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護衛と季節雨編
35話 秘密には秘密を
しおりを挟む重圧に押しつぶされそうな僕に、マサナリ皇子は「時間はない、始めよ」と命令した。しかし、その時僕は大事なことを思い出す。龍仙師のことは、誰にも言ってはいけない、言った場合は……。
ただでさえ血の気が引いてた僕から更に血の気が引いていき、慌てて口を開いた。
「も、申し訳ありませんが、龍仙師の力のことは、誰にも言ってはいけないと……」
「そんなこと言ってる場合か。今最優先は、生きて、三日以内に熱砂楼に到着することだ」
マサナリ皇子の言葉もよくわかる。現在地も分からない上に、地図のない砂漠で過ごすのは危ない。一刻でも早く、空へ昇り熱砂楼に向かうべきではある。
それでも、僕はなかなか腹を括れずにいた。
「でも……」
「龍仙師よ、今は時を争う。必要ならば、我々の秘密も教えよう。それで、おあいこだ」
うじうじしている僕を、マサナリ皇子は真剣な眼差しで見る。
「秘密……」
「皇子! それは、まさか!」
「ああ……なぜ、熱砂楼に三日で行かなくてはならないのか、だ」
「い、いけません。それは、霊皇様からも門外不出であると……」
「背に腹は代えられぬ」
マサナリ皇子の覚悟に、ユウシが慌てたように声を上げた。天皇ではなく、霊皇とは、一体? と僕は思ったが、今は聞くところではないと、喉からでかかった質問を飲み込む。
言葉を飲み込んだことを知ってか知らずか、その直後にマサナリの言葉が僕に向けられた。
「龍仙師、名は」
「な、名は、リュウユウです。姓はありません」
「なるほど、龍仙師のリュウユウ殿。これから見ることは、お互いの秘密である。いいな」
マサナリ皇子の言葉に、僕は少し戸惑いながら頷くと、二人を見ていたユウシがマサナリ皇子をじっと見たあと、諦めたかのように静かになった。
「それでは見せてあげよう。まずは、私の力を」
マサナリ皇子は静かに天に手を翳す。
「《あまのかみさま あまのかみさま そちののんどをうるほす みづをたまへ》」
不思議な言語は、僕には意味が分からなかった。けれど、その言葉を唱えると、空に雨雲が渦を描きながら現れる。それも、僕の頭の上だけに。
そして、容赦なく降り注ぐ雨。僕は、なぜだかその雨を両手の平で受け皿を作り、水を溜める。そして、ある程度溜まった水を思わず口に運べば、それは喉の乾きを癒やしてくれた。
だが、雨雲は僕の喉を潤した途端、役目を果たしたと言わんばかりに消えてしまった。
「これは一体……」
不思議な光景に、僕は雨雲があったはずの空からマサナリ皇子の方に顔を向けた。マサナリ皇子は、なにか聞こえない声で呟いていたが、僕の視線に気づいたのか一つ咳払いをした。
「今のは、私があまのかみ様に頼んで出してもらった雨雲だ。鶴の国の第一皇子は、代々雨神様の祝福を持って生まれる。我が国の潤沢で透き通った水は、他の国への貢物にできるほどだ」
知らない情報ばかりで、僕は驚きつつも、話を取りこぼさないよう真剣に耳を傾ける。雨を自由に降らせられるとなると、滅多なことがなければ、日照りにならないということだろう。日照りというものは、龍髭国でも時たま問題となり、どこかの村が井戸が干上がってしまったという話は仕事柄よく聞いていた。
水の有難みは、花屋だからこそ、ここまでは少しばかり羨ましくもあった。
「しかし、愛されすぎてしまうせいで、雨神様の力が強まると、大雨による洪水を起こすことがあるのだ」
「洪水を。そんなに降るのですか?」
「ああ、そもそも潤沢な水がある土地では、溢れる水は土壌を壊す毒となる。大雨なら、災害となりて、人々の生活を壊してしまうのだ」
川の氾濫もまた、寺子屋時代にランイーから聞いたことがあった。家族で地方の避暑地に行こうとしたが、大雨のせいで道途中の川が氾濫し、橋が流されたと言っていた。
「せっかくの旅行が」と散々僕に愚痴を吐いていたから、よく覚えている。
そして、今の会話で熱砂楼との関わりが、僕の頭の中に見えてきた。
「砂漠の熱砂楼には、雨は降れば降るほど良い……だから、熱砂楼で降らせば、お互いに……」
「ああ、そうだ。それに、熱砂楼には様々な交易が栄えている。端の島国にとって、その交易に有利に参加できるのは願ったり叶ったりなのだ」
マサナリ皇子は、話したいことを汲み取り、静かに理由を付け加える。その理由も端の島国だからこその理由だ。頭で理解できた理由なら、多少の危険を孕みつつも龍髭国との友好を結びたいはずだ。
「でも、何故三日なのですか?」
「本来ならもっと前に熱砂楼に行く予定だった」
「え?」
「しかし、その時に龍髭国の龍仙師に多くの欠員が出たため、延期に。そこから、お互いの都合を合わせたら結果だ」
それを聞いて、僕は思い出した。
自分が受けた龍仙師の試験は、たしか延期していた。そして、そのせいで地方から来た受験者たちで、街は人で溢れかえったことを。
その延期理由が、まさか今の自分を苦しめてきたのだ。
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