33 / 64
護衛と季節雨編
31話 熱砂楼の砂漠へ
しおりを挟む光り輝いていた太陽は傾き、沈み、眼の前の空は赤く染まり始めていた。黄昏時、夜の到来を感じる。
「そろそろ、下降りますか?」
僕はシュウエンにそう尋ねた。龍髭国の国境は少し前に越えて、すでにここは熱砂楼と龍髭国の狭間にある秘境の森の上空にいる。この森を超える頃には、陽も落ちて夜になるだろう。
そろそろ視界が悪くなると思ったからだ。
「……いや、砂漠までは飛ぶ。ここは降りたら危険だ」
「危険ですか?」
いつもとは違い真剣なシュウエンに、僕もまた先程とは違い緊張しながら聞き返した。
「ああ、危険だ。いいか、リュウユウ。龍仙師として、一番大事なことを教えてやろう。
国から外に出たら、俺らは大いなる脅威でしかない。特に国境の狭間で生きる奴らにとっては、な」
下の秘境を睨みつけて話すシュウエンの横顔を、僕は黙って見つめてしまう。その顔は随分と深刻そうに眉を顰めていた。薄紫色のレンズの奥、いつもは見えないシュウエンの瞳の色が夕陽のように光った。
「森は特に視界が悪い。奴らは、俺らの弱点をよく知っているからな」
その険しい顔付きから続けられた言葉に、僕は「すみません、わかりました」と頭を下げて、先程よりも冷え込み始めた風に対抗するように、仙力の循環へと気を回した。
そして、暫くして、日が完全に落ちきる前にどうにか秘境を越え、見えてきたのは広大な砂漠だった。
「よっし、降りるぞ。ダァジ、『紫光』!」
「クォン、クォオオオオオン!!」
ダァジは一瞬だけ上を向く。そのダァジの口は大きく開き、紫の光を放った。
紫の光は一瞬で玉のように形を成し、宙に浮かぶ。
「降りるぞ、リュウユウ、しがみついておけよ」
「はい!」
シュウエンの指示通り、彼の身体にガッツリとしがみつく。ダァジの身体は勢いよく斜め前へと傾き、一直線に下へと滑降し始めた。
また、冷たい追い風が二人の身体を撫でるように通り過ぎていく。皮膚が風に引っ張られる痛みを感じつつ、僕は必死に体温を保とうと仙力の循環を行った。
雲を割り、地面が近くなっていく。熱砂楼を代表する世界一美しい砂漠は、空から見ても美しい。
風が吹き、砂が舞う、肌や目がざりざりと傷つけられる。ダァジが着陸した瞬間、最も強く砂が荒れた。
「いっ!!!」
僕の目に小石が当たる。あまりの痛みに仰け反り、龍の背中から思わず落ちていった。そんなに高い位置からではなく、背中の荷物がクッションになったおかげか、大きな怪我はない。ただ、物凄く身体中が痛いけれども。
「小リュウ、気をつけろー! ダァジ、ありがとうな。お疲れ様」
「クォンッ!」
シュウエンは龍の背中から僕に声を掛けたあと、ダァジに労りの言葉を掛けて、リュウの背中から降りる。ダァジは、きらきらと光を放ち、その場から消えていった。
他の龍たちも、次々に地面へと降りていく。ひっくり返った僕はどうにか起き上がった。
「リュウユウ、大丈夫か!? お前怪我してんじゃん!」
「あは、はははっ……」
擦り傷だらけの顔、ハオジュンは心配そうに声を掛けてくれた。なんとも情けない怪我の仕方であるが、大きな怪我がないのが本当に不幸中の幸いである。
そのやり取りの中、ぬっと横から割って入ってきたのはジョウシェンだった。
「私が治療しますから。全く、リュウユウ! 水と清酒で消毒しますよ」
「は、はい……」
ジョウシェンは、自分の背中の荷物から取り出したのか、手には水と清酒がそれぞれ入っているだろう鉄瓶2つがあった。
彼は、こんなすぐに怪我をした僕に対して呆れてるのだろう。ジョウシェンの冷たい視線に押されるがまま、僕は縮こまりつつも怪我の処置を受けた。
「ははははっ、全くリュウユウもたまにやらかすなあ」
からからと笑うルオは、処置を受けた僕の背中をバシバシ叩く。顔中には傷薬を塗られており、独特な野草の香りが充満していた。そして、僕は見えないが、顔はきっと塗り薬によって緑色に染められているだろう。
「全く、修行が足らんぞ。どうだ、今から俺と修行を「こら、ジンイー」
相変わらずのジンイーにあと一歩で修行に巻き込まれるところを、グユウがすぐに静止する。ジンイーはハッとした顔をしたあと、ぐっと押し黙った。
「今から交代で休憩を回さないと。とりあえず、リュウユウは先に寝て、一番最後にしてあげるから」
そう言ってグユウが指差したのは、ルオと僕の背中の荷物に入っていた簡易天幕。先程、ルオとジョウシェンによってささっと組み立てられたものだった。
(僕はあまり役に立たなかったなあ)
「皆さん、すみません……」
「大丈夫、明日には熱砂楼の街には入れるはずだから。怪我人は早く寝なさい」
申し訳無さのあまりに頭を下げると、グユウは優しい言葉を掛けてくれる。それが余計に居た堪れなく、逃げるようにして簡易天幕の中へと逃げていった。
そして、真夜中のことだった。僕はガタガタと外の騒がしさに、思わず目を覚ましかける。
(なんだろう)
不思議に思い、ゆっくりと感覚を覚醒させようとしたその時だった。
「敵襲!! 黒鳶国の骸骨兵士だ!!!!!」
ジンイーの敵襲を知らせる大きな声が、僕の鼓膜を大きく殴った。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる