34 / 45
【32】橘一子。和葉に宣戦布告をしに行ったら、新屋敷家で中間テスト前のお泊まり勉強会に参加することに。そして由紀、登場!
しおりを挟む
【32】双子の妹の保護者として、今年から共学になった女子高へ通う兄の話
略して『ふたいも』です。
東岡忠良(あずまおか・ただよし)
【32】橘一子。和葉に宣戦布告をしに行ったら、新屋敷家で中間テスト前のお泊まり勉強会に参加することに。そして由紀、登場!
※この小説へのご意見・ご感想・誤字脱字・等がありましたら、お気軽にコメントして下さい。
お待ちしています。
──1──
ここは如月学園高等学校である。
伝統あるこの進学校の建物は、昭和の終わりに建て替えられた二代目の校舎であった。
その二階に一年二組の教室があり、昼休みのチャイムが鳴ると同時に、細くて小柄な橘一子が、まな板のようにペタンコな胸を張り、ズカズカとすぐ隣りの一年三組の教室に現れ、
「新屋敷和葉さんはいますか!」
と、とびきり整った顔立ちに、怒りを載せた表情で言った。
ほぼ全員が好きな相手と机をくっつけて、持参した弁当を広げている。
その中には兄の新屋敷竜馬と相生優子、瀬川薫と机を並べ替えていた新屋敷和葉の背中があった。
和葉は振り返り、一子に言った。
「新屋敷和葉さんなら、さっき中庭に行ったわよ」
と。
一子は、
「な! あなたが新屋敷和葉さんよね!」
と少々怒鳴り気味に言った。
和葉は明らかに不愉快そうな表情になり、
「だって、あなたのその表情が、何だか怖いんだもの」
と一子に視線を送りながら、
「お兄ちゃん、怖いわ」
と座っている竜馬に抱きつき、豊かな胸を竜馬の顔に当てようとした。
「こら! やめろ!」
と、とっさに顔を引いて、和葉の巨乳から迷惑そうに竜馬は逃げた。
和葉は竜馬の顔を抱えたまま、
「なに? なんの用?」
と一子を見つめる。
「こっ、こら! 放せよ!」
とまだ竜馬の頭を掴んでいる和葉に言った。
「もう、お兄ちゃんたら。恥ずかしがっちゃって」
と微笑むが、
「頼むから、何かあったら僕に取りあえず抱きつくのはやめてくれ」
と返すと、
「えっ! それじゃあ、私はいつお兄ちゃんに抱きつけばいいの?」
と兄の竜馬側が悪いというような空気感を出した。
「あのなあ~。高校生にもなって妹がやたらと兄に抱きつくなんて良いことじゃないからな。だから……」
と竜馬が続けようとした時だった。
「あの、新屋敷君! 私! 和葉さんに大事な話があって来たんです!」
と一子は叫んだ。
「ごっ、ごめん」
と謝る竜馬。
すると、
「全く。お兄ちゃんは空気が読めないんだから~」
と和葉はため息をついて見せたが、
「あのう! 私、新屋敷和葉さんに言いたいことがあるの! 言っていいですか?」
と一子。
和葉は一子の足の先から上に向かって目線を上げたが、ちょうど胸のところで明らかに視線をとめると、
「橘さん。胸を大きくするには、毎朝牛乳を飲んで、円を描(えが)くように優しくマッサージをするといいわよ」
とアドバイスした。
すると一子は真っ赤になり、
「胸を大きくする方法を聞きに来たんじゃありません!」
と言うと、一子は和葉を指差し、
「入学試験では二位だったけど、来週の中間テストでは私が一位をもらうわ!」
と宣言したのである。
すると、
「それは今朝の私のセリフよ! 一位を取るのはこの私、相生優子よ!」
と和葉と席をくっつけて座っていた優子が、立ち上がって言った。
「優子。今、それを言ったら話がややこしくなるんだけど……」
と和葉が引き気味である。
そんな時、
「ごめん。ごめん。遅れた~」
との平和的な声が教室の出入り口から聞こえた。
「ほら、お兄ちゃん。恋人が来たわよ」
と和葉。
「えっ! 恋人!」
となぜか慌てながら一子は振り返った。
そこには身長が橘一子と変わらないくらいの、男子が笑顔で立っていた。
新屋敷竜馬が正当なイケメン男子ならば、今やってきた小柄な男子は可愛い美少年という感じで、女性の本能的に守ってあげたい系の男の子だった。
「ほら、春樹。こっち来なよ」
と竜馬はまるで恋人でも呼ぶように、園田春樹を自分の横に座らせた。
「そうそう。今日はね。自分で漬けた白菜漬けを持ってきたんだけど、みんなで食べてみてよ」
と春樹は弁当とは別に用意したタッパーを、くっつけた机の真ん中に置いた。
「わあ~。また、持ってきてくれたんですね。春樹君の漬物って美味しいから、いつも楽しみなんですよ」
と最も小柄だが最も胸の大きい瀬川薫が言った。
「私も楽しみなのよね~」
とアイドルまたは女優のように美しい顔に、見事なプロポーションの相生優子も嬉しそうである。
「……そんなに美味しいの?」
と思わず一子は呟いた。するとその場にいた全員が一斉に一子を見つめた。
「いや……。あの……。その……」
と慌てる一子。
すると、
「よかったら、一緒に食べる?」
と和葉が声をかけた。
──2──
橘一子は素早く三組の教室を出ると、二組から自分の弁当をマッハの早さで持ってきた。
「ごめん。まだ、机をくっつけていないんだ」
と竜馬は申し訳なさそうに戻ってきた一子に言う。
結局、いつもの竜馬と和葉が向かい合わせにくっつけた机を中心に、竜馬の左には春樹。春樹の向かいには薫。竜馬の右には優子。優子の向かいには一子が座った。
つまり和葉の左隣りに一子が座るレイアウトである。
「ねえ、橘一子さん」
「何です?」
「あなた、もしかして二組に友達がいないの?」
と和葉がはっきりと言った。
一子は動揺し、
「え……? どうして……?」
と和葉を見つめる。
「だって友達がいたらね。一緒にお弁当を食べる友達にさあ」
と言うと、
「みんな、ごめんね~。三組の子に『一緒に食べないか?』って誘われちゃったの~」
と和葉は一子の真似をした。
「似てる。それって橘さんでしょう」
と感心する優子。
「って感じで断らないといけないじゃない。そうなると少し時間が経ってから三組に来るはずだもの? でも橘さんってすぐに来たって言うことは?」
と和葉は一呼吸置いて、
「あなたって少なくとも一緒にお弁当を食べる相手が、二組にはいないってことになるわよね」
と推察した。
ズバリその通りだったのだろう。恥ずかしさから、一子の顔が見る見る真っ赤になり、
「いっ! いいじゃないの、別に! 私にだって一緒にお弁当を食べる相手くらいはいるわよ! 例えば生徒会のメンバーとか!」
と二組にはいないことを、間接的に告白した。
「そうなのね。橘さんは生徒会の人達以外には、お弁当を食べる相手がいないのね」
と言いにくいことをわざわざ確認した。
「和葉。お前。もう少しオブラードに包んで……」
と竜馬。
するとさっきまでの強気はどこかへ消えて、
「仕方がないじゃない……。生徒会の会計の仕事を頼まれて、昼休みには生徒会へ出入りしていたら、いつの間にかクラスの友人関係が決まってしまっていて、何だか話しかけずらくなっていたんだもの……」
と俯いた。
すると、
「なるほど、そうなのね。分かったわ。なら昼休み、良かったらこれからここに来て一緒に食べましょうよ」
と和葉は当たり前のように言った。
「……え? いいの?」
と戸惑う一子。
和葉は、
「いいわよ。え? その言い方はもしかして嫌なの?」
と言うと、
「嫌じゃない! 嫌じゃない! お願いします!」
と頭を下げた。
一子が座ると、みんなが落ち着いて弁当を食べ始める。
「橘さんもよかったら、この白菜漬けを食べてみてよ」
と春樹が勧めた。
「う、うん」
と一子は箸で摘んで食べると、
「あ。美味しい。ご飯と合うかも」
と言った。
「そう。よかった」
と春樹は笑顔になる。
すると突然、和葉が、
「今、六人いるわね……」
と言い、
「ねえ。明日の土曜日、午前中だけの授業が終わったら、家に泊まりにこない? 六人で試験勉強をしましょうよ」
とプラスチック製の二段弁当箱のフタを閉めながら、和葉が提案した。
まず一番驚いたのは、橘一子である。
「あのう……。私、今知り合ったばかりなんだけど……」
と海老フライを箸で掴んだまま言った。
「今、知り合ったって、生徒会室で会ったじゃないか」
と竜馬は言った。
一番大きな弁当箱なのだが、すでに食べ終わっている。
「ねえ。私も誘われてる?」
と優子。
「もちろんよ」
と和葉。
「竜馬君。私も行ってもいい?」
とかしこまった時に優子は『君』を付ける。
「もちろんだよ。優子さん」
と返すと、
「優子よ、竜馬君。優子って呼んで」
と必ず言う。
「あ。そうだったね。歓迎するよ。優子」
「やった」
と小さくガッツポーズをした。
「春樹はどうかな?」
と竜馬が訊くと、
「ボク、ナスのぬか漬けもやっているんだ。ちょうど食べ頃だと思うから、持っていくよ」
とすでに楽しみで仕方がない様子だった。
「薫ちゃんはどうなの?」
と和葉が訊くと、
「私、外泊って学校の行事以外で許してもらったことがないんです」
ともう少しで食べ終わるお弁当を机に置いて言った。
「え? あ。そうだったわね」
と和葉が気づいた。
「薫の家は老舗旅館だものね。土日は忙しそうよね」
と優子。
「……だからそういう友達の家に泊まるなんて、行ったことがなくて……」
と暗い表情で薫が言うと、
「私もないわよ」
「安心して下さい。私もありません」
と優子と一子は慰めるつもりで言ったが、
「二人共、それ。ただ単に友達が居なかっただけなんじゃないの? 薫ちゃんは友達から誘われても家の都合で行けなかった。あなた達二人は誰にも誘われなかったんだから、全く別の話でしょ」
と言いにくいことを和葉はまたズバリ言った。
「な……!」
と優子は顔を赤くしながら、
「そういう和葉は友達を泊めたり、泊まりに行ったりしたことあるの?」
と問い詰めた。
「あるわよ。一番泊まったり、泊まりにきたりしたのは、小夏ちゃんよね」
「小夏ちゃんは向かいに住んでいるから、そんなのノーカウントよ」
「あら。厳しいわね。ならそうね……」
と少し考えると、
「長崎さんなら泊まりに来たことが何度もあるわよ」
と言ったが、
「あのう。長崎が泊まりに来たのは、僕の友人としてなんたが」
と竜馬が指摘した。
「お兄ちゃん。黙っていたらそんなの騙(だま)せるでしょう。気が利かないわね」
と和葉は舌打ちした。
「ちょっと。騙すつもりだったの!」
「そうです! そうです!」
「だってお兄ちゃんの友達は何度か来たことがあるのに、私の友達は一人も来たことがないなんて、死ぬほど恥ずかしいじゃないの」
と言うと、
「死ぬほど恥ずかしくて悪かったわね!」
「そうです! そうです!」
と優子と一子。
「あなた達二人って気が合いそうよね」
と和葉が言うと、
「えっ?」
と優子と一子は顔を見合わせた。
そのタイミングで春樹が、
「ボク、多分大丈夫だと思うけど、家族にメールして今日泊まっていいか聞いてみるよ」
と自分のスマートフォンでメールを打ち始めた。
「そうよね。行く前から諦めちゃいけないわよね」
と薫もスマホでメールを打ち始めた。
その様子を見ていた優子と一子は、
「私もメールしよう」
「私も」
とスマホを手に持った。
昼食を終え、昼休みが終了する頃、和葉のスマホに連絡がきた。
「来客用と予備の布団が四組あるから大丈夫よ。お兄ちゃんにもついでに言っておいて」
と母親からメールが届いた。
「みんな、うちは大丈夫よ。全員来ていいわ」
と言いながら、母から来たメールを竜馬に見せた。
「そうか。ついでに言っておいてか」
といつものことながら、ため息をつく。
「まあ、お兄ちゃん、仕方がないわよ。お母さんはお兄ちゃんの良さをイマイチ分かっていないからね」
と元気づけようとしたが、
「そりゃ、学力は和葉の方が遥かに出来るし、運動も和葉が上だし、見た目も和葉の方がいいしな」
と言うと、
「そんなことはないよ。見た目はお兄ちゃんの方がいいよ」
と和葉は俯いている竜馬の顔を覗き込んだ。
「あ。ありがとう。でも僕なんて……」
と言うと、
「お兄ちゃん、相変わらず自己評価が低過ぎ」
と和葉が言うと、
「そうよ。竜馬はもっと自信を持たなきゃ」
と優子。
「そうです。そうです」
と薫。
「うんうん」
と顔を赤らめながら頷く一子。
「竜馬君は僕の理想なんだから、堂々としてよ」
と春樹。
「みんな、ありがとう。そうだよね。元気出すよ」
と明るい表情になった。
この時点で、相生優子と園田春樹と橘一子は、家族から新屋敷家に泊まる許可をメールや電話で返事をもらっていた。
優子の場合は正確には執事の森本源三に許してもらった。
そんな時だった。薫のスマホが鳴った。
「え? なになに?」
と慌てて確認すると、
「お母さん! もしかして緊急なの?」
と急いで電話に出ながら、みんなに背を向けた。
「背中を向けるだけだと、電話の内容は丸聞こえよ。空気、読まないと」
と和葉が言うと、
「和葉が空気読め」
と竜馬が突っ込んだ。
薫は「はい。はい」と何度か返事をした後、
「えっ! いいの? 本当に!」
と明るく嬉しそうな声を出した。
「ありがとう。お母さん。それじゃね」
と電話を切ると、
「勉強会。私も参加出来るわ」
とはしゃぎながら薫は言った。
「へえ~。よかったじゃない」
と優子。
「薫ちゃん、本当にいいの? 自宅の旅館の方は大丈夫なのかい?」
と竜馬は心配した。
「うん。本当は忙しいみたいだけど、親戚の旅館から中居さんを呼ぶから大丈夫だって。たまにはお友達の家に泊まってきなさいって」
と嬉しくもあり、申し訳なさそうな表情をした。
「瀬川さんの家って旅館をやっているの?」
と一子が訊くと、
「私の家は旅館街にある『旅館瀬川』なのよ」
「あ。知ってる。旅館街で一番古い老舗旅館よね」
「ええ。よく知っているわね」
「だって私、小学生の時に泊まったことあるもん。古いけどとても料理が美味しくて、仲居さん達も子供の私にとても親切だったわ」
と一子は目を輝かせた。
「でも瀬川さんは見なかったわね。お互いに小学生だったからかしら?」
と頭を傾げると、
「小学生の頃は表には出ずに、生まれたばかりの弟の面倒を一日中見ていたから」
と恥ずかしそうに言った。
「そうなんだ。大変なのね……」
と言ったところで昼休みが終わる前の予鈴が鳴った。
「みんな、詳しいことはまた明日の土曜日に言うわ」
と和葉が言うと、春樹は、
「じゃあ、またね」
と手を上げ、一子は、
「また、来るわ」
と言い残して一年三組の教室を出た。
優子と薫はそれぞれの席に戻っていくと、そのタイミングで和葉のスマホに連絡がきた。確認すると母からだった。
「もうすぐ授業なのにお母さんたら」
とメールを確認すると、
「お兄ちゃん」
「何だ?」
「由紀ちゃんが泊まりにくるみたいよ」
と嬉しそうに言った。
──3──
次の日、土曜日は午前中だけの授業が終わると、一組からは園田春樹、二組からは橘一子、スポーツ科の八組からは三上小夏がやってきた。
「えっ、今日、勉強会するの~?」
と小夏。
「ええ、そうよ。今ここに集まったメンバーで小夏ちゃん以外でのお泊り勉強会よ」
と言うと、
「和葉。言い方!」
と竜馬が言う。
「あたしも、参加する」
と小夏が言うと、
「え~。ダメだよ」
と和葉は明らかに不愉快そうな顔をした。
「え! ええ~! 何でよ~!」
すると和葉は、自分自身を指差し、
「入試試験学年一位」
と言うと続けて優子を指差し、
「入試試験学年二位」
と言うと次は一子を指差し、
「入試試験学年二位」
そして薫を指差し、
「入試試験学年三位」
次は春樹を指差して、
「入試試験学年三位」
と言うと今度は小夏を指差し、
「で。小夏ちゃんは何位?」
と聞いた。小夏は肩身を狭そうにしていたが、
「私は短距離走県内二位。全国五位だから」
と胸を張った。
「全国五位って凄くない」
と優子。皆も感心している。
「それ勉強、関係なくない?」
と和葉が冷たく言うと、小夏は和葉にしがみつき、
「ここの学校の勉強って私には難し過ぎなの! 正直、ついていけないのよ~」
と涙目で訴えた。
「ついていけないって、まだ一年生が始まったばかりよ」
と呆れている。
「本当にお願い! 一生のお願い! 私も参加させて~」
すると、
「小夏ちゃん、あなたは分かっていないわね。今回のお泊り勉強会はね。次の試験で誰がトップをとるかの勝負のかかった会なの。そんな集まりに赤点を回避するためだけに参加してくるレベルの低い小夏ちゃんが来ても」
「言い方!」と竜馬。
「なんの参考や力にもならないわよ! それでもいいの?」
と小夏にはっきりと言った。
「お願い、和ちゃん。私も参加させて」
「ダ~メ」
「そんな~。一生のお願い!」
「ダ~メ。と言うかさっきも一生のお願いって言ってなかった?」
「本当にお願い!」
「ダメったらダメ」
と言った時だった。
「その理屈で行けば、上位とは無関係な僕も参加できないことになるな」
と竜馬が言った。
竜馬の家への泊まりの勉強会なのに、竜馬本人が参加できないなんておかしな話であった。
そしてここで優しい春樹が声をかけた。
「和葉さん。それならボクと竜馬と小夏さんは、別の部屋で基本的な勉強をするよ。それなら高得点を狙うみんなの迷惑にならないよね」
と言うと、
「春樹くん~。あなたって、可愛くて、優しいのね~。大好きよ~」
と小夏は素早く春樹に近づき、強く手を握った。
「あ! そんな、つもりじゃ!」
と顔を赤らめ俯いた。
「竜ちゃんも付き合ってくれるのよね! 嬉しい~!」
と次は竜馬の手を握った後、抱きつこうとした。
すると和葉は、
「はい、そこ! 踊り子さんには触れないで下さい!」
と言うと、
「誰が踊り子さんだよ!」
と竜馬が突っ込むと、春樹は照れながら苦笑した。
「仕方ないわね。小夏ちゃん!」
と強い口調で言うと、小夏は「はい!」と答えて、和葉の前に気をつけをした。
「一つ。集中力を切らさないこと」
「はいっ」
「一つ。居眠りをしないこと」
「はいっ」
「最後に。勝手に予定を変更しないこと」
「え? お腹が空いてもお菓子とか食べちゃダメなの?」
と悲しそうな表情を向けた。
「いつも『頭が糖分を欲しがっている』とか言って、延々とお菓子を食べ続けるじゃない。ペンを走らせている時間よりも、口を動かしている時間の方が長いでしょう。それはダメよ!」
と小夏を指さした。
「わっ、分かったわ。言うことを聞くわ。だから参加していいてしょう?」
と手を合わせて頼み込んだ。
「ええ。いいわよ。その代わり私の考えた予定は必ず守ってもらうからね!」
と言うと、右手で敬礼して、
「ラジャー!」
と応えた。
「と言うことで、お兄ちゃんと春樹くんと小夏ちゃんは、私の部屋でみんなと一緒に勉強よ」
と言うと、
「ところで家中のテーブルを総動員しても七人座れるテーブルはないぞ」
と竜馬。
「うちに折り畳みのだけど、四人座れるテーブルがあるわ」
と小夏。
「分かったわ。じゃあ、小夏ちゃんはそれを持って来て」
と言うと、
「それじゃあ、みんな。お昼ご飯はきちんと食べてきてね。晩ご飯はこちらで用意するからね」
と続けて、
「私達の家の住所と地図はスマホに送っておいたからね。もし、分からなかったら連絡してね。ただね。これだけの大人数だから、私とお兄ちゃんは帰ってすぐにスーパーで買い物をするわ。でもお母さんには話しておくから家の中で待っててね」
はい。
分かったわ。
「来る時は交通事故に気をつけて。うちはバスで来ると来やすいからね。送った地図にもバス停名を載せておいたから」
私、バスで来ようかしら?
ボクは自転車にしよう。
と試験勉強のためとはいえ、皆は楽しそうである。
小夏のせいで話が長引いたためだろう。教室には七人だけになっていた。
「それじゃ、話は以上です。みんな、お待ちしてます! 取りあえず解散」
と言うと、
じゃあ、後で!
うん、また!
とそれぞれ教室を出ていく。
すると、新屋敷兄妹だけが残された。
「お兄ちゃん……」
「何だ?」
「二人っきりだね……」
と和葉は竜馬の横に立って自身の頭を、竜馬の肩に載せた。
「なあ、和葉……」
「なあに。お兄ちゃん……」
「お前、由紀ちゃんのことを言い忘れてるぞ」
と指摘すると、
「あ! そうだったわ」
と言った時に、さっき出て行った小夏が戻ってきて、
「よく考えたら、私、二人と一緒に帰ったらいいんだよね」
と照れながら言った。
その頃、新屋敷宅前に、一台の車が停まった。
「お父さん、明日の夜に迎えに来てね」
と言いながら、車から一人の女の子が降りた。
走り出す車に笑顔で手を振る。
腰まである長い黒髪に、ふわりとしたミニスカートから伸びる細くて長い脚。半袖のTシャツから見える大きくはないが小さくもない胸を張って、アニメのキャラクターのステッカーが貼られたキャリーバッグを引っ張って、新屋敷家のチャイムを押した。
玄関が開くと、
「あら、いらっしゃい。由紀ちゃん」
「おばさん、お久しぶりです」
と微笑みながら竜馬と和葉の母に挨拶をする。
パッチリとした大きな目に、よく通った鼻筋と薄いが形の良い唇から、
「今日はお世話になります、おばさん」
と言い、ペコリと頭を下げた。
「まあ、大きくなったわね~。凄く背が高くなって。もう、立派なお姉さんに見えるわ」
と竜馬と和葉の母は感心した。
「はい。クラスで二番目に背が高いんです」
と恥ずかしそうに笑う。
「もしかして、うちの和葉よりも高いんじゃない?」
と言うと少し考えてから、
「どうなんですかね? 私、今、一六四センチなんですよ」
と言った。
つづく。
2023年12月3日
※当サイトの内容、テキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
また、まとめ等への引用をする場合は無断ではなく、こちらへお知らせ下さい。許可するかを判断致します。
略して『ふたいも』です。
東岡忠良(あずまおか・ただよし)
【32】橘一子。和葉に宣戦布告をしに行ったら、新屋敷家で中間テスト前のお泊まり勉強会に参加することに。そして由紀、登場!
※この小説へのご意見・ご感想・誤字脱字・等がありましたら、お気軽にコメントして下さい。
お待ちしています。
──1──
ここは如月学園高等学校である。
伝統あるこの進学校の建物は、昭和の終わりに建て替えられた二代目の校舎であった。
その二階に一年二組の教室があり、昼休みのチャイムが鳴ると同時に、細くて小柄な橘一子が、まな板のようにペタンコな胸を張り、ズカズカとすぐ隣りの一年三組の教室に現れ、
「新屋敷和葉さんはいますか!」
と、とびきり整った顔立ちに、怒りを載せた表情で言った。
ほぼ全員が好きな相手と机をくっつけて、持参した弁当を広げている。
その中には兄の新屋敷竜馬と相生優子、瀬川薫と机を並べ替えていた新屋敷和葉の背中があった。
和葉は振り返り、一子に言った。
「新屋敷和葉さんなら、さっき中庭に行ったわよ」
と。
一子は、
「な! あなたが新屋敷和葉さんよね!」
と少々怒鳴り気味に言った。
和葉は明らかに不愉快そうな表情になり、
「だって、あなたのその表情が、何だか怖いんだもの」
と一子に視線を送りながら、
「お兄ちゃん、怖いわ」
と座っている竜馬に抱きつき、豊かな胸を竜馬の顔に当てようとした。
「こら! やめろ!」
と、とっさに顔を引いて、和葉の巨乳から迷惑そうに竜馬は逃げた。
和葉は竜馬の顔を抱えたまま、
「なに? なんの用?」
と一子を見つめる。
「こっ、こら! 放せよ!」
とまだ竜馬の頭を掴んでいる和葉に言った。
「もう、お兄ちゃんたら。恥ずかしがっちゃって」
と微笑むが、
「頼むから、何かあったら僕に取りあえず抱きつくのはやめてくれ」
と返すと、
「えっ! それじゃあ、私はいつお兄ちゃんに抱きつけばいいの?」
と兄の竜馬側が悪いというような空気感を出した。
「あのなあ~。高校生にもなって妹がやたらと兄に抱きつくなんて良いことじゃないからな。だから……」
と竜馬が続けようとした時だった。
「あの、新屋敷君! 私! 和葉さんに大事な話があって来たんです!」
と一子は叫んだ。
「ごっ、ごめん」
と謝る竜馬。
すると、
「全く。お兄ちゃんは空気が読めないんだから~」
と和葉はため息をついて見せたが、
「あのう! 私、新屋敷和葉さんに言いたいことがあるの! 言っていいですか?」
と一子。
和葉は一子の足の先から上に向かって目線を上げたが、ちょうど胸のところで明らかに視線をとめると、
「橘さん。胸を大きくするには、毎朝牛乳を飲んで、円を描(えが)くように優しくマッサージをするといいわよ」
とアドバイスした。
すると一子は真っ赤になり、
「胸を大きくする方法を聞きに来たんじゃありません!」
と言うと、一子は和葉を指差し、
「入学試験では二位だったけど、来週の中間テストでは私が一位をもらうわ!」
と宣言したのである。
すると、
「それは今朝の私のセリフよ! 一位を取るのはこの私、相生優子よ!」
と和葉と席をくっつけて座っていた優子が、立ち上がって言った。
「優子。今、それを言ったら話がややこしくなるんだけど……」
と和葉が引き気味である。
そんな時、
「ごめん。ごめん。遅れた~」
との平和的な声が教室の出入り口から聞こえた。
「ほら、お兄ちゃん。恋人が来たわよ」
と和葉。
「えっ! 恋人!」
となぜか慌てながら一子は振り返った。
そこには身長が橘一子と変わらないくらいの、男子が笑顔で立っていた。
新屋敷竜馬が正当なイケメン男子ならば、今やってきた小柄な男子は可愛い美少年という感じで、女性の本能的に守ってあげたい系の男の子だった。
「ほら、春樹。こっち来なよ」
と竜馬はまるで恋人でも呼ぶように、園田春樹を自分の横に座らせた。
「そうそう。今日はね。自分で漬けた白菜漬けを持ってきたんだけど、みんなで食べてみてよ」
と春樹は弁当とは別に用意したタッパーを、くっつけた机の真ん中に置いた。
「わあ~。また、持ってきてくれたんですね。春樹君の漬物って美味しいから、いつも楽しみなんですよ」
と最も小柄だが最も胸の大きい瀬川薫が言った。
「私も楽しみなのよね~」
とアイドルまたは女優のように美しい顔に、見事なプロポーションの相生優子も嬉しそうである。
「……そんなに美味しいの?」
と思わず一子は呟いた。するとその場にいた全員が一斉に一子を見つめた。
「いや……。あの……。その……」
と慌てる一子。
すると、
「よかったら、一緒に食べる?」
と和葉が声をかけた。
──2──
橘一子は素早く三組の教室を出ると、二組から自分の弁当をマッハの早さで持ってきた。
「ごめん。まだ、机をくっつけていないんだ」
と竜馬は申し訳なさそうに戻ってきた一子に言う。
結局、いつもの竜馬と和葉が向かい合わせにくっつけた机を中心に、竜馬の左には春樹。春樹の向かいには薫。竜馬の右には優子。優子の向かいには一子が座った。
つまり和葉の左隣りに一子が座るレイアウトである。
「ねえ、橘一子さん」
「何です?」
「あなた、もしかして二組に友達がいないの?」
と和葉がはっきりと言った。
一子は動揺し、
「え……? どうして……?」
と和葉を見つめる。
「だって友達がいたらね。一緒にお弁当を食べる友達にさあ」
と言うと、
「みんな、ごめんね~。三組の子に『一緒に食べないか?』って誘われちゃったの~」
と和葉は一子の真似をした。
「似てる。それって橘さんでしょう」
と感心する優子。
「って感じで断らないといけないじゃない。そうなると少し時間が経ってから三組に来るはずだもの? でも橘さんってすぐに来たって言うことは?」
と和葉は一呼吸置いて、
「あなたって少なくとも一緒にお弁当を食べる相手が、二組にはいないってことになるわよね」
と推察した。
ズバリその通りだったのだろう。恥ずかしさから、一子の顔が見る見る真っ赤になり、
「いっ! いいじゃないの、別に! 私にだって一緒にお弁当を食べる相手くらいはいるわよ! 例えば生徒会のメンバーとか!」
と二組にはいないことを、間接的に告白した。
「そうなのね。橘さんは生徒会の人達以外には、お弁当を食べる相手がいないのね」
と言いにくいことをわざわざ確認した。
「和葉。お前。もう少しオブラードに包んで……」
と竜馬。
するとさっきまでの強気はどこかへ消えて、
「仕方がないじゃない……。生徒会の会計の仕事を頼まれて、昼休みには生徒会へ出入りしていたら、いつの間にかクラスの友人関係が決まってしまっていて、何だか話しかけずらくなっていたんだもの……」
と俯いた。
すると、
「なるほど、そうなのね。分かったわ。なら昼休み、良かったらこれからここに来て一緒に食べましょうよ」
と和葉は当たり前のように言った。
「……え? いいの?」
と戸惑う一子。
和葉は、
「いいわよ。え? その言い方はもしかして嫌なの?」
と言うと、
「嫌じゃない! 嫌じゃない! お願いします!」
と頭を下げた。
一子が座ると、みんなが落ち着いて弁当を食べ始める。
「橘さんもよかったら、この白菜漬けを食べてみてよ」
と春樹が勧めた。
「う、うん」
と一子は箸で摘んで食べると、
「あ。美味しい。ご飯と合うかも」
と言った。
「そう。よかった」
と春樹は笑顔になる。
すると突然、和葉が、
「今、六人いるわね……」
と言い、
「ねえ。明日の土曜日、午前中だけの授業が終わったら、家に泊まりにこない? 六人で試験勉強をしましょうよ」
とプラスチック製の二段弁当箱のフタを閉めながら、和葉が提案した。
まず一番驚いたのは、橘一子である。
「あのう……。私、今知り合ったばかりなんだけど……」
と海老フライを箸で掴んだまま言った。
「今、知り合ったって、生徒会室で会ったじゃないか」
と竜馬は言った。
一番大きな弁当箱なのだが、すでに食べ終わっている。
「ねえ。私も誘われてる?」
と優子。
「もちろんよ」
と和葉。
「竜馬君。私も行ってもいい?」
とかしこまった時に優子は『君』を付ける。
「もちろんだよ。優子さん」
と返すと、
「優子よ、竜馬君。優子って呼んで」
と必ず言う。
「あ。そうだったね。歓迎するよ。優子」
「やった」
と小さくガッツポーズをした。
「春樹はどうかな?」
と竜馬が訊くと、
「ボク、ナスのぬか漬けもやっているんだ。ちょうど食べ頃だと思うから、持っていくよ」
とすでに楽しみで仕方がない様子だった。
「薫ちゃんはどうなの?」
と和葉が訊くと、
「私、外泊って学校の行事以外で許してもらったことがないんです」
ともう少しで食べ終わるお弁当を机に置いて言った。
「え? あ。そうだったわね」
と和葉が気づいた。
「薫の家は老舗旅館だものね。土日は忙しそうよね」
と優子。
「……だからそういう友達の家に泊まるなんて、行ったことがなくて……」
と暗い表情で薫が言うと、
「私もないわよ」
「安心して下さい。私もありません」
と優子と一子は慰めるつもりで言ったが、
「二人共、それ。ただ単に友達が居なかっただけなんじゃないの? 薫ちゃんは友達から誘われても家の都合で行けなかった。あなた達二人は誰にも誘われなかったんだから、全く別の話でしょ」
と言いにくいことを和葉はまたズバリ言った。
「な……!」
と優子は顔を赤くしながら、
「そういう和葉は友達を泊めたり、泊まりに行ったりしたことあるの?」
と問い詰めた。
「あるわよ。一番泊まったり、泊まりにきたりしたのは、小夏ちゃんよね」
「小夏ちゃんは向かいに住んでいるから、そんなのノーカウントよ」
「あら。厳しいわね。ならそうね……」
と少し考えると、
「長崎さんなら泊まりに来たことが何度もあるわよ」
と言ったが、
「あのう。長崎が泊まりに来たのは、僕の友人としてなんたが」
と竜馬が指摘した。
「お兄ちゃん。黙っていたらそんなの騙(だま)せるでしょう。気が利かないわね」
と和葉は舌打ちした。
「ちょっと。騙すつもりだったの!」
「そうです! そうです!」
「だってお兄ちゃんの友達は何度か来たことがあるのに、私の友達は一人も来たことがないなんて、死ぬほど恥ずかしいじゃないの」
と言うと、
「死ぬほど恥ずかしくて悪かったわね!」
「そうです! そうです!」
と優子と一子。
「あなた達二人って気が合いそうよね」
と和葉が言うと、
「えっ?」
と優子と一子は顔を見合わせた。
そのタイミングで春樹が、
「ボク、多分大丈夫だと思うけど、家族にメールして今日泊まっていいか聞いてみるよ」
と自分のスマートフォンでメールを打ち始めた。
「そうよね。行く前から諦めちゃいけないわよね」
と薫もスマホでメールを打ち始めた。
その様子を見ていた優子と一子は、
「私もメールしよう」
「私も」
とスマホを手に持った。
昼食を終え、昼休みが終了する頃、和葉のスマホに連絡がきた。
「来客用と予備の布団が四組あるから大丈夫よ。お兄ちゃんにもついでに言っておいて」
と母親からメールが届いた。
「みんな、うちは大丈夫よ。全員来ていいわ」
と言いながら、母から来たメールを竜馬に見せた。
「そうか。ついでに言っておいてか」
といつものことながら、ため息をつく。
「まあ、お兄ちゃん、仕方がないわよ。お母さんはお兄ちゃんの良さをイマイチ分かっていないからね」
と元気づけようとしたが、
「そりゃ、学力は和葉の方が遥かに出来るし、運動も和葉が上だし、見た目も和葉の方がいいしな」
と言うと、
「そんなことはないよ。見た目はお兄ちゃんの方がいいよ」
と和葉は俯いている竜馬の顔を覗き込んだ。
「あ。ありがとう。でも僕なんて……」
と言うと、
「お兄ちゃん、相変わらず自己評価が低過ぎ」
と和葉が言うと、
「そうよ。竜馬はもっと自信を持たなきゃ」
と優子。
「そうです。そうです」
と薫。
「うんうん」
と顔を赤らめながら頷く一子。
「竜馬君は僕の理想なんだから、堂々としてよ」
と春樹。
「みんな、ありがとう。そうだよね。元気出すよ」
と明るい表情になった。
この時点で、相生優子と園田春樹と橘一子は、家族から新屋敷家に泊まる許可をメールや電話で返事をもらっていた。
優子の場合は正確には執事の森本源三に許してもらった。
そんな時だった。薫のスマホが鳴った。
「え? なになに?」
と慌てて確認すると、
「お母さん! もしかして緊急なの?」
と急いで電話に出ながら、みんなに背を向けた。
「背中を向けるだけだと、電話の内容は丸聞こえよ。空気、読まないと」
と和葉が言うと、
「和葉が空気読め」
と竜馬が突っ込んだ。
薫は「はい。はい」と何度か返事をした後、
「えっ! いいの? 本当に!」
と明るく嬉しそうな声を出した。
「ありがとう。お母さん。それじゃね」
と電話を切ると、
「勉強会。私も参加出来るわ」
とはしゃぎながら薫は言った。
「へえ~。よかったじゃない」
と優子。
「薫ちゃん、本当にいいの? 自宅の旅館の方は大丈夫なのかい?」
と竜馬は心配した。
「うん。本当は忙しいみたいだけど、親戚の旅館から中居さんを呼ぶから大丈夫だって。たまにはお友達の家に泊まってきなさいって」
と嬉しくもあり、申し訳なさそうな表情をした。
「瀬川さんの家って旅館をやっているの?」
と一子が訊くと、
「私の家は旅館街にある『旅館瀬川』なのよ」
「あ。知ってる。旅館街で一番古い老舗旅館よね」
「ええ。よく知っているわね」
「だって私、小学生の時に泊まったことあるもん。古いけどとても料理が美味しくて、仲居さん達も子供の私にとても親切だったわ」
と一子は目を輝かせた。
「でも瀬川さんは見なかったわね。お互いに小学生だったからかしら?」
と頭を傾げると、
「小学生の頃は表には出ずに、生まれたばかりの弟の面倒を一日中見ていたから」
と恥ずかしそうに言った。
「そうなんだ。大変なのね……」
と言ったところで昼休みが終わる前の予鈴が鳴った。
「みんな、詳しいことはまた明日の土曜日に言うわ」
と和葉が言うと、春樹は、
「じゃあ、またね」
と手を上げ、一子は、
「また、来るわ」
と言い残して一年三組の教室を出た。
優子と薫はそれぞれの席に戻っていくと、そのタイミングで和葉のスマホに連絡がきた。確認すると母からだった。
「もうすぐ授業なのにお母さんたら」
とメールを確認すると、
「お兄ちゃん」
「何だ?」
「由紀ちゃんが泊まりにくるみたいよ」
と嬉しそうに言った。
──3──
次の日、土曜日は午前中だけの授業が終わると、一組からは園田春樹、二組からは橘一子、スポーツ科の八組からは三上小夏がやってきた。
「えっ、今日、勉強会するの~?」
と小夏。
「ええ、そうよ。今ここに集まったメンバーで小夏ちゃん以外でのお泊り勉強会よ」
と言うと、
「和葉。言い方!」
と竜馬が言う。
「あたしも、参加する」
と小夏が言うと、
「え~。ダメだよ」
と和葉は明らかに不愉快そうな顔をした。
「え! ええ~! 何でよ~!」
すると和葉は、自分自身を指差し、
「入試試験学年一位」
と言うと続けて優子を指差し、
「入試試験学年二位」
と言うと次は一子を指差し、
「入試試験学年二位」
そして薫を指差し、
「入試試験学年三位」
次は春樹を指差して、
「入試試験学年三位」
と言うと今度は小夏を指差し、
「で。小夏ちゃんは何位?」
と聞いた。小夏は肩身を狭そうにしていたが、
「私は短距離走県内二位。全国五位だから」
と胸を張った。
「全国五位って凄くない」
と優子。皆も感心している。
「それ勉強、関係なくない?」
と和葉が冷たく言うと、小夏は和葉にしがみつき、
「ここの学校の勉強って私には難し過ぎなの! 正直、ついていけないのよ~」
と涙目で訴えた。
「ついていけないって、まだ一年生が始まったばかりよ」
と呆れている。
「本当にお願い! 一生のお願い! 私も参加させて~」
すると、
「小夏ちゃん、あなたは分かっていないわね。今回のお泊り勉強会はね。次の試験で誰がトップをとるかの勝負のかかった会なの。そんな集まりに赤点を回避するためだけに参加してくるレベルの低い小夏ちゃんが来ても」
「言い方!」と竜馬。
「なんの参考や力にもならないわよ! それでもいいの?」
と小夏にはっきりと言った。
「お願い、和ちゃん。私も参加させて」
「ダ~メ」
「そんな~。一生のお願い!」
「ダ~メ。と言うかさっきも一生のお願いって言ってなかった?」
「本当にお願い!」
「ダメったらダメ」
と言った時だった。
「その理屈で行けば、上位とは無関係な僕も参加できないことになるな」
と竜馬が言った。
竜馬の家への泊まりの勉強会なのに、竜馬本人が参加できないなんておかしな話であった。
そしてここで優しい春樹が声をかけた。
「和葉さん。それならボクと竜馬と小夏さんは、別の部屋で基本的な勉強をするよ。それなら高得点を狙うみんなの迷惑にならないよね」
と言うと、
「春樹くん~。あなたって、可愛くて、優しいのね~。大好きよ~」
と小夏は素早く春樹に近づき、強く手を握った。
「あ! そんな、つもりじゃ!」
と顔を赤らめ俯いた。
「竜ちゃんも付き合ってくれるのよね! 嬉しい~!」
と次は竜馬の手を握った後、抱きつこうとした。
すると和葉は、
「はい、そこ! 踊り子さんには触れないで下さい!」
と言うと、
「誰が踊り子さんだよ!」
と竜馬が突っ込むと、春樹は照れながら苦笑した。
「仕方ないわね。小夏ちゃん!」
と強い口調で言うと、小夏は「はい!」と答えて、和葉の前に気をつけをした。
「一つ。集中力を切らさないこと」
「はいっ」
「一つ。居眠りをしないこと」
「はいっ」
「最後に。勝手に予定を変更しないこと」
「え? お腹が空いてもお菓子とか食べちゃダメなの?」
と悲しそうな表情を向けた。
「いつも『頭が糖分を欲しがっている』とか言って、延々とお菓子を食べ続けるじゃない。ペンを走らせている時間よりも、口を動かしている時間の方が長いでしょう。それはダメよ!」
と小夏を指さした。
「わっ、分かったわ。言うことを聞くわ。だから参加していいてしょう?」
と手を合わせて頼み込んだ。
「ええ。いいわよ。その代わり私の考えた予定は必ず守ってもらうからね!」
と言うと、右手で敬礼して、
「ラジャー!」
と応えた。
「と言うことで、お兄ちゃんと春樹くんと小夏ちゃんは、私の部屋でみんなと一緒に勉強よ」
と言うと、
「ところで家中のテーブルを総動員しても七人座れるテーブルはないぞ」
と竜馬。
「うちに折り畳みのだけど、四人座れるテーブルがあるわ」
と小夏。
「分かったわ。じゃあ、小夏ちゃんはそれを持って来て」
と言うと、
「それじゃあ、みんな。お昼ご飯はきちんと食べてきてね。晩ご飯はこちらで用意するからね」
と続けて、
「私達の家の住所と地図はスマホに送っておいたからね。もし、分からなかったら連絡してね。ただね。これだけの大人数だから、私とお兄ちゃんは帰ってすぐにスーパーで買い物をするわ。でもお母さんには話しておくから家の中で待っててね」
はい。
分かったわ。
「来る時は交通事故に気をつけて。うちはバスで来ると来やすいからね。送った地図にもバス停名を載せておいたから」
私、バスで来ようかしら?
ボクは自転車にしよう。
と試験勉強のためとはいえ、皆は楽しそうである。
小夏のせいで話が長引いたためだろう。教室には七人だけになっていた。
「それじゃ、話は以上です。みんな、お待ちしてます! 取りあえず解散」
と言うと、
じゃあ、後で!
うん、また!
とそれぞれ教室を出ていく。
すると、新屋敷兄妹だけが残された。
「お兄ちゃん……」
「何だ?」
「二人っきりだね……」
と和葉は竜馬の横に立って自身の頭を、竜馬の肩に載せた。
「なあ、和葉……」
「なあに。お兄ちゃん……」
「お前、由紀ちゃんのことを言い忘れてるぞ」
と指摘すると、
「あ! そうだったわ」
と言った時に、さっき出て行った小夏が戻ってきて、
「よく考えたら、私、二人と一緒に帰ったらいいんだよね」
と照れながら言った。
その頃、新屋敷宅前に、一台の車が停まった。
「お父さん、明日の夜に迎えに来てね」
と言いながら、車から一人の女の子が降りた。
走り出す車に笑顔で手を振る。
腰まである長い黒髪に、ふわりとしたミニスカートから伸びる細くて長い脚。半袖のTシャツから見える大きくはないが小さくもない胸を張って、アニメのキャラクターのステッカーが貼られたキャリーバッグを引っ張って、新屋敷家のチャイムを押した。
玄関が開くと、
「あら、いらっしゃい。由紀ちゃん」
「おばさん、お久しぶりです」
と微笑みながら竜馬と和葉の母に挨拶をする。
パッチリとした大きな目に、よく通った鼻筋と薄いが形の良い唇から、
「今日はお世話になります、おばさん」
と言い、ペコリと頭を下げた。
「まあ、大きくなったわね~。凄く背が高くなって。もう、立派なお姉さんに見えるわ」
と竜馬と和葉の母は感心した。
「はい。クラスで二番目に背が高いんです」
と恥ずかしそうに笑う。
「もしかして、うちの和葉よりも高いんじゃない?」
と言うと少し考えてから、
「どうなんですかね? 私、今、一六四センチなんですよ」
と言った。
つづく。
2023年12月3日
※当サイトの内容、テキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
また、まとめ等への引用をする場合は無断ではなく、こちらへお知らせ下さい。許可するかを判断致します。
0
お気に入りに追加
119
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)
チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。
主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。
ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。
しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。
その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。
「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」
これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
昔義妹だった女の子が通い妻になって矯正してくる件
マサタカ
青春
俺には昔、義妹がいた。仲が良くて、目に入れても痛くないくらいのかわいい女の子だった。
あれから数年経って大学生になった俺は友人・先輩と楽しく過ごし、それなりに充実した日々を送ってる。
そんなある日、偶然元義妹と再会してしまう。
「久しぶりですね、兄さん」
義妹は見た目や性格、何より俺への態度。全てが変わってしまっていた。そして、俺の生活が爛れてるって言って押しかけて来るようになってしまい・・・・・・。
ただでさえ再会したことと変わってしまったこと、そして過去にあったことで接し方に困っているのに成長した元義妹にドギマギさせられてるのに。
「矯正します」
「それがなにか関係あります? 今のあなたと」
冷たい視線は俺の過去を思い出させて、罪悪感を募らせていく。それでも、義妹とまた会えて嬉しくて。
今の俺たちの関係って義兄弟? それとも元家族? 赤の他人?
ノベルアッププラスでも公開。
かつて僕を振った幼馴染に、お月見をしながら「月が綺麗ですね」と言われた件。それって告白?
久野真一
青春
2021年5月26日。「スーパームーン」と呼ばれる、満月としては1年で最も地球に近づく日。
同時に皆既月食が重なった稀有な日でもある。
社会人一年目の僕、荒木遊真(あらきゆうま)は、
実家のマンションの屋上で物思いにふけっていた。
それもそのはず。かつて、僕を振った、一生の親友を、お月見に誘ってみたのだ。
「せっかくの夜だし、マンションの屋上で、思い出話でもしない?」って。
僕を振った一生の親友の名前は、矢崎久遠(やざきくおん)。
亡くなった彼女のお母さんが、つけた大切な名前。
あの時の告白は応えてもらえなかったけど、今なら、あるいは。
そんな思いを抱えつつ、久遠と共に、かつての僕らについて語りあうことに。
そして、皆既月食の中で、僕は彼女から言われた。「月が綺麗だね」と。
夏目漱石が、I love youの和訳として「月が綺麗ですね」と言ったという逸話は有名だ。
とにかく、月が見えないその中で彼女は僕にそう言ったのだった。
これは、家族愛が強すぎて、恋愛を諦めざるを得なかった、「一生の親友」な久遠。
そして、彼女と一緒に生きてきた僕の一夜の物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる