悪の献身 〜アイドルを夢見る少年は、優しい大人に囲まれて今日も頑張ります〜

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第46話 夢なのか、これは

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 最初のタイトル曲『iridescent』での活動が最後の日。
 夜にファンに向けての生放送をした。
 コメントにも勿論、心優しい言葉も心無い言葉も混同している。今までの活動お疲れ様と、もう一つ大事なことを発表する。
 
「ファンの皆さんに、今日はサプライズです!」
 
 そう高らかに話したのは、ソンジュン。俺たちはその周りで、「ヒューヒュー」と盛り上げに徹する。
 
「楽園の夜 パラニュイ、甘い夢Sweet dreamを見るにはロゴの悪い夢を食べるバグと、美しい歌が必要です。美しい歌、それは、ファンの皆さんが僕たちへ素敵な愛をくれる歌」
 
 スンギの言葉にみんな頷く。
 
「僕たちは、こう呼びましょう、ララバイ子守唄と!」
 
 そして、続いたハオランの言葉は真っ直ぐにファンに向けての言葉だ。
 
「これからも、どうか素敵な子守唄・・・・・・を聞かせてください。
 僕たちのララバイ。僕たちのファンの名前です」
 
 ダウンがにっこりと作った笑顔で言う。含みある言葉。これは俺たちから、ファンへの贈り物おねがい
 
「ララバイの素敵な愛で素敵な夜を作り上げましょう」
 
 俺もまたそう言葉を続ける。
 
 どうか、素敵な愛だけを俺達に、そう願うことしかできない。
 
 こうしてこの世に、パラニュイのファン、ララバイが誕生した。
 
 
 
 タイトル曲の活動が終わり、俺たちはまた宿舎と会社を行ったり来たりする日々に戻った。
 
 正直、少しばかり寂しくもあり、ホッとする気持ちもある。
 善意と悪意と狂気。様々な気持ちに触れて、疲れてしまった。
 
 姫カットだった髪のエクステも外し、髪のメンテナンスからも開放され、エクステ装着前よりも少し長くなった髪を自然のママにしていた。
 
 鏡に映る自分は、随分と疲れているのがわかる。
 
 けれども、俺は約束があるため、宿舎から出ていく。
 
(あ、今日もいる)
 
 疲れた心は、目の前の光景のせいで、更に悲しい気持ちになる。
 ここ連日、十人くらいのファン達が宿舎前にいる。何人かは俺達に声を掛けてくる。
 顔ぶれは同じ人も初めての人も混合している。マネージャーからは相手にするなと言われているから、何も反応せず顔を隠すようにして、呼んだタクシーに乗り込んだ。
 ぱっと、後ろを見ると女の子たちが慌ててスマートフォンを弄っている。
 
 【すみません、もしかしたら着けられるかもです】
 
 メールした先はセファン兄さん。今日は久々にあの低層マンションに行く日だ。
 
 【あるあるだなあ。仕方ない、〇〇ビルの駐車場まで車回すからそこに行け】
 
 セファン兄さんの素早い返信に、俺はタクシーの人に行き先変更を告げる。指定されたビルには、映画製作会社が入ってるから、怪しまれず乗り換えができるのだろう。
 
(大変だな…… でも、やるしかない…… それしか道がない)
 
 少し前に社長と話したことを思い出す。
 
「シグレ、2枚目のアルバム出すために、この事務所皆のために、どうか協力してくれ」
 
 皆の夢や希望が辛く俺の方を伸し掛かる。
 
「一枚目は売れはしたが、目標には及んでいないし、この先もどうなるのかわからない。ただ、残りの資金繰りが、難しいんだ。でも、ここで空白期間があったら、ファンが離れてしまう」
 
 そう頭を下げた社長に、俺は「勿論ですよ、俺頑張りますから」と返事すること以外ができなかった。
 
 ただひたすら求め続けた夢。皆でアイドルデビューするという夢。
 叶えられれば、そこから幸せしかないと思っていた。
 眩しくてずっと望んでいた夢。パラニュイがトップアイドルになる夢。
 それに向かって走り続ければ、楽しい未来しかない思ってた。
 
 俺に光を与えてくれたジウの曲を、世界の人に聞いてもらう夢。
 
 ただただ、俺が一人で描いた夢だけど、これのためなら何でも出来ると思っていた。
 
あの人・・・にはお願いしてある、融資者を募って、イベントをしてくれるそうだ。失敗は許されないんだ、シグレ、頼んだぞ」
 
 あの人とは、セファン兄さんのことだ。今まではアイドルデビューするために必要な人だけという条件だったため、紹介は殆どなかった。
 しかし、これからはお金を融資してくれる人もどんどん紹介してくれる・・・・・・・のだろう。
 これから、どうなるのかわからない。
 
「シグレに出会えてよかった」
 
 そう笑う社長と事務所の役員。安堵するマネージャー。
 
 あの時、俺が住んでいた児童養護施設でスカウトしてきたのは社長だ。
 そして、知り合いを伝い、とある夫婦の養子となった俺は、すぐに韓国に連れてこられた。
 
 あの時は、俺のやっと出来た夢を胸に、慣れない国の生活に精一杯ついていった。
 
 その夢が、少しずつ少しずつ大きくなり、みんなの夢と混ざり合い、美しく大きな夢となった。
 
 その大きな皆の夢に、いつの間にかパキリッとヒビが入っていた。
 誰が、何が、いつかのか、出来たヒビは、大きく大きく広がっていく。
 
 夢が傷つく原因はなんだろう。
 俺たちの力不足と、事務所のどうにもならない金回りの話、他の大きな事務所の新人。
 俺達の夢はいつの間にか現実に殴られて、ボロボロになっていたせいなのかもしれない。
 いや、それよりも昔からハリボテだったのかもしれない。
 
 そして、俺はメンバーの誰よりも早く、その夢のヒビの中を遂に見てしまった。
 
(ああ、バクがいたら食べてほしい、甘い夢だけ見たかった)
 
 もし、今の状況を例えるならば、俺は、今、悪夢を見ているのかもしれない。
 
 仮定の話が、浮かんでは消え、浮かんでは消え。
 今まで頑張ってきた心が荒んできているのが、自分でもわかるのだ。
 
 考えるのはやめよう。そう諦めの中で決意した俺は、タクシーから流れていくいつもの道をただ眺めていた。
 
 
 
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