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【22】和葉。お尻を叩いて竜馬の緊張をほぐし、神主打法でホームランを打つ。
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【22】双子の妹の保護者として、今年から共学になった女子高へ通う兄の話
東岡忠良(あずまおか・ただよし)
【22】和葉。お尻を叩いて竜馬の緊張をほぐし、神主打法でホームランを打つ。
※この小説へのご意見・ご感想・誤字脱字・等がありましたら、お気軽にコメントして下さい。
お待ちしています。
──1──
ホームベースに立つ主審の川田高校顧問の教師から見て、川田高校野球部員らは一塁側に整列した。
片や新屋敷兄妹を含む小笠原高校野球部員は三塁側に整列した。
お互いのキャプテンは主審のマッチョ顧問の一番近くに立っている。
「では今から川田高校野球部と小笠原高校野球部の練習試合を行います」
と主審の顧問が宣言すると、お互いのキャプテンは握手をしているのを、最もホームベースから遠い和葉は身体を前に少し倒して、その様子を見つめている。
そして竜馬が隠すように左手で持っているグローブを見た。
「お兄ちゃん、何で外野用のグローブを持っているの? 先攻だから守りにはつかなくていいのよ」
と和葉は隣りの竜馬にしか聞こえない小声で言うと、
「ごめん。緊張して持ってきてしまった……」
と呟くと、
「お兄ちゃん、誰も期待していないから、緊張しなくていいのに」
と少し意地悪そうに微笑む。
「僕はすぐに緊張しちまう……。ダメだよな、僕は……」
と暗い表情をする。和葉は竜馬のその暗い顔を見つめていたが、
「相変わらず、自己評価が低いわね。まあ、いいわ。その緊張を解いてあげるから」
と言った。
「ああ」
と竜馬は空返事を返した。
すでに川田の補欠の選手らは、塁審として散らばっている。準備は整った。
だが一部の川田高校の選手らはキャプテン同士の握手を見ていない。
見ているのは、和葉のユニフォーム姿で、Gカップの胸のせいで歪んでいる『東道中学』の文字と、ユニフォームパンツからでも分かる、丸みを帯びた女性らしい腰と、肉付きの良い太ももだった。
そして何より黙って立っていたら、男子なら見惚れてしまう可愛く整った和葉の顔をである。
乳、デケエ~。
顔もカワエエ~。
と小声だが川田の野球部員から漏れると、
「おい! 今、言ったのは誰だ!」
と主審の川田の顧問が怒気を込めた声で言った。
一瞬で空気が凍りついた。
「僕です……」「僕です……」と二人が小さく手を上げた。
「お前ら! これから試合だと言うのに弛(たる)んでるぞ! 二人は塁審の部員と代われ!」
と顧問が言うと、この世の終わりのような、悲しそうな表情になったが、
「川田のマッチョ先生!」
と和葉が大きな声を出して、手を上げた。
「え? マッチョ先生とは私の事か?」
「はい! マッチョ先生!」
と再び言うと、両校の部員からクスクスと押し殺した笑い声が漏れる。
「こら、笑うな! 一応、私にも柴山という名前があるのだが。ところで何かな?」
と柴山顧問は和葉の方を見る。
「柴山先生。私の胸はGカップと大きいので、思春期の男子生徒には刺激が強いです」
とより胸を張って言った。
「え? 君はGカップもあるのか! いや、済まない。不謹慎(ふきんしん)だった」
と審判の顧問は少し頬を赤くして空の咳を一つした。
「二人のセクハラな言動ですが、それは仕方がないというものです」
「ふむ」と柴山顧問は和葉の言うことを真剣に聞いている。
「試合に支障がなければ、私は見られる覚悟で来ています。性欲に正直な部員さん二人ですが、今ぐらいなら許してあげてくれませんか? ただし、言動が行き過ぎたら?」
「行き過ぎたら?」
「退部で」
と言ったから、川田野球部員らから悲鳴に近い声が上がった。
柴山顧問は大笑いし、
「君は面白い生徒だな。気に入ったよ。まあ、退部にはしないが、そうだな。トイレ掃除一週間としようか」
と微笑みながら言った。
「それでいいです」
と和葉。
川田側から「エエ~!」との声が出た。
「ですが、私の身体を舐め回すように見るのは許してあげて欲しいんです」
と和葉が言うと、柴山顧問は少し驚いて、
「え! それは構わないのかい?」
とどう答えてよいのか分からない様子である。
「性欲の塊のような男子高校生らが、私のこの身体から目が離せなくなるのは仕方のないことです!」
と言うと、胸を張り、
「私のこの身体、男子高校生諸君には! 存分に見て頂きたい!」
と和葉は豊かな胸に左手を置き、少し屈むと右手を使って勢いよく自分のお尻を叩いた。
ピシャッ!
という凄く良い音が、川田高校グランドに響いた。
一瞬、呆気(あっけ)にとられたが、全員からクスクスと笑いが起こり、柴山顧問も笑いを堪(こら)えながら、
「分かった。そういう覚悟なんだな。二人共、もう不謹慎な言動は慎むように。そして君」
「はい」と和葉。
「君を一人の高校球児として扱うことにする。遅れている選手が到着するまでだが、思う存分プレイしてくれ」
と柴山顧問が言うと、
「はい。プレイします!」
と言うと同時に、和葉はまた自分のお尻を右手で思いっ切り叩き、
ピシャッ!!
とより大きな音が響いた。
両チームナイン全員が、我慢出来なくなり大笑いした。
「和葉。お前~」
と竜馬は苦笑したが、一気に竜馬を含めた全員の緊張がほぐれていくのが分かった。
みんなが、
「お願いします!」
と帽子を取って礼をした。
小笠原のメンバーは、優子と琴美が座っているテント内に集まり、席についたり、立ったまま応援したりしている。
川田のナインはそれぞれの守備位置に着く。一塁側の川田のテント下には、一年生らしい野球部員が三人ほどいて、スコアをつける準備をしていた。
三塁側テント下の席順は、最前列の真ん中に優子が座り、優子から見て右側に琴美が座り、琴美の右側には和葉が座った。つまり女子の中では和葉がホームベース側である。
竜馬は優子の左側の席に投手用のグローブを置いていたが、和葉の右手の空席に座ろうと、視線をそちらに向けたが、
「えっ……。竜馬さん、私の横に座ってくれないの?」
と悲しそうに竜馬を見上げたので、
「えっ。そうだね。隣り、いいかな?」
と優子の左側に着席した。
優子は微笑みつつも、赤らめた頬を隠すために琴美の方を向いたが、その仕草を見た竜馬は、
「やっぱり近すぎて嫌われた?」
と小声で言った。
一番バッターが打席に向かうと同時に、和葉は自分が座っていた席に、中学時代に使っていた使い込まれたグローブを置くと、自分に合いそうな金属バットを探した。
「このバット、借ります」
と声をかけてから、小笠原野球部のバットを持って、ネクストバッターズサークルの円に向かった。
ワンボール、ワンストライクの次の三球目がファールになり、三塁側にいる小笠原野球部のテント方向に、ライナーで飛んできた。
大きな音がして、偶然にもテントの骨組みに当たった。
「これ、気をつけないと本当に危ないわね」
と優子はかなり焦っている。
「そうなんだ。試合中は絶対にボールから目を離しちゃダメだからね」
と竜馬は優子に念を押した。
「川田の三年生ピッチャー。なかなか、球が早いな。コントロールも良さそうだ」
と長崎隼人は竜馬の左側の席に座り、言った。
「先発は兄さんなの?」
と少し離れている琴美が、兄隼人に訊いた。
「いや。三年の岸先輩だ。俺はセンターを守るよ」
と話しているうちに、一番バッターはショートフライでワンアウトになった。
和葉はゆっくりとバッターボックスに向かった。
──2──
「和葉が二番なんだよな」
と竜馬が言うと、
「これは見ものだね。和葉ちゃん、あれ、やるかな?」
と長崎隼人は嬉しそうに見つめている。
「やるんじゃないかな、多分」
と竜馬。
「何をするの?」
と相生優子は竜馬に聞くと、
「見ててごらんよ」
と竜馬は優しく優子に言った。
和葉はバッターボックスに立つと、足元を慣らしながらホームベース近くに立つと、ゆったりとバットを自分の身体の前方に突き出すようして構えた。
「出た! 和葉ちゃんの神主打法! いいぞ、和葉ちゃん!」
と隼人は思わず、声援を送った。
「神主? 何それ?」
と優子は竜馬と隼人を見た。
「過去に凄いプロ野球選手がいたんだ。打撃つまり打つ方のタイトルを同時に三つ獲得することを三冠って言うんだけど」
と竜馬が優子に言う。
「うん」
と優子は知らないなりに、一生懸命に聞いている。
「一年間の試合で打率とホームランと打点を同時に取るんだ。それってとても難しいことなんだけど」
「うん」
「それを三度も取った落合博満っていう天才バッターがいたんだけど」
「うん」
「その落合選手がやっていた打ち方が今、和葉がやっているバットを身体の前に突き出すようなフォームで、それを神主打法って言うんだよ」
「そうなのね」
と言った時に、川田の三年生ピッチャーは振り被って早めのストレートを投げ込んだ。
すると、和葉は大振りして尻もちをついて倒れた。
「おいおい、君。派手にお尻から倒れたけど大丈夫かい?」
と川田の二年生キャッチャーが心配そうに言う。
和葉はプリッとしたお尻を左手で擦ると、砂をはたきながら、
「はい。大丈夫です」
と言って、また神主打法で構えた。
川田の三年生ピッチャーは、ニヤリと笑っている。
「あ。川田のピッチャーは派手に倒れた和葉ちゃんを、完全に舐めたな」
と隼人が小声で言うと、
「女子で男子に混じって野球をやると、どうしてもああいう風に、女子をバカにする男子が出てくるんだよ」
と竜馬。
「うん。ちょっと嫌かも」
と優子。
「和葉のヤツ。何も知らない相手の時は、必ずあの大振りをやるんだよ」
「えっ。ということは、あれってわざと?」
と優子が言った時だった。
「ほらよ」と言いながら、川田の三年生ピッチャーが投げたのは、ど真ん中の球威のないストレートだった。
和葉はタイミングを合わせるようにバットを引くと、腕とバットを身体を中心に巻き込むように、鋭い速さでスイングした。
和葉の捉えたボールはレフト側に高く上がったと思うと、あれよあれよと校舎の二階へダイレクトに当たった。
その場にいた者、全員が和葉の打球を見ていた。
竜馬と隼人は「さすが!」と言わんばかりにガッツポーズをした。
小笠原野球部らは驚いていたが、呆然と立ち尽くしたのは川田高校野球部員らだった。
みんなが目で追っていく打球は校舎二階に当たり、地面に落ちた時には、和葉は無言でゆっくりと一塁ベースを回っていた。
ハッと我に返った川田の柴山顧問の主審は言った。
「ホッ、ホームラン!」
と言い、三塁塁審は慌ててぐるぐると頭の上で腕を回した。
和葉はゆっくりとホームベースを踏むと、ネクストバッターズサークルにいる三年生キャプテンにタッチし、その後は総立ちのテント内のみんなとハイタッチをしていった。
四番の隼人は立ち上がり、バットを持ってテント下から出たところで、和葉と片手でハイタッチした。
「さすがは和葉ちゃんだな。ナイスバッティング!」
と自分のことのように嬉しそうである。
「相手が打ちごろの球を投げてくれたからよ」
と微笑みながら、テント内の野球部員にタッチしていく。
「さすがは和葉だよ」
と立って待っていた竜馬にもタッチする。
「お兄ちゃんも打ってよ」
と言いながら、竜馬の後ろから伸びてきた部員の手にもタッチする。
「和葉! あなた、凄いわ!」
と興奮気味の優子の両手にハイタッチする。
「相手が油断して、緩いボールを投げてくれたから打てたのよ」
と言う。
「和葉さん、凄いです!」
と琴美の表情には尊敬の気持ちが出ていた。
「そう。ありがとう」
と全員とハイタッチを終えて、琴美の横の席に座り、自分のグローブを左手に付けた。
三番打者の三年生キャプテンがバッターボックスに立つ。
和葉はそれを見ずに、セカンドの守備で使う自分のグローブが気になっていた。
「しばらく使っていなかったから、少し硬いわね。オイルを持ってきたらよかったわ」
とグローブを開けたり、閉めたり、右手でほぐしたりしていると、
「君。良かったら使ってよ」
と和葉と同じくらいの身長の部員が、缶入りのオイルを渡してきた。
「え? いいんですか? これって高いやつじゃないんですか?」
と相手を見つめた。
和葉に見つめられた同身長の部員は、
「いいんだ。僕が使った後ので悪いんだけど……」
と顔を真っ赤にしながら言っている。
「ありがとう。大切に使わせてもらうわ」
と言って立ち上がり、手から外したグローブを席に置くと、頭を少し下げながら、オイル缶を持つ男子部員の手を包み込むように、丁寧に両手で掴むと、
「本当にありがとう」
と微笑んだ。
すると男子部員は、
「ぼっ、僕っ。君がオイルを塗っている間、ファールで怪我しないように、守ってあげるっ!」
と自分のグローブをはめて、和葉の前に立った。
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて」
と和葉は手早く自分のグローブにオイルを塗り始めた時に、三番バッターのキャプテンはファーボールで一塁に歩いていた。
川田のピッチャーは和葉のホームランが、精神的に効いているように見えた。
ワンアウト一塁のチャンスに、四番の長崎隼人がバッターボックスへ立った。
和葉はその時だけは隼人の大きな背中を見つめながら、
「長崎さん! ここで打たなかったら、私と四番を変わりなさいよ!」
と言った。
長崎隼人は、
「おう! 必ず打つぜ!」
と和葉の方を向いて、手を上げた。
──3──
隼人にからかうような声援を送ったが、
「長崎さん、四番なのね。一年生なのに凄いわ」
と和葉はグローブオイルを塗りながら言った。
「兄さん、小笠原に入学してすぐに野球部から勧誘があったんです。中学での活躍を部員の人が知っていたみたいで」
と琴美は言った。
「長崎さん、確か野球部名門の私立富坂高校から特待生の推薦が来ていたはずなのに勿体ないわ。なぜ、断ったのかしら?」
と和葉は手を止めないでつぶやくと、
「……それ、私のせいなんです」
と琴美は小声で言った。
「え? そうなの? 私はお兄ちゃんからも、長崎さん本人からも『小笠原高校が近いから決めた』って訊いたけど」
と和葉が言うと、
「それ、兄さんの照れ隠しだと思います。本当は名門の富坂に特待生の推薦で行きたかったのだろうと思います。野球の実力も学力も申し分なかったはずなんです」
「学力は申し分ないどころか、学力は私とトップを争うくらいの成績だったものね。まあ、私、一度も一位から落ちたことないけど」
と和葉はさらりと言う。
「和葉さん、やっぱり凄いですね」
「そうね。なかなか、私は凄いでしょ。見習うといいわ」
とおどけながら胸を張ったので、琴美はクスリと笑い、話を続けた。
「富坂を諦めたとしても、本当はもっとレベルの高い公立高校を受けたかったと思うんです。でも兄さん『私立には受かっても行く気がない』って言って、私立の併願を受験しなかったんです」
「そうらしいわね。勿体ないわ。併願で私立高校に合格していれば、少し高い偏差値の公立高校だって挑戦できたのに」
そして和葉は続けた。
「それより学費のかからない野球名門の富坂を受けなかったのが、何よりも勿体ないわ」
と言うと、
「実は私立の願書を出す寸前に分かったんですけど、富坂の野球部って基本寮生活だったんです」
「つまり、お金の問題なの?」
琴美は俯いて、
「……そうなんです。名門富坂は推薦特待生だと学費が無料だと言っても、寮に入らないといけなくて。それがかなりお金がいるので……。それに怪我や学力が落ちても特待生取り消しになるみたいで……」
と琴美。
「そうだったのね……」
と和葉。
「ご存じかも知れませんが、うちは母子家庭なんです……。二年前にお父さんが事故で亡くなってしまって、お母さんと兄さんの三人暮らしで……」
と琴美は泣きそうである。
「私、お兄ちゃんから聞いたわ。長崎さんが朝に新聞配達のバイトを中学の頃からしていることを」
こくりと琴美は黙って頷く。
「つまり長崎さんは家から近くて余裕で合格できる公立小笠原高校に入学して、家計を助けるために新聞配達を続けているのでしょう」
「はい」
「名門富坂を諦めて、遠いのでバイトが出来ない偏差値の高い公立高校も諦めた。その理由は琴美ちゃんの進学もあるからなのね」
「そうなんです……。私のために……」
と頬に涙が伝わった。
和葉は、
「琴美ちゃん、泣いてどうなるのよ。あなたがしっかり勉強したらいいんじゃないの」
と言った時に、
カキン~!
とバットがボールを芯で捉えた金属音がした。
和葉と琴美が音のした方を見ると、レフト側にある校舎の三階と四階の間に、ボールがダイレクトに当たっていた。
「さすがは長崎さん、飛ばし屋と言われただけのことはあるわね」
と和葉はグローブとオイル缶を自分の席に置くと立ち上がり、手を叩いた。
長崎隼人はゆっくりとそして堂々とベースを踏んでいる。
「琴美ちゃん」
「はい……」
と和葉を見上げる。
「琴美ちゃんは自分が出来ることを、全力でやればいいと思うわ。どこの高校志望なのかは知らないけれど」
「和葉さん……」
と琴美はつぶやく。
「勉強で分からないところがあるなら、長崎さんに聞けばいいし、何なら私や隣りの優子に聞けばいいわ」
と和葉が言うと、
「えっ。優子さんって勉強が得意なんですか?」
と琴美は優子の方を見ながら言うと、
「え? 私って勉強が苦手そうに見える?」
と優子は言いながら、隼人のホームランを迎えるために立ち上がった。
「ほら。琴美ちゃんも立って。長崎さんのホームランを祝福しよう」
と和葉が声をかけると、琴美は涙を拭き、笑顔になって立ち上がった。
隼人はネクストバッターズサークルにいた、五番打者の巨漢の先輩とハイタッチすると、テントから出て手を出している部員らとハイタッチしてから、和葉とハイタッチをした。
「長崎さん、さすがね」
「ありがとう。でも和葉ちゃんのホームランも見事だったよ」
と微笑むと、琴美とハイタッチした。
「ん? 琴美。泣いていたのか?」
と隼人が心配そうに言うと、
「琴美ちゃん、高校受験は長崎さんのこのホームランに誓って、絶対に志望校に合格する覚悟らしいわよ」
「え!」
と和葉の勝手な言動に琴美は困惑する。すると、
「おう。そうか。じゃあ、北村第一高校を目指す決心がついたんだな。頑張れよ」
と琴美の頭を軽く撫でると、優子と竜馬にハイタッチした。
「琴美ちゃんの志望校って北村第一だったの?」
と和葉。
この地域では三番目に難しい公立高校である。
「はい。私、どうしてもその……。北村第一に行きたくて……」
と琴美。
「北村第一ね。でもあそこもこの辺りからは遠いわよ。電車で片道一時間はかかるんじゃない?」
「はい……。そうなんですよね」
「ここの地域って公立でレベルの高いところってないのよね。小笠原くらいだけど、小笠原は真ん中よりちょっと上くらいだものね」
と言いながら、小笠原の野球部員を見渡した。すると、
「そのう……。君はどこの高校なんだい?」
と一人の部員が訊いてきた。
「私とお兄ちゃんと隣りの優子は如月学園です」
と和葉は竜馬と優子の方に目線を送りながら言った。
如月学園!
三人とも頭、良いんだ!
と、どよめく小笠原野球部員達。
「お三人、如月学園なんですか? それって偏差値が高いし、それに学費が大変なんじゃないですか?」
と琴美が言うと、
「如月って学費が高いわよ。うちなんて私とお兄ちゃんが通っているから、本当なら大変なんだけど」
「はい」
「でも、私が特待生だから、一人分は学費は無料なのよ」
「えっ! そうなんですか!」
と驚く琴美。
「ちなみに私は専願で入学試験一位だったわ」
「専願だったんですか? それも一位ですか!」
と驚いている。
「公立高校は受けなかったのですか?」
と尋ねると、
「ええ。如月レベルの公立高校って、すべて遠くて電車通学になるじゃない」
「はい」
「毎朝、ラッシュ時の電車で通うメリットって何があるの? 時間と体力の無駄よ」
と言いながら和葉は座って、グローブと缶を手に取るとまた塗り始めた。
「確かにそうですね」
と琴美。
「小笠原はどうなの? お兄ちゃんから聞いたけど、長崎さん。自転車で通う距離なのに、歩いて登校しているって聞いたわ?」
「あ~」
と琴美は呆れた表情になって、
「兄さんは基本、走って登校しています」
と言った。
「え? ちょっと待って。確か長崎さんって新聞配達をやってたわよね?」
「やってます。新聞配達も走ってですけど」
と言うと、
「小夏ちゃんも運動脳だと呆れていたけど、長崎さんって勉強も出来る運動脳なのね」
とさすがの和葉も何とも言えない表情になった。
「兄さん、本当に凄い人なんです。私、心から尊敬しているんです」
と琴美は恥ずかしそうに言った。
「ねえ」
「はい」
「もしかして、琴美ちゃんって、長崎さんのことが好きなの?」
「え?」
和葉は真剣な表情でそう訊いた。
つづく。
登場人物。
長崎琴美(ながさきことみ)。
竜馬の野球繋がりの友人の妹。中学三年生。密かに竜馬のことが好き。
家庭の事情から野球部はあるが人数がギリギリの公立小笠原(おがさわら)高校に入学した兄の隼人を持つ。
兄隼人は野球の才能があり努力家で、中学時代と現在の高校でもエースピッチャーで四番。
「兄さん」と呼んでいる。
二年前に父親が亡くなり母子家庭。
来年は高校受験で志望校は電車通学で一時間の公立北村第一高校。
長崎隼人(ながさきはやと)
公立小笠原(おがさわら)高校野球部一年。新屋敷兄妹とは同級生。小学校から東道中学校まで同じだった。
竜馬は小学校時代は小柄だったが、隼人はずっと大柄で運動神経は飛び抜けてよかった。中学校時代には野球はもちろん陸上競技でも男子は長崎隼人。女子は三上小夏と言われていた。
野球名門の私立富坂高校の特別推薦をもらうが、学費は無料でも高額の寮生活を理由に受験しなかった。
そして交通費のかかる遠方の偏差値の高い公立高校にも十分に受かる学力はあったが辞めて、走って通える公立小笠原高校へ入学する。
一つ年下の琴美という妹がいる。
小笠原高校野球部では一年生ながら、エースピッチャーで四番を打つ。
竜馬は「竜馬」。和葉は「和葉ちゃん」と呼ぶ。
一人称は「俺」。
二年前に父親が亡くなり母子家庭。
岸(きし)先輩。
公立小笠原高校三年生。長崎隼人が入部するまではエースピッチャーだった。今回の練習試合では先発する。控えに回った隼人はセンターを守る。
山上(やまがみ)先輩。
小笠原高校三年生のキャッチャーで五番打者。一八五センチ体重は百キロ近いの巨漢。長打力はあるが打率は低い。元々四番を打っていたが、隼人のバッティングを見て、四番を譲った。
柴山顧問。
川田高校野球部顧問。試合中は審判を務める。ボディビルダーのような身体で、和葉は名前が分かるまで「マッチョ先生」と呼んでいた。
公立小笠原(おがさわら)高校野球部。
一番。二年生。ショート。
二番。一年生。新屋敷和葉。セカンド。
三番。三年生。キャプテン。サード。
四番。一年生。長崎隼人。現在、センター。
五番。三年生の山上先輩。キャッチャー。
六番。二年生。ファースト。
七番。一年生。新屋敷竜馬。ライト。
八番。一年生。レフト。和葉にグローブオイルを貸した。和葉と同じくらいの身長。
九番。三年生。岸先輩。ピッチャー。
公立川田(かわた)高校野球部。
一番。
二番。
三番。
四番。
五番。
六番。
七番。二年生。キャッチャー。
八番。
九番。三年生。ピッチャー。
2023年2月26日
※当サイトの内容、テキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
また、まとめサイト等への引用をする場合は無断ではなく、こちらへお知らせ下さい。許可するかを判断致します。
東岡忠良(あずまおか・ただよし)
【22】和葉。お尻を叩いて竜馬の緊張をほぐし、神主打法でホームランを打つ。
※この小説へのご意見・ご感想・誤字脱字・等がありましたら、お気軽にコメントして下さい。
お待ちしています。
──1──
ホームベースに立つ主審の川田高校顧問の教師から見て、川田高校野球部員らは一塁側に整列した。
片や新屋敷兄妹を含む小笠原高校野球部員は三塁側に整列した。
お互いのキャプテンは主審のマッチョ顧問の一番近くに立っている。
「では今から川田高校野球部と小笠原高校野球部の練習試合を行います」
と主審の顧問が宣言すると、お互いのキャプテンは握手をしているのを、最もホームベースから遠い和葉は身体を前に少し倒して、その様子を見つめている。
そして竜馬が隠すように左手で持っているグローブを見た。
「お兄ちゃん、何で外野用のグローブを持っているの? 先攻だから守りにはつかなくていいのよ」
と和葉は隣りの竜馬にしか聞こえない小声で言うと、
「ごめん。緊張して持ってきてしまった……」
と呟くと、
「お兄ちゃん、誰も期待していないから、緊張しなくていいのに」
と少し意地悪そうに微笑む。
「僕はすぐに緊張しちまう……。ダメだよな、僕は……」
と暗い表情をする。和葉は竜馬のその暗い顔を見つめていたが、
「相変わらず、自己評価が低いわね。まあ、いいわ。その緊張を解いてあげるから」
と言った。
「ああ」
と竜馬は空返事を返した。
すでに川田の補欠の選手らは、塁審として散らばっている。準備は整った。
だが一部の川田高校の選手らはキャプテン同士の握手を見ていない。
見ているのは、和葉のユニフォーム姿で、Gカップの胸のせいで歪んでいる『東道中学』の文字と、ユニフォームパンツからでも分かる、丸みを帯びた女性らしい腰と、肉付きの良い太ももだった。
そして何より黙って立っていたら、男子なら見惚れてしまう可愛く整った和葉の顔をである。
乳、デケエ~。
顔もカワエエ~。
と小声だが川田の野球部員から漏れると、
「おい! 今、言ったのは誰だ!」
と主審の川田の顧問が怒気を込めた声で言った。
一瞬で空気が凍りついた。
「僕です……」「僕です……」と二人が小さく手を上げた。
「お前ら! これから試合だと言うのに弛(たる)んでるぞ! 二人は塁審の部員と代われ!」
と顧問が言うと、この世の終わりのような、悲しそうな表情になったが、
「川田のマッチョ先生!」
と和葉が大きな声を出して、手を上げた。
「え? マッチョ先生とは私の事か?」
「はい! マッチョ先生!」
と再び言うと、両校の部員からクスクスと押し殺した笑い声が漏れる。
「こら、笑うな! 一応、私にも柴山という名前があるのだが。ところで何かな?」
と柴山顧問は和葉の方を見る。
「柴山先生。私の胸はGカップと大きいので、思春期の男子生徒には刺激が強いです」
とより胸を張って言った。
「え? 君はGカップもあるのか! いや、済まない。不謹慎(ふきんしん)だった」
と審判の顧問は少し頬を赤くして空の咳を一つした。
「二人のセクハラな言動ですが、それは仕方がないというものです」
「ふむ」と柴山顧問は和葉の言うことを真剣に聞いている。
「試合に支障がなければ、私は見られる覚悟で来ています。性欲に正直な部員さん二人ですが、今ぐらいなら許してあげてくれませんか? ただし、言動が行き過ぎたら?」
「行き過ぎたら?」
「退部で」
と言ったから、川田野球部員らから悲鳴に近い声が上がった。
柴山顧問は大笑いし、
「君は面白い生徒だな。気に入ったよ。まあ、退部にはしないが、そうだな。トイレ掃除一週間としようか」
と微笑みながら言った。
「それでいいです」
と和葉。
川田側から「エエ~!」との声が出た。
「ですが、私の身体を舐め回すように見るのは許してあげて欲しいんです」
と和葉が言うと、柴山顧問は少し驚いて、
「え! それは構わないのかい?」
とどう答えてよいのか分からない様子である。
「性欲の塊のような男子高校生らが、私のこの身体から目が離せなくなるのは仕方のないことです!」
と言うと、胸を張り、
「私のこの身体、男子高校生諸君には! 存分に見て頂きたい!」
と和葉は豊かな胸に左手を置き、少し屈むと右手を使って勢いよく自分のお尻を叩いた。
ピシャッ!
という凄く良い音が、川田高校グランドに響いた。
一瞬、呆気(あっけ)にとられたが、全員からクスクスと笑いが起こり、柴山顧問も笑いを堪(こら)えながら、
「分かった。そういう覚悟なんだな。二人共、もう不謹慎な言動は慎むように。そして君」
「はい」と和葉。
「君を一人の高校球児として扱うことにする。遅れている選手が到着するまでだが、思う存分プレイしてくれ」
と柴山顧問が言うと、
「はい。プレイします!」
と言うと同時に、和葉はまた自分のお尻を右手で思いっ切り叩き、
ピシャッ!!
とより大きな音が響いた。
両チームナイン全員が、我慢出来なくなり大笑いした。
「和葉。お前~」
と竜馬は苦笑したが、一気に竜馬を含めた全員の緊張がほぐれていくのが分かった。
みんなが、
「お願いします!」
と帽子を取って礼をした。
小笠原のメンバーは、優子と琴美が座っているテント内に集まり、席についたり、立ったまま応援したりしている。
川田のナインはそれぞれの守備位置に着く。一塁側の川田のテント下には、一年生らしい野球部員が三人ほどいて、スコアをつける準備をしていた。
三塁側テント下の席順は、最前列の真ん中に優子が座り、優子から見て右側に琴美が座り、琴美の右側には和葉が座った。つまり女子の中では和葉がホームベース側である。
竜馬は優子の左側の席に投手用のグローブを置いていたが、和葉の右手の空席に座ろうと、視線をそちらに向けたが、
「えっ……。竜馬さん、私の横に座ってくれないの?」
と悲しそうに竜馬を見上げたので、
「えっ。そうだね。隣り、いいかな?」
と優子の左側に着席した。
優子は微笑みつつも、赤らめた頬を隠すために琴美の方を向いたが、その仕草を見た竜馬は、
「やっぱり近すぎて嫌われた?」
と小声で言った。
一番バッターが打席に向かうと同時に、和葉は自分が座っていた席に、中学時代に使っていた使い込まれたグローブを置くと、自分に合いそうな金属バットを探した。
「このバット、借ります」
と声をかけてから、小笠原野球部のバットを持って、ネクストバッターズサークルの円に向かった。
ワンボール、ワンストライクの次の三球目がファールになり、三塁側にいる小笠原野球部のテント方向に、ライナーで飛んできた。
大きな音がして、偶然にもテントの骨組みに当たった。
「これ、気をつけないと本当に危ないわね」
と優子はかなり焦っている。
「そうなんだ。試合中は絶対にボールから目を離しちゃダメだからね」
と竜馬は優子に念を押した。
「川田の三年生ピッチャー。なかなか、球が早いな。コントロールも良さそうだ」
と長崎隼人は竜馬の左側の席に座り、言った。
「先発は兄さんなの?」
と少し離れている琴美が、兄隼人に訊いた。
「いや。三年の岸先輩だ。俺はセンターを守るよ」
と話しているうちに、一番バッターはショートフライでワンアウトになった。
和葉はゆっくりとバッターボックスに向かった。
──2──
「和葉が二番なんだよな」
と竜馬が言うと、
「これは見ものだね。和葉ちゃん、あれ、やるかな?」
と長崎隼人は嬉しそうに見つめている。
「やるんじゃないかな、多分」
と竜馬。
「何をするの?」
と相生優子は竜馬に聞くと、
「見ててごらんよ」
と竜馬は優しく優子に言った。
和葉はバッターボックスに立つと、足元を慣らしながらホームベース近くに立つと、ゆったりとバットを自分の身体の前方に突き出すようして構えた。
「出た! 和葉ちゃんの神主打法! いいぞ、和葉ちゃん!」
と隼人は思わず、声援を送った。
「神主? 何それ?」
と優子は竜馬と隼人を見た。
「過去に凄いプロ野球選手がいたんだ。打撃つまり打つ方のタイトルを同時に三つ獲得することを三冠って言うんだけど」
と竜馬が優子に言う。
「うん」
と優子は知らないなりに、一生懸命に聞いている。
「一年間の試合で打率とホームランと打点を同時に取るんだ。それってとても難しいことなんだけど」
「うん」
「それを三度も取った落合博満っていう天才バッターがいたんだけど」
「うん」
「その落合選手がやっていた打ち方が今、和葉がやっているバットを身体の前に突き出すようなフォームで、それを神主打法って言うんだよ」
「そうなのね」
と言った時に、川田の三年生ピッチャーは振り被って早めのストレートを投げ込んだ。
すると、和葉は大振りして尻もちをついて倒れた。
「おいおい、君。派手にお尻から倒れたけど大丈夫かい?」
と川田の二年生キャッチャーが心配そうに言う。
和葉はプリッとしたお尻を左手で擦ると、砂をはたきながら、
「はい。大丈夫です」
と言って、また神主打法で構えた。
川田の三年生ピッチャーは、ニヤリと笑っている。
「あ。川田のピッチャーは派手に倒れた和葉ちゃんを、完全に舐めたな」
と隼人が小声で言うと、
「女子で男子に混じって野球をやると、どうしてもああいう風に、女子をバカにする男子が出てくるんだよ」
と竜馬。
「うん。ちょっと嫌かも」
と優子。
「和葉のヤツ。何も知らない相手の時は、必ずあの大振りをやるんだよ」
「えっ。ということは、あれってわざと?」
と優子が言った時だった。
「ほらよ」と言いながら、川田の三年生ピッチャーが投げたのは、ど真ん中の球威のないストレートだった。
和葉はタイミングを合わせるようにバットを引くと、腕とバットを身体を中心に巻き込むように、鋭い速さでスイングした。
和葉の捉えたボールはレフト側に高く上がったと思うと、あれよあれよと校舎の二階へダイレクトに当たった。
その場にいた者、全員が和葉の打球を見ていた。
竜馬と隼人は「さすが!」と言わんばかりにガッツポーズをした。
小笠原野球部らは驚いていたが、呆然と立ち尽くしたのは川田高校野球部員らだった。
みんなが目で追っていく打球は校舎二階に当たり、地面に落ちた時には、和葉は無言でゆっくりと一塁ベースを回っていた。
ハッと我に返った川田の柴山顧問の主審は言った。
「ホッ、ホームラン!」
と言い、三塁塁審は慌ててぐるぐると頭の上で腕を回した。
和葉はゆっくりとホームベースを踏むと、ネクストバッターズサークルにいる三年生キャプテンにタッチし、その後は総立ちのテント内のみんなとハイタッチをしていった。
四番の隼人は立ち上がり、バットを持ってテント下から出たところで、和葉と片手でハイタッチした。
「さすがは和葉ちゃんだな。ナイスバッティング!」
と自分のことのように嬉しそうである。
「相手が打ちごろの球を投げてくれたからよ」
と微笑みながら、テント内の野球部員にタッチしていく。
「さすがは和葉だよ」
と立って待っていた竜馬にもタッチする。
「お兄ちゃんも打ってよ」
と言いながら、竜馬の後ろから伸びてきた部員の手にもタッチする。
「和葉! あなた、凄いわ!」
と興奮気味の優子の両手にハイタッチする。
「相手が油断して、緩いボールを投げてくれたから打てたのよ」
と言う。
「和葉さん、凄いです!」
と琴美の表情には尊敬の気持ちが出ていた。
「そう。ありがとう」
と全員とハイタッチを終えて、琴美の横の席に座り、自分のグローブを左手に付けた。
三番打者の三年生キャプテンがバッターボックスに立つ。
和葉はそれを見ずに、セカンドの守備で使う自分のグローブが気になっていた。
「しばらく使っていなかったから、少し硬いわね。オイルを持ってきたらよかったわ」
とグローブを開けたり、閉めたり、右手でほぐしたりしていると、
「君。良かったら使ってよ」
と和葉と同じくらいの身長の部員が、缶入りのオイルを渡してきた。
「え? いいんですか? これって高いやつじゃないんですか?」
と相手を見つめた。
和葉に見つめられた同身長の部員は、
「いいんだ。僕が使った後ので悪いんだけど……」
と顔を真っ赤にしながら言っている。
「ありがとう。大切に使わせてもらうわ」
と言って立ち上がり、手から外したグローブを席に置くと、頭を少し下げながら、オイル缶を持つ男子部員の手を包み込むように、丁寧に両手で掴むと、
「本当にありがとう」
と微笑んだ。
すると男子部員は、
「ぼっ、僕っ。君がオイルを塗っている間、ファールで怪我しないように、守ってあげるっ!」
と自分のグローブをはめて、和葉の前に立った。
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて」
と和葉は手早く自分のグローブにオイルを塗り始めた時に、三番バッターのキャプテンはファーボールで一塁に歩いていた。
川田のピッチャーは和葉のホームランが、精神的に効いているように見えた。
ワンアウト一塁のチャンスに、四番の長崎隼人がバッターボックスへ立った。
和葉はその時だけは隼人の大きな背中を見つめながら、
「長崎さん! ここで打たなかったら、私と四番を変わりなさいよ!」
と言った。
長崎隼人は、
「おう! 必ず打つぜ!」
と和葉の方を向いて、手を上げた。
──3──
隼人にからかうような声援を送ったが、
「長崎さん、四番なのね。一年生なのに凄いわ」
と和葉はグローブオイルを塗りながら言った。
「兄さん、小笠原に入学してすぐに野球部から勧誘があったんです。中学での活躍を部員の人が知っていたみたいで」
と琴美は言った。
「長崎さん、確か野球部名門の私立富坂高校から特待生の推薦が来ていたはずなのに勿体ないわ。なぜ、断ったのかしら?」
と和葉は手を止めないでつぶやくと、
「……それ、私のせいなんです」
と琴美は小声で言った。
「え? そうなの? 私はお兄ちゃんからも、長崎さん本人からも『小笠原高校が近いから決めた』って訊いたけど」
と和葉が言うと、
「それ、兄さんの照れ隠しだと思います。本当は名門の富坂に特待生の推薦で行きたかったのだろうと思います。野球の実力も学力も申し分なかったはずなんです」
「学力は申し分ないどころか、学力は私とトップを争うくらいの成績だったものね。まあ、私、一度も一位から落ちたことないけど」
と和葉はさらりと言う。
「和葉さん、やっぱり凄いですね」
「そうね。なかなか、私は凄いでしょ。見習うといいわ」
とおどけながら胸を張ったので、琴美はクスリと笑い、話を続けた。
「富坂を諦めたとしても、本当はもっとレベルの高い公立高校を受けたかったと思うんです。でも兄さん『私立には受かっても行く気がない』って言って、私立の併願を受験しなかったんです」
「そうらしいわね。勿体ないわ。併願で私立高校に合格していれば、少し高い偏差値の公立高校だって挑戦できたのに」
そして和葉は続けた。
「それより学費のかからない野球名門の富坂を受けなかったのが、何よりも勿体ないわ」
と言うと、
「実は私立の願書を出す寸前に分かったんですけど、富坂の野球部って基本寮生活だったんです」
「つまり、お金の問題なの?」
琴美は俯いて、
「……そうなんです。名門富坂は推薦特待生だと学費が無料だと言っても、寮に入らないといけなくて。それがかなりお金がいるので……。それに怪我や学力が落ちても特待生取り消しになるみたいで……」
と琴美。
「そうだったのね……」
と和葉。
「ご存じかも知れませんが、うちは母子家庭なんです……。二年前にお父さんが事故で亡くなってしまって、お母さんと兄さんの三人暮らしで……」
と琴美は泣きそうである。
「私、お兄ちゃんから聞いたわ。長崎さんが朝に新聞配達のバイトを中学の頃からしていることを」
こくりと琴美は黙って頷く。
「つまり長崎さんは家から近くて余裕で合格できる公立小笠原高校に入学して、家計を助けるために新聞配達を続けているのでしょう」
「はい」
「名門富坂を諦めて、遠いのでバイトが出来ない偏差値の高い公立高校も諦めた。その理由は琴美ちゃんの進学もあるからなのね」
「そうなんです……。私のために……」
と頬に涙が伝わった。
和葉は、
「琴美ちゃん、泣いてどうなるのよ。あなたがしっかり勉強したらいいんじゃないの」
と言った時に、
カキン~!
とバットがボールを芯で捉えた金属音がした。
和葉と琴美が音のした方を見ると、レフト側にある校舎の三階と四階の間に、ボールがダイレクトに当たっていた。
「さすがは長崎さん、飛ばし屋と言われただけのことはあるわね」
と和葉はグローブとオイル缶を自分の席に置くと立ち上がり、手を叩いた。
長崎隼人はゆっくりとそして堂々とベースを踏んでいる。
「琴美ちゃん」
「はい……」
と和葉を見上げる。
「琴美ちゃんは自分が出来ることを、全力でやればいいと思うわ。どこの高校志望なのかは知らないけれど」
「和葉さん……」
と琴美はつぶやく。
「勉強で分からないところがあるなら、長崎さんに聞けばいいし、何なら私や隣りの優子に聞けばいいわ」
と和葉が言うと、
「えっ。優子さんって勉強が得意なんですか?」
と琴美は優子の方を見ながら言うと、
「え? 私って勉強が苦手そうに見える?」
と優子は言いながら、隼人のホームランを迎えるために立ち上がった。
「ほら。琴美ちゃんも立って。長崎さんのホームランを祝福しよう」
と和葉が声をかけると、琴美は涙を拭き、笑顔になって立ち上がった。
隼人はネクストバッターズサークルにいた、五番打者の巨漢の先輩とハイタッチすると、テントから出て手を出している部員らとハイタッチしてから、和葉とハイタッチをした。
「長崎さん、さすがね」
「ありがとう。でも和葉ちゃんのホームランも見事だったよ」
と微笑むと、琴美とハイタッチした。
「ん? 琴美。泣いていたのか?」
と隼人が心配そうに言うと、
「琴美ちゃん、高校受験は長崎さんのこのホームランに誓って、絶対に志望校に合格する覚悟らしいわよ」
「え!」
と和葉の勝手な言動に琴美は困惑する。すると、
「おう。そうか。じゃあ、北村第一高校を目指す決心がついたんだな。頑張れよ」
と琴美の頭を軽く撫でると、優子と竜馬にハイタッチした。
「琴美ちゃんの志望校って北村第一だったの?」
と和葉。
この地域では三番目に難しい公立高校である。
「はい。私、どうしてもその……。北村第一に行きたくて……」
と琴美。
「北村第一ね。でもあそこもこの辺りからは遠いわよ。電車で片道一時間はかかるんじゃない?」
「はい……。そうなんですよね」
「ここの地域って公立でレベルの高いところってないのよね。小笠原くらいだけど、小笠原は真ん中よりちょっと上くらいだものね」
と言いながら、小笠原の野球部員を見渡した。すると、
「そのう……。君はどこの高校なんだい?」
と一人の部員が訊いてきた。
「私とお兄ちゃんと隣りの優子は如月学園です」
と和葉は竜馬と優子の方に目線を送りながら言った。
如月学園!
三人とも頭、良いんだ!
と、どよめく小笠原野球部員達。
「お三人、如月学園なんですか? それって偏差値が高いし、それに学費が大変なんじゃないですか?」
と琴美が言うと、
「如月って学費が高いわよ。うちなんて私とお兄ちゃんが通っているから、本当なら大変なんだけど」
「はい」
「でも、私が特待生だから、一人分は学費は無料なのよ」
「えっ! そうなんですか!」
と驚く琴美。
「ちなみに私は専願で入学試験一位だったわ」
「専願だったんですか? それも一位ですか!」
と驚いている。
「公立高校は受けなかったのですか?」
と尋ねると、
「ええ。如月レベルの公立高校って、すべて遠くて電車通学になるじゃない」
「はい」
「毎朝、ラッシュ時の電車で通うメリットって何があるの? 時間と体力の無駄よ」
と言いながら和葉は座って、グローブと缶を手に取るとまた塗り始めた。
「確かにそうですね」
と琴美。
「小笠原はどうなの? お兄ちゃんから聞いたけど、長崎さん。自転車で通う距離なのに、歩いて登校しているって聞いたわ?」
「あ~」
と琴美は呆れた表情になって、
「兄さんは基本、走って登校しています」
と言った。
「え? ちょっと待って。確か長崎さんって新聞配達をやってたわよね?」
「やってます。新聞配達も走ってですけど」
と言うと、
「小夏ちゃんも運動脳だと呆れていたけど、長崎さんって勉強も出来る運動脳なのね」
とさすがの和葉も何とも言えない表情になった。
「兄さん、本当に凄い人なんです。私、心から尊敬しているんです」
と琴美は恥ずかしそうに言った。
「ねえ」
「はい」
「もしかして、琴美ちゃんって、長崎さんのことが好きなの?」
「え?」
和葉は真剣な表情でそう訊いた。
つづく。
登場人物。
長崎琴美(ながさきことみ)。
竜馬の野球繋がりの友人の妹。中学三年生。密かに竜馬のことが好き。
家庭の事情から野球部はあるが人数がギリギリの公立小笠原(おがさわら)高校に入学した兄の隼人を持つ。
兄隼人は野球の才能があり努力家で、中学時代と現在の高校でもエースピッチャーで四番。
「兄さん」と呼んでいる。
二年前に父親が亡くなり母子家庭。
来年は高校受験で志望校は電車通学で一時間の公立北村第一高校。
長崎隼人(ながさきはやと)
公立小笠原(おがさわら)高校野球部一年。新屋敷兄妹とは同級生。小学校から東道中学校まで同じだった。
竜馬は小学校時代は小柄だったが、隼人はずっと大柄で運動神経は飛び抜けてよかった。中学校時代には野球はもちろん陸上競技でも男子は長崎隼人。女子は三上小夏と言われていた。
野球名門の私立富坂高校の特別推薦をもらうが、学費は無料でも高額の寮生活を理由に受験しなかった。
そして交通費のかかる遠方の偏差値の高い公立高校にも十分に受かる学力はあったが辞めて、走って通える公立小笠原高校へ入学する。
一つ年下の琴美という妹がいる。
小笠原高校野球部では一年生ながら、エースピッチャーで四番を打つ。
竜馬は「竜馬」。和葉は「和葉ちゃん」と呼ぶ。
一人称は「俺」。
二年前に父親が亡くなり母子家庭。
岸(きし)先輩。
公立小笠原高校三年生。長崎隼人が入部するまではエースピッチャーだった。今回の練習試合では先発する。控えに回った隼人はセンターを守る。
山上(やまがみ)先輩。
小笠原高校三年生のキャッチャーで五番打者。一八五センチ体重は百キロ近いの巨漢。長打力はあるが打率は低い。元々四番を打っていたが、隼人のバッティングを見て、四番を譲った。
柴山顧問。
川田高校野球部顧問。試合中は審判を務める。ボディビルダーのような身体で、和葉は名前が分かるまで「マッチョ先生」と呼んでいた。
公立小笠原(おがさわら)高校野球部。
一番。二年生。ショート。
二番。一年生。新屋敷和葉。セカンド。
三番。三年生。キャプテン。サード。
四番。一年生。長崎隼人。現在、センター。
五番。三年生の山上先輩。キャッチャー。
六番。二年生。ファースト。
七番。一年生。新屋敷竜馬。ライト。
八番。一年生。レフト。和葉にグローブオイルを貸した。和葉と同じくらいの身長。
九番。三年生。岸先輩。ピッチャー。
公立川田(かわた)高校野球部。
一番。
二番。
三番。
四番。
五番。
六番。
七番。二年生。キャッチャー。
八番。
九番。三年生。ピッチャー。
2023年2月26日
※当サイトの内容、テキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
また、まとめサイト等への引用をする場合は無断ではなく、こちらへお知らせ下さい。許可するかを判断致します。
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