星降る世界の龍仙師

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護衛と季節雨編

44話 花的祝福・芽

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 部屋から出た僕たちは、廊下を少し戻り、一つの上り階段前に来る。階段前にもまた僧兵たちがおり、ジュマーナの姿を見て道を開けた。
 そして、この地下から地上に戻るように階段を上がり続ける。
 
 ジュマーナは中庭と言っていたが、一体どういうところなのだろうか。
 
 そうして、暫くして階段の奥に一つの扉が現れる。ジュマーナはその扉に手を翳し、何かを唱えると、かちゃんっと扉を開いた。
 
「わあっ」
 
 扉の向こうには、灯された洋灯ランプの色付き硝子が輝く、壁も硝子張りの中庭。更には美しく精巧なのような硝子細工たちが、まるで本物の華のように花壇に植えられていた。
 
「ここが、中庭だ。リュウユウよ、こちらへ」
 
 ジュマーナに案内されるがまま、部屋の中にある美しい柄の布と装飾された傘の下にある丸机と椅子の元へ向かう。白く美しい机も美しい紋様が机に刻まれていた。
 
「座るが良い」
「あ、ありがとうございます」
 
 ジュマーナが先に座り、彼女の対面にある椅子に座るように促す。僕は素直に椅子に座る。ジュリャンは座ることはなく、まるで当たり前かのようにジュマーナの後ろに立った。
 寺子屋にあった異国の童話に出てくるジュマーナと騎士のようにしか見えない。
 そんなことをぼーっと考えていると、ジュマーナは自分の姿を隠している布を外した。
 
 僕は目を見開く。
 
 真っ直ぐに伸びた真っ白い髪、真っ白の艷やかな鱗がぬるりとした光を帯びて、赤い三つ・・の蛇の目が僕を見ていた。
 
「そなたの名はリュウユウ、花の島出身だったな。改めて挨拶をしよう。私は熱砂楼の首長・ダービー・ザーフィルの長女、ジュマーナ・ダービーだ。」
 
 予想だにしなかったが、鱗の感じや容姿から蜥蜴人リザードマンと言われる種族だろう。絵では見たことあったが、現実に初めて見る種族に僕は、何も声が出ず思わず凝視してしまう。更には彼女の額には、大きな目がじっと僕を見ていた。
 
「驚いたか? この目に」
 
 僕の視線は不躾だったろうに、楽しそうににっと笑う姿は、まさに長の娘である威厳と余裕があるよう。僕は「はい」と小さく答えた。
 
「うちの一族には、時たま私のような色が欠乏し、このように白い身体と赤い瞳を持つものが生まれる。まあ、三つ目は私が初めてだ。ただ、この三つ目のお陰で見えるものも多い・・・・・・・・
 
「それは、例えば」
 
「少し先の良い未来・・・・とかな」
 
 少し先の、良い未来。その時、ジュマーナと出会った時に「水瓶に落ちる緑の星」と僕に向かって言っていた事を思い出す。多分だが、リュウユウと扇鶴国の精霊たちを先に引き合わせたのも、その目が見通していた未来なのだろう。
 
「悪い未来は見えないのですか……?」
「さあ。私が見えるのは少し先の良い未来だ。それ以上でも以下でもない」
 
 それは、悪い未来は見えないということだろうか。僕は遠回しの言葉に首を傾げると、視線がずれ、眼の前にいる二人の後ろから給仕の女性らしき布で顔を隠した人がこちらへとやってきた。
 
「麗しの姫様、お茶が来ました」
「そうか」
 
 僕の視線に気づいたのか、ジュリャンは後ろをちらりと見ると、ジュマーナにそう声をかけた。ジュマーナからの返事を受け、ジュリャンは再度その給仕に視線を向けた。
 机の上に給仕が並べていくのは、美しい金とカラフルな硝子が埋め込まれた茶器と、色とりどりの硝子を金で繋いだ湯呑。そして、見たこともない茶菓子たちだ。
 
 なんとも落としたら自分の首が飛びそうな品物だった。
 
 注いたお茶に、ジュリャンは銀のさじをくぐらす。銀は変色することはなく、毒はなさそうだ。
 
「ジュマーナ、毒見を」
「いや、ジュリャン、構わない。僧兵、その娘を捕らえよ」
 
「なっ!! あっ、ぐぅっ!!」
 
 ジュマーナは給仕を一瞥すらせず、姿の見えない僧兵に声をかける。すると、中庭の花壇から屈強で顔を隠した僧兵達が静かに給仕の女を捕らえた。
 
「どんなだかはわからぬが、この給仕を捕まえるのは見えたからな。この茶器たちが証拠だろう 」
 
 一撃を食らったのか気を失った給仕を、僧兵たちは連れて行く。そのうちの一人が、茶器一式も全て持っていってしまった。
 あまりにも短い間に行われた事に、僕は声を出す暇すらもない。恐る恐るジュマーナを見ると、彼女の表情は眉一つすら変わらず、悠然と笑っていた。
 
「茶は、後で出そう。なあ、リュウユウよ、そなた、私に力を貸してくれんか」
 
 それは、想像すら出来ない、喉元に刃を突きつけられたような命令おねがいだった。
 
「どんな……ですか?」
 
 しかし、僕も一応は他国の軍人である。内容を聞かずして頭を立てに振るような馬鹿ではない。警戒しつつ聞き返すと、横にいるジュリャンの顔が強ばるのがわかった。
 
「麗しの姫がお願いしてるのだぞ」
「やめないか、ジュリャン。後輩いじめのような脅しは気品に欠ける」
「も、申し訳ございません……」
 
 ジュマーナに咎められ、ジュリャンは、強張った顔を一瞬にして悲壮感漂う顔へと変える。
 
「リュウユウよ、警戒するでない。私はただ、そなたの力・・・・・を貸してほしいのだ」
 
 僕の力。
 
「《花的祝福》ですか?」
 
 それは、極力今は使わないようにしていた・・・・・・・・・・・力。かつて花の島で使われていた、自分の花・・・・を咲かす力だ。
 
「多分な。私の目には音は聞こえぬから、なんとも言えない。……さあ、着いて来てほしい。すぐそこだ」
 
 ジュマーナは僕を連れて壁側の花壇へと連れて行く。そこは他の花壇とは違い、ただの砂だけが敷かれていた。
 
「砂にですか……」
「ああ、砂にだ。むしろ、砂にだからこそだ」
 
 僕はその言葉を聞いて戸惑った。砂は土とは違い、植物が育ちにくい。勿論、砂でも育つ植物はあるが、僕の植物が何の植物か分からないため保証もできなかった。
 何故、砂なのだろうか。その意図を僕は知りたかった。
 
「……砂漠で育てるのですか?」
「ああ。この砂漠は、日に日に拡大している。水は干上がり、扇鶴国のこの雨が頼りだ。普通の植物育たぬ、だからこそ、少しでも可能性を探りたい」
 
 ジュマーナの声は確固たる決意であった。
 まさか、砂漠が増えているなんて。隣国である龍髭国にはそのような情報は聞かないが、なかなか由々しき事態ではある。僕はすっと花壇の前に一歩出た。
 
「わかりました。ただ、保証はできません」
「構わぬ。頼む」
 
 ジュマーナの礼に、僕は頷くといつか母がやっていたように花壇に跪き、手を合わせる。
 
花神賜予我的花花の神が授けし私の花」 
「《花的祝福花の祝福を》」
 
 まばゆい緑色の光が僕の身体から、眼の前の砂へと注がれる。
 
 キュイッ! キュイッ!
 
 すると、自分の中からトゥファの声が聞こえた。少しばかり慌てたような声で、「大丈夫なのか」と自分に尋ねてきた。たしかに、禁じられた力だが、この力を使ったことをジュマーナが言うとは到底思えなかったのだ。
 
「これは……」
 
 ジュマーナの驚く声が聴こえ、一つの祈りが終わった僕は目を開いた。眼の前の砂には小さな双葉の目が幾つも咲いていた。
 
「ああ、うーん……やはり刺青のせいで芽しか出せないか」
 
 本当ならば花が咲いたところだが、よく考えれば刺青が力を一部抑えている関係で、芽までが限界だった。以前は封印しすぎたが、今回は封印が完全ではなかったのだ。
 僕は少し困った表情を浮かべるが、それとは反対にジュマーナは嬉しそうに声を上げた。
 
「見事だ。むしろ、これを育てて成功すれば、この砂漠でも植物を確保できる証明になる。感謝するぞ、リュウユウ」
 
 ジュマーナの瞳はぎらぎらと光に満ちていた。
 
 
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