この地獄に生まれて

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11話 地獄にあるは命の水か

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 あの後、結局俺はこの部屋で朝を迎えた。
 柔らかすぎず硬すぎずな最高のベッドの上で眠ったせいか、想像よりは体の負担が少なく感じる。
 そして、起きてすぐに見つけた、枕元に置かれたメモには、『夜話そう、そこで待ってろ・・・・』という短い言葉が走り書きされていた。
 走り書きすらかなり綺麗な字というのが、両家のαというのを感じさせる。
 
 Subは、あまりにもキャパシティを超えることが起きると、“恐慌状態”に陥ることがある。昨日の俺は、陽彦からの怖い眼差しを受けて、その恐慌状態に陥ってしまったようだ。
 
(久々に、体力使ったし……)
 
 体中はギシギシと痛むし、体の至る所に軽い火傷のようなものが見られるし、なにより自分股間が未だに熱を持った痛さを感じる。
 
(低温蝋燭の、存在伝えたほうがいいよね)
 
 部屋にある蝋燭を眺めるが、どれも有名なキャンドルアーティストの作品だとはわかる。しかし、それはプレイ用ではなく、あくまでも観賞用。観賞用はヒトの肌に垂らすには溶けた蝋の熱が熱すぎる。
 
 それに、縄も新品のまま使ったせいか、処理されていないので、体中縄の痕と、擦過傷だらけだ。多分、今まで相手した客の中でも、かなり下手な気がしている。
 
「素股は普通によかったのに、プレイの知識はちょっと素人っぽいしなあ」
 
 昨日のプレイを頭に思い返してみても、文字で並べれば最高だが、実際は正直もう少し上手くやってほしいというのが感想だ。
 このまま彼とパートナーになるとしたら、その点の技術は身につけてほしいと思った。
 いや、しかひし、そもそも彼は既婚者で子持ち。それは、不倫の片棒を担ぐ羽目になってしまうと、その考えはすぐに却下した。
 
(今なら逃げれるけれど……)
 
 先程のメモに書いてあった『待ってろ』という文字が頭に引っかかってしまい、本能がベッドの上から動くことすら拒む。
 
 とりあえず、ベッドサイドのテーブルには電話機と、三つ折りの出前カードのようなものが置かれていることに気づいた。
 それに近づくと、そこには美味しそうな洋食のメニューがずらりと並んでいる。
 
(お腹減った……なにか、食べれるもの……待って、これ、値段書いてない……)
 
 年代物らしきワインや、トリュフ、フォアグラ、キャビアや、全く知らない食材も書かれている料理の内容。
 物知らずの自分でもわかるくらいに、どう見ても高そうなメニュー表なのに、一つも値段が書かれていない。
 
(これ、頼んだら、やばいんじゃ)
 
 ただでさえ、何も準備せず出てきてしまったせいで、手持ちにお金がないし、なによりそもそも限界未成年に余計なお金はない。
 
 とりあえず、安そうなものをメニューから探すが、正直オリーブの実やチョコアイスですら、どんなものが来るのかと想像する。
 
「やめよう」
 
 メニューを閉じた俺は、今度は部屋を見渡す。すると、冷蔵庫らしきものがあったので、そっと扉を開けた。
 中には2リットルの水とたしか高いジンのボトル、シャンパン、日本酒のみしかない。
 
 仕方ない、帰ってくるまで水を飲んで紛らわすしかない。水くらいなら俺も払える。
 
 俺は、ぐうっと鳴ったお腹を擦った後、その2リットルを手に取り、キャップをカチリっと捻った。
 
 
 
 ガチャッ
 
 随分夜も更けた頃、やっとこの扉が開いた。
 
「おい、月代いるか?」
 
 勿論、扉を開けたのは陽彦で、その手にはいくつか紙袋を持っていた。俺はその陽彦の顔を少し見たあと、ぼろぼろと涙を零しながら布団の上で土下座をした。
 
「陽彦様、ごめんなさいごめんなさい!」
「あん? ……おい、まさか」
 
 すごい勢いで謝る俺に対し、声色的に最初は動揺していたが、多分すぐに状況を察したのだろう。
 なにせ、部屋に漂うは独特なアンモニア臭。そして、着ていた服やシーツの生暖かくじっとりと濡れた感触からして、見ればその世界地図は見えているだろう。
 
 そう、空腹を水で紛らわした結果、寝てる最中に見事粗相をしてしまったのだ。
 
「顔上げろ、月代、お前まさか、トイレ行かなかったのか? すぐ目の前だぞ?」
そこで待ってろ・・・・・・・、って書いてあって……ごめんなさい……」
 
 男は扉の向かい側を指す。その時初めて自分は扉の目の前にトイレがあること知った。余計に恥ずかしくなった自分の頬が熱くなる。そして、言い訳がましい言葉がつい口から溢れた。
 
「メモ書きのそれだけで? ちょっとは融通を利かせろよ……待て、お前今日飯は?」
「食べてないです……」
 
 信じられないものを見る目で、問い詰めた陽彦は俺の返答にますます顔を強張らさせる。
 
「そこの、メニュー表見なかったのか? 置いてあっただろ」
「値段書いてなくて、払えるか分からなくて……」
 
「ハハッ、俺が、そんなはした金請求するように見えるか?」
 
 乾いた笑いが出てしまうほどに呆れてしまったのだろう彼は、「もういい、部屋片付けるから風呂入れ」とぶっきらぼうに俺を部屋から連れ出す。そして、少し離れた場所にあった風呂部屋に乱暴に俺を入れると、ガチャリと外側から鍵を掛けた。
 
「え、鍵……?」
  
 俺は、少し呆気に取られたあと、情けないまま汚れた服を脱ぎ、しょんぼりとお風呂の中へと入っていった。
 
 
 
 
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