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第48話 夢の裂け目を覗く

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 たしかに、そうかもしれない。

 強い視線に今自分が揺らぎを、もう一度考える。正攻法で夢を叶えた人も、俺には想像できない辛いことに耐えているかもしれない。
 オーガストくんのメッセージにも相当苦労していそうな雰囲気もある。
 そう、だよね。心の中が少しだけ、整理がついてくる。するとイファンさんが、ギュッと俺を抱きしめた。
 
悪くて何が悪い・・・・・・・、それぐらいの気持ちでいていいんだよ、俺達は。夢のために、頑張ろう」
 
「いふぁ、んさぁん、ぅッ、ううっ、ぐ」
 
 気づいたら、その胸の中で涙を流し続ける。強く強く抱きしめられた俺は、ずっと泣き続け、最後は泣きつかれて眠ってしまった。
 目を覚ますと、既に翌日の昼頃である。
 起きてすぐ確認したスマートフォンには、セファン兄さんからメッセージがあった。
 
 【イファンから聞いた。少し紹介詰めすぎたよな、今日から普通にその部屋を使って休暇を楽しんでくれ。途中、ジノさんの日本語番組の撮影あるけど、その後はジノ兄さんと遊んできたらいいよ】
 
 そう書かれていた。
 
 実際にゆっくり休んだ次の日は日が昇る前にモーニングコールで起こされ、邸宅前まで来た事務所の車に乗り込んだ。そして、もう見慣れた番組撮影所だ。

 
 撮影所に着き、まず行ったのはヘアメイクと衣装着替え。ユドンさん以外にヘアメイクしてもらうのは久々だったため、少しドキドキしてしまった。
 しかも、エクステではなく今回はハーフウィッグでかぐや姫ヘアをセットしたし、新しいことだらけだ。
 そして、用意されていた衣装に着替え、各処挨拶回りをする。
 芸能人の諸先輩方に挨拶をすると、気のいい人も、冷たくあしらう人もそれぞれだ。
 中には、先輩アイドルの「BILIBILI」にいる日本人メンバー・シュウさんにもお会いした。
 
「わあ、会ってみたかったんだよね、かぐや姫!」
「ぼ、僕もお会いできて)」
 
 その中で、この前お会いしたピ・ユリ先輩も居り、今日はゲストで来ていたようだ。
 
「シグくんよね? 今日はよろしくね」
「はい、よろしくおねがいします!」
 
 そうやって優しく握手もしてくれて、やはり国民的アイドルは違うなと本当に思った。
 
 そして、敢えて最後に向かったのはジノ兄さんのところだ。
 
「おはようございます、ジノ兄さん! 今日はよろしくおねがいします」
「あ、シグレ、この前ぶりだね」
 
 そう言って、優しく頭を撫でてくれるジノ兄さん。ジノ兄さんは、やはりSEXでは意地悪だが、それ以外はとても優しいと思う。特に最近はあまりいい出会いをしてないので、比較的に甘えられる人に会えたのはよかった。
 
「はい、ジノ兄さんはこの前体調悪そうでしたけど、大丈夫でしたか?」
「ああ……まあね、今は元気だよ」
 
 ジノ兄さんは少し曖昧な笑みを浮かべるが、俺はそれに気づきつつも、「どんな人にも大変なことがある」とこの前気付けたので、深く触れないでいた。


 撮影自体はするする進んだ。韓国語と日本語が入り交じり、色んなゲームを皆でする。
 日本で昔流行ったゲームや、地域ごとのじゃんけんとかの話もした。
 ショウさんのじゃんけんの言葉が長すぎて、韓国の芸人さんが口をぽかんとしてたのは面白かった。
 俺はピユリさんが歌に会わせて、シュウさんとバックダンサーばりに踊ったりもした。
 他にも、新人アイドルとして、日本語問題に挑戦するゲームに参加した。と言っても、俺は勉強が得意ではなく、「献身・・」という字の、犬を尤と書いてしまうくらいには漢字は書けない。
 
「かぐや姫! しっかりしてくれ!」
 
 けらけらと笑うシュウさんに、俺は「すみません」と困ったように眉を下げる。周りも皆「かぐや姫ー!」と間違えるたびに笑われた。監督の様子を見ると、満足そうなので、その役目で合ってるようでよかった。
 
 かぐや姫弄りや、『墨』を踊ったりと、初めての回にしてはやれることはやった気がする。
 
 撮影が終わり、ウィッグを外すと、そのままジノ兄さんとご飯に向かう。駐車場で見たジノ兄さんの車に乗り、いつかのあの小料理屋に向かった。
 
 今日は下の階でご飯らしく、個室の座敷に通される。そして、ジノ兄さんに促されるまま、料理をいくつか注文をした。
 
「明日はどこ行きたい?」
 
 届いた料理を食べていると、ジノ兄さんがそう聞いてきた。



 俺は口にあったものをとりあえず飲み込み、返事をする。
 
「え?」
「市内にはなるけどね」
「そ、それな、ら、俺、水族館行きたいです……」
 
「いいね、水族館、じゃあ、明日は水族館だね」
 
 ジノ兄さんの言葉に、俺は目を輝かせる。セックスは酷いけど、やはり一番頼りになる人だなと思う。
 ご飯を食べると、そのまま店の奥へと行き、前に来たとき以来のエレベーターに乗り込む。
 
 そして、以前降りた階でエレベーターの扉が開いた。するとすぐそこにスーツを着たガラの悪そうな人が立っていた。その男の人は、ジノ兄さんを見て、ぱっと頭を下げた。
 
「あ、オーナーお疲れさまです」
「お疲れ、ヒョヌ。そっちの部屋借りるよ」
「はい! じゃあ、あの、アレ始めますね!」
 
 以前は奥の部屋だったが、今度はエレベーターに一番近い部屋にジノ兄さんと共に入る。そこは高級なカラオケ店の個室みたいな感じで、随分小綺麗な部屋。
 大きく高そうな猫脚で赤ベルベットのソファと、ソファと対になるような猫脚のテーブルが置かれている。
 
 中に入り、二人きりの空間だ。ジノ兄さんは座る前に、テーブルに置かれたリモコンで大きな画面の電源をつけた。そこには、いつか二人でいたあの部屋が写されている。
 しかし、あの時と違うのはその部屋は随分広くなり、埋め尽くすだけの人がいたのだ。人混みのガヤガヤとした音だけでもそこそこの人がいるのがわかる。
 
「これは、一体なんですか?」
「私のもう一つの稼業かな。まあ見ててよ、面白いからさ」
 
 自分の隣に腰を掛けたジノ兄さんにすり寄りながら質問すると、俺の頭をなでながらリモコンでテレビを示す。
 促されるまま俺は、またテレビに目を映す。すると一体を写していたカメラの視点は移動し、拡張された部屋側のステージを映した。

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