双子の妹の保護者として、今年から共学になった女子高へ通う兄の話

東岡忠良

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【4】和葉。兄竜馬と相生優子の真似をする。

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双子の妹の保護者として、今年から共学になった女子高へ通う兄の話


                東岡忠良


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──1──

「……私は。どうしたのかしら……」
 相生さんの意識が戻って来ているようだった。僕は心の中で心底安堵した。
「よかった。気がついたようだね」
 まだ少し朦朧(もうろう)としている様子だが、
「新屋敷君……」
 と小さく呟くのが聞こえた。
「相生さん、大丈夫?」
 和葉も心配そうにしている。
 相生さん、相生さんとクラスメイトや前田先生が話しかけている。
 そして大きく目を見開くと、僕が相生さんの身体を支えていたことに、今気づいたようでとても慌てだした。
 すると、
「相生さん、大丈夫。お兄ちゃんは相生さんの肩と背中しか触っていないから」
 と言った。
「でも私、相生さんが気を失ったことを分からなかったので、いきなりお兄ちゃんが相生さんに抱きついたように見えちゃった」
 と和葉は相生さんに要らない情報を伝えたのだった。
「私もそう見えた!」
 と小夏も追い打ちをかける。
 終わった……。僕の高校生活が今、終わりを告げた。そう思った時だった。
「ありがとう。新屋敷君」
 と第一印象とは全く違う、優しく静かで穏やかにそう言われた。
 僕は「う、うん。何事もなくて本当によかった」と微笑んだ。
「本当によかったわ。私、危うくお兄ちゃんの人生が終わるところを目撃しちゃうところだったわ」
「おい、こら!」
 僕ら兄妹のやり取りを聞いた教室内のみんなから笑いが起きた。
 いやいや、笑い事じゃないよ、全く。
「竜ちゃんいきなり、この子に抱きついた訳じゃなかったんだね」
「当たり前だろう」
 小夏も分かってくれたようだ。
「ところでさあ」と川上小夏はもじもじと腰をくねらせる。
「? どうした? 背中が痒いのか?」
「ち! 違うわよ!」
「ならどうしたんだ、一体?」
「さっき、言っていた事なんだけどさあ~」
 これはヤバいと感じたが、
「ごめん。何か色々あり過ぎて何を言ったか忘れてしまったよ」
「えっ。そうなのね……」
 危ないところだった。もう少しで幼なじみを相手に限界まで恥ずかしい目に合うところだった。
「小夏ちゃん、大丈夫。私が全部覚えているから」
 と和葉がしゃしゃり出てきた。
「ちょ! 和葉!」
 和葉は自分の席から立ち上がる。
「単刀直入に聞くわ」
 と相生さんの真似をしたのだ。それもなかなかのクオリティである。
「それ、私? というか、私ってそんな感じ?」
 と相生さんは困惑している。すると、
 似てる、似てる。
 喋り方と雰囲気がゲキ似よ!
 とクラスから声が飛んだ。 
「お。おう」
 と今度は僕の真似。
「似てる! キャハハ!」
 と手を叩いて喜ぶ小夏。 
「川上小夏という女の子のことを、どう思っているの?」
 と真似て呼吸を不安定にする。物真似(ものまね)は和葉に取って、子供の頃からの得意な遊びなのだ。
「川上小夏ちゃんは」
「うんうん」
「可愛くて美人だ」
 と一人芝居いや落語かこれは。
「かっ! 可愛くて美人!」
 相生さんを真似た表情も上手い。
 真似をされている本物の相生さんの方が恥しそうにしている。
「相生さん、大丈夫?」
「大丈夫よ。……続けて」
 凄~い、ソックリ、と声が上がる。
「それで陸上をやっているから」
「いるから?」
「短いスカート姿がとても綺麗で」
「綺麗で……」
「ドキッとなるかな」
 言い終わると、和葉は倒れようとする。僕がボーッと立っていると、
「お兄ちゃん、支えて!」
「え?」
 すると、
「あれ~」
 と今度はわざとらしく、倒れようとした。僕は咄嗟に和葉を支えたが、
「あ。今、お尻と胸に微かに触れた」
 とウソをつく。
「触ってない! ウソを言うなよ!」
 そのやり取りを聞いたクラスのみんなと前田先生と小夏。そして元気のなかった相生さんもお腹を抱えて笑っている。
 そうか……。和葉はこうして全員を和ませて、いろいろあった気まずい雰囲気を吹き飛ばそうとしてくれたんだな。ありがとう、和葉……。
 と思った僕がバカだった。
「今回のハイライト!」
 と言いながら立ち上がる。
「川上小夏ちゃんは」
「可愛くて美人だ」
「それで陸上をやっているから」
「短いスカート姿がとても綺麗で」
「ドキッとなるかな」
 頼む! 頼むから止めてくれえ~!
 川上小夏は顔が真っ赤で、相生優子はまたショックを受けているようだ。僕はただただ、慌てるばかりである。
 
──2──

「は~い。楽しい時間はお仕舞(おしま)い。さあ、みんな帰った、帰った」
 前田先生はニワトリでも追い払うように、手を叩いた。
「それと相生さん」
「はい」
「通学はバス? 自転車? 歩き?」
「徒歩です」
「歩きかあ。さっき立ち眩みをしたものね。親御さんに迎えに来てもらった方がいいかもね」
 それを聞いた相生さんは俯いて、
「……両親は、仕事でいません」
「そうかあ~。う~ん。私、自転車だからなあ」
 と考える前田先生。
「先生、そんなに短いスカートで自転車乗ってるの?」
 と和葉が聞きにくい事を聞いた。
「そんな訳ないでしょう。学校で着替えているわよ」
「ダイエットのためですか?」
「ちょっと。聞きにくい質問がバンバンくるわね。そうよ。ダイエットのためですよ」
 と苦笑した。
「前田先生、スタイルいいのにまだ痩せたいのですか?」
 という指摘に一気に機嫌が直り、
「もう。新屋敷さんたら、スタイルいいだなんて」
 と照れている。
 すると、いたずらっぽく一人の女生徒が、
「先生。相生さんは新屋敷君が送ってあげるのがいいと思いま~す」
 賛成、賛成。
 との声が上がった。
「えっ!」
 と同時に声が出たのは、僕と相生さんだ。お互いの顔を見合わせる。だが相生さんは僕と目が合うとすぐに下を向いた。そんなに嫌がらなくても……。
 それでもすぐに前田先生の方へ向き直り、
「先生。私、歩いて一人で帰れます」
 と強い口調で言った。そこまで嫌がらなくても。
「ダメ! それはダメ!」
 と強い口調で言ったのは、和葉だった。
「お兄ちゃんはこのクラスの唯一の男子生徒よ。同じクラスの女子が困っていたら、絶対に助けるべきよ」
「そうか?」
「そうよ!」
「なら、もし僕が学校で倒れたら、どうなるんだろう?」
「それは一人で帰るしかないわね」
「一方的な奉仕活動かよ!」
「まあ、冗談は置いといて」
「冗談だったのか」
「相生さんが倒れる原因を作ったのは、元々お兄ちゃんなのだから、ここは責任を取って送って行ったら」
 正直、それを言われると辛い。
「いいわ。そんなの。新屋敷君とは方向が逆だし」
「いいよ。送っていくよ。あれ? 僕、相生さんに家の場所を言ったっけかな?」
 そこに和葉が大きくため息をつき、
「何、言ってんの。相生さん、私に住んでいるところを聞いたじゃない」
 と呆れる。
「あ。そうだっけ?」
「そうよ。私達、兄妹なんだから同じ家に帰るに決まっているでしょう。それともお兄ちゃんだけ橋の下にでも帰るの?」
「お前はギリギリのところを攻めてくるな」
 言いたい事をバンバン言うよな、僕の妹は。
「ところで相生さん家は方向が逆ってことは、西道町なの?」
「ええ。そうなの」
「なるほど。送るのに十五分。そこから帰るのに私達は三十分くらいかかるわけね」
 そして結局は僕と和葉そして、
「自分にも少し責任があるから」
 と小夏もついてきて、三人で相生さんを徒歩で送っていくことになった。
 それが決定した時、和葉がぼそりと言った。
「みんな忘れているみたいだけど、一つの大きな謎を送りながら確かめないとね。フッフッフッ」
 その場にいた生徒達が口々に「先生、さようなら」「またね」と挨拶を交わしたせいで、その和葉の言葉を聞いたのは、僕と相生さんと小夏くらいだった。
 相生さんの表情が一気に暗くなる。これは途中でまた倒れたりしないか心配だ。
 和葉が言う『一つの大きな謎』とは?
 それは、僕が川上小夏を相生優子さんの前で褒めたら、どうして相生さんが気を一瞬失うくらいに、ショックを受たのかということ。
 和葉はそれを相生さんに聞くつもりなのだろう。
 でもそれは今、体調を崩している相生さんに問うべきではないと思った。
「おい、和葉」と教室の隅に呼ぶ。
「何、お兄ちゃん? あ、ついに私に愛の告白! でもダメよ~。私達、兄妹だから」
「は! 何、言ってんだよ」
 意外な返事に少し焦る。
「冗談よ。なに?」
「全くもう」
 と和葉と僕は相生さんとみんなから離れる。
「お前、相生さんに聞くつもりだろう?」
「えっ? 何を?」
「だから僕が小夏を褒めたら、相生さんが気を失った理由だよ。それがお前の言っている一つの大きな謎なんだろ」
「はあ?!」
 と和葉は明らかに不快そうな表情をした。
「お兄ちゃん、バッカじゃないの!」
「な! 何なんだよ」
「そんなの決まってんじゃん! 訊かなくても分かるじゃん!」
「え! そうなの?」
「お兄ちゃん、私と同じ年月を生きてきたというのに、女の子の事を全く分かっていないんだから! そんな調子だから未だに彼女も出来ないのよ!」
 と大声で言った。
 えっ! 新屋敷君、彼女いないの。
 う~っそ! やった!
 まだ、ワンチャンあるわね。
 あ~。まさか、クラス中の女子が僕に彼女がいない事を、からかってくるのかよ! おいおい、勘弁してくれよ。
「和葉、要らない事を言うなよ。頼むよ」
 そんな僕の言葉を一気に遮り、
「私の言った一つの大きな謎を教えて上げましょう」
 と僕をビシッと指さした。
「それは!」
 とその右人差し指をゆっくりと小夏の方に向けた。
「え? なに?」と困惑気味の小夏。
「私の言った大きな謎。それは! お兄ちゃんが相生さんへ抱きついた~」
「抱きついたんじゃない! 支えたんだよ!」
「そう! 支えた時に」
 和葉のヤツ、絶対にわざとだろ。抱きついたことにしたいんだろう。まったく。
「なんで川上小夏ちゃんが、あんなに怒らないといけないかって事よ!」
 わあ~! キャー! 
 と黄色い声が上がった。確かにそうだ。あの怒り方は普通じゃなかった。
「だから! 相生さんを送りながら、小夏ちゃんを追求します!」
「え! えええ~! ちょ、ちょっと!」
 と小夏は顔を真っ赤にしながらかなり慌てていた。
「私もそれ、知りたい」
 と相生さん。
「でも! もう追求しない」
 周りは聞き入っている。
「なぜなら、もう理由が分かったからです!」
 と言った。
 それを聞いた女の子達からは、
 頑張って~。
 幼なじみだから仕方がないかあ~。
 上手く行かなかったら、私にもワンチャン!
 との声が上がる。
「う~ん。青春だねえ~」
 と前田先生は頷いている。
 いやいや。ちょっと待ってくれ。
 僕からしたら『小夏を褒めて相生さんが倒れた理由』そして『相生さんを支えると小夏が激怒する』という謎が、全く分からないんだけど!
「分からん!」
 と頭を抱えた僕を無視し、
「さあ、帰りましょう。遅くなったら相生さんの身体にもよくないし」
 和葉と相生さんそして小夏が教室を出ようとする。
「ちょ、待ってくれよ。僕に取っては二つも謎を抱えた事になるんたけど?」
 と言いながら、三人を追いかけようとすると、
「新屋敷君、頑張ってね」
 と気の毒な人を見るような視線を、前田先生は送ってきた。クラスの女子のみんなも「頑張って」「よく考えて」と口々に言ってくる。
 何だよ。分からないのは僕だけかよ!
 
──3──

 相生さんの家のある西道町(にしみちまち)の方へ四人は歩いている。
 と言っても、僕だけぽつんと一人で歩いていた。相生さんを真ん中にして和葉は店や家がある左側で、小夏は道路のある右側を歩いている。前方から人が来たら、三人はすぐに避けるので、迷惑はかけていない。
 やけに盛り上がっているが、どうも僕の話題のようだった。
「全く、信じられないったらありゃしない。お兄ちゃんたら中学時代にさあ。校舎の裏に呼び出されてさあ」
 と和葉が話を切り出した。
「何があったの?」
 相生さんは興味津々のようだ。
「あ~。あの話ね」
 と小夏は話す前から笑いが止まらないようだ。
「去年の夏休み前に、お兄ちゃんの机の上に手紙があってさあ。開けてみたら、放課後に校舎裏に来て下さいって内容だったの」
 相生さんは頷き、小夏は笑う。
「そうしたらさあ。お兄ちゃん、ケンカを売られたかもしれないから、私に先に帰れって言うのよ。そんなの私、心配で帰れる訳がないじゃん。だから陰からそっと見ていたらさ」
「うんうん」
「ギャハハ!」
「来たのは可愛らしい下級生の子だったの。それも一人で来ていてさ」
「へえ~。勇気ある子」
「クックッ」
「そうしたらさ。お兄ちゃん、バカだからさ。野球部のメンバーを数人連れて来たのよ」
「えっ!」
「ハハッ」
「連れて来た男の子達がさあ。相手はどこだあ! 出てこいやあ! って騒ぐ訳。お兄ちゃんたら、挙げ句にその下級生の子にね」
 ああ。その話か……。きっと僕の顔は真っ赤だろうな。
「この辺で男子生徒を見なかったかな。これを机に置いてきた連中なんだけどって、その白い封筒を取り出したの。そうしたら」
「そうしたら?」
「それ、私が置いたんです、だって。見たらハートのシールが貼ってあるのよ」
「え~! 何で?」
「ハハハ!」
「普通さあ。分かるよね。ケンカの呼び出しか、女の子からの告白か、くらい」
「分かると思うけど」
「アハハッ」
「ちょ! ちょっと待ったあ!」
 と僕は回り込むようにして三人の前に立った。
「何?」
「言い訳していい?」
「どうぞ」
 僕は一つ大きく深呼吸をした。
「僕の小学校からの知り合いで大竹というのがいるんだけど、そいつが中学ニ年生の時に、机の上に手紙が置いてあって、内容が『放課後に校舎裏に来て下さい』だったんだよ。全く同じ文面だったんだ」
「大竹君のその話は知ってるわ。お兄ちゃんの手紙の件は去年の事。大竹君のは二年前よね」
「大竹! アハハッ」
 小夏は相変わらず笑っている。
「大竹のやつ、告白だと思って行ったら、不良の上級生つまり三年生達からのケンカの呼び出しだったんだよ。それで大喧嘩になったから友人らで加勢したり、先生を呼びに行ったり大変だったんだよ」
「お兄ちゃん、加勢しちゃって顔に青あざ出来ていたよね」
「えっ! 大丈夫だったの?」
 相生さんはかなり驚き、心配している。
「怪我は見た目よりも大したことはなかったんだけど、生徒指導の先生からは大目玉を食らったな」
「友達を助けに行くなんて、私は正直ちょっと見直したな」
 と小夏は言った。少し頬が赤く見えた。
「その手紙の内容と同じだったんだぞ。間違えるだろ」
「あのね、お兄ちゃん」と和葉は前を通せんぼする僕を見て、呆れた表情で、
「同じ内容でもさ。封筒を見なさいよ。お兄ちゃんの場合、封筒のフタに思いっ切りハートのシールが貼ってあったじゃん! どこの世界にケンカの呼び出しに、ハートのシールを貼るのよ!」
「そんなの分からないだろう。そういう偽装をして油断させるのが目的かもしれないだろう」
「普通、そこまでする人なんていないわよ。それにね」
「それに?」
「大竹君って正直、容姿はゴリラみたいで、顔は岩石みたいじゃない」
「ゴリラで岩石って?」
 相生さんの想像を遥かに超えているのか、想像がつかないのか、瞬きの数が増えていた。
 小夏は爆笑が止まらない。
「ホント、ホント! 和ちゃん、上手いこと言うわよね~」
「でもお兄ちゃんは違うじゃない」
「え? 違う?」
 和葉はあからさまにムッとなり、
「お兄ちゃんはスラッとした高身長だし、顔もまあまあだと思うのよ。一部のマニアに受けるというか」
 相生さんは俯き、小夏は「まあまあ、かな? そんなことはないかな?」と言っている。
「まあまあで、マニア向けで悪うございましたね、我が妹さん」
「お兄ちゃんは本当に何も分かっちゃいないんだからね」
「ホント、ホント。ねえ、相生さん」
「え? ええ」
「簡単に言うと、岩石とまあまあだと、校舎裏の呼び出しの理由は違うということなの」
 だが、とんでもない事を言い出した。
「でもね。大竹君の方がね」
「大竹の方がなんだよ?」
「女の子に対するセンスはいいわよね」
「え? そうなのか?」
「そうよ。大竹君はあれでガツガツしていないし、優しいし、ただの知り合いの女子でも、とても気を使ってくれて、大切にしてくれるわ」
「ちょ! ちょっと待った! 僕だってガツガツしてないし、女子に優しいし、気を使っているし、大切にしているだろう!」
「してない」
 と和葉はハッキリ言う。
「えっ? どこがだよ?」
「本当に分からないの?」
「本当に分からん」
「全くもう!」
 と和葉は、僕の身体の横をすり抜けて歩き出した。相生さんも小夏もそれに続く。
「おい。待ってくれよ」
「お兄ちゃん、その下級生の子に『映画に付き合って下さい』って言われたんだよね」
「ああ。言われた」
「日時をその女の子が指定して映画を見に行ったんだよね」
「ああ。行った」
「で! 何でそれっきりなの?」
 少しの沈黙があり、
「だから映画に付き合ったんじゃないか」
 と僕は答えた。
「ホント! バッカじゃないの!」
「え~。何でだよ?」
「私は敢えて何も言わないようにしたわ。出来るだけ二人をそっとしたくて。でもそれっきりって何なの?」
「え? 本当に何が何だか分からないんだけど?」
 和葉は怒りを通り越したのか、落ち着き払って言った。
「校舎裏に来させて、映画に付き合ってと言えば、お付き合いしましょう。つまり恋人になって下さいって事に決まっているじゃない」
 僕は沈黙の後、
「え~! そうなの!」
 と叫んでしまった。
 眼の前の三人の女の子が同時にガッカリと首を動かした。
「お兄ちゃん、映画を見に行った後、その下級生の子に連絡先すら教えないし、何の誘いもしなかったでしょう」
「まあ、そうだな。連絡先を聞きそびれて夏休み中は連絡出来なかったな。それに受験もあったし。でもそれは仕方がないだろう」
「夏休みが終わった後、その下級生の子がとても悲しそうな顔をして、私のところへ相談に来たのよ」
「えっ! そうだったのか!」
「その子、森本明日香さんってニ年生の子でね。頑張ったのに嫌われちゃったのかもって。お兄ちゃん、それっきりだったものね。それに受験もあったから森本さんも気を使ったのかも。でもね!」
 と和葉は僕に近づいて上目遣いで言った。
「わざとじゃないにしても、女の子を悲しませるなんて、いくらなんでも許せない! だからこれからはきちんと連絡先を交換してもらいます!」
 と強い口調で和葉が言った。
「その森本さんって勇気あるわね」
「ホントだよね」
 と相生さんと小夏は感心していた。
 そこで相生さんが立ち止まり、
「もう近いからここでいいわ」
 僕達は周りを見回す。大きな何かの施設が見える。工場? 学校? 遊園地? いや、何か分からない。
「本当にこんなところでいいの?」
 と和葉。
「もう少し送って行くから」
 と僕が言うと、
「そっか。お兄ちゃんが万が一、ストーカー化したら、家を知られたら大変だものね」
「おい、こら」
 相生さんはクスクス笑う。
「分かったわ、相生さん。じゃあ、みんなで連絡先を交換しましょう」
 と和葉と小夏はスマホを取り出した。
 相生さんもゆっくりとスマホを取り出す。
「あ。それ、私とお兄ちゃんと同じ機種よね。ってお兄ちゃん!」
「え? なに?」
「なにじゃないよ。お兄ちゃんも連絡先を交換するのよ」
「えっ」と相生さんから囁くような驚きの声が出た。もしかしなくても嫌がられている。
「僕もかい」
「お兄ちゃんと相生さんはもうお友達でしょう」
「まあ、そうだけど」
「なら交換しないと! まったく、世話の焼ける」
「分かったよ。出すよ」
 と鞄をから黒いスマホを出した。
「竜ちゃんが黒で和ちゃんが白。相生さんが赤色の同機種かあ。いいよね、それ。安くて性能がいいし」
 と小夏。
「うち、お金持ちじゃないからさあ。しばらくこの古い機種で我慢だわ」
 と苦笑する。
 全員の連絡先の交換が終わる。
「おお~! 嬉しい。身内以外の初めての女子の連絡先だあ」
 と僕はつい感動してしまった。
「ちょっと、私は身内扱いなの?」
 と小夏が頬を膨らませた。
「だって小夏は幼稚園からの知り合いで、スマホを買ってもらった時から、最初から入っていたから」
「まあ、うちの親が自動的に入れちゃうものね」
 と和葉。
 すると小声で、
「わ、私からみんなに何か送ってもいいのかな?」
 と相生さんは言う。
「もちろんよ。というよりお兄ちゃんに学校がある時は送ってあげて欲しいわ」
「えっ、そうなの?」
「毎朝、起こすのが大変なのよ」
「そうそう、竜ちゃんは寝坊だからね……」
 と言っている小夏は何だか不安そうだ。
「そんなこと! あるかな……」
 と僕は頭の後ろを掻いた。
「という事で、相生さん、お願いね。大変だと思うけど」
「うん。分かった」
「本当にごめんね、相生さん」
 と僕が言うと、
「ううん。何を話せばいいか分からなかったから、とても嬉しいわ」
 と微笑んだ。笑うと凄い美人だよな、相生さんは。
「私も今まで通りに起こすからね。私は部屋まで直進するから」
「小夏ちゃんもお願い」
「じゃあ、これで以前みたいに連絡先交換忘れはなくなったわね」
 そして、
「写真を撮りましょう」
 という和葉の提案で目についた彫像の下で四人が並ぶ。僕が端に立とうとすると、
「お兄ちゃんが真ん中だからね」
 と座らされ、三人は僕に持たれるように顔を近づけて来た。
「近いんじゃないか?」
「はい! お兄ちゃん、撮って」
僕は出来るだけ右腕を伸ばして写真を撮った。何度か撮ったが結局、二回目の写真がよいという事になり、みんなに画像を送った。
「ちゃんとみんなに送れたね。それとお兄ちゃん、パン一の画像とか送らないでね」
 と和葉。
「送る訳ないだろ」
 二人は笑っていた。
 四人は手を振りながら「また、明日」と別れる。相生さんは側道へ入って行った。
僕らは自宅のある東道町の方へ歩き出した。
「これで下級生の時の失敗は回避できたわね、お兄ちゃん」
 と和葉は言ってきた。
「え? あ! ああ、そうだな」
「さて三十分も歩かないといけない。何を話そうか?」
「おいおい。もう、僕の話題はやめてくれよな」
 和葉はいたずらっぽく笑った。

登場人物。

新屋敷竜馬(しんやしきりょうま)。
妹の和葉のボディガードを頼まれて、同じ私立如月(きさらぎ)学園へ入学した野球少年。公立中学でギリギリレギュラーの実力。勉強は普通。運動も普通。妹からは慕われている。

新屋敷和葉(しんやしきかずは)。
新屋敷竜馬の双子の妹。二卵性双生児なので顔はあまり似ていない。勉強と運動共に優秀な美少女。身長は竜馬よりも二十センチ低い一六〇センチ。兄のことは大好きでどうしても兄と同じ高校に通いたいという目標を実現した。兄と同じ東道町に住んでおり、自宅から学校まで約十五分。

三上小夏(みかみこなつ)。
新屋敷兄妹の家の近所に住む幼稚園からの幼なじみ。短距離走で県大会二位の実力で如月高校のスポーツ推薦で入学を果たす。身長一七〇センチで男っぽい雰囲気なので、竜馬は気を許しているが、小夏は竜馬に好意を抱いている。新屋敷兄妹を「竜ちゃん」「和ちゃん」と呼ぶ。

前田千恵(まえだちえ)。
竜馬と和葉のいる一年三組の担任。二十五歳で可憐に見えるが、幼稚園から大学まで女子校だったこともあり、男性が苦手。竜馬に対して上手くやろうとし過ぎて、慌てる事が多い。

相生優子(あいおいゆうこ)。
出席番号一番。入学試験第二位で入学した秀才。ちなみに一位は和葉。一六五センチと女子としては長身で、やたらと竜馬に絡んでくる。口癖が「いやらしいわ」で、それに気づいた和葉は兄を出汁にして楽しんでいる。優子は竜馬に一目惚れしているのだが、素直になれないでいる。実は財閥の娘だがそれを隠している。西道町の大邸宅に住んでいて如月学園まで徒歩十五分である。

森本明日香(もりもとあすか)
新屋敷竜馬が中学三年の時に、竜馬を好きになったニ年生。現在は公立中学校で受験勉強中。新屋敷兄妹と同じ東道町に住んでいる。

2022年6月30日
※当サイトの内容、テキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
 また、まとめサイト等への引用をする場合は無断ではなく、こちらへお知らせ下さい。許可するかを判断致します。
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アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

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青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

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