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9.思い出

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母は時々遠くを見ている人だった。
私が10歳になった時に、故郷の”ニホン”を懐かしんでいるということを教えてくれた。
”ニホン”は別の世界にある島国で、便利なものを改造してさらに便利にするのが得意な国だと言っていた。

村はずれに隠れ住むように暮らしていたが、時々近くの村長と、数人の村人がやってくることがあった。
亡き父に恩があるとかで、多くはないであろう食料を分けてもらっていた。
その時、村人が何か相談し、母が分かる範囲で答えているのが常だった。

「ウチ兼業農家だったから、連作障害とか植え合わせくらいは教えてあげられるのよね」

ケンギョウノウカというのがよく分からないが、作物のことを訊ねられるので、色々教えているらしい。
村の特産品を聞いて新たな民芸品の話なんかもしていた。
小さな村にとっては賢者のような扱いなのだろう。

時を同じくして、手の平から水を溢れ出せたことからソーサラーの素質があることが分かった。

「魔法が使えるなんてさすがジルの子ね!」

と喜んだのもつかの間、手から魔力が離れるような魔法は上手く発動しないことが分かった。

「やっぱり私の子だからかしらねぇ…地球人は魔法使えないし」

ある日私は手の平に貯めた水を少し固めて板状にし、母が民芸品の提案で作った細い草編みの”折り鶴”を真似て作ってみた。
するとそれは水で出来た大きな鳥になった。
母はその様子を見て、私の魔法の突破口を開いだのだ。

「…こうやって被せ折りして…」
「難しい…」
「もっと難しいものもあるのよ。なんかもーリアルさ追求して普通の人じゃ折れないような…和紙っていう頑丈な紙でないと折れないようなものが。…すごいけれどそんなの折り方覚えてないし、すぐ作れて、折り畳んで持ち歩けるようなものの方がミカエラにはいいもんね」

折り紙のように魔力を折り上げることでミカエラでも魔法を使えることは分かった。が、折る時間というロスタイムが必要なため、咄嗟に使えるよう空き時間にストックを作っておくことが必須になってしまうのだ。この魔法の大きな欠点であった。

「でもお母さんとこうしているのは楽しいよ」
「そう? ウフフ…かたつむりでも作って遊ぶ? 役には立たないけど」

ちなみに工芸品として折り鶴を提案するのは止めていた。娘の魔法の触媒に関するものを公にするのは良しとせず、代わりに細く丈夫な蔓を使ってレース編みのように丸く編み込み、乾燥させてコースターやテーブルクロスを作ることを提案しておいた。

”ニホン”や父のジルを時折懐かしんだりはしていたが、前向きで明るい母だった。
そんな母を襲ったのは、通常は子供の頃に軽く罹ることで終生免疫ができる伝染病だった。
その病気に罹った子を持つ親が、村長と共に訪ねてきたのだろう。
幼少期を”ニホン”で過ごした母には耐性が無く、重症化しあっけなくこの世を去った。
隠していたブレスレットと遺言を残して。

「お母さん…」


「母親の夢を見ているようだな」

領地への長距離移動中に眠ってしまったミカエラを膝に寝かせ、上着を軽く掛けるフレデリック。
彼女に向ける顔は慈愛に満ちている。

「親を亡くしてすぐに遠い村からほぼ徒歩でやってきて、突然貴族の養女になって…疲れも出るでしょうね」
「そうだな…体調を崩すかもしれないから注意するようアネッサに言っておこう」

アネッサはミカエラ付になったメイドだ。ローヴァンほどではないが護衛も兼ねている。
母を恋しがる少女を見つめながらローヴァンがぽつりとこぼす。

「これから先が幸の多い人生だと良いが」
「私かお前が幸せにすればいいだろう?」

ローヴァンが苦笑する。

「…そうですね。いや…でも僕は爵位も領地も無いから…どうかな」
「彼女は物質的な豊かさには頓着しない気がするけどねぇ」

ミカエラは起きそうにもない。

「兄上は懇意にしている女性がいませんでしたか?」
「画家と縁がある女性とギャラリーを周って、風景画を一つ買っただけだよ。それほど親しくはなかったし、ミカエラの方が面白いと思わない?」
「兄上は絶世の美女がお好きなのかと思っていました。歌劇の女優に夢中になっていませんでしたか?」
「子供の頃(15歳)の話だろう? 女優と言うか、その役が素晴らしかったんだよ。美しい顔は自分の顔だけでたくさんだ」
「それは同感です」

父もそうであったが、災いを招くことも多いのだ、この手の顔は。

「ミカエラは可愛いじゃないか。”にいさま”と呼んでくれるし」

目が覚めないよう軽く頬を撫でる。

「…随分頬もふっくらしてきたし肌艶がよくなったね」
「食事量も少し増えましたしね」
「…このまま妹として接してあげたいけれど…」
「・・・・・・」

自治領に入るまで2人は押し黙った。
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