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【15 】優子。『王国のお姫様』を演じ、皆の度肝を抜く。和葉。『かわいい村娘』と『みすぼらしい村娘』を演じ度肝を抜く。
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双子の妹の保護者として、今年から共学になった女子高へ通う兄の話
東岡忠良(あずまおか・ただよし)
※この小説へのご意見・ご感想・誤字脱字・等がありましたら、お気軽にコメントして下さい。
お待ちしています。
──1──
課題の『王国のお姫様』というのは、月影先輩つまり部長の配慮だとも言えた。
相生優子の飛び抜けた容姿を、ぜひ演劇部で活躍させたいという、少々贔屓気味な気持ちが現れていた。
極端に言えば、お姫様なのだから、ただ立ったまま周りに手を振り、笑顔でいるだけでも充分なのである。
「では、一年三組の相生優子さん。課題は『王国のお姫様』で」
と言った月影部長はスケッチブックを高く上げてそれを一回転させた。
すると、優子が舞台の上手から出てきた。
出てきたのだが、
「優子。あの子、何で足と腕が同時に出てるの?」
と思わず和葉はつぶやいてしまった。
全員に雷(かみなり)に打たれたような衝撃が走った。
「確かに緊張はするでしょうけど、あれじゃロボットじゃない」
と言った和葉の言葉を聞いて、竜馬の頭の中では優子が歩くたびに『ジャキン、ジャキン』という擬音が響いた。
初っ端からいきなり危険な香りをムンムンさせ、優子は舞台の真ん中に辿り着いた。
この時点で誰がどう考えても、見ていられない空気感が漂った時だった。
「皆さん~。こんにちは~。王国の姫で~す」
と猫背で手を振り始めた。
月影先輩、和葉、竜馬、小夏、薫、春樹、そしてその場いた全員が『ガラスの仮面の白目』になった。
「ども~。どもどもども~」
とそれを続ける。
それでも月影先輩に取っては、優子は滅多にいない容姿端麗な逸材なのだろう。
「あ、相生さん。ちょっとアドバイスをしていいかしら?」
と声をかけると、
「ちょっとのアドバイスで何とかなるレベルじゃないと思うけど」
と和葉。
「相生さん、もしよかったら、背筋をまずピンと伸ばして、堂々とした姿勢になって、黙ったまま優雅にゆっくりと手を振ってくれるかしら」
と注文した。
「あ。はい。分かりました」
と優子はきちんと言われた通りに、姿勢を整え、無言でゆっくり手を振った。
「おお~! それよ! 相生さん、それでいいのよ!」
と月影先輩は絶賛する。
「一応、言われたことは何とか演技できるんだ」
と和葉。
黙って優子の演技を見ていた竜馬は、
「なんなんだろう? この理由の分からない緊張感は。優子さんの演技を見ていたら、とても不安になってくる……」
と言った。
「お兄ちゃん、その理由は簡単よ」
「え?」
「超ウルトラ大根役者だからよ」
とはっきり和葉は言った。
そしていつまでも、無言で手を振っている。
「指示しなければ、何もできない。というか、思いもつかないんでしょうね」
と和葉は言って、月影先輩を見た。
月影先輩はもう優子の演技を見ていなかった。スケッチブックを持つ左手と反対の右手で目頭を覆っていた。
「さすがの月影部長もお手上げってところかしら」
と和葉は何だか月影先輩が気の毒に思えてきた。
時間的には最も短いが、体感的に最も長く感じた優子の演技が終わった。
「私の演技はどうでしたか?」
と優子は月影先輩に聞いた。あの落ち着きのある月影先輩が動揺しながら、
「え? ええ! その後半は私の指示通りに演技してくれて良かったわよ」
と何とか無理矢理絞り出す感じで、そう言った。
「そうですか。ありがとうございます」
と鼻歌を歌いながら、舞台を去ろうとした時、月影先輩が小声で、
「ああ……。あれでは何もやらせる役がないわ……」
ととても残念そうに呟いた。それを聞いた和葉は、
「あのう。余計な意見かもしれませんが、優子が出来る唯一の役は、未来のロボットつまりアンドロイド役とかどうですか?」
と言った。
「ロボット役……。アンドロイドの役! なるほど!」
と見学の方に戻った優子に月影先輩は、
「ごめんなさい、相生さん。もう一度、演技をやってみてくれないかしら?」
少し驚いた様子で、
「はい。いいですけど?」
と優子は舞台裏を通らず、下手から舞台の中央に戻った。
「未来の、そうね」
と言ってスケッチブックに『未来の世界のメイドのアンドロイド』と書いて、それを高々と掲げた。
「『未来の世界のメイドのアンドロイド』? 何ですか、それは?」
「どう。難しい? ロボットの役よ。出来るかしら?」
「分かりました。やってみます」
と一度上手の方に下がってから出てくると、やっぱり緊張からか手足を同時に出しながら歩いてきた。
「おお~!」と月影先輩は嬉しそうだ。
舞台中央にたどり着くと、
「ワタシはロボットのメイド。御主人様、お飲み物でもお持ちしましょうか?」
と無表情で言った。
「おお! そうそう!」と月影先輩。
「部長さん、嬉しそうね」と和葉。
優子は延々とお茶を入れる仕草をしているが、それがとてもぎこちなくて、どう見てもメイドのロボットがやっているように見えて来てしまうのだった。
「いいわ、いいわ。これよ、これ!」
と優子を何とか舞台で使えそうなメドが立った事が、余程嬉しいのか、
「いいわ。上手いわ。とてもロボット役が自然に出来ているわ」
と褒めた。
「ロボット役が自然に出来ているって」
と苦笑する竜馬。
「まあ、優子はロボット役しか出来ないけどね」
と和葉は言った。
演技が終わって、
「相生さん。もしよかったら演劇部に入部しない? 入部が嫌なら仮入部という形で、舞台発表がある時だけ、役者として出てくれるだけでもいいのよ」
と月影先輩は誘った。
「分かりました。出来そうな時はやらせてもらいます。でも……」
「でも、何かしら?」
「私、お姫様役とかがいいんですけど」
と言ったので、その場にいた全員が、
え!
という顔になったが、
「そ! そうなのね。分かったわ。ではロボットの国のお姫様とかどうかな?」
と月影先輩が絞り出したので、さすがに和葉は、
「プッ!」
と吹き出してしまった。
すると優子は、
「どうしてそんなに先輩は、私にロボット役をやらせたいのですか?」
と不思議そうに優子が返したので、見学者全員が吹き出してしまった。
「相生さん、ありがとう。とても個性的な演技だったわ」
にも和葉は反応し思わず、また吹き出した。
「では次、一年三組新屋敷和葉さん」
と月影先輩は言った。
「はい」と言いながら、和葉は急いで下手に消えて行った。
──2──
上手の舞台袖に和葉は立った。月影先輩からどういう課題が出るのか待ち構えていた。
「はあ~」とため息をつきながら月影先輩はスケッチブックに書き始めた。優子の大根演技が余程堪えたようだった。スケッチブックには、
『かわいい村娘』と書かれていた。
「これ、和葉と真逆じゃないかな」
と竜馬。
「あの子、上手く出来ないんじゃない」
と心配そうにする優子。
薫と春樹も心配そうに見つめている。
「一年三組新屋敷和葉。『かわいい村娘』をやりま~す」
と上手舞台袖から、いつもの気だるそうな言い方をして手を上げた。そして舞台に一歩踏み出した時だった。
「あら。おはようございます、スコットさん。今日はいい天気ですね」
と兄の竜馬が一度も聞いたことのない、快活で陽気な明るい表情と言い方であった。
「スコットさん。そちらの小麦畑の様子はどうですか? うちの畑の小麦はもうすぐ収穫なんですよ」
と身体を少し前屈みにした。
「助かります! またうちの収穫を手伝ってくれるんですか? 嬉しい。ではいつも通りにうちの畑が終わったら、スコットさんの畑の収穫も手伝いますね」
これには月影先輩は驚いた表情をした。
「ほお。これはなかなかね。というか居るはずのないスコットという人が、目の前にいるようだわ。それに一言も村に住んでいるとは言っていないのに、畑の話題ではっきりと村娘だと分かるわ」
と何度も頷いている。
「和葉のやつ、あんなに演技が上手かったのか」
と驚く竜馬。
「和葉さん、凄いですね。元々があんなに明るくて快活な人に見えてきました」
と中学時代から和葉を知っている薫が言った。
「まあ。あれよね。なかなかやるわね。まあでも、私のロボットメイドの演技に比べたらまだまだよね」
と強がる優子。
和葉の見事な演技は続く。
「その日のお昼には、このカレンがお弁当を作っていきますね」
そして誰もいない空間に向かって「うんうん」と頷き、
「やだあ~。スコットさんたら。私なんて料理はまだまだなんですよ。うちのお母さんに比べたらね」
と言い、少し頭を傾げて満面の笑みを見せた。
竜馬と春樹以外は全員女子学生なのだが、その和葉の仕草と喋り方に、
「あの子、可愛いわ」
「よく見たら凄く美人じゃない」
と言う話し声が聞こえた。
竜馬に取って和葉は妹であり、素の和葉を嫌というほど知っているので、舞台上の和葉は演技によって魅力が増していることは分かってはいるのだが、それでも可愛くて美人で魅力的に見えていた。
その証拠に春樹が、
「和葉さんってあんなに可愛くて素敵な人だったんだね」
と頬を赤らめて見ていた。
月影先輩は手を一つ叩き、
「はい! 止め! 新屋敷和葉さん、ちょっと無理を言っていいかしら?」
と演技を止めて話しかけた。
「何でしょう? 先輩……」
と一瞬で元の気だるそうな和葉に戻った。
「これ、今から出来るかしら?」
とスケッチブックに何かを書き始め、それを高々と掲げた。そこには!
『みすぼらしい村娘』と書かれていて、それが月影先輩の頭上で一回転した。
和葉はそれを見ると、
「ヘヘッ」と呟いたかと思うと、
「お早うございますだ、スコットさん。あんれまあ、今から畑仕事ですけえ~。スコットさんは働き者ですなあ~」
と身体を丸め、先程とは打って変わって、目は死んだ魚のように輝きがない。
独り舞台を見ているみたいね。
さっきの『かわいい村娘』の方がよかったわ。
凄いんじゃないかしら。まるで別人だわ。
凝視していた月影先輩の口から思わず、
「おお!」
と言う感嘆の声が出た。
「ス、スコットさん! おらあ、スコットさんのためにお弁当を作ってあげてぇだ。だからその……。明日の畑仕事はあたいも手伝いに行かせてもらいてえ……」
と言うと、視線を右から左へ流した。
「何度言っても、挨拶以外はあたいを相手にしてくれねえ……。スコットさんはあたいよりも、美人のカレンが好きなんだぁ……」
と語尾が小声になると、
「あたいは……。あたいは……。確かに家が貧乏で見すぼらしくて、気立ても悪いけんど!」
と言うと、その場に膝から崩れ落ち、
「あたいは何も分からねえんだ! 頭も悪くて学校で習うことのほとんどが分からねえ……。だから学校も行がなくなった。だからますます、何も分からなくなっただ……。だども!」
と顔を上に向け、
「あたいは、好きなんだあ~。スコットさんのことが、本当に本当に好きなんだあ~!ああ~!」
と舞台の床に伏せて泣き出した。
その様子を見ていた一部の女生徒からは、すすり泣く声がした。
「凄いわ。ただの演劇部の遊びのオーディションなのに、見ている生徒がその見事な演技に入り込んでしまっている」
と月影先輩は呟いた。
そんな時だった。
「そうだったのね。でも心配しないで。この私がスコットさんとの間を取り持ってあげるわ!」
と突然、相生優子が舞台真ん中にやって来て、うつ伏せて泣いている和葉に声をかけた。
すると、さすがに素に戻った和葉が顔を上げて、
「は? 何を言っているの? 優子?」
と不思議そうに優子を見つめた。
「は? 何を言っているの? 和葉?」
と一瞬二人は止まり、そこに居る全員が、
「……」
という状態になった。
「え? もしかして、今のって演技?」
と優子。
「それ以外に何に見えたの? 優子?」
と和葉。
「え! あなた、この学校にスコットという好きな男の人がいて、その人と何とか仲良くしたかったんじゃないの?」
と優子は言いながら、
「あ! でもおかしいわね。入学してから和葉の口から今までスコットって人の話題は一度もないし……。これってもしかして演劇部のオーディションの演技だったの?」
と和葉の熱演を止めてしまった自分に慌てだした。
「優子。それ以外に何があるの? これじゃあ、私のオーディションはメチャメチャじゃないの」
とため息をついた。
すると見ていた観客らや演劇部員らから、笑いが起きた。
「あああ……」
と優子は恐る恐る、月影先輩の顔を見つめた。すると、
「あははは! いいわよ、相生さん。あなたは新屋敷さんの演技を見て、本気になってしまったのね」
と顔を真っ赤にした優子に優しく声をかけた。
「最近は映画やテレビがあるから、眼の前で演技を見ても、それが実際のことだと思う人はほとんどいないけど、映画やテレビがなかった時代には、舞台の演技を見た観客が、本気にしてしまった事があったと、本で読んだ事があるわ」
と優子の側に行き、右手で左肩を軽く叩いた。
「演技を見て、落ち込んだお友達を助けようという、相生さんの優しい気持ちがとてもよく伝わってきたわ」
と両肩をポンポンと軽く叩いた。
「……ごめんなさい。私、和葉はもちろん、見ている皆さんにも迷惑かけちゃって……」
と優子は涙ぐんだ。
「私は別にいいわよ。もう少し演技をしてみたかったけど、私の演技はあんな感じよ。優子は気にしないで」
と和葉は俯く優子のお尻を揉むように触った。
「キャッ! ちょ、ちょっと、どこ触っているのよ!」
といつもの優子らしい声になった。
月影先輩は優しく微笑んで、
「二人共、いい子ね。それと全員のオーディションが終わったら、二人に話があるから待っていて欲しいわ」
と言った。
瀬川薫には『小学五年の女の子』がリクエストされた。薫はそれを無難に演じた。
園田春樹には『森の小人』がリクエストされた。春樹は意外と演技力があり、
「あなた、なかなか上手ね」
と月影先輩から褒められていた。
「春樹君って演技、上手かったんたね。ちょっと驚いたわ」
と和葉が言うと、
「そ~だね~。でももう少し背が高くないと、王子様とかは出来ないねえ~」
と小夏は言った。
「小夏ちゃん、容赦ないね」
とさすがの和葉も少し引いていた。
──3──
全員のオーディションが終わり、
「皆さんの貴重なお時間を使わせて頂いてのオーディションが終わりました。ご参加をありがとうございます」
と月影先輩は丁寧に頭を下げた。
「もし、演劇に興味があるなら入部をお願いします。もしくは入部しなくても発表会や文化祭の時に参加してくれる仮入部でも構いません。ぜひ、手伝って頂きたいわ」
と部活見学終了の挨拶を終えた。
何人かの女子生徒が入部の手続きをしている横で、
「どうかしら? もし良かったらお友達六人全員で、演劇部に入らない?」
と月影先輩は誘ってくれた。
「まずはさっき『森の小人』を演じてくれた園田春樹君。どうかしら? 入ってはくれないかしら? この学校は去年までは男子がいなかったから、入ってくれるととても助かるんだけど?」
「お誘い、ありがとうございます。でもボク、料理が好きなので、出来たら料理部に入りたいんです」
と申し訳なさそうに言った。
「あら。そうなのね。それは残念だわ」
と言い、
「じゃあ、『小学五年の女の子』を演じてくれた瀬川薫さん。あなたはどうかしら? 演劇に興味はない?」
「私なんかにお声をかけて下さってありがとうございます。でも私、部活はやりたいんですけど、家の事情で放課後や休日に時間が取れないことが多くて……」
「あら。そうなのね。それは残念だわ」
と言い、
「では『憧れの男性を思う娘』三上小夏さん。あなたはどうかしら? 演劇に興味はないかしら?」
すると後ろ頭を掻きながら、
「ごめんなさい、先輩~。私、スポーツ推薦で如月高校に入学したんで、絶対に陸上部に入部しないといけないんです……」
「あら。そうなのね。それは残念だわ」
と言い、
「では『王国のお姫様』と『未来の世界のメイドのアンドロイド』を演じてくれた相生優子さん。あなたはどうかしら? 演劇に興味はない?」
と言った。
「う~ん」としばらく考えた後、
「私、みんなと出来るだけ同じ部活に入りたいと思っているので、少し保留にして下さい」
と優子は言った。
「え! 自主性ゼロじゃない」
と和葉。
「だって私、クラブ活動なんてやった事ないから、出来たらみんなと一緒がいいのよ」
とチラッと竜馬の方を見た。
「あのロボット演技でも誘ってくれる月影先輩に感謝しないといけないのに、偉そうに保留だなんで相変わらず図々しいわね」
と和葉は優子を見つめた。
「だって、私、みんなと一緒がやっぱりいいし」
と少し頬を赤らめながら言った。
「みんな、ね」
と言いつつ、兄の竜馬を見た。
「優子さんは仲間意識が強いんだよ」
と竜馬が言うと、
「そうよね。きっとそうだわ。鈍いから」
と和葉は兄の顔を見つめ、ため息をついた。
月影先輩もその優子の向ける、竜馬への熱い視線に気づいて、
「分かったわ。では相生さんは最後に聞きますね」
と和葉の前に立った。
「『かわいい村娘』と『みすぼらしい村娘』を見事に演じてくれた新屋敷和葉さん。あなたはどうかしら? 演劇に興味はない? というかぜひ、入ってもらいたいわ! あなたの演技は素晴らしかったわ。発表会と文化祭の時だけでもいいわ。お願いよ」
と熱く勧誘してきた。
和葉は少し考えて、
「私、大体何でも上手くやれる方なんですけど、まさか自分の演技を褒められるとは、想像もしていませんでした」
と言う和葉に、
「自分で自分の事を『私、大体何でも上手くやれる方』って言うんだ……」
と竜馬は妹に苦笑し、
「でも実際にそうなんだけどね」
と呟いた。
「新屋敷さん! あなたには演劇の才能があるわ。それも人を引きつける素晴らしい才能よ! その上、ルックスだっていい。ぜひ、演劇部に入ってその才能を伸ばして欲しいわ!」
と和葉の手を握って、顔を近づけた。
「月影先輩! 熱心なお誘いをありがとうございます。でも私、部活には入らないつもりなんです」
「えっ!」と月影先輩。
「えっ!」と他の五人。
「私は将来、医師になるつもりなので、しっかり勉強をして、合間にブラック・ジャックを熟読したいんです」
と和葉にしては熱を込めて話した。
「これだけの才能を持ちながら……。ああ……。でも人生の目的をもうお持ちなのね……」
と月影先輩はとても残念そうに俯いた。
「分かったわ。でもせめて発表会や文化祭は手伝って欲しいわ」
と懇願したが、
「ごめんなさい。先輩。私は無理です」
と和葉はあっさりと断った。
「そっか。和葉が断るなら、私も辞めておきます」
と優子が続いた。
「まあ、二人共、残念だわ……」
と深いため息をついて、竜馬の側に行った。
「では『二股している男』を演じてくれた新屋敷竜馬君。君はどうかしら? 演劇に興味はない? というか、男性のあなたには入部は無理でも、その身長とルックスで、どうでも舞台を手伝って欲しいの」
と誰よりも熱い勧誘が始まった。
「え!」とたじろぐ竜馬。
「あなたを見ていると、王子やヒーローにまさにピッタリなのよ! どうかしら? 時間がある時だけでいいから? ね!」
と熱い。
「いや、その……。まあ、確かに僕はどこの部活にしようか迷ってはいますけど、演劇部みたいに目立つ部活はちょっと。そうだ、裏方やスタッフなら大丈夫ですけど」
と照れながら言った。
「あら。演劇部に入部してくる人達のほとんどは、舞台に立ちたくて来ているのに、あなたは主役級の役よりも裏方を希望するなんて」
と不思議な生き物でも見つけたような表情をした。
「それに舞台だと、もし失敗したら皆さんに迷惑をかけてしまいそうで」
と竜馬は後ろ頭を掻いた。
少し間を置いて、月影先輩は言った。
「舞台や演劇に失敗は付き物よ。怖がっていたら何も出来ないわ。それに失敗してもいいの。そのために私達、上級生がいるのだから」
すると、月影先輩の後ろにいる上級生の女生徒らが、大きく頷いた。
「部活はプロの場じゃないわ。学校によっては厳しい上下関係や練習をする学校もあるでしょう。でもこの如月学園は違うわ。みんなで楽しく、そして卒業する時は少しでも上達するというのが目標よ」
「先輩……」と竜馬。
「新屋敷竜馬君。どうかしら? 私達はあなたのような男子生徒を必要としているの。昨年までは背の高い女生徒に、無理を言って男役をお願いしていたけど、そういう事はなくしていきたいと思っていたのよ。宝塚じゃないのだから」
と説明が理にかなっていた。
五人はそんな竜馬を見つめていた。
特にその様子を気にしながら見ていたのは和葉だった。なんせ、もし仮に竜馬が演劇部で遅くなるなら、ひたすら待つというのは性分に合わない。和葉も自動的に演劇部を手伝わないといけなくなるからだった。
竜馬は少し考えて、
「分かりました。普段は参加出来ませんが、緊急時や困った時に声をかけて下さい。出来るだけやらせて頂きます」
と言ったから、和葉と優子は驚いてしまった。
「ちょっと、お兄ちゃん、そんな安請け合いをして大丈夫なの?」
と和葉。
「だって男子の参加がダメな舞台ならともかく、別に禁止されていないのに、男がいないなんてやっぱり不自然だと思うんだよね」
「確かにお兄ちゃんの言う通りなんだけどさ」
と和葉が困惑していると、
「では新屋敷君、申し訳ないんだけど、仮入部という形を取らせて頂くわ。もちろん、長身の男子を必要としない舞台には、参加しなくて大丈夫よ。でもどうしても必要になった時は、声をかけさせてもらうわ」
と月影先輩は嬉しそうに言った。
月影先輩は入部届けに『仮』の文字を継ぎ足して、
「ではここに名前を書いてくれるかしら」
と竜馬の前に差し出した。
その様子を見ながら、
「そんなの、無理矢理にでも長身男子を出す脚本を用意するにきまってんじゃん」
とお人好しの兄を見つめながら和葉は愚痴った。
竜馬が仮入部届に名前を書き終わると、それを受け取った月影先輩は、
「ありがとう、新屋敷竜馬君!」
と仮入部届の付いたクリップボードを持ったまま、竜馬に抱きついた。
「ちょ! 先輩!」
と焦る竜馬。
「ちょっと! 何、やっているんですか!」
と和葉と優子が同時に叫んだ。
「あら、ごめんなさい。つい嬉しくて」
と二人を見た。
和葉は、
「月影先輩に質問です」
「? 何かしら?」
「というか、もうお兄ちゃんから離れて下さい!」
「あら。焼いてるの? 妹さん。兄妹揃って可愛いわ」
と今度は和葉に抱きついた。
「ちょ! ちょっと! 先輩、やめて……。はっ!」
と和葉の顔に衝撃が走った。
「月影先輩! 先輩のバストサイズを教えて下さい!」
「え?」と困惑する月影先輩。
「いいから教えて下さい! お願いします!」
と抱きついている先輩を凝視した。
月影先輩は和葉から離れて、
「ええっと。よく分からないけど、Gカップだけど」
「Gカップ!」
和葉はその場に膝から崩れ落ち、
「Gカップ……。まさかのサイズ被り……」
と謎の絶望感を醸し出していた。
だが、立ち上がり、
「分かりました。では私も仮入部します。私とお兄ちゃんは一緒に帰らないといけないので」
と仮入部届を用意してもらって『新屋敷和葉』と書き込んだ。
「なら、私も仮入部します!」
と優子も手を上げた。
竜馬と和葉と優子の三人は、舞台で合う配役がある時だけ、演劇部に参加することが決定した。
つづく。
2022年10月18日
※当サイトの内容、テキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
また、まとめサイト等への引用をする場合は無断ではなく、こちらへお知らせ下さい。許可するかを判断致します。
東岡忠良(あずまおか・ただよし)
※この小説へのご意見・ご感想・誤字脱字・等がありましたら、お気軽にコメントして下さい。
お待ちしています。
──1──
課題の『王国のお姫様』というのは、月影先輩つまり部長の配慮だとも言えた。
相生優子の飛び抜けた容姿を、ぜひ演劇部で活躍させたいという、少々贔屓気味な気持ちが現れていた。
極端に言えば、お姫様なのだから、ただ立ったまま周りに手を振り、笑顔でいるだけでも充分なのである。
「では、一年三組の相生優子さん。課題は『王国のお姫様』で」
と言った月影部長はスケッチブックを高く上げてそれを一回転させた。
すると、優子が舞台の上手から出てきた。
出てきたのだが、
「優子。あの子、何で足と腕が同時に出てるの?」
と思わず和葉はつぶやいてしまった。
全員に雷(かみなり)に打たれたような衝撃が走った。
「確かに緊張はするでしょうけど、あれじゃロボットじゃない」
と言った和葉の言葉を聞いて、竜馬の頭の中では優子が歩くたびに『ジャキン、ジャキン』という擬音が響いた。
初っ端からいきなり危険な香りをムンムンさせ、優子は舞台の真ん中に辿り着いた。
この時点で誰がどう考えても、見ていられない空気感が漂った時だった。
「皆さん~。こんにちは~。王国の姫で~す」
と猫背で手を振り始めた。
月影先輩、和葉、竜馬、小夏、薫、春樹、そしてその場いた全員が『ガラスの仮面の白目』になった。
「ども~。どもどもども~」
とそれを続ける。
それでも月影先輩に取っては、優子は滅多にいない容姿端麗な逸材なのだろう。
「あ、相生さん。ちょっとアドバイスをしていいかしら?」
と声をかけると、
「ちょっとのアドバイスで何とかなるレベルじゃないと思うけど」
と和葉。
「相生さん、もしよかったら、背筋をまずピンと伸ばして、堂々とした姿勢になって、黙ったまま優雅にゆっくりと手を振ってくれるかしら」
と注文した。
「あ。はい。分かりました」
と優子はきちんと言われた通りに、姿勢を整え、無言でゆっくり手を振った。
「おお~! それよ! 相生さん、それでいいのよ!」
と月影先輩は絶賛する。
「一応、言われたことは何とか演技できるんだ」
と和葉。
黙って優子の演技を見ていた竜馬は、
「なんなんだろう? この理由の分からない緊張感は。優子さんの演技を見ていたら、とても不安になってくる……」
と言った。
「お兄ちゃん、その理由は簡単よ」
「え?」
「超ウルトラ大根役者だからよ」
とはっきり和葉は言った。
そしていつまでも、無言で手を振っている。
「指示しなければ、何もできない。というか、思いもつかないんでしょうね」
と和葉は言って、月影先輩を見た。
月影先輩はもう優子の演技を見ていなかった。スケッチブックを持つ左手と反対の右手で目頭を覆っていた。
「さすがの月影部長もお手上げってところかしら」
と和葉は何だか月影先輩が気の毒に思えてきた。
時間的には最も短いが、体感的に最も長く感じた優子の演技が終わった。
「私の演技はどうでしたか?」
と優子は月影先輩に聞いた。あの落ち着きのある月影先輩が動揺しながら、
「え? ええ! その後半は私の指示通りに演技してくれて良かったわよ」
と何とか無理矢理絞り出す感じで、そう言った。
「そうですか。ありがとうございます」
と鼻歌を歌いながら、舞台を去ろうとした時、月影先輩が小声で、
「ああ……。あれでは何もやらせる役がないわ……」
ととても残念そうに呟いた。それを聞いた和葉は、
「あのう。余計な意見かもしれませんが、優子が出来る唯一の役は、未来のロボットつまりアンドロイド役とかどうですか?」
と言った。
「ロボット役……。アンドロイドの役! なるほど!」
と見学の方に戻った優子に月影先輩は、
「ごめんなさい、相生さん。もう一度、演技をやってみてくれないかしら?」
少し驚いた様子で、
「はい。いいですけど?」
と優子は舞台裏を通らず、下手から舞台の中央に戻った。
「未来の、そうね」
と言ってスケッチブックに『未来の世界のメイドのアンドロイド』と書いて、それを高々と掲げた。
「『未来の世界のメイドのアンドロイド』? 何ですか、それは?」
「どう。難しい? ロボットの役よ。出来るかしら?」
「分かりました。やってみます」
と一度上手の方に下がってから出てくると、やっぱり緊張からか手足を同時に出しながら歩いてきた。
「おお~!」と月影先輩は嬉しそうだ。
舞台中央にたどり着くと、
「ワタシはロボットのメイド。御主人様、お飲み物でもお持ちしましょうか?」
と無表情で言った。
「おお! そうそう!」と月影先輩。
「部長さん、嬉しそうね」と和葉。
優子は延々とお茶を入れる仕草をしているが、それがとてもぎこちなくて、どう見てもメイドのロボットがやっているように見えて来てしまうのだった。
「いいわ、いいわ。これよ、これ!」
と優子を何とか舞台で使えそうなメドが立った事が、余程嬉しいのか、
「いいわ。上手いわ。とてもロボット役が自然に出来ているわ」
と褒めた。
「ロボット役が自然に出来ているって」
と苦笑する竜馬。
「まあ、優子はロボット役しか出来ないけどね」
と和葉は言った。
演技が終わって、
「相生さん。もしよかったら演劇部に入部しない? 入部が嫌なら仮入部という形で、舞台発表がある時だけ、役者として出てくれるだけでもいいのよ」
と月影先輩は誘った。
「分かりました。出来そうな時はやらせてもらいます。でも……」
「でも、何かしら?」
「私、お姫様役とかがいいんですけど」
と言ったので、その場にいた全員が、
え!
という顔になったが、
「そ! そうなのね。分かったわ。ではロボットの国のお姫様とかどうかな?」
と月影先輩が絞り出したので、さすがに和葉は、
「プッ!」
と吹き出してしまった。
すると優子は、
「どうしてそんなに先輩は、私にロボット役をやらせたいのですか?」
と不思議そうに優子が返したので、見学者全員が吹き出してしまった。
「相生さん、ありがとう。とても個性的な演技だったわ」
にも和葉は反応し思わず、また吹き出した。
「では次、一年三組新屋敷和葉さん」
と月影先輩は言った。
「はい」と言いながら、和葉は急いで下手に消えて行った。
──2──
上手の舞台袖に和葉は立った。月影先輩からどういう課題が出るのか待ち構えていた。
「はあ~」とため息をつきながら月影先輩はスケッチブックに書き始めた。優子の大根演技が余程堪えたようだった。スケッチブックには、
『かわいい村娘』と書かれていた。
「これ、和葉と真逆じゃないかな」
と竜馬。
「あの子、上手く出来ないんじゃない」
と心配そうにする優子。
薫と春樹も心配そうに見つめている。
「一年三組新屋敷和葉。『かわいい村娘』をやりま~す」
と上手舞台袖から、いつもの気だるそうな言い方をして手を上げた。そして舞台に一歩踏み出した時だった。
「あら。おはようございます、スコットさん。今日はいい天気ですね」
と兄の竜馬が一度も聞いたことのない、快活で陽気な明るい表情と言い方であった。
「スコットさん。そちらの小麦畑の様子はどうですか? うちの畑の小麦はもうすぐ収穫なんですよ」
と身体を少し前屈みにした。
「助かります! またうちの収穫を手伝ってくれるんですか? 嬉しい。ではいつも通りにうちの畑が終わったら、スコットさんの畑の収穫も手伝いますね」
これには月影先輩は驚いた表情をした。
「ほお。これはなかなかね。というか居るはずのないスコットという人が、目の前にいるようだわ。それに一言も村に住んでいるとは言っていないのに、畑の話題ではっきりと村娘だと分かるわ」
と何度も頷いている。
「和葉のやつ、あんなに演技が上手かったのか」
と驚く竜馬。
「和葉さん、凄いですね。元々があんなに明るくて快活な人に見えてきました」
と中学時代から和葉を知っている薫が言った。
「まあ。あれよね。なかなかやるわね。まあでも、私のロボットメイドの演技に比べたらまだまだよね」
と強がる優子。
和葉の見事な演技は続く。
「その日のお昼には、このカレンがお弁当を作っていきますね」
そして誰もいない空間に向かって「うんうん」と頷き、
「やだあ~。スコットさんたら。私なんて料理はまだまだなんですよ。うちのお母さんに比べたらね」
と言い、少し頭を傾げて満面の笑みを見せた。
竜馬と春樹以外は全員女子学生なのだが、その和葉の仕草と喋り方に、
「あの子、可愛いわ」
「よく見たら凄く美人じゃない」
と言う話し声が聞こえた。
竜馬に取って和葉は妹であり、素の和葉を嫌というほど知っているので、舞台上の和葉は演技によって魅力が増していることは分かってはいるのだが、それでも可愛くて美人で魅力的に見えていた。
その証拠に春樹が、
「和葉さんってあんなに可愛くて素敵な人だったんだね」
と頬を赤らめて見ていた。
月影先輩は手を一つ叩き、
「はい! 止め! 新屋敷和葉さん、ちょっと無理を言っていいかしら?」
と演技を止めて話しかけた。
「何でしょう? 先輩……」
と一瞬で元の気だるそうな和葉に戻った。
「これ、今から出来るかしら?」
とスケッチブックに何かを書き始め、それを高々と掲げた。そこには!
『みすぼらしい村娘』と書かれていて、それが月影先輩の頭上で一回転した。
和葉はそれを見ると、
「ヘヘッ」と呟いたかと思うと、
「お早うございますだ、スコットさん。あんれまあ、今から畑仕事ですけえ~。スコットさんは働き者ですなあ~」
と身体を丸め、先程とは打って変わって、目は死んだ魚のように輝きがない。
独り舞台を見ているみたいね。
さっきの『かわいい村娘』の方がよかったわ。
凄いんじゃないかしら。まるで別人だわ。
凝視していた月影先輩の口から思わず、
「おお!」
と言う感嘆の声が出た。
「ス、スコットさん! おらあ、スコットさんのためにお弁当を作ってあげてぇだ。だからその……。明日の畑仕事はあたいも手伝いに行かせてもらいてえ……」
と言うと、視線を右から左へ流した。
「何度言っても、挨拶以外はあたいを相手にしてくれねえ……。スコットさんはあたいよりも、美人のカレンが好きなんだぁ……」
と語尾が小声になると、
「あたいは……。あたいは……。確かに家が貧乏で見すぼらしくて、気立ても悪いけんど!」
と言うと、その場に膝から崩れ落ち、
「あたいは何も分からねえんだ! 頭も悪くて学校で習うことのほとんどが分からねえ……。だから学校も行がなくなった。だからますます、何も分からなくなっただ……。だども!」
と顔を上に向け、
「あたいは、好きなんだあ~。スコットさんのことが、本当に本当に好きなんだあ~!ああ~!」
と舞台の床に伏せて泣き出した。
その様子を見ていた一部の女生徒からは、すすり泣く声がした。
「凄いわ。ただの演劇部の遊びのオーディションなのに、見ている生徒がその見事な演技に入り込んでしまっている」
と月影先輩は呟いた。
そんな時だった。
「そうだったのね。でも心配しないで。この私がスコットさんとの間を取り持ってあげるわ!」
と突然、相生優子が舞台真ん中にやって来て、うつ伏せて泣いている和葉に声をかけた。
すると、さすがに素に戻った和葉が顔を上げて、
「は? 何を言っているの? 優子?」
と不思議そうに優子を見つめた。
「は? 何を言っているの? 和葉?」
と一瞬二人は止まり、そこに居る全員が、
「……」
という状態になった。
「え? もしかして、今のって演技?」
と優子。
「それ以外に何に見えたの? 優子?」
と和葉。
「え! あなた、この学校にスコットという好きな男の人がいて、その人と何とか仲良くしたかったんじゃないの?」
と優子は言いながら、
「あ! でもおかしいわね。入学してから和葉の口から今までスコットって人の話題は一度もないし……。これってもしかして演劇部のオーディションの演技だったの?」
と和葉の熱演を止めてしまった自分に慌てだした。
「優子。それ以外に何があるの? これじゃあ、私のオーディションはメチャメチャじゃないの」
とため息をついた。
すると見ていた観客らや演劇部員らから、笑いが起きた。
「あああ……」
と優子は恐る恐る、月影先輩の顔を見つめた。すると、
「あははは! いいわよ、相生さん。あなたは新屋敷さんの演技を見て、本気になってしまったのね」
と顔を真っ赤にした優子に優しく声をかけた。
「最近は映画やテレビがあるから、眼の前で演技を見ても、それが実際のことだと思う人はほとんどいないけど、映画やテレビがなかった時代には、舞台の演技を見た観客が、本気にしてしまった事があったと、本で読んだ事があるわ」
と優子の側に行き、右手で左肩を軽く叩いた。
「演技を見て、落ち込んだお友達を助けようという、相生さんの優しい気持ちがとてもよく伝わってきたわ」
と両肩をポンポンと軽く叩いた。
「……ごめんなさい。私、和葉はもちろん、見ている皆さんにも迷惑かけちゃって……」
と優子は涙ぐんだ。
「私は別にいいわよ。もう少し演技をしてみたかったけど、私の演技はあんな感じよ。優子は気にしないで」
と和葉は俯く優子のお尻を揉むように触った。
「キャッ! ちょ、ちょっと、どこ触っているのよ!」
といつもの優子らしい声になった。
月影先輩は優しく微笑んで、
「二人共、いい子ね。それと全員のオーディションが終わったら、二人に話があるから待っていて欲しいわ」
と言った。
瀬川薫には『小学五年の女の子』がリクエストされた。薫はそれを無難に演じた。
園田春樹には『森の小人』がリクエストされた。春樹は意外と演技力があり、
「あなた、なかなか上手ね」
と月影先輩から褒められていた。
「春樹君って演技、上手かったんたね。ちょっと驚いたわ」
と和葉が言うと、
「そ~だね~。でももう少し背が高くないと、王子様とかは出来ないねえ~」
と小夏は言った。
「小夏ちゃん、容赦ないね」
とさすがの和葉も少し引いていた。
──3──
全員のオーディションが終わり、
「皆さんの貴重なお時間を使わせて頂いてのオーディションが終わりました。ご参加をありがとうございます」
と月影先輩は丁寧に頭を下げた。
「もし、演劇に興味があるなら入部をお願いします。もしくは入部しなくても発表会や文化祭の時に参加してくれる仮入部でも構いません。ぜひ、手伝って頂きたいわ」
と部活見学終了の挨拶を終えた。
何人かの女子生徒が入部の手続きをしている横で、
「どうかしら? もし良かったらお友達六人全員で、演劇部に入らない?」
と月影先輩は誘ってくれた。
「まずはさっき『森の小人』を演じてくれた園田春樹君。どうかしら? 入ってはくれないかしら? この学校は去年までは男子がいなかったから、入ってくれるととても助かるんだけど?」
「お誘い、ありがとうございます。でもボク、料理が好きなので、出来たら料理部に入りたいんです」
と申し訳なさそうに言った。
「あら。そうなのね。それは残念だわ」
と言い、
「じゃあ、『小学五年の女の子』を演じてくれた瀬川薫さん。あなたはどうかしら? 演劇に興味はない?」
「私なんかにお声をかけて下さってありがとうございます。でも私、部活はやりたいんですけど、家の事情で放課後や休日に時間が取れないことが多くて……」
「あら。そうなのね。それは残念だわ」
と言い、
「では『憧れの男性を思う娘』三上小夏さん。あなたはどうかしら? 演劇に興味はないかしら?」
すると後ろ頭を掻きながら、
「ごめんなさい、先輩~。私、スポーツ推薦で如月高校に入学したんで、絶対に陸上部に入部しないといけないんです……」
「あら。そうなのね。それは残念だわ」
と言い、
「では『王国のお姫様』と『未来の世界のメイドのアンドロイド』を演じてくれた相生優子さん。あなたはどうかしら? 演劇に興味はない?」
と言った。
「う~ん」としばらく考えた後、
「私、みんなと出来るだけ同じ部活に入りたいと思っているので、少し保留にして下さい」
と優子は言った。
「え! 自主性ゼロじゃない」
と和葉。
「だって私、クラブ活動なんてやった事ないから、出来たらみんなと一緒がいいのよ」
とチラッと竜馬の方を見た。
「あのロボット演技でも誘ってくれる月影先輩に感謝しないといけないのに、偉そうに保留だなんで相変わらず図々しいわね」
と和葉は優子を見つめた。
「だって、私、みんなと一緒がやっぱりいいし」
と少し頬を赤らめながら言った。
「みんな、ね」
と言いつつ、兄の竜馬を見た。
「優子さんは仲間意識が強いんだよ」
と竜馬が言うと、
「そうよね。きっとそうだわ。鈍いから」
と和葉は兄の顔を見つめ、ため息をついた。
月影先輩もその優子の向ける、竜馬への熱い視線に気づいて、
「分かったわ。では相生さんは最後に聞きますね」
と和葉の前に立った。
「『かわいい村娘』と『みすぼらしい村娘』を見事に演じてくれた新屋敷和葉さん。あなたはどうかしら? 演劇に興味はない? というかぜひ、入ってもらいたいわ! あなたの演技は素晴らしかったわ。発表会と文化祭の時だけでもいいわ。お願いよ」
と熱く勧誘してきた。
和葉は少し考えて、
「私、大体何でも上手くやれる方なんですけど、まさか自分の演技を褒められるとは、想像もしていませんでした」
と言う和葉に、
「自分で自分の事を『私、大体何でも上手くやれる方』って言うんだ……」
と竜馬は妹に苦笑し、
「でも実際にそうなんだけどね」
と呟いた。
「新屋敷さん! あなたには演劇の才能があるわ。それも人を引きつける素晴らしい才能よ! その上、ルックスだっていい。ぜひ、演劇部に入ってその才能を伸ばして欲しいわ!」
と和葉の手を握って、顔を近づけた。
「月影先輩! 熱心なお誘いをありがとうございます。でも私、部活には入らないつもりなんです」
「えっ!」と月影先輩。
「えっ!」と他の五人。
「私は将来、医師になるつもりなので、しっかり勉強をして、合間にブラック・ジャックを熟読したいんです」
と和葉にしては熱を込めて話した。
「これだけの才能を持ちながら……。ああ……。でも人生の目的をもうお持ちなのね……」
と月影先輩はとても残念そうに俯いた。
「分かったわ。でもせめて発表会や文化祭は手伝って欲しいわ」
と懇願したが、
「ごめんなさい。先輩。私は無理です」
と和葉はあっさりと断った。
「そっか。和葉が断るなら、私も辞めておきます」
と優子が続いた。
「まあ、二人共、残念だわ……」
と深いため息をついて、竜馬の側に行った。
「では『二股している男』を演じてくれた新屋敷竜馬君。君はどうかしら? 演劇に興味はない? というか、男性のあなたには入部は無理でも、その身長とルックスで、どうでも舞台を手伝って欲しいの」
と誰よりも熱い勧誘が始まった。
「え!」とたじろぐ竜馬。
「あなたを見ていると、王子やヒーローにまさにピッタリなのよ! どうかしら? 時間がある時だけでいいから? ね!」
と熱い。
「いや、その……。まあ、確かに僕はどこの部活にしようか迷ってはいますけど、演劇部みたいに目立つ部活はちょっと。そうだ、裏方やスタッフなら大丈夫ですけど」
と照れながら言った。
「あら。演劇部に入部してくる人達のほとんどは、舞台に立ちたくて来ているのに、あなたは主役級の役よりも裏方を希望するなんて」
と不思議な生き物でも見つけたような表情をした。
「それに舞台だと、もし失敗したら皆さんに迷惑をかけてしまいそうで」
と竜馬は後ろ頭を掻いた。
少し間を置いて、月影先輩は言った。
「舞台や演劇に失敗は付き物よ。怖がっていたら何も出来ないわ。それに失敗してもいいの。そのために私達、上級生がいるのだから」
すると、月影先輩の後ろにいる上級生の女生徒らが、大きく頷いた。
「部活はプロの場じゃないわ。学校によっては厳しい上下関係や練習をする学校もあるでしょう。でもこの如月学園は違うわ。みんなで楽しく、そして卒業する時は少しでも上達するというのが目標よ」
「先輩……」と竜馬。
「新屋敷竜馬君。どうかしら? 私達はあなたのような男子生徒を必要としているの。昨年までは背の高い女生徒に、無理を言って男役をお願いしていたけど、そういう事はなくしていきたいと思っていたのよ。宝塚じゃないのだから」
と説明が理にかなっていた。
五人はそんな竜馬を見つめていた。
特にその様子を気にしながら見ていたのは和葉だった。なんせ、もし仮に竜馬が演劇部で遅くなるなら、ひたすら待つというのは性分に合わない。和葉も自動的に演劇部を手伝わないといけなくなるからだった。
竜馬は少し考えて、
「分かりました。普段は参加出来ませんが、緊急時や困った時に声をかけて下さい。出来るだけやらせて頂きます」
と言ったから、和葉と優子は驚いてしまった。
「ちょっと、お兄ちゃん、そんな安請け合いをして大丈夫なの?」
と和葉。
「だって男子の参加がダメな舞台ならともかく、別に禁止されていないのに、男がいないなんてやっぱり不自然だと思うんだよね」
「確かにお兄ちゃんの言う通りなんだけどさ」
と和葉が困惑していると、
「では新屋敷君、申し訳ないんだけど、仮入部という形を取らせて頂くわ。もちろん、長身の男子を必要としない舞台には、参加しなくて大丈夫よ。でもどうしても必要になった時は、声をかけさせてもらうわ」
と月影先輩は嬉しそうに言った。
月影先輩は入部届けに『仮』の文字を継ぎ足して、
「ではここに名前を書いてくれるかしら」
と竜馬の前に差し出した。
その様子を見ながら、
「そんなの、無理矢理にでも長身男子を出す脚本を用意するにきまってんじゃん」
とお人好しの兄を見つめながら和葉は愚痴った。
竜馬が仮入部届に名前を書き終わると、それを受け取った月影先輩は、
「ありがとう、新屋敷竜馬君!」
と仮入部届の付いたクリップボードを持ったまま、竜馬に抱きついた。
「ちょ! 先輩!」
と焦る竜馬。
「ちょっと! 何、やっているんですか!」
と和葉と優子が同時に叫んだ。
「あら、ごめんなさい。つい嬉しくて」
と二人を見た。
和葉は、
「月影先輩に質問です」
「? 何かしら?」
「というか、もうお兄ちゃんから離れて下さい!」
「あら。焼いてるの? 妹さん。兄妹揃って可愛いわ」
と今度は和葉に抱きついた。
「ちょ! ちょっと! 先輩、やめて……。はっ!」
と和葉の顔に衝撃が走った。
「月影先輩! 先輩のバストサイズを教えて下さい!」
「え?」と困惑する月影先輩。
「いいから教えて下さい! お願いします!」
と抱きついている先輩を凝視した。
月影先輩は和葉から離れて、
「ええっと。よく分からないけど、Gカップだけど」
「Gカップ!」
和葉はその場に膝から崩れ落ち、
「Gカップ……。まさかのサイズ被り……」
と謎の絶望感を醸し出していた。
だが、立ち上がり、
「分かりました。では私も仮入部します。私とお兄ちゃんは一緒に帰らないといけないので」
と仮入部届を用意してもらって『新屋敷和葉』と書き込んだ。
「なら、私も仮入部します!」
と優子も手を上げた。
竜馬と和葉と優子の三人は、舞台で合う配役がある時だけ、演劇部に参加することが決定した。
つづく。
2022年10月18日
※当サイトの内容、テキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
また、まとめサイト等への引用をする場合は無断ではなく、こちらへお知らせ下さい。許可するかを判断致します。
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