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第3話 夢への切符

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 それは、手作りMVを引っさげて、5人組アイドル『ラニュイ』としてプレデビューした時の話だ。
 
「あ、時雨くんだっけ、さっき放送見てたよ」
「……! カンセファン先輩、ありがとうございます!」
 
 プレデビューして、二週間ほど経過した頃だ。初めて来たテレビ局のトイレ。声をかけてくれたのは世界的人気の超有名ワールドワイドアイドルグループ「ディートキシック」のメインボーカルのカンセファンさんだった。 
 正直、神様のような人から声を掛けられたため、俺はその状況についていけなかった。
 
 今日プレデビュー中の俺たちがテレビ局にいたのは、「ディートキシック」のライバルグループにして超有名国民的アイドルグループ「ロキシー」メンバーのイムスンファンサン先輩のネット放送ラジオにゲストとして出演していたからだ。
 ピンチヒッターという形ではあるが、この番組に出れることになった時は、嬉しすぎてメンバーたちとお祝いをしたくらいだ。
 
 ピンチヒッターのため、直前に決まったせいで番組調査はちゃんとできていなかったが、初めての出演としては概ねいい出来だったと自分では思っている。
  
 内容としては、殆どはジウがメインで話していたが、俺も唯一の日本人だからか、その辺りをピックアップしてくださった。また、振られた際に、日本で流行っている愛嬌みたいなのをしたらとても反応してくださった。
 あとなぜか、やってくれと言われた「おはよ、お兄ちゃん」も好評。少しは爪痕残せたかなと思っていつつ、トイレに行ったところだったのだ。
 
「いやいや、シグレくんにとっては外国なのに、あんなに話せてるの見て、すごいなぁって思ってさ」
「ありがとうございます。まだ至らないところもあると思いますが、そう仰ってくださり大変うれしいです!」
 
 アイドル界隈で、この人は神様だ。なにせ、この韓国アイドルがワールドワイドになったのも、「ディートキシック」のお陰とも言われている。
 そんな人にお褒めの言葉を貰えるなんて思わなくて、浮足立ってしまう。
 
「シグレくんとさ、俺もう少し仲良くなりたいんだけど、どう? 今度ご飯いかない? アイドルの先輩としてアドバイスしたいんだ」
 
 そう笑ったカンセファン先輩に、俺はすぐには返答できず少し考える。なぜならプレデビューの俺が簡単に外に出れるのか謎だったからだ。言い淀む俺に、カンセファン先輩はその悩みに気づいたのか、「ああ、そうだよね」と言葉を続けた。
 
「プレデビュー中だから、そんな身軽ではないよな、ゴメンゴメン、じゃあ、マネージャーさんに俺から話すからさ、それで良かったらどう?」
「お手数おかけします! ありがとうございます! こちらこそ是非ご一緒にさせてください!」
 
 さすが先輩だ。願ってもない提案に俺はもちろん跳び上がった。そして、きっかりとお礼のお辞儀をした俺の肩に先輩は手を置いた。
 
「じゃあ、日にち決まったらまた会おう、他のメンバーには内緒にしておけよ。俺撮影だからもう行くわ、これからも頑張ってな」
「はい、精進します。ありがとうございます、先輩と会える日を楽しみにしてます!」
 
 先にトイレを出ていく先輩に対して、何度もお辞儀しながら見送る。この日の嬉しさたるやいなや、本当にその後ずっと夢現の気分だった。他のメンバーからも怪しまれ、ジウにも「シグ兄大丈夫?」と心配されてしまったのは反省した。
 
 そして、プレデビューでのテレビ出演やミニファンミーティングなどの活動が一段落した一ヶ月後、俺はマネージャーが運転する車で移動していた。そう、先輩とご飯を食べる日だ。
 
 マネージャーも「これは一大チャンスだからしっかりやるように」と念を押され、正直かなり緊張していた。
 
 車は暫くして、少し高級住宅街にやってきた。
 
 その中の一つのこじんまりとした一軒家にマネージャーの車が止まった。何故こんなところに? と思いつつ、マネージャーに誘われるままその家のインターフォンを鳴らした。
 【お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか】
 
 応答してくれた人の声が聞こえる。セファン先輩ではないので、お店の人なのだろうか。
 
「金山時雨です」
 
 カチャッ。鍵が外れる音がする。
 
 【はい、お待たせしました。中へお入りください】
 
 俺が扉を引く、一緒に扉前にいたマネージャーは「私はここまでだから。帰る時は、こちらの方が送ってくれるからよろしく伝えておいて」と言い、一歩扉から離れた。
 
 扉の中に入ると、パタンっとしまったと同時に扉はカチャッと鍵がかかる音がした。美しい間接照明だけが並ぶ廊下、その奥には光るリビングのような部屋があった。
 
 そこに向かうと、おしゃれなリビングがあり、先輩がもう既に座っていた。
 
「お! シグレくん来たな、いらっしゃい」
「お待たせして申し訳ありません。この度は招待ありがとうございます!」
 
 ぺこりとお辞儀すると、その部屋にはもう二人いることに気づく。
 一人は料理人なのか調理服を着ており、奥のカウンターキッチンで調理の下拵えをしている。そして、もう一人は最近新進気鋭の俳優として人気のキムイファン先輩だった。
 
「ああ、奥の彼ははここの隠れ家のシェフをしてる、チェハンジュン料理長」
 
 カンセファン先輩の紹介で料理長を見ると、料理長はちらりとこちらを見て、何も言わず頭を下げた。
 職人気質なのだろう、僕は静かに頭を下げた。
 
「そして、こいつはキムイファン」
「キムイファンだ。シグレくん、会えて嬉しいよ」  
 
 次に紹介されたキムイファン先輩は、少しワイルドな美貌をしている人だが、気さくな雰囲気が滲み出ている。
 
「こ、こちらこそ、です。あえて嬉しいです。あの、映画『花葬』見ました!」
「本当に? ありがとう、サスペンス映画初めてだったんだけどどうだった?」
「すごくよかったです! 最後のどんでん返しももう、キムイファン先輩の演技力に感服しました」
「おおーありがとう。だってよ、セファン兄貴、ファン弟はこんな褒められてるぜ」
「うるせぇ、なあ、まいいや、ささ、座って座ってご飯でも食べよう。未成年だし、飲み物はコーラでいいか? 美味しい自家製クラフトコーラがあるんだ」
「はい! クラフトコーラ楽しみです!」
 
 促されるように椅子に座り、シェフが運んできたクラフトコーラが出される。二人は既に酒盛りしていたのかワイングラスに赤ワインが注がれていた。
 セファン先輩は自分のワイングラスを持ち上げると、それを掲げた。イファン先輩も同じようにワイングラスを掲げ、俺もそれに倣ってグラスを掲げる。
 
「それでは、今日の出会いを祝して」
「「「乾杯」」」
 
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