越しをお待ちしております」
ローヴァンが頭を下げるとクリスヴァルトは3人を数秒見つめ、立ち去っていく。
ミカエラは胸をなでおろした。
「…坊ちゃま。伯爵邸に戻る時は、自分は顔を変えた方が良いでしょうか?」
「ああ…その方がいいね。頼む」
顔の作り自体は変えられないが、化粧などで印象をかなり変えられる。アネッサは仕事柄変装も良くしているのだ。
「…王太子殿下をなんとか躱せましたでしょうか」
「…躱せていれば良いけれどね…。物証がないからひとまず下がっただけだと思うよ」
「坊ちゃまはあまり交渉等しませんしね…。殿下には読みの深さで負けますよね」
「あー不覚…。あちこち張ってるとはなぁ…」
ローヴァンは髪をかき乱し、近くのソファへどっかりと座り込む。
ミカエラは兄の傍に寄る。
「義兄様、決めました。私は―」
「鶺鴒」
「はい」
画廊を出て目の前にある馬車に乗る。辻馬車のように外観は簡素に見えるお忍び用だ。
乗り込んですぐコードネームの一つを呟くと、御者台から返事があった。クリスヴァルトの間諜は、今は御者に扮しているらしい。
「感じた魔力は”風”だったか?」
「”風”も感じられました。…が、他の属性も一度に魔道具で測定しました」
「複合魔法というヤツか…? やはりあの少女が…?」
クリスヴァルトは遠ざかる画廊の方を軽く見やった。
呆気に取られてすぐ返答できなかったローヴァンの代わりに、アネッサがミカエラの良心を突くような口撃で返す。
呆けたローヴァンもすぐに気を取り直し、アネッサの言い分に怯んだミカエラが逃げないよう抱き寄せた。
「でも皆さんに迷惑が掛かってしまいます」
「後見人になるってのはそういうのも分かっていて引き受けているから問題ないよ。…多分、シーズンが始まったら父上は陛下のところに殴り込みに行くんじゃないかな」
「殴り込み…?」
王の一臣下である伯爵が、そんなことをしても良いのだろうか。
「とりあえずミカエラが悪いわけじゃない。…でもまぁ毎回こんな風に避難するのは大変だから…」
ローヴァンはミカエラの肩に手を置き、罪悪感で顔を歪めるミカエラを見る。
「ミカエラが決めて? 魔法を極力使わず僕と辺境警備でひっそり生活するか、この魔法を思い切り公表して揺らがない地位を固めてしまうか」
「私は―」
「あれ? ここに次男がいるじゃないか」
声のした方…扉の方には上品なアビ・ア・ラ・フランセーズをまとった栗毛色の髪の青年が立っている。
ローヴァンとアネッサはすぐに礼を取る。ミカエラもアネッサの真似をした。
「屋敷を出ていたとは聞いていたが、こんなところにいるとはね」
「自警団と訓練後にここへ寄ったのです。美術品の搬入日なのですが兄が動けないようでしたから…自分が代理を務めたのです」
この辺はフレデリックと口裏を合わせている。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます」
王族!
体の中をヒヤリとしたものが撫で上げる。
「免礼。面を上げよ」
3人は体を起こす。ミカエラは少し顔を伏せ気味にしておく。背も低いし、子供が単に緊張しているように見えるだろう。
「王太子殿下は共も連れず何故こちらに? 画廊をご覧になりたいのでしたら1階のオーナーの所へお連れいたしますよ」
「ああ…。突然画廊の上の階で突然魔力が感じられたと聞いたのだ」
屋敷の周囲だけでなく、街のあちこちに間者を放っていたわけか。
その情報を得て単身…いや、複数の潜んでいる護衛と一緒に乗り込んできたのだ。
「彼女たちに僕の魔法を見せていたのです。魔法を見たことがないという話でしたので」
「ふぅん…そうなんだ。確かに次男は魔法が使えるものな」
(背が高い方の女性は魔力を全く感じられない。もう一方の少女も魔力を持っているが体内の回路が正常に循環していない。マトモな魔法を発動することはまず無理だろう。…この3人で魔法が使えるのは次男だけか)
魔法を使うことは出来ないが、魔力を見ることが出来るクリスヴァルトは心の中で独り言ちた。
ローヴァンはアネッサとミカエラを画廊の従業員で、これから搬入品の開梱をするところだと説明した。
「次はその美術品が展示されたころに来よう。良いものがあれば今立てている宮へ飾りたい」
「かしこまりました。次のお越しをお待ちしております」
ローヴァンが頭を下げるとクリスヴァルトは3人を数秒見つめ、立ち去っていく。
ミカエラは胸をなでおろした。
「…坊ちゃま。伯爵邸に戻る時は、自分は顔を変えた方が良いでしょうか?」
「ああ…その方がいいね。頼む」
顔の作り自体は変えられないが、化粧などで印象をかなり変えられる。アネッサは仕事柄変装も良くしているのだ。
「…王太子殿下をなんとか躱せましたでしょうか」
「…躱せていれば良いけれどね…。物証がないからひとまず下がっただけだと思うよ」
「坊ちゃまはあまり交渉等しませんしね…。殿下には読みの深さで負けますよね」
「あー不覚…。あちこち張ってるとはなぁ…」
ローヴァンは髪をかき乱し、近くのソファへどっかりと座り込む。
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「義兄様、決めました。私は―」
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「”風”も感じられました。…が、他の属性も一度に魔道具で測定しました」
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