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第27話 夢に緊張する

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 その日は特に何もなく、用意された部屋で眠った。といっても、気づいたらジノ兄さんがベッドの中に入っていて、俺を抱きまくらとして寝ていたけど。
 
 まずはじめに、「このコテージに到着した」というところから撮影するとのこと。
 
 ヨンスンさんの一台のカメラと定点カメラでの撮影らしく、ちょっとびっくりしつつ、台本に沿ってコテージの前の道からキャリーをコロコロと手で引いていく。
 
「わあ、すごい」
 
 わざと日本語で感嘆詞を漏らし、コテージの扉を開く。昨日酒盛りが行われていたコテージのエントランスは、その様子が少しもなく綺麗にされている。ユドンさんが朝から掃除していたので、俺も実は手伝った。
 人気のない部屋を演出し、その真ん中にあるテーブルに置いた封筒。俺は「なんだろ?」と韓国語で言いながら、封筒の中身を広げた。
 
「映像会社の特別ムービーを撮影せよ……?」
 
 そこに書いてあった文字をあたかも初見のように読む俺。そして、また紙に書かれた図通り、コテージの別の部屋に誘導され、その中に入る。
 そこには、さっき用意したパソコンが机の上に置かれていた。
 
「パソコン……開けってことかな?」
 
 白々しいにも程があるが、台本通りに恐る恐るパソコンの電源を入れた。特にパスワードも必要なく開く。
 そのパソコンのデスクトップには、ダンスが映るビデオファイルと、デモテープの音声ファイル。俺はマウスを操作して、ビデオファイルを開いた。
 
「これが、俺のミッション……」
 
 初見と言わんばかりの驚いた表情で、決められた台詞を呟いた。自分に近づきていたカメラが今度はフェードアウトするかのように遠のき、カンッとクラッパーボードが鳴った。
 
「シグレちゃん、いいねいいね!」
 
 楽しそうに監督席に座るノウルさん。そして、ジノ兄さん。
 
「ありがとうございます!」
 
 俺は演技モードからいつもの自分に戻り、二人の褒め言葉に元気に応える。ただ、正直ミッションの動画については本当に初めて見たため、これをやるのかと不安とワクワクで心臓バクバクだった。しかも、この歌とダンスを覚えて、一週間以内にパフォーマンス動画の一つを撮影するらしい。
 
 正直、俺はそんなに歌も、ダンスも上手ではない。顔だけは整ってる方というくらいだ。
 
 撮影の合間の一時休憩ということで、俺はトイレの個室に逃げ込んだ。朝から掃除からのユドンさんにヘアメイクしてもらい、撮影というなかなかにハードなスタートだった。
  
「ほんとに、俺できんのかな」
 
 先程の動画を思い出し、ぽつりと弱音として溢れた日本語。これまで一人で仕事をすることは殆ど無かった。なのに、初めてのソロがこの運命を左右する仕事なのだから。表面上は元気に出来ていても、不安で押しつぶされそう。
 
 でも、なんで、俺だけ別枠なのか。
 それは疑問ではあるし、番組として日本人のみ別枠となると、どうしても日韓の確執を感じさせられてしまう。
 
 ぐるぐる考えが堂々巡りをしてしまい、一旦スマートフォンの時間を確認すると既に5分経過していた。休憩は15分しかないので、戻ろうとトイレの個室から出る。すると、洗面所にはジノ兄さんがいた。
 
「シグレ、大丈夫?」
「大丈夫、だと思います」
 
 洗面所で手を洗う。その様子を
 
「緊張してる?」
 
 ジノ兄さんは優しく声を掛けてくれる。確かにこれは緊張だ。しかも、とても酷いくらいにしている。
 
「実は、一人で、なにかするのは初めてです」
「ああ……そうなんだね。じゃあお兄さんが少しだけ楽にするおまじない教えてあげるよ」
 
 おまじない? そう思った束の間、ジノ兄さんは俺を抱きしめて、慣れたように俺の唇を奪う。ただ、それはいつもの激しいものではなく、ゆったりと舌を絡めて、キスを楽しむようなものだ。抱きしめられて、身長差を埋めるため背伸びした俺を支えるジノ兄さんはやはり未だに衰えがないと思う。
 コーヒーとタバコの味がする唾液は美味しくないけど、でもなんだかもう慣れてしまった自分がいる。むしろ、これがいいとさえ、今なら言えるかもしれない。
 
 心地よいキス。まだ続けていたい。まだ。
 でも、それは暫くして終わりを告げる。唇がくちゅっと水音を立てて離れていく。
 
 ぽうっ、と酸欠した俺の頭を優しく撫でる。
 
「ユドンに口紅塗り直してもらわないとね」
「はい」
「でも、ちょっと落ち着くでしょ。キスとハグって、精神的に落ち着かせるらしいよ、前にテレビ番組で専門家が話してたんだ」
 
 たしかに、落ち着いたかもしれない。先程までの強い不安はあまりなく、少しばかり息がしやすくなった気がする。
 
「ジノ兄さん、来てくれて、こんな良くしてくれて……」
「いいよ、この番組中に俺の番組の撮影も少しあるからね、一週間丸々はいないけど、いるときはシグレのサポートくらいはするよ」
 
 いつもは痛くて気持ちいいことばかりするのジノ兄さんの優しさに、少しばかり驚くが、たしかに俺ががんばった分以上のチャンスを与えてもらっている。
 
「ジノ兄さん、ありがとうございます」
 
 俺は心の底からそう感謝をした。
 
 
 
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