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第44話 夢が齎す幸福

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 その世界で、勝ち抜くためにはサイン会をより価値あるものにする必要がある。この日のために、色んな先人たちのサイン会動画を見て研究した結果を、今日発揮していきたいと、気合を入れる。
 
「こんばんは、シグレ兄さん~!」
 サイン会、最初に来たのは高校生くらいの女の子だ。
 ブックレットを見ると別のページにはハートの付箋があったので、推しは別なのだろう。
 
「こんばんは~お名前はスジさんですね~」
 
 自分のページを出され、そこには可愛い付箋で質問が書いてあった。
 
「ユンソルとのエピソードですか?」
「はい、みんなに聞いてます!」
 
 この子はユンソルのファンなのだろう。
 
「ユンソルは、唯一料理手伝ってくれるんですよね。この前二人で分厚いホットケーキ作って食べたんです。手作りのいちごジャムとヨーグルトでソース作ったら喜んでました」
 
 俺はそれを言いながら、ユンソルと作った分厚いホットケーキの絵を付箋の空きスペースに描いてあげた。
 
「え! 羨ましいです。今度二人で料理動画上げてください!」
「それいいですね。その時はもっと分厚いホットケーキを作りますね!」
 
 女の子はキラキラとした目でそう言い、俺と握手して去っていく。いい子だったなあ。そう思いながら、眼の前の客席に手を降った。勿論そこにはtakeseeさんと、以前蓬莱の玉の枝を持ってきてくれた人もいて、二人には気づいた段階で、ハートを送った。
 
 中には数人男性おり、その一人一人を見ていると、ふと既視感ある人がそこにいる。そこそこ小綺麗な白い服を着たモデル体型の人。
 
「シグ~!!! 『こんにちは!』」
 
 呼ばれた声でそちらを見ると、隣のソンジュンから次の子が横にズレてきた。随分小綺麗なお姉さんだった。
 その人は随分流暢な日本語で挨拶をしてきたので、勿論自分も日本語で答える。
 
「こんにち……あ、こんばんはっですね!」
「おお、バレましたわ」
 
 そう言って笑うお姉さん。イントネーション的に関西の人だと思う。
 
「日本語まだ忘れちゃあいないですよ!」
「シグちゃん、意外と日本語だと言葉厳ちいやんな、たしか東京の下町?」
「ええ、実は浅草と押上の間くらいに」
「ああー、下町やん。知らんけど」
 
 なかなかざっくばらんなお姉さんから渡されたブックレットにサインする。質問はジウの好きなブランドだ。
 
「楓さん、ジウくん好きなんですか? 俺も大好きです」
「あはは、せやで。ちな知っとる、私が唯一許してる同担シグしかおらんから」
「ありがとうございます~! シグが好きなブランドは……」
 
 なかなかに面白いスタート。だなあと思う、色んな子たちが来て、お話をし、何人かは自分のファンの女の子も居る。自分のファンの子は絶対忘れないつもりで、目に焼き付けては、名前を傍らにメモしておく。
 
 二十人目くらいだろうか、よく知っている人がやってきた。
 
「シグさん、来ましたよ! これスローガンです!」
「はい、待ってました。スローガンありがとう!」
 
 そう、Hey!take seeさん。こう話すのは、あの時以来だ。そんな彼女の手には可愛い白猫耳カチューシャがあった。
 
「ありがとうございます。名前はヒョリちゃんですよね。手紙とても嬉しかったです」
「はい! 覚えてくれてて嬉しいです」
「僕の初めてのファンですからね」
 
 俺はそう言って猫耳カチューシャを頭につける。
 
 会場内から少しだけどよめきが起きる。
 
「シグさん、本当にきれいです」
 
 そう言って、彼女はブックレットを開いてくれる。俺の場所に大きなハートの付箋。そこに描いてあったのは、『マスターロゴを描いてほしい』だった。
 
「Hey!take seeだよね? 日本語と英語と韓国語どれにする?」
「うーん、選べないので3つでお願いします」
「はい、じゃあ3つね」
 
『헤이 택시』、『へい! てくし!』、『Hey!take see!』とタクシーの絵を添えて渡した。
 
「これからも兄さん応援してます」
 
 そういう彼女と両手握手して見送る。その彼女が席に着く頃、次の人が来た。
 
 休憩を少し挟み、その間もファンの子たちと交流したり、無駄にソンジュンに絡まれたり、ファンサービスを欠かせない。
 
 それからは静かにあと十人となった。十人全員男で、意図的に一番後ろにされたのだろうというのはなんとなく察した。
 
 他のメンバーはそこそこ緊張の面持ちで迎える中、多分俺のファンかなと思って、一人目の男性を迎えた。
 
「シグレ兄さん、キレイです……」
「ありがとうございます、お名前はミンヒョンくんですね~」
 
 そんな彼のブックレットにサインをして、好きな食べ物を答える。最近はナス田楽が好き。ナスの絵も描いてあげる。
 そんな俺の手をじっと彼は見ていて、所在無さげに彷徨う手を迎えるように両手を差し出した。彼は俺の手に恐る恐る触れ、優しく手を繋いだ。
 
「ミンヒョンくん、高校生?」
「はい、実は来年受験生なんです」
「そうなんですね。勉強難しいですか?」
「難しいです……」
「ですよね。でも、それに立ち向かえるミンヒョンくんは凄いですね。尊敬します」
 
 ミンヒョンくんの目がじっと俺を見ている。その耳と頬はゆっくりと赤くなっていく。ミンヒョンくんと時間ギリギリまで会話をして、次の人へ。
 
「こ、こんばんは、シグさん、こ、これを!」
 
 少しばかり緊張で吃って声を掛けてきたのは、この前の枝の人だ。その手には、金色の扇子であった。
 
「わあキレイです、ありがとうございます。ウォンジンさん」
「わあ、本当にかぐや姫様です……」
「ふふ、ありがとうございます」
 
 そんな彼とも会話をし、次へ次へと。
 
 あと三人となった時、白いパーカーの人が目の前に座った。
 
「どうも、シグレ」
「あ、こんばんはー……」
 
 あれ、この声。それは昨日宿舎に入る前に聞いた声に、そっくりだった。

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