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第45話 夢に現れるのは

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 もしかして、とは思うけども、あの時の相手の顔は見たとはいえ一瞬だったため覚えていない。
 
「シグレはかわいいね」
「そうですか?」
「うん、かわいい」
 
 男はグイグイと前に近寄ってくるので、少しばかり距離を保ちつつ、手際よくサインをして、質問に目を通す。
 
「“結婚するならどんな結婚式がいい? ”ですか……」
 
 なかなか特殊な質問だ。
 
「うーーーん、相手に合わせます。あんまりそういうの考えたことないですね」
 
 想定してなかったため、少し悩んだあと、誠実に答えると、眼の前の彼、テハンさんは目尻をキッと吊り上げた。
 
大事な二人のこと・・・・・・・・なのに? それは失礼じゃない?」
「その時はその時でもう少し考えますよ~」
 
 語気が荒くなってきた彼に少し警戒していると、マネージャーが俺の後ろから「時間です」と退席を促す。しかし、男は聞こえないふりをして退く気配もない。
 
「シグレはウェディングドレス似合いそうだよね」
「あはは、僕は男ですからスーツですよ、すみません、お時間が……」
「男、男でも着ればいいと思う、誰よりも似合うし、そしたら俺もスーツを……」
 
 会話を続けようとする彼に、マネージャーから声がかかった。
 
「退いてください。進行の妨げは今後ブラックリスト入りですよ」
 
 男はその言葉にあからさまと言える位顔を顰めた。そして、俺から渡されたブックレットを受け取ると、マネージャーに向かって舌打ちをして去っていく。
 
 まさかのことに俺は硬直していたが、次に来た優しそうなおじさんがスゴイ心配していたのを見て、気を取り直した。
 その後もその白いパーカーの人は会場内にいて、じっと俺を見ていた。
 
 サイン会終わりのバンの中でも、やはり白パーカーの男は話題になった。
 
「あの、人、こ、わかったです」
「そうだね、ルイズー……」
「シグレのこと、しか、聞かないし」
 
 隣りに座ったルイズーもあの異様さは強かったようで、いつも以上にたどたどしい韓国語でそう語りかけてきた。
 
「俺、シグレの知ってること何でも教えてくれって質問されたけど、料理洗濯炊事担当って書いたら、“お嫁さんにピッタリ”とか言っててゾゾゾってなったわ」
 
 ダウンがそう言い、他のメンバーからもあーだこーだと色々出てきたのを聞いて、なんとも言えない気持ちだ。
 
「あんたたち、静かにして」
 
 その時マネージャーの冷たい言葉に一括される。俺たちは「はい」とだけ返事をして、また一人一人の世界へと戻っていく。
 
 ああ、なにもないといい。
 
 そう思いながら、明日の音楽番組とサイン会への対策を頭に練り始めた。
 
 夢だったから、少しの不穏なら問題ない。
 そう考えてた俺が甘かった。
 
「こんにちは~」
「……」
 
 無視されることもあった。
 
「ほんと、そんな格好して男としてプライドないんですか? 普通のヘテロの男がそんな格好してるの、正直気持ち悪いです」
 
「パート割、ほとんど無いですね、どんな気持ちですか?」
 
 心無い言葉もあった。
 
「こんにちは~……え?」
 
 何ならばまた列が最後の方だった俺とスンギを無視で、さっさと壇上から降りてった人もいる。
 また、ヒュイルに絡みに行ったら、「近づくな!」と叫ばれたこともあった。
 
 といって、それは勿論自分だけではなく、ヒュイルは愛想がないとファンに怒られたらしい。ジウは曲について説教され、ルイズーは中国から来たファンの子がスタッフと大喧嘩していた。
 ダウンはアイドルになったことを攻められた。
 そして、ソンジュンには髪の毛がたくさん入った手紙が贈られてきたのだ。
 
 スンギ、ハオランは特に大きなことは無かったが、俺たちの話を聞き、戦慄していたと思う。
 
 マネージャーたちも、この短い間にブラックリストが追加され、そのたびに「ブラックリスト入りの条件を更新した通知」をファンたちに送っていた。
 
 余りにも大変で、セファン兄さんや、以前連絡先を交換したオーガストくんにも思わず話してしまうほどだ。
 
 【あー、俺、個人旅行でファーストクラス乗ったら、両サイド、過激なクソどもで、8時間フライト暴れまわってくれたわ】
 
 【シグレも大変だったね。俺、アメリカツアーでステージでファンサービスしてたら、スマートフォン投げつけられたことあるよ】
 
 二人の経験が想像以上で、思わず口を噤むしかない。
 
 アイドルになる夢を叶えたが、その後のアイドルとしての道に思わず心が折れかけた。
 人種的な問題だけではなく、俺の格好にも問題があるのもわかる。ただ、俺の格好で注目してくれた人たちもいるし、しなければ良かったとは言えなかった。
 
 ただ、ジウが「俺の曲はただの独り善がりの主張っていわれた」と落ち込んでたのを見て、「そんなことないよ、俺はジウの曲大好きだよ」と慰めることしかできなかった。
 そんな俺の後ろからは、ダウンは険しい言葉を投げた。
 
「落ち込むってのは、その節があって、恥じてるってことだろ。自分の曲に自信持てよ、お前が持たなくてどうすんだよ」
 
 ダウンはそう言い切ると、「次は俺の曲がタイトルになってやる、てめぇはそこでウジウジしてな」と言葉を続けて、会社の作業室に向かった。
 俺は何も言い返さないジウを抱きしめて、ただただ彼が泣き止むまで待つことしかできなかった。
 
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