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【21】和葉。遅刻している選手に代わって、急遽試合に出る。
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【21】双子の妹の保護者として、今年から共学になった女子高へ通う兄の話
東岡忠良(あずまおか・ただよし)
【21】和葉。遅刻している選手に代わって、急遽試合に出る。
※この小説へのご意見・ご感想・誤字脱字・等がありましたら、お気軽にコメントして下さい。
お待ちしています。
──1──
廊下を走る音が段々と大きくなる。
新屋敷竜馬と妹の和葉は廊下の方を見た。友人の相生優子と長崎隼人の妹の琴美も足音のする方を見つめる。四人が弁当を食べていた一年一組の教室の扉が開いた。
「大変だ! 一大事だ!」
と慌てた長崎隼人が現れた。
「やっぱりそうなのね!」
とすぐさま立ち上がり、反応したのは和葉だった。
「和葉ちゃんは気づいていたのかい!」
と隼人は感心している。
「ええ。私は分かっていたわ」
と言うと、
「さすがは和葉だな」
と竜馬が言うと、
「私と優子と琴美ちゃんを見た野球部の皆さんの半数の股間が膨らんでしまったってことでしょう!」
と真剣な表情で言った。
和葉以外が「えっ……」という表情になると、扉の前に立っていた長崎隼人は、
「えっ?」
と一瞬、止まったが、
「ははは!」
とその場に笑いながら、足から崩れ落ちた。
付き合いの長い竜馬だが、こんなに笑う隼人を初めて見たのだった。
「兄さんがこんなに笑うところ、初めてかも……」
と琴美も驚いている。
笑い過ぎた隼人は、
「和葉ちゃんには叶わないな~」
と滲(にじ)んだ涙を拭いていた。
「長崎。一体何が大変なんだ?」
と落ち着いた様子で竜馬が訊いた。
呼吸の整った隼人が言った。
「そうだった。大変なんだよ。遅れていたメンバーの一人から連絡があってね。今、起きたって言うんだよ。大遅刻なんだ!」
「えっ! それって僕が代わりに入るライトの部員じゃなくて?」
と竜馬も思わず立ち上がった。
「そうなんだ。セカンドの選手が大遅刻なんだよ」
竜馬と隼人は顔を見合わせた。
「あのう……。どういうことかしら?」
と優子だけがいまいち何が大変なのか理由が分からない様子だった。
「野球は九人でやるのよ」
と和葉。
「うん」と優子。
「ライトの部員が一人病欠なので、代わりにお兄ちゃんが入ることになっているわ」
「うん。それは分かるわ」
「ところがセカンドのポジションの部員が遅刻したらしいのよ」
「あっ! ということは八人しかいないってこと?」
「そういうこと」
「えっ。それって試合できるの?」
「基本的に試合は中止かもね」
「えっ! それじゃあ」
と優子は驚いた。
「それだと竜馬さんが来た意味がないじゃない……」
と優子は竜馬を見つめた。
「すまん、竜馬……。せっかくここまで来てくれたのにな……。今、部長が川田の野球部の人と八人で試合ができないか交渉しているんだけど……」
と隼人は暗い表情で言った。
「なるほど。でも解決よ」
と和葉が立ったままで言った。
「え? どういうことだい?」
隼人は和葉を見つめた。
「私がセカンドに入るわ」
と微笑んだ。
「え? ええ~!」
と隼人は怪訝そうに和葉を見つめている。
「本当に和葉の予想通りになったな」
と竜馬。
「予想通りって?」
と隼人。
「私、ユニフォームとか一式を持ってきているの。すぐにでも参加出来るわ」
とニヤッと笑った。
「そうなのかい!」
「ええ、そうよ」
隼人は少しの間、腕組みをしたが、
「じゃあ、悪いけど遅刻した部員が来るまで、試合に出てくれるかい!」
と隼人が頼み込むと、
「ええ。もちろんよ。任せて」
と微笑んだ。
「分かった。助かるよ。今すぐ部長に報告してくる!」
「じゃあ、私とお兄ちゃんは食事が終わったら、着替えるわ」
「よろしく頼むよ! それじゃ、急ぐんで!」
と言い残すと、隼人は風のように去って行った。
四人が開きっぱなしになっている教室の扉を見つめていると、和葉は歩いて行って扉を閉めた。
「さあ。食事をしましょう。春先とはいえ、今日はなかなか暑い日になりそうだから、しっかり食べておかないとね」
と席に戻って、大きな口を開けてコンビニのフライを頬張った。
「それにしても、和葉の予想通りになったな」
と竜馬が座りながらしみじみと言うと、
「私もまさか、また野球の試合に出られるとは思わなかったわ」
と懐かしそうに和葉は言った。
和葉は野球経験者である。
小学校高学年の頃は竜馬と一緒に学校の軟式野球のクラブに入っていた。小学生の時期は竜馬よりも体格が良く、守備も上手くて、バッティングセンスも素晴らしくレギュラー選手だった。
中学生になると、ボールは硬式に変わり、中学二年までは選手兼マネージャーをやっていた。一緒に練習はするが、基本的に試合には余り出ることはない。
試合に余り出られない理由は『女子だから』ということで、これは和葉が希望したことだった。
だが、セカンドの守りとバッティングセンスは、長崎隼人が驚くほどで、
「和葉ちゃんが男だったら凄い野球選手になれたのにな」
と言っていた。
実際に中学野球部の監督兼顧問の先生は、実力的には上手い和葉を、試合に出したがっていたが、
「私よりも将来性のある男子を使って下さい。私は中学二年までが野球選手としての寿命です。三年生になったら受験のために部を離れます」
と残念そうに言ったのだった。
それでも中三になって紅白戦やメンバーが足りない時には、試合に出場することもあった。それでもきちんと守備やバッティングで、きっちり結果を出していた。
そして中学三年になっても、竜馬に付き合って野球の個人練習の相手もしてきていた。
とは言っても、受験のために勉強の合間に身体を動かす程度ではあったし、和葉に言わせれば「野球の練習ほど、ダイエットに効果的な運動はないわ」とのことだった。
こうして和葉が小学と中学の野球部時代のことを思い出していた時に、竜馬は琴美の作った弁当をご馳走になっていた。
琴美は竜馬が自分の手作り弁当のおかずを食べる毎に、
「どうですか? 美味しいですか?」
と聞いてくる。
「うん。美味しいよ」
と返すと、琴美は頬を少し赤くして微笑む。
それを何度か繰り返していると、それを見ていた和葉が、
「お兄ちゃん、これはどう?」
と自分のコンビニ弁当の肉団子を、竜馬の口元に持ってきた。
「えっ。なんだよ?」
と手作り弁当でもないのに、和葉の箸で掴んで突然、肉団子を食べるように強要されて竜馬は困惑した。
「いいから食べて」
「分かったよ」
と竜馬が食べると、
「うん。美味しいけど」
と言うと、
「そう。よかった」
と和葉は微笑んだ。すると、
「竜馬さん! これも食べてみて!」
と優子は自分の箸で掴んで、自分のコンビニ弁当のエビフライを竜馬の前に突き出した。
「ええ。優子さんまで」
と慌てると、
「え……。もしかして、私のは食べてくれないの……」
と悲しそうな声で言ったものだから、
「たっ、食べるよ」
と少し立ち上がり、身体を前に倒してエビフライを食べた。
優子は嬉しそうに、
「美味しい?」
と首を少し傾げて訊くと、
「うん。美味しいよ」
と言うと、
「よかったあ~」
と頰を赤らめた。すると、
「あのう……。もし、よかったら皆さんも一緒に食べませんか?」
と琴美は自分の作った弁当を四つの机をくっつけた真ん中に置いた。
「ありがとう。頂くわ」
と和葉は遠慮なく、琴美の作った豚カツの一切れを箸で掴んだ。
四人は仲良く手作り弁当もコンビニ弁当も、分けながら完食した。
「ご馳走様でした」
と四人は同時に言うと、
「じゃあ、僕は廊下で待っているから、和葉は着替えなよ」
と立ち上がった。
「ええ。すぐに着替えるわ」
と、まだ竜馬がいるのに上着ではなく下の短パンを脱ぎ始めた。チラリと下着が見える。
「ちょっと、和葉! まだ、竜馬さんがいるわよ!」
と大慌てで和葉の下着を手で隠す優子。
「和葉、まだ僕はいるぞ!」
と慌てる竜馬。
「分かっているわよ。だから脱いでいるんだけど?」
と不思議そうに言う。
「え? それどういうことですか?」
と不審者でも見るような目を向ける琴美。
「子供の頃は一緒に着替えていたのに、最近は一緒に着替えてくれなくなったから、こんなよい機会はないと思って」
と和葉は淡々と言った。
「そんなのダメに決まっているだろう!」
と竜馬は大慌てで教室を出ていった。
「あ~あ。せっかく、大きくなった私の胸を見てもらいたかったのに……」
ととても残念そうに自分の胸を和葉は触りながら言うと、
「和葉! それはダメよ!」
と優子がたしなめると、
「やっぱり上から脱いだ方がよかったかな?」
と頭を傾けると、
「そういう問題じゃありません!」
と琴美が大声で言った。
──2──
一年一組の教室の廊下で竜馬は待っている。教室の中にグローブや帽子やスパイクを置いてきてしまっていた。
「まったく、和葉のやつ」
といつも驚かされてばかりなのだが、
「まあ、仕方がないかな」
と諦め気味に苦笑する。
「お待たせ」
と三人は教室を出てきた。
和葉は胸に『東道中学』の文字の入ったユニフォーム姿だった。中学二年までは、このユニフォームを着て男子に混じって練習やマネージャーを、ほぼ毎日やっていた。
「和葉の東道中学のユニフォーム姿、懐かしいな……」
と竜馬は感慨深そうにしていたが、
「お兄ちゃん、私の胸を見つめるなんてエッチね」
と和葉は胸を隠した。
「いや! 違う! 違うって!」
と慌てると、
「フフッ。な~んて。もっと近くで見ていいよ~」
と竜馬に近づいて胸を張った。
和葉の胸のサイズはGカップだし、野球のユニフォームは身長に合わせているので、胸の辺りだけ特にパツンパツンに膨らんでいる。
その上、身長も少しは伸びているのだろう。胸はもちろん、腰の辺りや太ももが、はちきれそうである。
「分かったよ。分かったから」
と顔を背けて、両手で抑える仕草をした。
竜馬は教室からグローブ二つと帽子とスパイクを取った。
もちろん、和葉も自分のグローブとスパイクを持っている。
優子と琴美は見学するつもりなので、帽子と四人分の飲み物の入った袋を持っている。
「飲み物の袋は僕が持つよ」
と竜馬は言って、片手でその袋を持つと廊下を歩いて行った。
下駄箱のところで、二人はスパイクを履くと、川田高校の校庭に出た。強い日差しである。
七人の小笠原高校野球部のみんなと、この学校の川田高校野球部ら全員が、和葉のユニフォーム姿を見て、
スゲェ、カワエエ~。
おい、あの胸見ろよ。
他の二人も美人だな~。
と口々に話している。
身長は一六〇センチで、女子としては普通よりもやや背があるが、男子の高校球児らに比べたら小柄になる。
整った顔立ちに少し幼く見える雰囲気。髪は肩よりも伸びていて、それを後ろで纏(まと)めてポニーテールにしている。そんな和葉の胸はGカップで、ユニフォームの胸の『東道中学』の文字が引っ張られて歪み、しっかりと凝視しないと読めないくらいである。野球部の男子生徒らが盛り上がるのも無理はなかった。
「こら! お前達! 静かにしろ!」
と騒ぐ川田高校野球部に言ったのは、顧問の男性教師だった。背は竜馬と変わらないほど大柄で、春だというのに半袖の真っ白なTシャツを着ている。そこから伸びる腕は筋肉質で太く胸板も厚く、まるでマッチョのボディビルダーのようである。その男性教師は和葉に近づき、
「君、無理はしないようにね。球は硬式だし怪我でもしたら大変だからね」
と声をかけたが、
「先生。大丈夫です。私、硬式野球経験者です。遅刻の生徒が来るまでですし」
と微笑んだ。
お~。笑った。
カワエエ~。
と再び大盛り上がりである。
「ところで君達二人は練習はどうする? 他のメンバーはもう、早々に練習は済ませたんだが」
と顧問の先生が言う。
「隅っこの方で和葉と二人で少し練習します」
と竜馬が答えると、
「そうか、分かった。では先攻はそちら小笠原高校の方が良さそうだな。そうすれば二人の練習時間が少しは作れるだろうし。後攻は我々川田ということでいいかな?」
と川田の顧問兼監督の先生は、小笠原高校のキャプテンに言った。
「はい。それで大丈夫です」
と帽子を取って頭を下げた。
「キャプテンの君は礼儀正しいね。感心だ。それにしても……」
と川田の顧問の先生は腕を組んだ。
「小笠原の顧問の先生が来ないというのは問題だな。生徒が怪我でもしたらどうするつもりだろうな」
とため息をついている。
「うちの顧問は野球経験のない、それも女の先生なのでほとんど僕任せなんです」
と小笠原のキャプテンが答えると、
「それはそれで問題だな。分かった。試合後、私からも一言注意しておこう」
と言うと、
「早速、試合開始といこうか!」
と川田の顧問が言うと、
ハイッ! お願いします!
と言う、高校球児らしい爽やかな返事が帰ってきた。
その頃、竜馬と和葉は目立たない場所で二人でキャッチボールをし、たまにゴロを投げたり、フライを投げたりしていた。
その様子を優子と琴美が見ていたが、
「ねえ。琴美ちゃん」
「はい」
「和葉ってこれ、かなり上手いんじゃないの?」
と訊くと、
「ええ。かなり。これ、下手したら普通の部員よりも守備が上手いかもです」
と感心していた。
──3──
ここで川田高校野球部顧問から、この学校ならではの特別なルールを説明された。
「ここでの試合ではレフト側に校舎がある。一階に直接、ボールが当たったらエンタイトルツーベース。二階に当たったらホームランとするが、いいかな?」
と小笠原高校野球部員と、練習中の竜馬と和葉に聞こえるような大きな声で言った。
「はい。分かりました」
と小柄だが小笠原の三年生キャプテンが言った。
「了解です!」
と手を振る竜馬。
二人は簡単な練習を終えると、ベンチの代わりに設営してある運動会用のテントの下へ行った。テントの下にはパイプ椅子が並べてある。そこに小笠原野球部員と新屋敷兄妹ら全員が集まった。
小笠原野球部員全員、立ったまま二人を迎えると、
「今回、うちは七人しかおらず、とても試合の出来る状態ではなかったが、長崎君のご友人の新屋敷ご兄妹のお陰で、この練習試合に望むことが出来ました。参加してくれる二人に改めてお礼を言いたい。ありがとうございます。今日はよろしくお願いします!」
とキャプテンが熱く語ると、
よろしくお願いしまっす!
と全員、帽子を取って竜馬と和葉に頭を下げた。
「こちらこそ、よろしく」
と竜馬も帽子を取って頭を下げると、和葉も帽子を取って礼をする。
するとその勢いで纏(まと)めてある背中まで長い髪が右肩に行き、頭を上げると纏めた髪が右肩から和葉の大きな胸にかかっていた。
部員らから小さくだが「おお~」と声が出た。
「和葉ちゃんのユニフォーム姿、懐かしいし、良く似合っているよ」
と長崎隼人は笑顔で言って、右手の親指を立てて『グッド』の仕草をした。
「長崎。彼女のユニフォーム姿が懐かしいってことは、野球経験者なのかい?」
と小柄な三年生キャプテンが訊いた。
「はい。そうなんです。女子なんで肩は弱いんですけど、肩の弱さが余り影響しないセカンドの守りは、中学時代は誰よりも上手かったんです」
と隼人は和葉を紹介した。
「そうなのかい! それは楽しみだ。遅刻している二年生の守備位置は、ちょうどセカンドなんだ。では新屋敷さんは守備にはセカンドに入ってもらおうかな」
と言うと、
「分かりました」
と和葉は短く言った。
「それで打順なんだけど、遅れているヤツの打順は二番なんだけど、いいかな?」
野球の打順の二番はバントをしたりもするが、塁に出ないといけない重要な打順である。
「もし、どうしても重荷ならお兄さんの七番目と変えてもいいよ」
と気遣ってくれたが、
「遅刻している人は今、こちらに向かっているのですよね」
と和葉。
「うん。そうだよ」
と三年生キャプテン。
「なら打順はそのままでいいです。遅れた選手が来たら、そのまま交代すればいいので」
と微笑んで言うと、
「そう言ってくれると助かるよ。打席は自由に打っていいから。三振でも構わないし」
と言うと、
「ベストを尽くしますので」
と笑った。
「お兄さんの君は、ライトで打順は七番に入ってもらって、試合終了までお願いしたいんだけどいいかな?」
とキャプテンが言うと、
「はい。大丈夫です」
と竜馬は緊張気味に言った。すると、
「そんなに固くならなくていいよ。気楽に行こうよ」
とキャプテンが言うと、
「あっ。はい」
とますます、声が上ずっている。
「お兄ちゃん、緊張しすぎじゃない?」
と和葉はポンと竜馬の肩に手を置いた。
「君はあんまり緊張していないみたいだね」
とキャプテンが言うと、
「私、緊張しないので」
と和葉が微笑むと、ホームベースのあるバックネットの方を指差した。
「それと、あそこの二人をテント内に入れてあげてくれませんか?」
と言った。日陰のないバックネット裏に立っている優子と琴美を指さした。
「あ。そうだったね。席も余っているし、このベンチに入ってもらおうか」
と言うと、
「じゃあ、私、呼んできます」
と和葉は走り出した。その後ろ姿を見送る小笠原野球部員から、
オッパイ、でっけえ~。
プリケツ、すげえ~。
顔もカワエエ~。
との声が上がり、
「新屋敷君。可愛い妹さんも羨ましいが、長崎の妹さんと一緒にいる綺麗な子は、もしかして彼女さんかい?」
とキャプテンがからかい気味に聞いてきた。すると竜馬は、
「ちっ、違います。僕と和葉の友達でクラスメイトです」
と慌てながら言った。
和葉が手招きすると、二人は駆け足で三塁側のテントのところにやってくる。
またも小笠原野球部員から、
オッパイ、揺れ揺れ~。
背の高い子、美人~。
長崎の妹、カワエエ~。
との声が上がった。
「俺の妹をそんな目で見ないで下さいよ!」
と隼人は先輩達に言った。
テントのところにやってきた優子は、
「ここに座っていいんですか?」
と心配そうに言うと、
「もちろん! 大歓迎さ。ささ、好きな席に座って」
と言われて、どこに座っていいか困っていると、
「二人共、私とお兄ちゃんの活躍を目に焼きつけて欲しいから、真ん前に座りなさい」
と和葉は二人を席の真ん前の真ん中に坐らせた。
「君は本当に緊張感していないんだな」
とキャプテンは苦笑する。
和葉は、
「二人共、ファールには気をつけてね。硬球だから当たったら大怪我よ」
と言っている。すると、
「ふあーる、って何?」
と優子は言う。恐らく野球の事は何も知らないだろうと予想はしていたから、和葉は琴美に言った。
「琴美ちゃん。ファールだけは本当に危ないから、優子に説明してあげて」
と言うと、
「分かりました」
と返事して、
「相生さん。打ったボールが時々、こっちに飛んでくることがあるので、本当に気をつけて下さい」
と分かりやすく注意した。
「え! ボールって飛んでくるの!」
と優子は驚いた。
「では試合を開始します。主審は私がやるが、いいかな?」
と川田の顧問は黒い審判用のマスクとプロテクターを付けていた。
「はい。お願いします!」
と小笠原高校キャプテン。
「塁審はうちの試合に出ない部員三人を出す。線審はなしになるがいいかな? それと彼らも試合に出したいので、時々交代させるが構わないかな?」
と川田の顧問。
「はい。結構です」
と答えると、
「では試合を始めます。整列!」
と言うと、竜馬は投手用のグローブを、優子の座っている席の隣りに置いた。
「優子さん、悪いけど見てて下さい。じゃあ和葉、行こうか」
「うん。お兄ちゃん」
と新屋敷兄妹は、小笠原高校野球部員と一緒に駆け出した。反対の一塁側からは川田のナイン全員がホームベース前に整列した。
その間に、試合に出ない川田の部員が一塁、二塁、三塁の塁審として立った。
つづく。
登場人物。
長崎琴美(ながさきことみ)。
竜馬の野球繋がりの友人の妹。中学三年生。密かに竜馬のことが好き。
家庭の事情から野球部はあるが人数がギリギリの公立小笠原(おがさわら)高校に入学した兄を持つ。
兄は野球の才能があり努力家で、中学時代と現在の高校でもエースピッチャーで四番。「兄さん」と呼んでいる。
長崎隼人(ながさきはやと)
公立小笠原(おがさわら)高校野球部一年。新屋敷兄妹とは同級生。小学校から東道中学校まで同じだった。
竜馬は小学校時代は小柄だったが、隼人はずっと大柄で運動神経は飛び抜けてよかった。中学校時代には陸上競技でも男子は長崎隼人。女子は三上小夏と言われていた。
一つ年下の琴美という妹がいる。
小笠原高校野球部では一年生ながら、エースピッチャーで四番を打つ。
竜馬は「竜馬」。和葉は「和葉ちゃん」と呼ぶ。
一人称は「俺」。
公立小笠原(おがさわら)高校野球部。
公立川田(かわた)高校野球部。
2023年2月13日
※当サイトの内容、テキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
また、まとめサイト等への引用をする場合は無断ではなく、こちらへお知らせ下さい。許可するかを判断致します。
東岡忠良(あずまおか・ただよし)
【21】和葉。遅刻している選手に代わって、急遽試合に出る。
※この小説へのご意見・ご感想・誤字脱字・等がありましたら、お気軽にコメントして下さい。
お待ちしています。
──1──
廊下を走る音が段々と大きくなる。
新屋敷竜馬と妹の和葉は廊下の方を見た。友人の相生優子と長崎隼人の妹の琴美も足音のする方を見つめる。四人が弁当を食べていた一年一組の教室の扉が開いた。
「大変だ! 一大事だ!」
と慌てた長崎隼人が現れた。
「やっぱりそうなのね!」
とすぐさま立ち上がり、反応したのは和葉だった。
「和葉ちゃんは気づいていたのかい!」
と隼人は感心している。
「ええ。私は分かっていたわ」
と言うと、
「さすがは和葉だな」
と竜馬が言うと、
「私と優子と琴美ちゃんを見た野球部の皆さんの半数の股間が膨らんでしまったってことでしょう!」
と真剣な表情で言った。
和葉以外が「えっ……」という表情になると、扉の前に立っていた長崎隼人は、
「えっ?」
と一瞬、止まったが、
「ははは!」
とその場に笑いながら、足から崩れ落ちた。
付き合いの長い竜馬だが、こんなに笑う隼人を初めて見たのだった。
「兄さんがこんなに笑うところ、初めてかも……」
と琴美も驚いている。
笑い過ぎた隼人は、
「和葉ちゃんには叶わないな~」
と滲(にじ)んだ涙を拭いていた。
「長崎。一体何が大変なんだ?」
と落ち着いた様子で竜馬が訊いた。
呼吸の整った隼人が言った。
「そうだった。大変なんだよ。遅れていたメンバーの一人から連絡があってね。今、起きたって言うんだよ。大遅刻なんだ!」
「えっ! それって僕が代わりに入るライトの部員じゃなくて?」
と竜馬も思わず立ち上がった。
「そうなんだ。セカンドの選手が大遅刻なんだよ」
竜馬と隼人は顔を見合わせた。
「あのう……。どういうことかしら?」
と優子だけがいまいち何が大変なのか理由が分からない様子だった。
「野球は九人でやるのよ」
と和葉。
「うん」と優子。
「ライトの部員が一人病欠なので、代わりにお兄ちゃんが入ることになっているわ」
「うん。それは分かるわ」
「ところがセカンドのポジションの部員が遅刻したらしいのよ」
「あっ! ということは八人しかいないってこと?」
「そういうこと」
「えっ。それって試合できるの?」
「基本的に試合は中止かもね」
「えっ! それじゃあ」
と優子は驚いた。
「それだと竜馬さんが来た意味がないじゃない……」
と優子は竜馬を見つめた。
「すまん、竜馬……。せっかくここまで来てくれたのにな……。今、部長が川田の野球部の人と八人で試合ができないか交渉しているんだけど……」
と隼人は暗い表情で言った。
「なるほど。でも解決よ」
と和葉が立ったままで言った。
「え? どういうことだい?」
隼人は和葉を見つめた。
「私がセカンドに入るわ」
と微笑んだ。
「え? ええ~!」
と隼人は怪訝そうに和葉を見つめている。
「本当に和葉の予想通りになったな」
と竜馬。
「予想通りって?」
と隼人。
「私、ユニフォームとか一式を持ってきているの。すぐにでも参加出来るわ」
とニヤッと笑った。
「そうなのかい!」
「ええ、そうよ」
隼人は少しの間、腕組みをしたが、
「じゃあ、悪いけど遅刻した部員が来るまで、試合に出てくれるかい!」
と隼人が頼み込むと、
「ええ。もちろんよ。任せて」
と微笑んだ。
「分かった。助かるよ。今すぐ部長に報告してくる!」
「じゃあ、私とお兄ちゃんは食事が終わったら、着替えるわ」
「よろしく頼むよ! それじゃ、急ぐんで!」
と言い残すと、隼人は風のように去って行った。
四人が開きっぱなしになっている教室の扉を見つめていると、和葉は歩いて行って扉を閉めた。
「さあ。食事をしましょう。春先とはいえ、今日はなかなか暑い日になりそうだから、しっかり食べておかないとね」
と席に戻って、大きな口を開けてコンビニのフライを頬張った。
「それにしても、和葉の予想通りになったな」
と竜馬が座りながらしみじみと言うと、
「私もまさか、また野球の試合に出られるとは思わなかったわ」
と懐かしそうに和葉は言った。
和葉は野球経験者である。
小学校高学年の頃は竜馬と一緒に学校の軟式野球のクラブに入っていた。小学生の時期は竜馬よりも体格が良く、守備も上手くて、バッティングセンスも素晴らしくレギュラー選手だった。
中学生になると、ボールは硬式に変わり、中学二年までは選手兼マネージャーをやっていた。一緒に練習はするが、基本的に試合には余り出ることはない。
試合に余り出られない理由は『女子だから』ということで、これは和葉が希望したことだった。
だが、セカンドの守りとバッティングセンスは、長崎隼人が驚くほどで、
「和葉ちゃんが男だったら凄い野球選手になれたのにな」
と言っていた。
実際に中学野球部の監督兼顧問の先生は、実力的には上手い和葉を、試合に出したがっていたが、
「私よりも将来性のある男子を使って下さい。私は中学二年までが野球選手としての寿命です。三年生になったら受験のために部を離れます」
と残念そうに言ったのだった。
それでも中三になって紅白戦やメンバーが足りない時には、試合に出場することもあった。それでもきちんと守備やバッティングで、きっちり結果を出していた。
そして中学三年になっても、竜馬に付き合って野球の個人練習の相手もしてきていた。
とは言っても、受験のために勉強の合間に身体を動かす程度ではあったし、和葉に言わせれば「野球の練習ほど、ダイエットに効果的な運動はないわ」とのことだった。
こうして和葉が小学と中学の野球部時代のことを思い出していた時に、竜馬は琴美の作った弁当をご馳走になっていた。
琴美は竜馬が自分の手作り弁当のおかずを食べる毎に、
「どうですか? 美味しいですか?」
と聞いてくる。
「うん。美味しいよ」
と返すと、琴美は頬を少し赤くして微笑む。
それを何度か繰り返していると、それを見ていた和葉が、
「お兄ちゃん、これはどう?」
と自分のコンビニ弁当の肉団子を、竜馬の口元に持ってきた。
「えっ。なんだよ?」
と手作り弁当でもないのに、和葉の箸で掴んで突然、肉団子を食べるように強要されて竜馬は困惑した。
「いいから食べて」
「分かったよ」
と竜馬が食べると、
「うん。美味しいけど」
と言うと、
「そう。よかった」
と和葉は微笑んだ。すると、
「竜馬さん! これも食べてみて!」
と優子は自分の箸で掴んで、自分のコンビニ弁当のエビフライを竜馬の前に突き出した。
「ええ。優子さんまで」
と慌てると、
「え……。もしかして、私のは食べてくれないの……」
と悲しそうな声で言ったものだから、
「たっ、食べるよ」
と少し立ち上がり、身体を前に倒してエビフライを食べた。
優子は嬉しそうに、
「美味しい?」
と首を少し傾げて訊くと、
「うん。美味しいよ」
と言うと、
「よかったあ~」
と頰を赤らめた。すると、
「あのう……。もし、よかったら皆さんも一緒に食べませんか?」
と琴美は自分の作った弁当を四つの机をくっつけた真ん中に置いた。
「ありがとう。頂くわ」
と和葉は遠慮なく、琴美の作った豚カツの一切れを箸で掴んだ。
四人は仲良く手作り弁当もコンビニ弁当も、分けながら完食した。
「ご馳走様でした」
と四人は同時に言うと、
「じゃあ、僕は廊下で待っているから、和葉は着替えなよ」
と立ち上がった。
「ええ。すぐに着替えるわ」
と、まだ竜馬がいるのに上着ではなく下の短パンを脱ぎ始めた。チラリと下着が見える。
「ちょっと、和葉! まだ、竜馬さんがいるわよ!」
と大慌てで和葉の下着を手で隠す優子。
「和葉、まだ僕はいるぞ!」
と慌てる竜馬。
「分かっているわよ。だから脱いでいるんだけど?」
と不思議そうに言う。
「え? それどういうことですか?」
と不審者でも見るような目を向ける琴美。
「子供の頃は一緒に着替えていたのに、最近は一緒に着替えてくれなくなったから、こんなよい機会はないと思って」
と和葉は淡々と言った。
「そんなのダメに決まっているだろう!」
と竜馬は大慌てで教室を出ていった。
「あ~あ。せっかく、大きくなった私の胸を見てもらいたかったのに……」
ととても残念そうに自分の胸を和葉は触りながら言うと、
「和葉! それはダメよ!」
と優子がたしなめると、
「やっぱり上から脱いだ方がよかったかな?」
と頭を傾けると、
「そういう問題じゃありません!」
と琴美が大声で言った。
──2──
一年一組の教室の廊下で竜馬は待っている。教室の中にグローブや帽子やスパイクを置いてきてしまっていた。
「まったく、和葉のやつ」
といつも驚かされてばかりなのだが、
「まあ、仕方がないかな」
と諦め気味に苦笑する。
「お待たせ」
と三人は教室を出てきた。
和葉は胸に『東道中学』の文字の入ったユニフォーム姿だった。中学二年までは、このユニフォームを着て男子に混じって練習やマネージャーを、ほぼ毎日やっていた。
「和葉の東道中学のユニフォーム姿、懐かしいな……」
と竜馬は感慨深そうにしていたが、
「お兄ちゃん、私の胸を見つめるなんてエッチね」
と和葉は胸を隠した。
「いや! 違う! 違うって!」
と慌てると、
「フフッ。な~んて。もっと近くで見ていいよ~」
と竜馬に近づいて胸を張った。
和葉の胸のサイズはGカップだし、野球のユニフォームは身長に合わせているので、胸の辺りだけ特にパツンパツンに膨らんでいる。
その上、身長も少しは伸びているのだろう。胸はもちろん、腰の辺りや太ももが、はちきれそうである。
「分かったよ。分かったから」
と顔を背けて、両手で抑える仕草をした。
竜馬は教室からグローブ二つと帽子とスパイクを取った。
もちろん、和葉も自分のグローブとスパイクを持っている。
優子と琴美は見学するつもりなので、帽子と四人分の飲み物の入った袋を持っている。
「飲み物の袋は僕が持つよ」
と竜馬は言って、片手でその袋を持つと廊下を歩いて行った。
下駄箱のところで、二人はスパイクを履くと、川田高校の校庭に出た。強い日差しである。
七人の小笠原高校野球部のみんなと、この学校の川田高校野球部ら全員が、和葉のユニフォーム姿を見て、
スゲェ、カワエエ~。
おい、あの胸見ろよ。
他の二人も美人だな~。
と口々に話している。
身長は一六〇センチで、女子としては普通よりもやや背があるが、男子の高校球児らに比べたら小柄になる。
整った顔立ちに少し幼く見える雰囲気。髪は肩よりも伸びていて、それを後ろで纏(まと)めてポニーテールにしている。そんな和葉の胸はGカップで、ユニフォームの胸の『東道中学』の文字が引っ張られて歪み、しっかりと凝視しないと読めないくらいである。野球部の男子生徒らが盛り上がるのも無理はなかった。
「こら! お前達! 静かにしろ!」
と騒ぐ川田高校野球部に言ったのは、顧問の男性教師だった。背は竜馬と変わらないほど大柄で、春だというのに半袖の真っ白なTシャツを着ている。そこから伸びる腕は筋肉質で太く胸板も厚く、まるでマッチョのボディビルダーのようである。その男性教師は和葉に近づき、
「君、無理はしないようにね。球は硬式だし怪我でもしたら大変だからね」
と声をかけたが、
「先生。大丈夫です。私、硬式野球経験者です。遅刻の生徒が来るまでですし」
と微笑んだ。
お~。笑った。
カワエエ~。
と再び大盛り上がりである。
「ところで君達二人は練習はどうする? 他のメンバーはもう、早々に練習は済ませたんだが」
と顧問の先生が言う。
「隅っこの方で和葉と二人で少し練習します」
と竜馬が答えると、
「そうか、分かった。では先攻はそちら小笠原高校の方が良さそうだな。そうすれば二人の練習時間が少しは作れるだろうし。後攻は我々川田ということでいいかな?」
と川田の顧問兼監督の先生は、小笠原高校のキャプテンに言った。
「はい。それで大丈夫です」
と帽子を取って頭を下げた。
「キャプテンの君は礼儀正しいね。感心だ。それにしても……」
と川田の顧問の先生は腕を組んだ。
「小笠原の顧問の先生が来ないというのは問題だな。生徒が怪我でもしたらどうするつもりだろうな」
とため息をついている。
「うちの顧問は野球経験のない、それも女の先生なのでほとんど僕任せなんです」
と小笠原のキャプテンが答えると、
「それはそれで問題だな。分かった。試合後、私からも一言注意しておこう」
と言うと、
「早速、試合開始といこうか!」
と川田の顧問が言うと、
ハイッ! お願いします!
と言う、高校球児らしい爽やかな返事が帰ってきた。
その頃、竜馬と和葉は目立たない場所で二人でキャッチボールをし、たまにゴロを投げたり、フライを投げたりしていた。
その様子を優子と琴美が見ていたが、
「ねえ。琴美ちゃん」
「はい」
「和葉ってこれ、かなり上手いんじゃないの?」
と訊くと、
「ええ。かなり。これ、下手したら普通の部員よりも守備が上手いかもです」
と感心していた。
──3──
ここで川田高校野球部顧問から、この学校ならではの特別なルールを説明された。
「ここでの試合ではレフト側に校舎がある。一階に直接、ボールが当たったらエンタイトルツーベース。二階に当たったらホームランとするが、いいかな?」
と小笠原高校野球部員と、練習中の竜馬と和葉に聞こえるような大きな声で言った。
「はい。分かりました」
と小柄だが小笠原の三年生キャプテンが言った。
「了解です!」
と手を振る竜馬。
二人は簡単な練習を終えると、ベンチの代わりに設営してある運動会用のテントの下へ行った。テントの下にはパイプ椅子が並べてある。そこに小笠原野球部員と新屋敷兄妹ら全員が集まった。
小笠原野球部員全員、立ったまま二人を迎えると、
「今回、うちは七人しかおらず、とても試合の出来る状態ではなかったが、長崎君のご友人の新屋敷ご兄妹のお陰で、この練習試合に望むことが出来ました。参加してくれる二人に改めてお礼を言いたい。ありがとうございます。今日はよろしくお願いします!」
とキャプテンが熱く語ると、
よろしくお願いしまっす!
と全員、帽子を取って竜馬と和葉に頭を下げた。
「こちらこそ、よろしく」
と竜馬も帽子を取って頭を下げると、和葉も帽子を取って礼をする。
するとその勢いで纏(まと)めてある背中まで長い髪が右肩に行き、頭を上げると纏めた髪が右肩から和葉の大きな胸にかかっていた。
部員らから小さくだが「おお~」と声が出た。
「和葉ちゃんのユニフォーム姿、懐かしいし、良く似合っているよ」
と長崎隼人は笑顔で言って、右手の親指を立てて『グッド』の仕草をした。
「長崎。彼女のユニフォーム姿が懐かしいってことは、野球経験者なのかい?」
と小柄な三年生キャプテンが訊いた。
「はい。そうなんです。女子なんで肩は弱いんですけど、肩の弱さが余り影響しないセカンドの守りは、中学時代は誰よりも上手かったんです」
と隼人は和葉を紹介した。
「そうなのかい! それは楽しみだ。遅刻している二年生の守備位置は、ちょうどセカンドなんだ。では新屋敷さんは守備にはセカンドに入ってもらおうかな」
と言うと、
「分かりました」
と和葉は短く言った。
「それで打順なんだけど、遅れているヤツの打順は二番なんだけど、いいかな?」
野球の打順の二番はバントをしたりもするが、塁に出ないといけない重要な打順である。
「もし、どうしても重荷ならお兄さんの七番目と変えてもいいよ」
と気遣ってくれたが、
「遅刻している人は今、こちらに向かっているのですよね」
と和葉。
「うん。そうだよ」
と三年生キャプテン。
「なら打順はそのままでいいです。遅れた選手が来たら、そのまま交代すればいいので」
と微笑んで言うと、
「そう言ってくれると助かるよ。打席は自由に打っていいから。三振でも構わないし」
と言うと、
「ベストを尽くしますので」
と笑った。
「お兄さんの君は、ライトで打順は七番に入ってもらって、試合終了までお願いしたいんだけどいいかな?」
とキャプテンが言うと、
「はい。大丈夫です」
と竜馬は緊張気味に言った。すると、
「そんなに固くならなくていいよ。気楽に行こうよ」
とキャプテンが言うと、
「あっ。はい」
とますます、声が上ずっている。
「お兄ちゃん、緊張しすぎじゃない?」
と和葉はポンと竜馬の肩に手を置いた。
「君はあんまり緊張していないみたいだね」
とキャプテンが言うと、
「私、緊張しないので」
と和葉が微笑むと、ホームベースのあるバックネットの方を指差した。
「それと、あそこの二人をテント内に入れてあげてくれませんか?」
と言った。日陰のないバックネット裏に立っている優子と琴美を指さした。
「あ。そうだったね。席も余っているし、このベンチに入ってもらおうか」
と言うと、
「じゃあ、私、呼んできます」
と和葉は走り出した。その後ろ姿を見送る小笠原野球部員から、
オッパイ、でっけえ~。
プリケツ、すげえ~。
顔もカワエエ~。
との声が上がり、
「新屋敷君。可愛い妹さんも羨ましいが、長崎の妹さんと一緒にいる綺麗な子は、もしかして彼女さんかい?」
とキャプテンがからかい気味に聞いてきた。すると竜馬は、
「ちっ、違います。僕と和葉の友達でクラスメイトです」
と慌てながら言った。
和葉が手招きすると、二人は駆け足で三塁側のテントのところにやってくる。
またも小笠原野球部員から、
オッパイ、揺れ揺れ~。
背の高い子、美人~。
長崎の妹、カワエエ~。
との声が上がった。
「俺の妹をそんな目で見ないで下さいよ!」
と隼人は先輩達に言った。
テントのところにやってきた優子は、
「ここに座っていいんですか?」
と心配そうに言うと、
「もちろん! 大歓迎さ。ささ、好きな席に座って」
と言われて、どこに座っていいか困っていると、
「二人共、私とお兄ちゃんの活躍を目に焼きつけて欲しいから、真ん前に座りなさい」
と和葉は二人を席の真ん前の真ん中に坐らせた。
「君は本当に緊張感していないんだな」
とキャプテンは苦笑する。
和葉は、
「二人共、ファールには気をつけてね。硬球だから当たったら大怪我よ」
と言っている。すると、
「ふあーる、って何?」
と優子は言う。恐らく野球の事は何も知らないだろうと予想はしていたから、和葉は琴美に言った。
「琴美ちゃん。ファールだけは本当に危ないから、優子に説明してあげて」
と言うと、
「分かりました」
と返事して、
「相生さん。打ったボールが時々、こっちに飛んでくることがあるので、本当に気をつけて下さい」
と分かりやすく注意した。
「え! ボールって飛んでくるの!」
と優子は驚いた。
「では試合を開始します。主審は私がやるが、いいかな?」
と川田の顧問は黒い審判用のマスクとプロテクターを付けていた。
「はい。お願いします!」
と小笠原高校キャプテン。
「塁審はうちの試合に出ない部員三人を出す。線審はなしになるがいいかな? それと彼らも試合に出したいので、時々交代させるが構わないかな?」
と川田の顧問。
「はい。結構です」
と答えると、
「では試合を始めます。整列!」
と言うと、竜馬は投手用のグローブを、優子の座っている席の隣りに置いた。
「優子さん、悪いけど見てて下さい。じゃあ和葉、行こうか」
「うん。お兄ちゃん」
と新屋敷兄妹は、小笠原高校野球部員と一緒に駆け出した。反対の一塁側からは川田のナイン全員がホームベース前に整列した。
その間に、試合に出ない川田の部員が一塁、二塁、三塁の塁審として立った。
つづく。
登場人物。
長崎琴美(ながさきことみ)。
竜馬の野球繋がりの友人の妹。中学三年生。密かに竜馬のことが好き。
家庭の事情から野球部はあるが人数がギリギリの公立小笠原(おがさわら)高校に入学した兄を持つ。
兄は野球の才能があり努力家で、中学時代と現在の高校でもエースピッチャーで四番。「兄さん」と呼んでいる。
長崎隼人(ながさきはやと)
公立小笠原(おがさわら)高校野球部一年。新屋敷兄妹とは同級生。小学校から東道中学校まで同じだった。
竜馬は小学校時代は小柄だったが、隼人はずっと大柄で運動神経は飛び抜けてよかった。中学校時代には陸上競技でも男子は長崎隼人。女子は三上小夏と言われていた。
一つ年下の琴美という妹がいる。
小笠原高校野球部では一年生ながら、エースピッチャーで四番を打つ。
竜馬は「竜馬」。和葉は「和葉ちゃん」と呼ぶ。
一人称は「俺」。
公立小笠原(おがさわら)高校野球部。
公立川田(かわた)高校野球部。
2023年2月13日
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