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護衛と季節雨編
36話 自分の龍
しおりを挟む「さあ、次はリュウユウ殿の番ですぞ」
「……はい、そうですね、わかりました」
マサナリ皇子に促されるまま、僕は眼の前で仙力の循環から放出までを見せた。砂漠の空中に放たれた仙力は、その力で砂漠の砂を抉り取って行った。
落ち着いて放てたから、昨日の戦闘よりも安定した威力ではある。昨日これくらい安定したものを撃てていたら、違うのだろうかと僕は少しだけ思った。
「なるほど、金丹という核を体内に作るのか……霊力と似ている気もするが、私達は八百万の神を通すか、からくりを通すかでしか力を発揮できないからな」
「うーむ、似て非なるもの、だと拙者は思いますぞ。からくりの核とたしかに似てますが」
冷静に力を分析するマサナリ皇子とユウシに、僕は仙力を落ち着けつつ、現状について話す。
「僕はこの力で龍を作り出したいんです……それをどうすればいいのか、なんですよね」
僕は今までの修行を思い出しつつ、手詰まりな現状にはあっと溜め息を吐く。先輩たちからの手助けもあったが、新人三人とも未だに龍を生み出せていない。
正直、自分は立派な龍仙師になれるのか、と心から不安になってくる。
「作り出す……作り出すならば、どういうものが欲しいか考えているのか?」
「どういうもの?」
マサナリ皇子の言葉に、僕は思わず首を傾げる。そんな様子に、マサナリ皇子とユウシは驚いたように眉を寄せた。
「……考えてもいなかったのか。せめて理想でも良い、完成したものが分からなければ、何も作れないだろう」
「ものづくりの基本ですぞ! リュウユウ殿!!」
呆れたように吐き出すマサナリ皇子と、頭を抱えるユウシ。思えば、僕は一度も自分の龍がどんな姿なのかと、しっかりと考えたことはなかった。
強そうで大きな龍、それくらいで後は作ることにすべての気力を奪われていた気がする。
「どんな……龍……」
「まずは、考えるが良い。私達も、からくりを動かす時は、どういう からくり か、からくりはどう動くのか考えるものだ」
僕はマサナリ皇子の言葉に従って、まずは仙力の循環をしながら、龍について考える。
自分が考える龍。
先輩たちの龍は、思えばどれも個性豊かな龍たちで、それぞれが不思議な姿をしている。
まずは、在りし日の花の島のような、美しい緑色の龍。花の中を駆け抜けていく、美しい龍が良い。
在りし日の花の島。花が咲き誇り、色とりどりの花の刺繍がされた小華服を着た子どもたちが若葉を芽吹かせる。
母親たちは祈りを込めて花々の刺繍を縫う。家族の、自分の、幸せを願って。
渋い花の刺繍がされた服を着た男たちは、小舟を漕ぎて、蓮の花の間を抜けていく。蔦たちを編みにし、魚を捕る姿は、何度も胸がわくわくした世界だ。
僕は、そんな、世界が大好きだった。
小さい頃の自分が見ていた光景を、後追いしていく。龍を考えるはずが、気づけば生まれ故郷を想っていた。
正直、普段は花の島のことは、なるべく考えないようにしている。
もう、思い出しては、絶望するのは子供ながらに疲れてしまった。
僕の頬を一筋の涙が落ちていく。
すると、ぐるぐると今までと違う熱さが、仙力を集めている金丹に感じる。今までと違う、金丹の大きさが中が膨張するように、膨れたように感じた。
ごぽりっ。金丹の中で、何かが息づいた。
びっくりした僕は、目を開ける。自分の体の見た目には何も変化はない。けれど、たしかに、金丹が膨れ、動いたのだ。
気づけば、辺りは夜。僕は、昨日のことを思い出し、思わずぶるっと体が震えた。
「一日が終わったな。龍は浮かんだか?」
循環から戻ってきた僕に、マサナリ皇子は砂浜に火をくべていた。火種はわからないが、砂に埋まっていただろう残骸が、燃やされている。
僕は冷え込んだ砂漠の夜に驚きつつも、その火種に近寄って、その問いに答えた。
「少しだけ、浮かびました」
「そうか。明日には、龍は出せるかな」
うぐっ、と思わず声が出てしまう。
出せるのだろうか。僕は、ぐぅうっと空腹を知らせる腹の音を聞きながら、がっくりと項垂れた。
翌朝。僕は既に寝不足だった。というよりも、寝ていない。空腹で寝れないのもあるし、なによりも護衛するべき人たちもいるため、寝るわけにはいかなかった。
それに、怖かった。また、あのような惨事があるのではと。
朝日が昇る共に、僕は仙力の具現化という龍を生み出すために、仙力を放出する。
仙力を行き渡らせてる間は、自然と気温も空腹も感じず、作り上げることに注力できる。
緑色の龍を、作り出す。それが僕の目標だった。
しかし、それから幾度となく挑戦するが、龍を生み出すどころか、仙力を形作ることも難しい。確実に、昨日金丹にあった変化を今日も感じるのにだ。
「なにが、龍を作り出しているのでしょうか」
「お互い、手詰まりか……しかし、ここまでしてもだと、何かが足りないのだろうか」
僕の修行を傍らで見守る二人もまた、歯がゆそうにこちらを見ている。僕が龍を出すか、それまでに運良く別の龍仙師が来てくれれば。
どちらが早いのか、それとも寿命か。
皮肉にもそんなことを考えたせいで、僕の集中力が切れて、仙力が上手く循環できず、霧散していく。
すると、途端に腹が減ってしまい、僕は砂漠に倒れ込んだ。
「空腹は、私達でも癒せぬからな……水を飲むか……」
「人間は、大変ですね」
精霊にとっては、食べ物は嗜好品であり、必要ではないらしい。そして、空腹は怪我や病気でもないため、ユウシの治癒ではどうしようもない。
今、僕だけが、空腹と戦う羽目になっている。
空腹をどうにかせねばならない。そう霞んでいく視界の中で、大きな何かがこちらに向かってくるのが見えた。
「あ、あれは……?」
白い服を着て、美しい金茶の髪色の誰かが、大きい箱を背負い、こちらに向かってきている。誰だろうか、その彼女は気づけば、倒れた僕の近くまでやってきていた。
「これぞ、正しく、我が光の思し召し!」
そう、叫びながら。
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