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第51話 悪の痛み

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 ニードルが近づいていく。そして、俺の右乳首の外側の印へと当てられた。
 
「行くよ」
 
 ぐっ。
 
「あ゛ぅ……ッんんんん!!!!」
 
 自分の身体に大きなニードルが真横に貫通していく。痛みとカアっと熱くなる患部。金属の棒がズリズリと反対方向と抜けていく。そして、一度止められて、ハサミが外された。
 あまりの痛みに意識が飛びそう。ぼたぼたと涙は頬を伝っていった。口枷のシリコンを噛み締めて、呼吸が無意識に止まる。痛みによって引き攣る身体は、小刻みに変な力の入り方をして、まるで痙攣を起こしているようだ。
 
 カチャカチャ
 
 小さなはずの金属音がよく聞こえる。ズリズリと金属が抜けていき、最後はボディーピアスピアスが止められた。痛みで蹲るように項垂れた頭。視界に入る乳首には最初に見せられた赤い宝石がギラギラと輝いていた。
 
「一個目綺麗に着けられた、あともう一つか」
 
 まだあるのか。ぐっと身体に力が入る。そして、ハサミがもう一度俺の乳首を同じように潰された。
 
「あああっああああ゛!!」
 
 俺の汚い叫び声が、部屋に響き渡った。
 
 
 
 両乳首に赤い宝石がキラキラと光る。
 
「一ヶ月は乳首は優しくしなきゃ駄目だって。思えば、今日は激しい運動もできないのか。順番間違えたかな。まあでも、いいよね」
 
 ジノ兄さんは大層嬉しそうに笑いながら、スマートフォンのカメラを俺に向けた。
 
 パシャリ
 
 空虚な機械のシャッター音が鳴る。ああ、どんな姿をしているのだろうか。俺にはわからなかった。鈍痛で麻痺しすぎた感覚のせいで、何も考えることはできない。垂れ流される涙と鼻水と涎は、項垂れた顔から床へとダラダラと垂れていく。
 
「残りは、別のときに使おうか、ねえ、シグレ」
 
 不穏な問い掛けに何も答えられず、覗き込んだジノ兄さんの瞳をただ見つめた。
 
 
 次の日は結局お店から水族館へと向かうことになった。首にはまだ首輪が着いているが、遠くから見たらわからないように、ジノ兄さんが用意した黒のオーバーサイズなタートルネックで隠す。乳首も血がまだ滲んでくるのでガーゼを貼り、鎮痛剤と化膿止めもちゃんと服用した。
 
「んっ、かわいいね、シグレ。手首はなるべく隠してね、縄の痕があるから」
「はい」
 
 自分の手首と足首、胴回りには昨日の縄による痕と擦過傷が残っている。そんなに長い時間縛られてはいなかったが、ピアスを開けたときに無意識に暴れていたのだろう。あの後は、セックスもせず、ジノ兄さんに抱きしめられてグズグズと甘やかされていた。ただ、あの大きなソファしかなかったので、そこまで寝心地は良くなかった。
 
 水族館に入り、通路に沿って、様々な魚を見ていく。初めての水族館、本当にこんなに大きな水槽があるのかと驚きが隠せないでいた。
 
「わあ、『くらげ』だ」
 
 他よりも一段と暗い場所に置かれた大きなクラゲの水槽を見上げながら、思わず日本語で呟いてしまった。クラゲの韓国語を知らないのもあるけど。
 
「『くぁげ』?」
「あ、えーっと……くらげ해파리です!」
 
 紹介文の名前のところを読み、韓国語で発音するとジノ兄さんは「日本語だとそういうのか」とふむふむと頷いていた。
 
「水族館……レジャー施設で外国語か、ちょっと今度番組提案してみるか」
「いいですね、日本語だけじゃなくて、英語とか、タイ語とか色々まぜこぜでやるの面白そうです」
「ああ、韓国アイドルも多国籍になってきたしな、勿論日本語はシグレかな?」
「わーい、嬉しいです」
 
 何だかんだ仕事が離れないジノ兄さん。昨日は酷い目にあったけど、なんだかんだこういうところを見ると絆されてしまう自分がいる。
 そして、もう一度水槽に目をやる。丸くて白いクラゲがふわふわと水の中を漂っていた。
 初めて、クラゲを間近で見た。小学生の頃、臨海学校で刺されたことはあったけれど。
 
「ジウ、たちも、見に来たことあるのかな……」
 
 ふと、そんなことが頭に浮かび、つい口から出たその言葉は、隣のジノ兄さんに拾われた。
 
「ここは定番のレジャー施設だからね、都市部に来ているほとんどの子が来てると思うよ」
「そうなんですか?  俺より先にこの美しさ知ってるんですね、ほとんどの子が」
 
「さあ、これを美しいと思って見てる子がどのくらいいるのか、それは人それぞれ。何なら、ここではイルカと泳ぐ人魚ショーが有名で、魚よりそっちの印象が強いんじゃないかな」
 
 ハッとさせられた。俺は皆間違いなく、この光景が美しいと思っていると考えていた。
 けど、他の人がそう思っているかはわからない。もしかしたら、クラゲすら気づかれず素通りされているかもしれないのだ。
 
「アイドルもそう。その存在に気づかれなきゃいけない。気づかれても、それをどう思うかなんて、その人次第だ」
 
「そうですね……」
 
 ふと脳裏に過ぎったのは、いつかの落ち込むジウ姿。たしかに、あの時俺はただ彼が可哀想と思っていた。こんなに才能があるのにと、どこか憤慨していた気持ちもある。
 けれど、それを俺たちがどうこうできる立場ではない。
 
「難しいですね」
「ああ、難しいな」
 
 ぼおっとクラゲを暫く眺めたあと、俺たちはまたゆっくりと順路を進んだ。
 
 
 
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