9 / 54
8.男衆会議
しおりを挟む
「淑女を膝に乗せるのはどうかと思うよ。それとも距離を近づけるための作戦?」
魔法の訓練を終え、着替えようと2階へ足を運び、通路の向こうにフレデリックが立っているなと思った矢先に言われて思い出したのだ。
「…小さかったので12歳の少女と勘違いしました……16歳か…」
自分の失態に思わずうずくまる。
最初に感じた”12歳くらい?”が刷り込まれてしまっていてうっかり子ども扱いしてしまった。なんてことを。
「…後で彼女に謝っておきます。それより兄上、夕食後に時間取れますか?」
「夕食後?…まぁ大丈夫だけれど」
「父上と兄上に相談したいことがあります。父上にはこれから都合を聞きに行きますので、仮の予定としておいてください」
「分かった」
失態から逃れるように部屋に滑り込み、がっくりとうなだれる。
ミカエラ自身も最初嫌がりはしたものの恥ずかしがる様子がなかったから、淑女な年頃と言うのがまるで抜けてしまっていた。
「ハァ…まぁ、ミカエラも兄妹のコミュニケーションくらいに思っているんだろうな」
本当に先が長い。
城から戻ってきた父との都合も付け、男3人は1階の遊戯室に入った。
女性たちは男性陣がビリヤードの腕を競っているとでも思うだろう。
「ミカエラの魔法についての報告か?」
「はい」
「基本的な所から話しますと、ミカエラは魔法の遠隔が出来ないようです。魔力が手から離れると大気に溶けてしまうのです。」
「魔力が低いということ?」
「いえ、低くはありません。手の平から水を出したりは出来るのですが、その水を目の前の木に投げつけたりすることが難しいようです。」
「近接のみだと魔法の特性の8割は損している感じだな」
「ミカエラは水属性なの?」
マクレガー伯爵の失望やフレデリックの質問はごく普通だ。しかしミカエラは普通ではない。
「分からないそうです」
「水が出せるのに分からない?」
「ミカエラは母親が住んでいた国の伝統工芸を結び付けた魔法を編み出しました。”折形”というそうです。
折形はまず手の平に魔力を薄く伸ばし、四辺の布…紙のようなものを作り出します。それを目的に応じて様々な形に折るそうです。魔力の紙を何度も折り曲げていくことで魔力を練るように強くなっていき、ミカエラの手を離れても形を維持することが出来るのだとか…。」
「待て、新たな魔法系統を生み出したというのか?」
「渡り人様が近くにいたからこそ出来た苦肉の策なのだと思います。」
伯爵は次第に事の重要さを感じていた。
「属性に属さない…目的に応じて”何でもできる”魔法なのか?」
「確証はありませんが、そういうことだと思います。渡り人様の母に言われて秘匿しているようです」
「英断だ。こんなことが知れ渡ったらとんでもないことになる…。フレデリックもローヴァンも今の話は誰にも話してはならないぞ」
「勿論です」
「ちなみにその折った魔力はどうやって使うの?」
のんびりとフレデリックが問う。まぁ次期当主になる男が口が軽いわけはないので、了承した上での質問だろう。
「僕が見た時は…”シュリケン”という、なんでも母親の国の昔の武器を模したという折形を投げてましたね。次の瞬間目の前のジャイアントボアの首がパックリ裂けて絶命していました」
「…剣や槌で相手にするより遥かに容易に倒せるわけだ」
感心したようにフレデリックが言う
「ちょっと実演してもらいたいね」
「領地に戻ってからだな。王都で変な波風は立てたくない」
話を切り上げるよう、マクレガー伯爵はソファから立ち上がる。
ローヴァンの報告もここまでと悟ったフレデリックも腰を上げる。
「帰郷を一日早める。しっかり準備するように」
「「分かりました」」
マクレガー伯爵に取って少々頭の痛い話なのだろう。今後の対策を練るべくさっさと自室に引き上げてしまった。
「俄然面白くなってきたね」
にこやかにローヴァンに話しかけるフレデリック。
ただ楽しがって笑っているのではなく、その表情は昏い。
「面白い、とは」
「”折形さえ出来れば何でもできる”なんて魔法、魔導研究所でも王族でも欲しがると思うよ。それを父は秘匿することにした…。実験材料にされるであろう渡り人様の遺児を守るつもりもあるんだろうけど、伯爵領であの子の力を独占するつもりだよ」
「独占など…臣下の立場では難しいと思いますが…」
「領地に留め置いて上手いこと隠すつもりなんじゃないかなぁ? あの子も表立って行動することを望んでいないようだし…利害が一致してしまうと思うんだよね」
フレデリックは伯爵領を継ぐ人間だ。ミカエラがもたらす利益を勘定しているのかもしれない。
「どうでしょう…騎士団に入るつもりがあるようでしたが」
「その場合はローヴァンが目付け役として色々隠蔽しないとだね」
確かに一目を気にしなければならない所に身を置くのは、伯爵領に留めておくよりも苦労するだろう。
想像してげんなりとするローヴァンを見て、フレデリックはクスクス笑う。今度は楽しそうに。
「ミカエラに強要はしたくないけれど、彼女と領地の為に私は彼女を妻とすべく行動することにするよ。魔法は強大だけど…性格は控えめで可愛らしいしね」
決して利益の為だけではない、と付け足す。だが真意のほどは分からない。
「僕は彼女の意志を尊重します。ミカエラは貴族ではないのだし我々よりもっと自由であるべきだ。政略に使うべきではない」
「では父の特命を放棄せずに私を阻止しなさい」
「あ…」
勝負しようともせず、兄に押し付けようとしていたことがバレていたようだ。
あれか? 膝に乗せて子供扱いしていたことで分かってしまったのか?
フレデリックはローヴァンを焚きつけるために価値や損益の話を持ち出したのだ。
魔法の訓練を終え、着替えようと2階へ足を運び、通路の向こうにフレデリックが立っているなと思った矢先に言われて思い出したのだ。
「…小さかったので12歳の少女と勘違いしました……16歳か…」
自分の失態に思わずうずくまる。
最初に感じた”12歳くらい?”が刷り込まれてしまっていてうっかり子ども扱いしてしまった。なんてことを。
「…後で彼女に謝っておきます。それより兄上、夕食後に時間取れますか?」
「夕食後?…まぁ大丈夫だけれど」
「父上と兄上に相談したいことがあります。父上にはこれから都合を聞きに行きますので、仮の予定としておいてください」
「分かった」
失態から逃れるように部屋に滑り込み、がっくりとうなだれる。
ミカエラ自身も最初嫌がりはしたものの恥ずかしがる様子がなかったから、淑女な年頃と言うのがまるで抜けてしまっていた。
「ハァ…まぁ、ミカエラも兄妹のコミュニケーションくらいに思っているんだろうな」
本当に先が長い。
城から戻ってきた父との都合も付け、男3人は1階の遊戯室に入った。
女性たちは男性陣がビリヤードの腕を競っているとでも思うだろう。
「ミカエラの魔法についての報告か?」
「はい」
「基本的な所から話しますと、ミカエラは魔法の遠隔が出来ないようです。魔力が手から離れると大気に溶けてしまうのです。」
「魔力が低いということ?」
「いえ、低くはありません。手の平から水を出したりは出来るのですが、その水を目の前の木に投げつけたりすることが難しいようです。」
「近接のみだと魔法の特性の8割は損している感じだな」
「ミカエラは水属性なの?」
マクレガー伯爵の失望やフレデリックの質問はごく普通だ。しかしミカエラは普通ではない。
「分からないそうです」
「水が出せるのに分からない?」
「ミカエラは母親が住んでいた国の伝統工芸を結び付けた魔法を編み出しました。”折形”というそうです。
折形はまず手の平に魔力を薄く伸ばし、四辺の布…紙のようなものを作り出します。それを目的に応じて様々な形に折るそうです。魔力の紙を何度も折り曲げていくことで魔力を練るように強くなっていき、ミカエラの手を離れても形を維持することが出来るのだとか…。」
「待て、新たな魔法系統を生み出したというのか?」
「渡り人様が近くにいたからこそ出来た苦肉の策なのだと思います。」
伯爵は次第に事の重要さを感じていた。
「属性に属さない…目的に応じて”何でもできる”魔法なのか?」
「確証はありませんが、そういうことだと思います。渡り人様の母に言われて秘匿しているようです」
「英断だ。こんなことが知れ渡ったらとんでもないことになる…。フレデリックもローヴァンも今の話は誰にも話してはならないぞ」
「勿論です」
「ちなみにその折った魔力はどうやって使うの?」
のんびりとフレデリックが問う。まぁ次期当主になる男が口が軽いわけはないので、了承した上での質問だろう。
「僕が見た時は…”シュリケン”という、なんでも母親の国の昔の武器を模したという折形を投げてましたね。次の瞬間目の前のジャイアントボアの首がパックリ裂けて絶命していました」
「…剣や槌で相手にするより遥かに容易に倒せるわけだ」
感心したようにフレデリックが言う
「ちょっと実演してもらいたいね」
「領地に戻ってからだな。王都で変な波風は立てたくない」
話を切り上げるよう、マクレガー伯爵はソファから立ち上がる。
ローヴァンの報告もここまでと悟ったフレデリックも腰を上げる。
「帰郷を一日早める。しっかり準備するように」
「「分かりました」」
マクレガー伯爵に取って少々頭の痛い話なのだろう。今後の対策を練るべくさっさと自室に引き上げてしまった。
「俄然面白くなってきたね」
にこやかにローヴァンに話しかけるフレデリック。
ただ楽しがって笑っているのではなく、その表情は昏い。
「面白い、とは」
「”折形さえ出来れば何でもできる”なんて魔法、魔導研究所でも王族でも欲しがると思うよ。それを父は秘匿することにした…。実験材料にされるであろう渡り人様の遺児を守るつもりもあるんだろうけど、伯爵領であの子の力を独占するつもりだよ」
「独占など…臣下の立場では難しいと思いますが…」
「領地に留め置いて上手いこと隠すつもりなんじゃないかなぁ? あの子も表立って行動することを望んでいないようだし…利害が一致してしまうと思うんだよね」
フレデリックは伯爵領を継ぐ人間だ。ミカエラがもたらす利益を勘定しているのかもしれない。
「どうでしょう…騎士団に入るつもりがあるようでしたが」
「その場合はローヴァンが目付け役として色々隠蔽しないとだね」
確かに一目を気にしなければならない所に身を置くのは、伯爵領に留めておくよりも苦労するだろう。
想像してげんなりとするローヴァンを見て、フレデリックはクスクス笑う。今度は楽しそうに。
「ミカエラに強要はしたくないけれど、彼女と領地の為に私は彼女を妻とすべく行動することにするよ。魔法は強大だけど…性格は控えめで可愛らしいしね」
決して利益の為だけではない、と付け足す。だが真意のほどは分からない。
「僕は彼女の意志を尊重します。ミカエラは貴族ではないのだし我々よりもっと自由であるべきだ。政略に使うべきではない」
「では父の特命を放棄せずに私を阻止しなさい」
「あ…」
勝負しようともせず、兄に押し付けようとしていたことがバレていたようだ。
あれか? 膝に乗せて子供扱いしていたことで分かってしまったのか?
フレデリックはローヴァンを焚きつけるために価値や損益の話を持ち出したのだ。
0
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の逆襲~バッドエンドからのスタート
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
重要ミッション!悪役令嬢になってバッドエンドを回避せよ!
バッドエンドを迎えれば、ゲームの世界に閉じ込められる?!その上攻略キャラの好感度はマイナス100!バーチャルゲームの悪役令嬢は色々辛いよ
<完結済みです>
【完結】初恋相手にぞっこんな腹黒エリート魔術師は、ポンコツになって私を困らせる
季邑 えり
恋愛
サザン帝国の魔術師、アユフィーラは、ある日とんでもない命令をされた。
「隣国に行って、優秀な魔術師と結婚して連れて来い」
常に人手不足の帝国は、ヘッドハンティングの一つとして、アユフィーラに命じた。それは、彼女の学園時代のかつての恋人が、今や隣国での優秀な魔術師として、有名になっているからだった。
シキズキ・ドース。学園では、アユフィーラに一方的に愛を囁いた彼だったが、4年前に彼女を捨てたのも、彼だった。アユフィーラは、かつての恋人に仕返しすることを思い、隣国に行くことを決めた。
だが、シキズキも秘密の命令を受けていた。お互いを想い合う二人の、絡んでほどけなくなったお話。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる