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第54話 悪い事は連鎖する

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「ファンの方は、宿舎に来ないよう言われていますよ」
 
「そんなこと、どうでもいい。あの男は何? おじさんと水族館デートってどういうこと?」
 
 警告をどうでもいいと切り捨てられ、迫りくる男。流石にやばいかもしれない、と体が硬直する。それに、何故俺がジノ兄さんと水族館に行っているのを知っているのか。あの時の写真はどこにも使わずにいたのに。
 
「ねえ、シグレ、答えて。なんで、俺がいるのに、他の男とデートするの?」
「デート……じゃないです。お世話になってるプロデューサーと遊びに行っただけですよ」
「それをデートだって、言ってんだ!!!!!」
 
 男は大きな声で叫んだ。あまりのことに身体が震える。どうすればいいのだろう、混乱すれば混乱するほど身体は動かなくなる。
 
 男は手を振り上げた。叩かれる。
 
 頭の中が真っ白になる。怖い、叩かないで、怖い、叩かないで、叩かないで。
 
 ああ、どうしよう! どうしよう! どうしよう!! ごめんなさい!!! おとぉ……
 
「さっきから、うるさい!!!! 警察に通報しましたから!!!」
 
 向かいのマンションから女性の甲高い声が響いた。
 バッとそちらを見ると、マンションのベランダから輪郭を包帯巻きにし、鼻にギブスを着けた女性がスマートフォンを握ってこちらを見ていた。
 
「クソアマ! 俺たちの邪魔をするな!」
「侵入者のくせに! ずっと聞いてたからね! さっさと捕まれ! 不法侵入者!」
 
 その言葉で男は状況がわかったのだろう、舌打ちをすると敷地内から逃げようとする。しかし、それよりも早く警察のサイレンが近づいていた。
 
 
「シグレ!」
 
 後ろから声がする。振り向くとそこには、ソンジュンとハオランが慌てた形相でこちらに向かってきていた。
 
 
 
 
 
 その日の仕事は流石にお休みをした。事務所からの心遣いでもあったと思う。流石に、こんな事件が起こるとは前代未聞だろうし。
 
 事務所からはファンに向けての警告文が出ており、事件の概要についても告知されている。
 ネットニュースにも勿論なったし、そのコメントは様々だ。
 
 俺に優しいコメントも、「あんなイロモノなことをしてたから」という厳しいコメントもある。
 最近、部屋まで来て、声を掛けてきた人はやはりあの人だったらしい。
 
 【シグレ、大丈夫か? 】
 
 ぼおっと、天井を見つめていた俺に連絡をくれたのは、オーガストくん。
 
 【怪我はしてないから、大丈夫だよ】
 【でも、怖かっただろ】
 【まあね、でも、凶器は無かったから】
 
 【そうじゃないけど……無理すんなよ、いつでも話聞くから】
 
 優しい言葉から本当に心配してくれてるのが伝わってくる。
 
 【ありがとう】
 
 けど、それに気を効いたことを返せない。勿論男のことは怖かった。でも、それ以上にあの時確かに思い出したのだ。
 
 今まで思い出したことのない血の繋がらない父の顔を・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 思い出したくなかった記憶は、俺が捨てられたことを改めて理解させられてしまう。
 
「アイドルに、なったのは、間違えだったのかな」
 
 アイドルにならなければ、こんな怖い目に合わなかった。アイドルにならなければ、こんな思い出したくないことを思い出さなくてよかった。
 
 アイドルにならなければ、誰かのために身を犠牲にしなくてよかった。
 
 ジウの曲が認められればよかった。だって、彼は天才だから。けど、結局彼の曲よりも、ダウンと俺のミックステープのがみんな知っている。
 ジウのスター性をみんなに知ってほしかった。けど、結局今はイロモノの俺が悪い意味でも目立ってしまっている。
 
 今まで自分が行ってきたことが、すべて裏目に出ている気がしてならない。
 
 なんならば、今回の原因は突き詰めれば、俺がセファンさんの美味しい話に食らいついてしまったからでもある。
 
 自分が今まで行ってきた献身は間違っていた。そう思ってしまう。
 
 ぼろぼろと涙を溢しながら、俺は目を瞑る。今だけは、何も、何も考えたくない。
 
 体も心もボロボロの俺は、案外すんなりと眠りにつく。
 
 どうか、今日くらいはいい夢を見せてほしい。
 どんな夢を見ていたかはわからない。けれど、どこかの長閑な田舎でのんびり過ごす自分がいたような気がする。
 
 穏やかな気持ちの中、外は無情にも日が昇る。
 まだ、日が昇って直後の朝、スマートフォンから鳴り響き続ける着信音で起こされた。
 
「んんっ、誰だ……?」
 
 着信には、イファンさんの文字。
 
「……もしもし、シグレです。遅くなり『シグレ! 聞いてくれ、これは大事なことなんだ』
 
 悠長に寝ぼけた俺に対して、イファンさんは焦りに焦った様子で、只事でない雰囲気に俺は目が醒めた。
 
「な、なんですか?」
『ピ・ユリが……』

「え?」
 
 続けられた言葉に、俺は絶句する。
 
 
 
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