上 下
23 / 54

22.煌雪祭

しおりを挟む
カビやほこりの匂いでミカエラは目を覚ました。
薄い、古木の板壁が目に飛び込んでくる。

(ここは…?)

木箱がいくつかある…倉庫代わりの小さな小屋だろうか。
両手はロープで縛られ、中央の柱に括り付けられている。後ろ手になっていないのは、ロープを引いて歩かせやすいようにしているのだろうか。
外套下のウェストポーチは盗られていない。見た目髪細工しか入っていないから煌雪祭の飾り用くらいにしか思われなかったのだろう。
私はそのうちの2つを右手と左手、それぞれに握りこんだ。

(ああ、背後から袋を被せられて誘拐されたんだ…奴隷商だろうか?)

確かフレデリックとローヴァンと共に煌雪祭のため繁華街へとやってきていたのだ。
夜の祭りの為ランタンや蝋燭が灯され、白い紙で切り絵が施されたモールが店先などに吊るされ、とても幻想的だ。
冬の前と言うことで食料は主に備蓄に回され、食事系の屋台は数えるほどだった。

「今年は麦害があったから、酒や菓子類を売る屋台は殆どないね。」

ひる義兄様は残念そうに仰っていたが、代わりに素朴なものから煌びやかなものまで、白を基調とした装飾品からちょっとした雑貨が並び、祭りを華やかに彩っている。
私がいた村では収穫祭などももっと小規模だったし、そもそも遠くから眺めるだけで参加してはいなかった。
なので祭りによる高揚した雰囲気を誓うで味わうだけでも十分楽しめた。
その話をしたら、2人とも眉尻を下げてしまったが。

その時鋭い悲鳴が上がった。

「誰か! ひったくりよ!」

犯人はかなり素早いようだ。
ローヴァンは身体強化を使って屋根に上って、犯人を追い始めた。
フレデリックは、自分にここにいるよう言い含めて、仔細を聞こうと人込みをかき分け被害に合った女性の元へ。
すると屋台の間の細い路地から怪しい人影が現れ、このすきま風吹き込む粗末な小屋に連れ去られた というわけだ。
路地周辺の屋台もグルで、ひったくりだと騒いだ女性も一芝居打った仲間だと考えるのが妥当かもしれない…などと寝転んだまま考えていると荒々しい靴音がし、乱暴に扉が開けられた。

「なんだぁ? コイツまだ寝てるのか? 呑気なガキだな」
「まだ傷つけるなよ? ソイツは見た目地味だが見目麗しいマクレガー兄弟と一緒にいたから、どこぞのお嬢様には違いないだろうからな」

伯爵家ゆかりの者として身代金でもゆする気なのだろうか。

「なぁ、金を取ったらちゃんと殺してくれよ? ホリンの頼みは”消してほしい”なんだからさ」
「分かってるって。でもホリン嬢ちゃんからのはした金じゃ殺害依頼には届かないから、殺す前に身代金を取ろうってことに決めただろ? …ハサン、あまりゴチャゴチャぬかしてんじゃねぇ」

なるほど、ハサンという悪党の下っ端がホリンと知り合いで、私を消してほしいと依頼されたのか。
…これが明らかになると、郷士の娘もその家族も多大な罰を受けると思うのだが…あの少女はそこまで考えなかったのか…。
そろそろ起きようかと思っていた時、外で見張りに立っていたらしい男が小屋の中へ飛び込んできた。

「兄貴! ベンがこっちに走ってきます!」
「バカが…適当なところに身を隠せっていったのに…。合流したら足がついちまうだろうに。」

扉と男の隙間から見える小柄の男…ベンと言う男だろう。
いやいやするように左右に振る顔は恐怖にひきつっており、足元はキラキラと光を反射する粒子のようなものが見える…。風魔法だ。
このベンという男…ひったくり犯は一度義兄に捕まり、その後風魔法によって強制的にアジトに向かって走ることを強制させられているのだ。

「た、助けてくれ…足が勝手に…」

入口に辿り着くとひったくり犯は泡を吹いて倒れ伏した。
見張りの男が看病しようと近づくが、ボスらしき男がそれを制すると柱からロープを外し、私を引きずり上げた。

「ぅ…っ」
「ベンを囮にしたようだが…近くに警邏か誰かがいるのは分かっているんだ。このお嬢様の顔をザックリやられたくなかったら出てきな!」

私の顔にナイフの背をピタピタと当て隠れている相手をあぶり出だそうと言うのだろう。
果たして、木々の間に身を隠していたらしい月義兄様が出てきた。

「おや、マクレガーの弟が追って来るとは…余程のお姫さんみたいだな? お姫さんを無事帰して欲しいのなら3億ドゥカート用意しな」
「おい、無事にって…それじゃ話が」
「黙ってろ」

ハサンが絡んだことでボスらしい男の目線が横にズレる。
それを見逃す月義兄様ではない。彼は瞬時に相手の懐に入り込み、鳩尾に風圧を加えた掌底を叩き込んで弾き飛ばす。
見張りの男が義兄様に襲い掛かり、ハサンが人質(私)を確保しようと動くが、月義兄様が私を抱えて瞬時に距離を取ったため、誘拐犯たちの手は空を切っただけとなった。

「…ハァツ、ミカエラ…大丈夫か…?」

義兄は魔法も体力も使い続けていて息が上がっている。増援も来ないようだし、このままでは不利になるだろう。
私は頷き、義兄にお願いをする。

「小屋に向かってほんの少し、風を送って下さい」

月義兄様が頷いたのでこちらに向かって来る3人に向かって左手で握りこんでいた折形を放った。

「…花?」
「はい。これはアサガオ…ダチュラという花です。…少し危険な種類の花にしたので念のため触らないようにしてくださいね」

効果てきめん。風に乗った花が彼らに辿り着くと男たちはバタバタと倒れていった。

「主に幻覚や幻聴などの症状が出るので、モンスターと戦いたくない時に使ったりします。…今は眠ってもらっていますが、量が多ければ呼吸が出来なくなり死にます」
「殺すことも出来る毒なのか…」

月義兄様がギョッとして後退る。

「今のうちに自警団か警備兵を」
「分かった」

月義兄様は風魔法で声を飛ばし応援要請と、日義兄様にも被害者の女性を捕まえておくよう依頼すると地べたに座り込んだ。

「ハァ…ちょっと休む」
「はい」
「ミカエラ、無事でよかった」
「はい、ありがとうございます」
「怖くはなかった?」
「はい…奥の手もありましたし」
「奥の手?」

私は右手を開き、義兄に見せた。

「二足歩行で…これは翼? これってもしかして…」
「ドラゴンです。母に教わったのは簡易版だと言ってましたが…。なんでももっと本物に近い形に、立体的に作る方法がたくさんあるのだとか」
「ハハッ。 さすがミカエラだな。…でもまぁ、使うことがなくて良かったよ。ソイツが現れたら大騒ぎになるしな」
「フフ。義兄様が来てくれるって信じてました。…義兄様たちは優しいからきっと助けてくれるって…」
「うん…何度でも助けるよ。僕も兄上も。君のことが大切だからね」

私の頭を撫でる月義兄様の手が優しい。
このままずっと3人で仲良くいられたら良いのに…でもその関係に終わりが来ることにも気づいている自分がいる。

(お母さんの心配していた通りになってきている…。このままだと…)

いまだ気を失っている連中を見ると、郷士の娘ホリンの顔が浮かぶ。無邪気に、周囲の迷惑を顧みず、2人を求めた少女…。
いずれ連中が口を割り、郷士の娘のことは分かってしまうだろうが、今は心労を増やしたくないから黙っておこう。
奥の手も使わないで済んで良かった…右手に握りこんだ折形…ドラゴンをそっとポーチの中に戻した。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

悪妃の愛娘

りーさん
恋愛
 私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。  その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。  そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!  いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!  こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。  あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!

処理中です...