上 下
12 / 54

11.折形

しおりを挟む
伯爵領に着いた翌日、ミカエラは熱を出した。
疲れや喪失感が一気に出たのだろうとの医者の見立てで、一週間部屋に籠って過ごした。
豪奢な天蓋付ベッド、美しいカブリオールレッグのチェストや鏡台、磨き込まれたテーブルに優美なソファ、葡萄のレリーフが施された可愛らしくも重厚感のあるクロゼット…場違いな気がして気後れするが、他に居場所もない。
何より、廊下にも高そうな調度品があちこちに飾られており、歩くのも緊張するのだ。部屋にいた方が少し落ち着く。

熱で朦朧としている時、マクレガー伯爵も、ジュリエッタ夫人も、義兄たちも見舞いに来て花や菓子、本を持ってきてくれた。
ジュリエッタは子守唄も歌ってくれた。優しい方だ。
後で皆に何か礼をしなくては。

元気になったミカエラは、両端の調度品に気を付けながら朝食室へ向かった。

「ご迷惑をおかけしました」
「迷惑だなんて誰も思ってないさ。疲れている所をこちらの都合で振り回してしまって悪かったね。さ、朝食にしよう」

伯爵に促され、ローヴァンが引いてくれた椅子に座る。
すぐに朝食の品が運び込まれてきた。柔らかいロールパンにカリフラワーのポタージュ、豆とチキンの煮込み…胃の負担が少なそうなものばかりだ。
ミカエラの体調に合わせて用意したのだろう。

「やはり領地の方が豆や野菜は美味しいわね」
「パンはアントンが作ったものが一番美味いな」

料理を楽しむ声が、多くはないが飛び交う。
おもむろに、向かいにいるフレデリックと目が合った。

「本は読めた?」
「あ、はい。読み書きは母に習ったので…面白かったです。物語は母が語るものを聞いていたので、紙で読むのは新鮮でした。ありがとうございます」

フレデリックからは少し子供向けの本数冊を、ローヴァンからはリボンを数巻を見舞い品としてもらっていた。
ローヴァンからもらったリボンはメイドのアネッサによって髪と一緒に編み込まれている。

「月義兄様もリボンありがとうございます。レースで縁取られたリボンが可愛くて気に入ってます」
「良く似合っているよ」

フレデリックもローヴァンもミカエラに微笑みかけるが、対するミカエラはほぼ無表情だ。
嘘を言っているとは思わないが、喜びの度合いが全く見えない。

「いただいたお見舞いのお礼をしたいのですが」
「じゃあ息子のどちらかとけっゴフ!「お礼なんて私と一緒にお茶してくれたらそれでいいわ~」

マクレガーが鳩尾みぞおちを抑えて苦しんでいる斜め横で、ジュリエッタが優雅に笑んでいる。

「父上と僕たちは折形を少し見せてもらいたいと思っているのだけど…良いかな?」
「はい。そんなもので良ければ…」
「うん、十分だよ。…本当はミカエラが元気でいてくれればそれだけで十分なんだけどね」

麗しい義兄たちの言葉にミカエラは胸を撫でおろした。

(あまり見返りを求めない人たちみたい…搾取されそうになったら逃げなさいって言われてたけれど…よかった)

食事後、早速ミカエラの部屋に3人が入室し、テーブルをはさんで向かいのソファに3人が並んで掛ける。

「作るところから見せてもらえるかな?」

マクレガー伯爵の言葉にミカエラは頷き、両の掌を上に向ける。
淡く光る、薄く真四角に伸ばされた魔力が可視化されていく。
それを近くのテーブルの上に置き、すぐ角を合わせて折っていく。

「この魔力で作った紙は何もしないでいると5秒ほどで消えますが、一度折りたたむと使用するまで残ります」
「紙を折りたたんでいくのが折形なんだ? ちなみにこれは何を作っているのかな?」
「…少し分かり易いものを。時間が少し掛かりますけどいいですか?」
「勿論。見せてと言ったのは僕たちなのだから」

細い指がくるくると動き、どんどん小さく折られ、今度は広げているがこれはどうなってしまうのか。

「ツバメです」
「へぇ…何となく分かる形をしているね」



平坦な細工がふわりと光を帯びると、本物と同じような羽やくちばしを持ち軽く体を震わせて飛び立つ。
部屋の中を飛び、クロゼットの上に止まるツバメを見て3人は唖然とした。

「…こんなことが…信じられない」

たかが鳥。だがこのような魔法を初めて見る伯爵は呻くように呟いた。次いでフレデリックが害虫対策でも気になっていたことを訊く。

「まるで本物だね…ずっとこのまま?」
「虫のように小さいものはひと季節の間くらいは本物のように動いてくれます。大きいものになると湯が沸く程度の時間しか持ちません。それと、声は出せません」
「稼働させるには大きさに比例する魔力がいるのかもしれないな…四辺の魔力に戻るのではなく消えるのかな?」

風属性のソーサラーでもあるローヴァンが推察する。

「はい。消えてしまいます」
「ちなみにツバメはどんな時に折るの?」
「近くに水場があるか、集落はあるか、危険な魔物はいるかなどを空から見てもらうのに使います。ツバメが見聞きしたものは、私にも見えたり聞こえたりするのです」
「偵察用か…。エミリオの検知魔法以上の性能になるんだな」

それまで呆然としていたマクレガー伯爵が正気と取り戻し、ミカエラの肩をガッシと捕まえる。

「ミカエラ、ここの生活に慣れて勉強が終わったら…辺境警備をしないかい?」
「へんきょう…けいび?」
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

悪妃の愛娘

りーさん
恋愛
 私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。  その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。  そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!  いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!  こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。  あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!

処理中です...