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【19】優子。午前中に新屋敷家へ行く。すぐその後に見知らぬ美少女が竜馬を訪ねて来た!
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双子の妹の保護者として、今年から共学になった女子高へ通う兄の話
東岡忠良(あずまおか・ただよし)
※この小説へのご意見・ご感想・誤字脱字・等がありましたら、お気軽にコメントして下さい。
お待ちしています。
──1──
土曜日午前中だけの授業が終わった時である。
「明日の日曜日、私とお兄ちゃんは暇(ひま)なんだけど、よかったら遊びに来る?」
と新屋敷和葉からの誘いがあった。
相生優子は、
「仕方がないわねえ~。行かせていただくわ」
と約束したのである。
和葉が指定した時間が午前十時と早かった。
「早く来て早めに帰るといいわ。優子は家が遠いから、暗くなってから帰す訳にはいかないもの」
と和葉は言った。
土曜日夕方に新屋敷宅への手土産に、クッキーの詰め合わせを用意してもらった。出来るだけ手頃な値段で、簡単にスーパーで手に入る物を厳選した。
執事である森本源三が購入してくれた。クッキーの詰め合わせを優子に手渡しながら、
「如月高校から近い中型店舗のスーパーで購入して来ました。どこにでも売っていますし、親が持たせてくれたと言えば無難でしょう」
と微笑んだ。
「さすがは爺やね。ありがとう」
と言い、
「私ね。実は友達の家に遊びに行くの初めてなの……」
と少し寂しそうに言った。
幼稚園から中学校まで、相生財閥の一人娘だということを、皆が知っていた環境だったために、クラスの者達が優子の屋敷に来ることはあっても、クラスの者の家に誘われることは、一度もなかったのである。
「正直、入学当初は心配しておりましたが、良いお友達が出来てよろしゅうございましたな」
と森本は笑った。
「そうね。でも午前十時に家だなんて、早過ぎないかしら」
とわざと不満を言って、恥ずかしさを誤魔化そうとした。
「それは早いですな。ご友人はそれでよろしいのでしょうか?」
と少し心配そうに言った。
「それなんだけど、私の家が遠いので暗くなる前に帰したいから、らしいわ」
と優子は言った。
「ほお。なかなか、気がつくご友人ですな」
と森本。
「でも行き帰りはお願いね。あ。そうそう。車は買ったばかりの日本車で頼むわ」
「承知いたしました」
そして日曜日朝になった。
「ありがとう、爺や。ここでいいわ」
午前九時三十分を過ぎた頃に優子は、執事の森本が運転する新車の日本車から下りた。
以前は家にある自動車で一番安い車はベンツだったのだが、新屋敷兄妹に金持ちだと知られないように、急遽(きゅうきょ)父に頼んで用意してもらった車だった。
「この車、お父さんは『安くて心配だ』って言っていたけど、乗り心地もいいし、車内は静かだし、私とても気に入ったわ」
と上機嫌で森本に話す。
「わたくしもとても気に入っています。帰りはお手数ですがお電話して下さいませ。また、この車でお迎えに上がります」
「ありがとう。でもこのバス停に迎えに来てね。じゃあ、行ってくるわ」
と車の後部座席を閉めると、森本は左手を上げて去って行った。
「遠過ぎず、近過ぎず。出来たらバス停の近くよね」
と鼻歌を歌いながら歩いて行く。
四月にしては少し歩くと汗ばんできた。
「あそこね」
優子は『新屋敷』の表札のある家を見つけた。
家を見ると、元々は新築だったのだろうが、二十年くらいは経ったせいだろう。所々に生活感がある。
玄関のチャイムを押そうとした時だった。
「よ、よく考えたら、竜馬さんの家でもあるのよね……」
先程まで和葉の家だと思っていた時は、リラックスしていたのに、竜馬の家だと思うと急に緊張して来たのだった。
「チャイムを押して、竜馬さんが出てきたらどうしよう……」
そう思うと、手頃な値段のスマホを取り出し時間を確認する。これも金持ちだとバレないようにするための処置である。
「約束の時間よりも二十分くらい早い。ああ。早過ぎたわ。もう少ししてからチャイムを押さないと、竜馬さんに常識のない女の子だと思われるかも」
そう考えてしまい、数分玄関に立っていた時である。
「何、突っ立ってるのよ。早く来たなら、早くチャイムを押せばいいでしょう」
と玄関から和葉が顔を出した。
「おっ! お早うございます。今日はお呼び頂き、ありがとうございますっ!」
と優子は驚いて声が裏返ってしまった。
「ちょっと、いつも通りでいてよ。こっちも緊張しちゃうじゃないの」
と和葉。
「そうね。分かったわ」
と深呼吸して、
「それにしても、私が和葉の家の前にいるなんて、何で分かったの? もしかして、待ち侘(わ)びてしまって窓から見ていた?」
と少し嬉しそうに優子は言った。
「ううん。違うわよ」
と和葉は首を振った。
「え? じゃあ、何で分かったの?」
と訊くと、
「スマホに連絡があったのよ。優子が玄関に立っているって」
と返してきた。
「連絡? 誰からなの?」
と言うと、和葉は向かいの家の二階を指差した。
指を指す方を優子はゆっくりと視線を送り、振り返った。
「ヤッホ~! 二人共。今日はごめんね。私、昼から陸上部の練習があるのよ」
とTシャツと短パン姿の三上小夏が、ベランダに立っていた。
「え……! え~! 小夏ちゃん! 何で! あ。そうか!」
新屋敷宅と三上宅は向かい合わせだと言っていた事を思い出した。
テンバってしまった優子は、
「こっ、小夏ちゃんも一緒に遊ばない~?」
と言いながら手を振ると、
「ごめんね。さっきも言ったけど、私昼から陸上部の練習があるのよね~」
「はっ! そうでした!」
と優子。
さっき小夏が遊べない理由を言ったばかりなのに、すぐに誘ってしまったことが恥ずかしく感じたのか、顔も耳も真っ赤になった。
「優子。あなた、耳まで真っ赤よ」
と和葉。
「うるさいわね。ちょっとびっくりしただけよ!」
と恥ずかしそうに優子は言った。
「まあ、早く入りなさいよ。ご近所に迷惑だから」
「私って、そんなに近所迷惑じゃないわ!」
「だから、その大声が近所迷惑なんだって」
「はっ! ごめんなさい……」
と静かに小さな門を開けて、玄関のノブに手をかけた。
「お邪魔しま~す」
とゆっくりと中に入る。
「いらっしゃい。優子」
と和葉が上がり框で迎えてくれた。
「えっと。お邪魔しま~す」
と脱ぐと、振り返って正座すると、きちんと靴を揃えた。
「あなた、意外とちゃんとしているのね」
と和葉。
「意外と、が余計よ」
と優子。
「それにしても私」
と優子は玄関から家の中を見渡した。
「実は私、友達の家にこうして上がるのって、生まれて初めてだわ」
と恥ずかしそうに言った。すると、
「そうなの? 実は私、こうして自分の友達を家に呼ぶのって、生まれて初めてよ」
「えっ! ウソ!」
と優子。
「まあ、正確には知っているクラスの人とかは何度も来たことがあるけどね」
と和葉。
「な~んだ。なら自分の友達を家に呼ぶのって、生まれて初めてとか言わないでよ」
と優子は頬を膨らませた。
「いや。本当のことよ。今まで私が呼んで来てくれたのは優子が初めてよ。でも今まで来た知っているクラスの人って、お兄ちゃんの友人なのよ」
「竜馬さんの」
「そうよ。お兄ちゃん、コミュニケーション能力だけは、とても高いのよ」
「そっか。そうなんだね」
となぜか優子は嬉しそうである。
「それとこれ、うちの親が持って行きなさいって」
と森本から渡されたクッキーの詰め合わせの入った紙袋を、和葉に手渡した。
「あら。優子にしては気が利くわね」
「だから『その優子にしては』が余計よ」
と突っ込む。
和葉はすぐさま紙袋の中を確認する。包装紙に包まれた物を取り出すと、手でそれを振りながら耳を当てる。
「これは二千円ほどの近所のスーパーにある缶に入ったクッキーの詰め合わせね」
と言った。
「ちょっと、和葉……」
とスバリその通りだったので、優子は何だか恥ずかしくなる。
「このクッキー、とても美味しいのよ。後でジュースと一緒に食べましょう」
と言い、
「さあ、こっちよ」
と和葉が二階の階段の方へ向かおうとした。だが優子は立ったままだった。
「どうしたの? 来ないの? なんか忘れ物?」
と和葉は少し心配する。
「いやその……」と立ち尽くしていると、
「あ~。お兄ちゃんは忙しいんじゃないかな」
と言った。
「えっ。何で?」
と優子。
「今朝から何度も電話がかかってきているみたい。私の部屋ってお兄ちゃんの部屋の前を通るんだけど」
と言うと、
「えっ! 和葉の部屋の通り道に竜馬さんの部屋があるの?」
と少し興奮気味に言った。
「そうよ」
「ウソ!」
「ウソって」
「羨ましい!」
「まあ、兄妹だからね。小学生までは同じ部屋だったし」
「同じ部屋!」
和葉は、
「いちいち驚かないといけない魔法でも掛けられているの?」
と呆れる。
「いいなあ~。羨ましいなあ~」
と思わず、優子は言ってしまった。
「あら。そんなに羨ましい?」
と優子に近づき、肘で優子の豊かな胸の下を突いた。
「ちょっと! どこ、突いてんのよ!」
「私はそのおっぱいが羨ましい」
「もう。和葉はおちんちんか、おっぱいの話しかしていないような気がするわ」
との優子の言葉に、和葉は少し考えて、
「確かにそういう傾向はあるかもしれないわね」
と自分でも納得しているようだった。
「え! そこは否定しないの?」
と優子。
「仕方がないわね。優子。あなたにだけ私の秘密を特別に見せてあげるわ」
と和葉は自室の扉を開けて、
「どうぞ」
と優子に言った。
優子は和葉に近づき、
「先に言っておくけど、あまりに変なものは見せないでよ……」
と和葉の部屋に入った。
──2──
和葉の部屋は六畳ほどの広さで、女子高生の部屋にしては、殺風景なものだった。
好きなアイドルやタレントがいないのか、ポスターが貼られていない。
ぬいぐるみもない。
小学生時代に買ってもらったであろう、少しくたびれた学習机に、きっちりと如月高校の教科書が置かれ、同じ机の棚には参考書や問題集がある。
「ベッドはないの?」
と優子。
「私、ベッドは嫌なのよ。寝るだけのために、あんなにスペースを取る家具を置くなんて無駄だし」
と和葉。
「じゃあ、布団を敷いて寝てるの?」
「そうよ。元々、ここはフローリングだったんだけど、畳を敷いてもらったわ。畳だと夏はタオルケットだけで涼しく眠れるし、冬は温かいしで良いことばかりよ」
「でも女子高生っぽくないわね」
と優子。
「女子高生っぽくない? ねえ、優子」
「なに?」
「女子高生時代って何年存在するの?」
「何年存在するって、三年間でしょう」
「そう。たった三年間だけなのよ。その三年間だけのために、部屋を飾り付けて、ベッドを置くのって何か意味があるの?」
「え? でもね。みんなやっているから」
「みんながやっていることは、私もやらないといけないのかな?」
と和葉は優子に顔を近づけた。
「それは……。でも短い高校時代を楽しむ意味でもさあ」
「高校時代を楽しむ? 私、物心ついた時から楽しんでいるわよ。興味のある物事には出来るだけ挑戦して、出来るようにしていったわ。それを少しでも効率的に可能にして行った結果が、この部屋なのよ」
と胸を張った。
「ふ~ん。なるほどね」
と優子が言うと、
「その感じは私の部屋には興味がないみたいね」
「まあ、そうね。正直私、友人の家に遊びに行くって今回が始めてなのよ」
「え? そうなの?」
「う、うん……。だから他の同年代の女の子の部屋ってきっと可愛いんだろうなって想像していたから、ちょっとガッカリしちゃったのよ」
と優子はしみじみと言った。
「なるほど。そういうことなのね」
「でも、悪くないわよ。和葉らしくてシンプルで効率が良くて。まさに和葉の部屋って感じがとてもいいわ」
と優子は微笑んだ。
「ありがとう。まあ、この部屋に入れたことがあるのは、お兄ちゃんと小夏ちゃんだけだったからね。優子で三人目よ」
「えっ! そうなの!」
「そうよ」
「和葉って友達が多かったんじゃないの?」
と優子は驚いた。
「私、友達は少なかったわ。もっと言えば、お兄ちゃんと小夏ちゃんが居たから、孤立しなかっただけなのよね」
と和葉。
「竜馬さんと小夏さんは友達が多かったの?」
と訊くと、
「小夏ちゃんはあの明るい性格だから誰とでも仲良くなっちゃうのよね。いつの間にか、あなたも薫も春樹君も、もう仲良しでしょう」
「確かにそうだわ」
「お兄ちゃんは一部のクラスメイトと、野球部関係の男子生徒ばかりだったわね」
「え。そうなの? でもほら、竜馬さんって結構、その……。カッコいいじゃない」
「ええ。我が兄はカッコいいわ」
「ちょっと、何、その言い方」
「お兄ちゃんはカッコいいし、多分かなりモテていたと思うんだけど」
「思うんだけど? なに?」
「外出していた時は、ほとんど私が一緒にいたから、女の子達は声をかけづらかったと思うのよね」
「嫌な妹ね」
と優子。
「それに小夏ちゃんも学校の行き帰りはほとんど一緒だったから、お兄ちゃんと小夏ちゃんが陰で付き合っている、ってことにしたこともあるし」
「え? したこともあるってどういうこと?」
と優子は訊いた。
「お兄ちゃんと小夏ちゃんが付き合っているってことになれば、誰もお兄ちゃんに近づかないじゃない」
「確かにそうだけど、実際はどうだったの?」
「付き合ってないわよ。だって私が『二人は付き合っている』って噂(うわさ)を流したんだから」
「うわ。最低~」
と優子が言うと、
「あら。言ったわね。前まで胸が大きいのが悩みとか言っていた癖に、今日は胸が強調されているサマーニットで、お兄ちゃんを悩殺するつもりでしょ」
と白く薄い半袖セーターからも分かる大きな胸を、和葉は右人差し指でチョンと突いた。
「キャッ! やったわね。そういう和葉だって胸が大きいじゃない」
と優子は、和葉のボタンがかろうじて止まっている青のブラウスの胸の膨らみを、両方の人差し指で突いた。
「アッ! そこ、乳首じゃない! やったわね!」
と和葉は優子の形の良い胸を鷲掴みにした。
トントン。
「あ! やったわね! こうしてやるわ!」
と優子も和葉の胸を揉み始めた。
トントン。
「優子……。あなた、ちょっと、やり過ぎ……」
「和葉! いつもやられてばかりじゃないわよ!」
ドアが開いた。
「ノックしても返事がないから開けるよ。挨拶が遅くなってごめん。優子さん、いらっしゃ……い」
と普段着に着替えている竜馬が入ってきた。見ると、二人はお互いの胸を掌で掴んで、揉み合っているところだった。
「あ。お楽しみのところ、失礼しました……」
と竜馬は扉を締めた。
「ちっ! 違う! お兄ちゃん!」
「竜馬さん、待って! 誤解よ!」
と二人は竜馬を引き止めた。
二人は先程の経緯(いきさつ)を話すと、誤解は解けた。
「な~んだ。そうだったのか」
と竜馬は安堵して、畳に座った。
和葉と優子もそれに合わせて座る。
「当たり前よ。私は優子から誘われても絶対に女同士で付き合ったりしないわ」
「ちょっと! 何で私が誘う側なのよ! 私は男の人が好きよ!」
と優子は強く主張した。
「あら、優子。と言うことはお兄ちゃんのことは、どう思っているの?」
と優子に顔を近づけた。
「え! 竜馬さんのこと? どうって……」
と頬を赤くして、竜馬から視線を落とし、モジモジし始めた。
すると、
「和葉。優子さんを困らせるようなことを言っちゃいけないよ。優子さん、ごめん。後でちゃんと優子さんを誂(からか)っちゃいけないと注意するから許してよ」
ととても申し訳なさそうな表情で言った。
「えっ……。いや、その……。私……」
と優子が少し困惑気味でいると、
「あっ! そうだ! ごめん。僕今から準備をしないといけないんだった。自分の部屋に戻るね」
と竜馬は立ち上がった。
「お兄ちゃん、今日は死ぬほど暇なはずでしょう?」
「死ぬほどって。確かに暇だったんだけど、急に誘われてね。準備しないといけなくなって」
「準備? 何の?」
と言った時に、玄関のチャイムが鳴った。
「竜馬! お客さんが来ているわよ」
と玄関から竜馬と和葉の母の声がした。
「し! しまった! まだ、準備中なんだ! 二人共、ごめん! これで失礼するよ!」
と竜馬は大急ぎで和葉の部屋を出て、階段を下りて玄関に向かった。
「やけに急いでいるわね」
と和葉。
「竜馬さん、急用なの?」
と優子。
「そうみたいね。何か朝からお兄ちゃんのスマホが鳴りっぱなしだったわ」
「一体、誰からかしら?」
「じゃあ、ちょっと覗いて見る?」
と和葉。
「見てみようか……」
と優子。
二人は出来るだけ音を立てないように、和葉の部屋を出た。
隠れながら、階段の上から玄関を覗くと、
「えっ! 女の子!」
と驚きつつも出来るだけ小声の優子。
「ちょっと、やけに可愛い子じゃないの!」
と和葉。
竜馬は同年代くらいの美少女を相手に、後ろ頭を掻きながら話している。
美少女は竜馬を見つめながら笑っていた。
──3──
とても楽しそうな雰囲気である。
「ねえ、和葉。あの子、知ってる?」
「知らないわ。始めて見る子ね。それにしても!」
と和葉は続ける。
「やけにお洒落(しゃれ)な服装で、朝っぱらやって来て、どういうつもりよ」
と言うと、
「お洒落な服装で、朝っぱらからやって来て悪かったわね」
と返す優子。
「何を行っているの。優子はいいのよ。だって私とお兄ちゃんが呼んだんだから」
と和葉。
「あ。そうか」
「でも、あの女は違うわ。朝から何度も電話を掛けてきて、お兄ちゃんを誘惑して来て、こうしてついに出かける約束を取り付けたのよ」
「ゆ! 誘惑して。で! 出かける」
と優子は混乱気味になっている。
「ねえ、和葉。やっぱり、やっぱり、デートなのかな……」
と泣きそうな顔をしている。
すると、玄関に立つ美少女が階段の陰から覗いている二人に、笑顔で手を振った。
「和葉! どうしよう! 手を振って来たわ!」
「さすがにバレていたのね……」
と和葉は少し考えると
「優子。あの女がどういう目的でやって来たか聞き出すわ」
「えっ! 本気なの?」
「ええ」
「ねえ。もし、もしもよ! かっ、彼女だとか言ったらどうしよう。私、そこで泣いちゃうかも……」
と優子は今にも泣きそうである。
「その時は!」
「その時は?」
「諦めて」
「そんなあ~」
と優子の瞳から、今にも涙が零れそうである。
「大丈夫。出来るだけオブラードに包んでやんわりと聞くから」
「そうしてくれる……」
「さあ、行くわよ」
と和葉が階段をゆっくりと下りていく。不安そうな表情をしながら優子も続いた。
竜馬の横に和葉は立ち、
「グッドモーニング」
と挨拶した。
「えっ、あっ。お早うございます」
と美少女は深くお辞儀をする。
「初めまして。私はこの竜馬の双子の妹の和葉です。で後ろにいるのは友人の相生優子です」
「……どうも」と優子は瀕死の状態のような弱々しい挨拶をした。
「初めまして。竜馬さんの妹の和葉さんと、ご友人の相生さん」
とニッコリと微笑む。
「ところで」と和葉。
「もしかして、お兄ちゃんの彼女ですか?」
とズバリ言った。
な!
と固まる竜馬と優子。
「え?」となる美少女。頬が少し赤くなる。
「何を言っているんだよ! ゴメンよ、琴美ちゃん」
と竜馬。
「え? 下の名前呼びって。もしかしてすでに二人は深い関係!」
と和葉。
「あっ、あの!」
と取り乱す琴美。
「結納のさいは、私も呼んで下さい」
と深く頭を下げる和葉。
「なっ! 何を言っているんだよ!」
と竜馬。
「ふっ! 深い関係……。ゆっ、結納……」
と優子は震えている。
「この子は長崎琴美ちゃんだよ。ほら、和葉は知っているだろう。僕の中学の元野球部のエースで四番だった長崎の妹さん」
「長崎さん? あ~あ、お兄ちゃんの野球友達の長崎さんの」
と和葉は思い出したのか、軽く手を叩いた。
「竜馬さんの野球友達の長崎さんの妹……」
と今のを聞いて、優子は少し回復して来た。
「確か長崎さんって、私立の富坂(とみさか)高校の推薦を辞めて、公立の小笠原(おがさわら)高校に進学したって聞いたけど」
と和葉。
「実は今朝、急に長崎から電話があったんだ。今日の十一時半集合で他校との練習試合があるらしいんだけど、長崎の小笠原高校野球部って九人ギリギリらしいんだ。それが一人風邪で来れなくなったらしくて」
と竜馬が言うと、
「そうなんです。それで急遽、新屋敷さんに助っ人をお願いしたんです。抜けているポジションも竜馬さんが中学時代に守っていたライトですし」
と長崎琴美。
「それにお兄ちゃんは暇(ひま)だし」
と和葉。
「暇だけ余計だ!」
とのやり取りに、琴美はクスクスと笑い、
「それで場所が少し分かり辛いので、道案内に私が来たという訳です」
と笑顔で言った。
すると、
「そうだ! こうしちゃいられない! 持って行く野球道具の準備をしなくっちゃ。それとお金だっけ?」
「はい。辺鄙(へんぴ)な場所にある球場なので、電車とバスを乗り換えて行くんです」
「なら、小銭がいるな」
「はい。出来れば。まあ、私、小銭は準備していますけど」
「分かったよ、琴美ちゃん。五分で用意するから少し待ってて」
「はい。まだ、少し時間があるから大丈夫です」
と首を少し傾けて琴美は言った。
竜馬はドタドタと急いで階段を上り、自室に戻った。
玄関には和葉と優子。そして琴美が残された。
「な~んだ。そうだったのね」
と余裕が出てきたのか、優子は和葉の後ろの陰から出てきた。
「琴美ちゃんだっけ。長崎さんの妹ってことは?」
と和葉。
「はい。中学三年生です」
と微笑む。
「そうなのね。それにしても驚いたわ。私、てっきり琴美ちゃんがお兄ちゃんの彼女かと思っちゃったから」
と和葉が言うと、
琴美は急に赤くなり俯いて、
「そっ……。そんな……。私なんかが……。新屋敷さんの……。彼女だなんて……」
と自分の指を絡ませ始めた。
「あれっ!」
と和葉と優子は同時に声が出た。
つづく。
登場人物。
長崎琴美(ながさきことみ)
竜馬の野球繋がりの友人の妹。中学三年生。密かに竜馬のことが好き。家庭の事情から野球部はあるが人数がギリギリの公立小笠原(おがさわら)高校の兄を持つ。兄は野球の才能があり努力家で、中学時代と現在の高校でもエースピッチャーで四番。
2022年12月9日
※当サイトの内容、テキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
また、まとめサイト等への引用をする場合は無断ではなく、こちらへお知らせ下さい。許可するかを判断致します。
東岡忠良(あずまおか・ただよし)
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お待ちしています。
──1──
土曜日午前中だけの授業が終わった時である。
「明日の日曜日、私とお兄ちゃんは暇(ひま)なんだけど、よかったら遊びに来る?」
と新屋敷和葉からの誘いがあった。
相生優子は、
「仕方がないわねえ~。行かせていただくわ」
と約束したのである。
和葉が指定した時間が午前十時と早かった。
「早く来て早めに帰るといいわ。優子は家が遠いから、暗くなってから帰す訳にはいかないもの」
と和葉は言った。
土曜日夕方に新屋敷宅への手土産に、クッキーの詰め合わせを用意してもらった。出来るだけ手頃な値段で、簡単にスーパーで手に入る物を厳選した。
執事である森本源三が購入してくれた。クッキーの詰め合わせを優子に手渡しながら、
「如月高校から近い中型店舗のスーパーで購入して来ました。どこにでも売っていますし、親が持たせてくれたと言えば無難でしょう」
と微笑んだ。
「さすがは爺やね。ありがとう」
と言い、
「私ね。実は友達の家に遊びに行くの初めてなの……」
と少し寂しそうに言った。
幼稚園から中学校まで、相生財閥の一人娘だということを、皆が知っていた環境だったために、クラスの者達が優子の屋敷に来ることはあっても、クラスの者の家に誘われることは、一度もなかったのである。
「正直、入学当初は心配しておりましたが、良いお友達が出来てよろしゅうございましたな」
と森本は笑った。
「そうね。でも午前十時に家だなんて、早過ぎないかしら」
とわざと不満を言って、恥ずかしさを誤魔化そうとした。
「それは早いですな。ご友人はそれでよろしいのでしょうか?」
と少し心配そうに言った。
「それなんだけど、私の家が遠いので暗くなる前に帰したいから、らしいわ」
と優子は言った。
「ほお。なかなか、気がつくご友人ですな」
と森本。
「でも行き帰りはお願いね。あ。そうそう。車は買ったばかりの日本車で頼むわ」
「承知いたしました」
そして日曜日朝になった。
「ありがとう、爺や。ここでいいわ」
午前九時三十分を過ぎた頃に優子は、執事の森本が運転する新車の日本車から下りた。
以前は家にある自動車で一番安い車はベンツだったのだが、新屋敷兄妹に金持ちだと知られないように、急遽(きゅうきょ)父に頼んで用意してもらった車だった。
「この車、お父さんは『安くて心配だ』って言っていたけど、乗り心地もいいし、車内は静かだし、私とても気に入ったわ」
と上機嫌で森本に話す。
「わたくしもとても気に入っています。帰りはお手数ですがお電話して下さいませ。また、この車でお迎えに上がります」
「ありがとう。でもこのバス停に迎えに来てね。じゃあ、行ってくるわ」
と車の後部座席を閉めると、森本は左手を上げて去って行った。
「遠過ぎず、近過ぎず。出来たらバス停の近くよね」
と鼻歌を歌いながら歩いて行く。
四月にしては少し歩くと汗ばんできた。
「あそこね」
優子は『新屋敷』の表札のある家を見つけた。
家を見ると、元々は新築だったのだろうが、二十年くらいは経ったせいだろう。所々に生活感がある。
玄関のチャイムを押そうとした時だった。
「よ、よく考えたら、竜馬さんの家でもあるのよね……」
先程まで和葉の家だと思っていた時は、リラックスしていたのに、竜馬の家だと思うと急に緊張して来たのだった。
「チャイムを押して、竜馬さんが出てきたらどうしよう……」
そう思うと、手頃な値段のスマホを取り出し時間を確認する。これも金持ちだとバレないようにするための処置である。
「約束の時間よりも二十分くらい早い。ああ。早過ぎたわ。もう少ししてからチャイムを押さないと、竜馬さんに常識のない女の子だと思われるかも」
そう考えてしまい、数分玄関に立っていた時である。
「何、突っ立ってるのよ。早く来たなら、早くチャイムを押せばいいでしょう」
と玄関から和葉が顔を出した。
「おっ! お早うございます。今日はお呼び頂き、ありがとうございますっ!」
と優子は驚いて声が裏返ってしまった。
「ちょっと、いつも通りでいてよ。こっちも緊張しちゃうじゃないの」
と和葉。
「そうね。分かったわ」
と深呼吸して、
「それにしても、私が和葉の家の前にいるなんて、何で分かったの? もしかして、待ち侘(わ)びてしまって窓から見ていた?」
と少し嬉しそうに優子は言った。
「ううん。違うわよ」
と和葉は首を振った。
「え? じゃあ、何で分かったの?」
と訊くと、
「スマホに連絡があったのよ。優子が玄関に立っているって」
と返してきた。
「連絡? 誰からなの?」
と言うと、和葉は向かいの家の二階を指差した。
指を指す方を優子はゆっくりと視線を送り、振り返った。
「ヤッホ~! 二人共。今日はごめんね。私、昼から陸上部の練習があるのよ」
とTシャツと短パン姿の三上小夏が、ベランダに立っていた。
「え……! え~! 小夏ちゃん! 何で! あ。そうか!」
新屋敷宅と三上宅は向かい合わせだと言っていた事を思い出した。
テンバってしまった優子は、
「こっ、小夏ちゃんも一緒に遊ばない~?」
と言いながら手を振ると、
「ごめんね。さっきも言ったけど、私昼から陸上部の練習があるのよね~」
「はっ! そうでした!」
と優子。
さっき小夏が遊べない理由を言ったばかりなのに、すぐに誘ってしまったことが恥ずかしく感じたのか、顔も耳も真っ赤になった。
「優子。あなた、耳まで真っ赤よ」
と和葉。
「うるさいわね。ちょっとびっくりしただけよ!」
と恥ずかしそうに優子は言った。
「まあ、早く入りなさいよ。ご近所に迷惑だから」
「私って、そんなに近所迷惑じゃないわ!」
「だから、その大声が近所迷惑なんだって」
「はっ! ごめんなさい……」
と静かに小さな門を開けて、玄関のノブに手をかけた。
「お邪魔しま~す」
とゆっくりと中に入る。
「いらっしゃい。優子」
と和葉が上がり框で迎えてくれた。
「えっと。お邪魔しま~す」
と脱ぐと、振り返って正座すると、きちんと靴を揃えた。
「あなた、意外とちゃんとしているのね」
と和葉。
「意外と、が余計よ」
と優子。
「それにしても私」
と優子は玄関から家の中を見渡した。
「実は私、友達の家にこうして上がるのって、生まれて初めてだわ」
と恥ずかしそうに言った。すると、
「そうなの? 実は私、こうして自分の友達を家に呼ぶのって、生まれて初めてよ」
「えっ! ウソ!」
と優子。
「まあ、正確には知っているクラスの人とかは何度も来たことがあるけどね」
と和葉。
「な~んだ。なら自分の友達を家に呼ぶのって、生まれて初めてとか言わないでよ」
と優子は頬を膨らませた。
「いや。本当のことよ。今まで私が呼んで来てくれたのは優子が初めてよ。でも今まで来た知っているクラスの人って、お兄ちゃんの友人なのよ」
「竜馬さんの」
「そうよ。お兄ちゃん、コミュニケーション能力だけは、とても高いのよ」
「そっか。そうなんだね」
となぜか優子は嬉しそうである。
「それとこれ、うちの親が持って行きなさいって」
と森本から渡されたクッキーの詰め合わせの入った紙袋を、和葉に手渡した。
「あら。優子にしては気が利くわね」
「だから『その優子にしては』が余計よ」
と突っ込む。
和葉はすぐさま紙袋の中を確認する。包装紙に包まれた物を取り出すと、手でそれを振りながら耳を当てる。
「これは二千円ほどの近所のスーパーにある缶に入ったクッキーの詰め合わせね」
と言った。
「ちょっと、和葉……」
とスバリその通りだったので、優子は何だか恥ずかしくなる。
「このクッキー、とても美味しいのよ。後でジュースと一緒に食べましょう」
と言い、
「さあ、こっちよ」
と和葉が二階の階段の方へ向かおうとした。だが優子は立ったままだった。
「どうしたの? 来ないの? なんか忘れ物?」
と和葉は少し心配する。
「いやその……」と立ち尽くしていると、
「あ~。お兄ちゃんは忙しいんじゃないかな」
と言った。
「えっ。何で?」
と優子。
「今朝から何度も電話がかかってきているみたい。私の部屋ってお兄ちゃんの部屋の前を通るんだけど」
と言うと、
「えっ! 和葉の部屋の通り道に竜馬さんの部屋があるの?」
と少し興奮気味に言った。
「そうよ」
「ウソ!」
「ウソって」
「羨ましい!」
「まあ、兄妹だからね。小学生までは同じ部屋だったし」
「同じ部屋!」
和葉は、
「いちいち驚かないといけない魔法でも掛けられているの?」
と呆れる。
「いいなあ~。羨ましいなあ~」
と思わず、優子は言ってしまった。
「あら。そんなに羨ましい?」
と優子に近づき、肘で優子の豊かな胸の下を突いた。
「ちょっと! どこ、突いてんのよ!」
「私はそのおっぱいが羨ましい」
「もう。和葉はおちんちんか、おっぱいの話しかしていないような気がするわ」
との優子の言葉に、和葉は少し考えて、
「確かにそういう傾向はあるかもしれないわね」
と自分でも納得しているようだった。
「え! そこは否定しないの?」
と優子。
「仕方がないわね。優子。あなたにだけ私の秘密を特別に見せてあげるわ」
と和葉は自室の扉を開けて、
「どうぞ」
と優子に言った。
優子は和葉に近づき、
「先に言っておくけど、あまりに変なものは見せないでよ……」
と和葉の部屋に入った。
──2──
和葉の部屋は六畳ほどの広さで、女子高生の部屋にしては、殺風景なものだった。
好きなアイドルやタレントがいないのか、ポスターが貼られていない。
ぬいぐるみもない。
小学生時代に買ってもらったであろう、少しくたびれた学習机に、きっちりと如月高校の教科書が置かれ、同じ机の棚には参考書や問題集がある。
「ベッドはないの?」
と優子。
「私、ベッドは嫌なのよ。寝るだけのために、あんなにスペースを取る家具を置くなんて無駄だし」
と和葉。
「じゃあ、布団を敷いて寝てるの?」
「そうよ。元々、ここはフローリングだったんだけど、畳を敷いてもらったわ。畳だと夏はタオルケットだけで涼しく眠れるし、冬は温かいしで良いことばかりよ」
「でも女子高生っぽくないわね」
と優子。
「女子高生っぽくない? ねえ、優子」
「なに?」
「女子高生時代って何年存在するの?」
「何年存在するって、三年間でしょう」
「そう。たった三年間だけなのよ。その三年間だけのために、部屋を飾り付けて、ベッドを置くのって何か意味があるの?」
「え? でもね。みんなやっているから」
「みんながやっていることは、私もやらないといけないのかな?」
と和葉は優子に顔を近づけた。
「それは……。でも短い高校時代を楽しむ意味でもさあ」
「高校時代を楽しむ? 私、物心ついた時から楽しんでいるわよ。興味のある物事には出来るだけ挑戦して、出来るようにしていったわ。それを少しでも効率的に可能にして行った結果が、この部屋なのよ」
と胸を張った。
「ふ~ん。なるほどね」
と優子が言うと、
「その感じは私の部屋には興味がないみたいね」
「まあ、そうね。正直私、友人の家に遊びに行くって今回が始めてなのよ」
「え? そうなの?」
「う、うん……。だから他の同年代の女の子の部屋ってきっと可愛いんだろうなって想像していたから、ちょっとガッカリしちゃったのよ」
と優子はしみじみと言った。
「なるほど。そういうことなのね」
「でも、悪くないわよ。和葉らしくてシンプルで効率が良くて。まさに和葉の部屋って感じがとてもいいわ」
と優子は微笑んだ。
「ありがとう。まあ、この部屋に入れたことがあるのは、お兄ちゃんと小夏ちゃんだけだったからね。優子で三人目よ」
「えっ! そうなの!」
「そうよ」
「和葉って友達が多かったんじゃないの?」
と優子は驚いた。
「私、友達は少なかったわ。もっと言えば、お兄ちゃんと小夏ちゃんが居たから、孤立しなかっただけなのよね」
と和葉。
「竜馬さんと小夏さんは友達が多かったの?」
と訊くと、
「小夏ちゃんはあの明るい性格だから誰とでも仲良くなっちゃうのよね。いつの間にか、あなたも薫も春樹君も、もう仲良しでしょう」
「確かにそうだわ」
「お兄ちゃんは一部のクラスメイトと、野球部関係の男子生徒ばかりだったわね」
「え。そうなの? でもほら、竜馬さんって結構、その……。カッコいいじゃない」
「ええ。我が兄はカッコいいわ」
「ちょっと、何、その言い方」
「お兄ちゃんはカッコいいし、多分かなりモテていたと思うんだけど」
「思うんだけど? なに?」
「外出していた時は、ほとんど私が一緒にいたから、女の子達は声をかけづらかったと思うのよね」
「嫌な妹ね」
と優子。
「それに小夏ちゃんも学校の行き帰りはほとんど一緒だったから、お兄ちゃんと小夏ちゃんが陰で付き合っている、ってことにしたこともあるし」
「え? したこともあるってどういうこと?」
と優子は訊いた。
「お兄ちゃんと小夏ちゃんが付き合っているってことになれば、誰もお兄ちゃんに近づかないじゃない」
「確かにそうだけど、実際はどうだったの?」
「付き合ってないわよ。だって私が『二人は付き合っている』って噂(うわさ)を流したんだから」
「うわ。最低~」
と優子が言うと、
「あら。言ったわね。前まで胸が大きいのが悩みとか言っていた癖に、今日は胸が強調されているサマーニットで、お兄ちゃんを悩殺するつもりでしょ」
と白く薄い半袖セーターからも分かる大きな胸を、和葉は右人差し指でチョンと突いた。
「キャッ! やったわね。そういう和葉だって胸が大きいじゃない」
と優子は、和葉のボタンがかろうじて止まっている青のブラウスの胸の膨らみを、両方の人差し指で突いた。
「アッ! そこ、乳首じゃない! やったわね!」
と和葉は優子の形の良い胸を鷲掴みにした。
トントン。
「あ! やったわね! こうしてやるわ!」
と優子も和葉の胸を揉み始めた。
トントン。
「優子……。あなた、ちょっと、やり過ぎ……」
「和葉! いつもやられてばかりじゃないわよ!」
ドアが開いた。
「ノックしても返事がないから開けるよ。挨拶が遅くなってごめん。優子さん、いらっしゃ……い」
と普段着に着替えている竜馬が入ってきた。見ると、二人はお互いの胸を掌で掴んで、揉み合っているところだった。
「あ。お楽しみのところ、失礼しました……」
と竜馬は扉を締めた。
「ちっ! 違う! お兄ちゃん!」
「竜馬さん、待って! 誤解よ!」
と二人は竜馬を引き止めた。
二人は先程の経緯(いきさつ)を話すと、誤解は解けた。
「な~んだ。そうだったのか」
と竜馬は安堵して、畳に座った。
和葉と優子もそれに合わせて座る。
「当たり前よ。私は優子から誘われても絶対に女同士で付き合ったりしないわ」
「ちょっと! 何で私が誘う側なのよ! 私は男の人が好きよ!」
と優子は強く主張した。
「あら、優子。と言うことはお兄ちゃんのことは、どう思っているの?」
と優子に顔を近づけた。
「え! 竜馬さんのこと? どうって……」
と頬を赤くして、竜馬から視線を落とし、モジモジし始めた。
すると、
「和葉。優子さんを困らせるようなことを言っちゃいけないよ。優子さん、ごめん。後でちゃんと優子さんを誂(からか)っちゃいけないと注意するから許してよ」
ととても申し訳なさそうな表情で言った。
「えっ……。いや、その……。私……」
と優子が少し困惑気味でいると、
「あっ! そうだ! ごめん。僕今から準備をしないといけないんだった。自分の部屋に戻るね」
と竜馬は立ち上がった。
「お兄ちゃん、今日は死ぬほど暇なはずでしょう?」
「死ぬほどって。確かに暇だったんだけど、急に誘われてね。準備しないといけなくなって」
「準備? 何の?」
と言った時に、玄関のチャイムが鳴った。
「竜馬! お客さんが来ているわよ」
と玄関から竜馬と和葉の母の声がした。
「し! しまった! まだ、準備中なんだ! 二人共、ごめん! これで失礼するよ!」
と竜馬は大急ぎで和葉の部屋を出て、階段を下りて玄関に向かった。
「やけに急いでいるわね」
と和葉。
「竜馬さん、急用なの?」
と優子。
「そうみたいね。何か朝からお兄ちゃんのスマホが鳴りっぱなしだったわ」
「一体、誰からかしら?」
「じゃあ、ちょっと覗いて見る?」
と和葉。
「見てみようか……」
と優子。
二人は出来るだけ音を立てないように、和葉の部屋を出た。
隠れながら、階段の上から玄関を覗くと、
「えっ! 女の子!」
と驚きつつも出来るだけ小声の優子。
「ちょっと、やけに可愛い子じゃないの!」
と和葉。
竜馬は同年代くらいの美少女を相手に、後ろ頭を掻きながら話している。
美少女は竜馬を見つめながら笑っていた。
──3──
とても楽しそうな雰囲気である。
「ねえ、和葉。あの子、知ってる?」
「知らないわ。始めて見る子ね。それにしても!」
と和葉は続ける。
「やけにお洒落(しゃれ)な服装で、朝っぱらやって来て、どういうつもりよ」
と言うと、
「お洒落な服装で、朝っぱらからやって来て悪かったわね」
と返す優子。
「何を行っているの。優子はいいのよ。だって私とお兄ちゃんが呼んだんだから」
と和葉。
「あ。そうか」
「でも、あの女は違うわ。朝から何度も電話を掛けてきて、お兄ちゃんを誘惑して来て、こうしてついに出かける約束を取り付けたのよ」
「ゆ! 誘惑して。で! 出かける」
と優子は混乱気味になっている。
「ねえ、和葉。やっぱり、やっぱり、デートなのかな……」
と泣きそうな顔をしている。
すると、玄関に立つ美少女が階段の陰から覗いている二人に、笑顔で手を振った。
「和葉! どうしよう! 手を振って来たわ!」
「さすがにバレていたのね……」
と和葉は少し考えると
「優子。あの女がどういう目的でやって来たか聞き出すわ」
「えっ! 本気なの?」
「ええ」
「ねえ。もし、もしもよ! かっ、彼女だとか言ったらどうしよう。私、そこで泣いちゃうかも……」
と優子は今にも泣きそうである。
「その時は!」
「その時は?」
「諦めて」
「そんなあ~」
と優子の瞳から、今にも涙が零れそうである。
「大丈夫。出来るだけオブラードに包んでやんわりと聞くから」
「そうしてくれる……」
「さあ、行くわよ」
と和葉が階段をゆっくりと下りていく。不安そうな表情をしながら優子も続いた。
竜馬の横に和葉は立ち、
「グッドモーニング」
と挨拶した。
「えっ、あっ。お早うございます」
と美少女は深くお辞儀をする。
「初めまして。私はこの竜馬の双子の妹の和葉です。で後ろにいるのは友人の相生優子です」
「……どうも」と優子は瀕死の状態のような弱々しい挨拶をした。
「初めまして。竜馬さんの妹の和葉さんと、ご友人の相生さん」
とニッコリと微笑む。
「ところで」と和葉。
「もしかして、お兄ちゃんの彼女ですか?」
とズバリ言った。
な!
と固まる竜馬と優子。
「え?」となる美少女。頬が少し赤くなる。
「何を言っているんだよ! ゴメンよ、琴美ちゃん」
と竜馬。
「え? 下の名前呼びって。もしかしてすでに二人は深い関係!」
と和葉。
「あっ、あの!」
と取り乱す琴美。
「結納のさいは、私も呼んで下さい」
と深く頭を下げる和葉。
「なっ! 何を言っているんだよ!」
と竜馬。
「ふっ! 深い関係……。ゆっ、結納……」
と優子は震えている。
「この子は長崎琴美ちゃんだよ。ほら、和葉は知っているだろう。僕の中学の元野球部のエースで四番だった長崎の妹さん」
「長崎さん? あ~あ、お兄ちゃんの野球友達の長崎さんの」
と和葉は思い出したのか、軽く手を叩いた。
「竜馬さんの野球友達の長崎さんの妹……」
と今のを聞いて、優子は少し回復して来た。
「確か長崎さんって、私立の富坂(とみさか)高校の推薦を辞めて、公立の小笠原(おがさわら)高校に進学したって聞いたけど」
と和葉。
「実は今朝、急に長崎から電話があったんだ。今日の十一時半集合で他校との練習試合があるらしいんだけど、長崎の小笠原高校野球部って九人ギリギリらしいんだ。それが一人風邪で来れなくなったらしくて」
と竜馬が言うと、
「そうなんです。それで急遽、新屋敷さんに助っ人をお願いしたんです。抜けているポジションも竜馬さんが中学時代に守っていたライトですし」
と長崎琴美。
「それにお兄ちゃんは暇(ひま)だし」
と和葉。
「暇だけ余計だ!」
とのやり取りに、琴美はクスクスと笑い、
「それで場所が少し分かり辛いので、道案内に私が来たという訳です」
と笑顔で言った。
すると、
「そうだ! こうしちゃいられない! 持って行く野球道具の準備をしなくっちゃ。それとお金だっけ?」
「はい。辺鄙(へんぴ)な場所にある球場なので、電車とバスを乗り換えて行くんです」
「なら、小銭がいるな」
「はい。出来れば。まあ、私、小銭は準備していますけど」
「分かったよ、琴美ちゃん。五分で用意するから少し待ってて」
「はい。まだ、少し時間があるから大丈夫です」
と首を少し傾けて琴美は言った。
竜馬はドタドタと急いで階段を上り、自室に戻った。
玄関には和葉と優子。そして琴美が残された。
「な~んだ。そうだったのね」
と余裕が出てきたのか、優子は和葉の後ろの陰から出てきた。
「琴美ちゃんだっけ。長崎さんの妹ってことは?」
と和葉。
「はい。中学三年生です」
と微笑む。
「そうなのね。それにしても驚いたわ。私、てっきり琴美ちゃんがお兄ちゃんの彼女かと思っちゃったから」
と和葉が言うと、
琴美は急に赤くなり俯いて、
「そっ……。そんな……。私なんかが……。新屋敷さんの……。彼女だなんて……」
と自分の指を絡ませ始めた。
「あれっ!」
と和葉と優子は同時に声が出た。
つづく。
登場人物。
長崎琴美(ながさきことみ)
竜馬の野球繋がりの友人の妹。中学三年生。密かに竜馬のことが好き。家庭の事情から野球部はあるが人数がギリギリの公立小笠原(おがさわら)高校の兄を持つ。兄は野球の才能があり努力家で、中学時代と現在の高校でもエースピッチャーで四番。
2022年12月9日
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