昼間に見る花火は空に溶けて

木曜日午前

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第6話

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 お婆さんと別れ、家に戻ってきた。帰路の途中も何度か昼花火の上がる音が響き、その度に空には青や赤の煙がぶわりと広がっていた。今も少し残穢のようなものが空気に漂っている。

「ただいま帰りました~」
 小さめの声で帰宅を知らせる真昼。玄関に入るたびに緊張するようになったのは、あの日から変わったところかもしれない。
 史人はそのことに気づいているかはわからない、ただ真昼にとってどうしても、言いようのない居心地の悪さを感じてしまうのだ。
 靴を脱いで、奥にある真昼の部屋に向かう。一番奥にある小さな部屋。夫婦として考えるなら、本来は有寿と同じ部屋を使うべきなのだ。しかし、そもそも有寿と真昼はそういう夫婦ではない。

 その時、ぐあんと頭が痛くなる。

『真昼なんて、知らない』
『勝手にしろよ』
『もう、友達じゃないから』

 鳴り響くかつての友人達の言葉。寝ていても起きていても浮かぶ悪夢のような光景。卒業式の後、自分の元を去っていく友人達の姿は、ずっと忘れられない。しかし、本当に大切だった友人達を捨てても、真昼はこの選択をする以外なかった。
 ほぼ接点のない有寿が差し伸べた手を取る以外、真昼には道がなかった。

 バンッ。
 幾度目の花火が上がった。一つ前の花火から、随分と間が開いている。部屋の窓の方角からは見えないため、何色だったのかは見えない。ただ、その大きな音のおかげで、頭の中に聞こえていた雑音が消えた。

 バタンッ。
 何かが倒れた。音がした方はこの家にある縁側の方。

 もしや、お義父さん。
 他に家にいるのは、史人しかいない。慌てて縁側に向かった。すると、縁側の先にある庭に、倒れた物干し竿。そして、地面に撒かれた洗濯物の中に、史人が埋もれ蹲っていた。

「大丈夫ですか!?」
 真昼は靴も履かずに庭に飛び出す。そして、史人の背中に手を当てて、声をかけた。史人は小刻みに震えながら顔を上げる。グッと堪える顔は何だか歳の割に母性をくすぐるが、それよりも彼の手元に真昼の視線が向けられる。何だか赤く腫れ上がっている右手首。

「捻ってしまった」
 ポツリと呟く史人に、真昼はひやりと汗が流れた。

 事の顛末はこうだった。
 昼花火が苦手らしい史人は、今日打ち上がるのがわかってたので、終わってから洗濯物を干そうと思ってたようだ。
 しかし、終わったと思った後に、上がった先程の一発。
 予想外の昼花火に、史人は驚いてしまい、洗濯物を巻き込む形で思いっきり転んでしまったようだ。

 そして、転んだ際、手のつきどころが悪く、手首を捻挫してしまったようだ。

「申し訳ない」
「気にしないでください」 
 タクシーの中でしょんぼりする史人。捻挫した右手首は、テーピングがぐるぐると巻かれていた。先程まで隣町にある整骨院で見てもらい、捻挫だろうとのことで応急処置をしてもらった。

 タクシーを使ったのは、単純に足がないからだ。隣町へ行くバスは、平日でも一時間に二本。
 また、家に車はあれど、真昼は免許を持っていない。いつもは史人か有寿の運転のため、こういう時に不便だと気づかされた。

「それにしても、利き手ですよね。治るまでは家事とかやるんで、教えてください」
「申し訳ない」
「謝らないでください。お互い様ですよ」
 なんだか大きな身体でしょぼんとしてる姿が可愛く、昼まであった気まずさが無くなってしまう。ただ、当分、料理するのが自分であることに、真昼は頭を抱えた。


 ◇◇◇

「目玉焼きが焦げてないッス!」
「そうか」
 久々に焼いた目玉焼き。いつもなら白身の殆どが炭と化すのにも関わらず、まるで写真とかでよく見る目玉焼きが、フライパンでパチパチと音を鳴らしている。綺麗な白身、黄身には半熟部分が残っている。これは史人による指示任せで、作ったお陰だろう。

 フライパンから食卓に並べられた目玉焼き。その他にも、常備菜である人参のシリシリ、納豆、わかめスープ。
 わかめスープは史人が左手で作ったものだが、いい香りが食欲を刺激する。

「今度から俺、目玉焼き作りますね!」
「そうか。まあ、有寿よりは上手だと思う。あの子は、卵を焼く時点ですごかったから」
「うちの学校でも有名でした、それ」
 真昼は、料理が全くできない。家庭科の授業では目玉焼きを焼きすぎて、無駄な炭を作り上げてしまうほど。また、高校生の頃は目立つ金髪に日焼け肌という典型的なギャル男。無理やりやらせてもこの腕前のおかげが、授業では端から戦力外通告されていた。
 しかし、それ以上に学校に激震が走ったのは有寿の腕前であった。

 卵を割れば、粉々の殻が大量に入る。野菜を切らせれば、指を切って血塗れに。デザートを作らせれば、粉がダマダマで食べられたものではなくなる。
 何をどうすればというほどに、料理の才能がなかったのだ。
 これは、彼女に恋してた男たちの何人かが目覚めるきっかけでもあった。

「あの子は、母親によく似てる。彼女も家事は何一つできなかったから」
「そう……なんですね」
 史人は少し遠くを見ながら、昔を懐かしむ。彼の妻であり、有寿の母親である彼女について、真昼はよく知らない。家族内で話題に上がることもほとんど無い。
結婚報告をする際に、一応礼儀だからと仏壇に手を合わせたことがあった。その仏壇は、まるで史人の部屋に隠されているようだった。
 立派で大きな仏壇に飾られた写真。
 美しい黒髪を夜会巻きにし、少しキツめではあるが有寿によく似た美人の女性が妖艶に微笑んでいた。
 とても遺影とは思えないほどに、華やかな写真であった。
 彼女は有寿が小学生の頃、癌で亡くなったと聞いている。

「有寿はそれ・・が嫌で何度も練習したが、諦めてしまったけどな」
 史人は困ったように眉を下げる。彼の言う通り、有寿はこの母親のことを、何故かとても嫌っていた。一度理由を聞いたことがあったが、はぐらかされてしまったため、何故なのかは知らない。

「まあ、真昼くんにはこれから料理を教えよう。少しぐらい作れる方が、後に苦労しないから」
「た、助かります! 俺、料理教えてもらったことないから嬉しいです!」
「そうか」
 どんどんと史人との距離が縮まっていく。
 やはり、あの日は夏が見せた幻。そう笑って水に流すことにした。

 食事を終えて、風呂場の方へと足を向けた史人。それに気づいた真昼。

「お義父さん、今日は身体流しますよ!」

 風呂に入るのは大変だろうと、真昼は善意からにこにこ笑って提案した。すると、史人は勢い良く振り返る。その顔は、とんでもなく険しい顔であった。

「大丈夫だっ!」
 少しの間を開けた後、珍しく声を荒らげた史人。真昼の身体はその叫びにビクッと身体を跳ねさせる。

「でも、その手じゃ髪洗えないですよ?」
「問題ないっ!」
 テーピングされてまともに動かせない利き手。スプーンですらも右手で持てず、左手を使って食べるほどだ。それでも、余程嫌なのか逃げるように去っていく。

 本当に大丈夫なのだろうか。これは余計な提案だったか。たしかに、少し距離を詰めすぎた提案だったと、真昼は反省した。

 しかし、やはりあの手では心配だ。それにテーピングが濡れて剥がれると、貼り直すことになる。真昼は色々考えた結果、意を決して風呂場に向かう。

 大丈夫、頭と背中を洗うくらいだし。
 そう思っていた。

 
 
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