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10.麦害

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領地につくとタウンハウスよりも多い使用人たちが出迎えてくれた。
ミカエラはジュリエッタに誘われてお茶をお菓子を楽しんでいたが、マクレガー伯爵とフレデリックは慌ただしく動いている。

「…何かあったのでしょうか」
「ああ、春から夏にかけて麦が害虫被害に遭ってしまってたのよ…それで他国や他の領地から麦や代わりの主食を融通してもらうのに動いていたのよそれが届いたようだから備蓄庫にどれくらい詰めて、どれくらい各地に配るか調整しているのだと思うわ」
「…大変な時にご厄介になってしまって…」
「あら、ミカエラは全然食べないんだもの、問題ないわ。干ばつや洪水よりはずっと被害は少ないし、マクレガーが必ず何とかするから大丈夫よ。…でもまた来年も虫が出るようなら考えなきゃね」
「虫…」

ミカエラは紅茶を一口含んで考える。

「その虫の話って詳しく聞けますか?」
「ミカエラは虫が好きなの? そうねぇ、フレデリックが報告書を読んでいたから、どんな虫か知っているかもしれないわ。ミカエラが知りたがっていたって言っておくわね」

虫が好き というわけでもないが、否定せずに頷いておく。
村はずれにいる時も、害虫に悩まされた村人たちがよく母に相談していたので、同じような虫なら聞きかじった方法で対応できるかもしれない。


「麦の害虫が知りたいんだって?」

輸入した主食の分配を決めて一段落ついたフレデリックを、ジュリエッタが呼びつけて現在ミカエラと庭を散歩していた。

「黒っぽくて小さな虫がたくさん集まっていたそうだよ。翅が生えているものもいたとか。絵心がある領民が描いたスケッチがこれだよ」

ミカエラはフレデリックから小さな紙片を受け取った。

「ムギクビレアブラムシだと思います」
「ムギク…何?」
「麦やトウモロコシにつく害虫です。この虫は卵の状態で冬を越すので、冬場は杉やバラ科…この庭にあるバラやリンゴやモモの木などについている卵を探して焼く方法と、春になったらコレマンアブラバチを放ってアブラムシを食べてもらう方法があります。この対処法を取れば、来年の麦の被害は大分抑えられると思います」
「…ミカエラはそれをどうやって知ったの?」
「…お母さんが近くの村で困っている人に教えていたんです」

(ああ、これが父の言う渡り人の知識なのか)

フレデリックは金以上の価値になるであろうその助言に軽くめまいを覚えた。

(私にもローヴァンにも御し切るには過ぎた存在だろうな…)

「これをひる義兄様の指示で動いてもらいたいのです」
「…ミカエラから教えてもらった…ということは、言わないでほしいんだね?」

ミカエラは強く頷く。
フレデリックはミカエラの絹のように真直ぐな髪を撫でた。

「分かった。君から聞いたということは言わないよ。でも領民を救ってくれるお礼はさせてもらえるかな? 美味しいティーサロンを知っているんだ」

ミカエラは、今度は遠慮がちに頷いた。

「木についた卵を探すのは範囲が広すぎるし、卵も小さいだろうし困難だろうな…。麦を蒔いた後に沸いた害虫をどうにかするしかないかな。…害虫を食べてくれる蜂はどこで捕まえられるかな?」
「春になったら私が折形を使いコレマンアブラバチを”作り”ます。その後はこの地に定住してくれると思います。…それと酢や重曹、牛乳を散布しても効果があります。」
「フルーツビネガーや重曹なら手に入り易いな…。今のうちに手配して春になったら一斉に畑に撒くようにしよう」
「月に一度行った方が効果が高いので私も手伝います」
「ミカエラはもう伯爵家のお嬢様だし、領民が総出でやるから大丈夫だよ?」 
「手伝える人数は少しでも多い方がいいですし、私はやり方を知ってますから…。それに母が言ってました。『働かざる者食うべからず』と」

表情は相変わらず乏しいが、優しい子なのだと分かる。…最後の格言のようななものはよく知らないが。
フレデリックはミカエラの小さな手を自分の手で包み込んだ。
知識とそれを補完できる魔法…こうして平和に貢献している時は良いが、悪事に強要されたらと思うと…ミカエラもその可能性が分かっていて他者に告げるのを恐れている。沈黙は金だ。

「ありがとう。伯爵領のために、本当は隠しておきたかっただろう君の知識を分けてくれて。ミカエラのことは守るから、そのために私を利用して?」
ひる義兄様を利用なんてとんでもない」

困ったように少し眉根を寄せている。
もっと狡猾に、他人を利用していった方がいいのだが。そこは自分がミカエラの代わりに担おう。

「私にとっても身になるスケープゴートだよ。周りに頼りになる次期伯爵だと思わせることが出来るからね。…このことは2人の秘密にしよう」
「秘密…」

秘密を共有し合う仲間がいる。
ミカエラは少し肩の荷が下りたような気がした。一人で秘密を守るのは大変だからだ。
フレデリックに優しく抱き留められた時もひどく安堵し、自分が泣いていることも気付かずにただ目を伏せた。
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