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【2】竜馬。女子ばかりのクラスに困惑する。
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双子の妹の保護者として、今年から共学になった女子高へ通う兄の話
東岡忠良
※この小説へのご意見・ご感想・誤字脱字・等がありましたら、お気軽にコメントして下さい。
お待ちしています。
──1──
「それにしても……」
一組から順番に厳粛な音楽の中を体育館内へ入場していく。八組まで全員が自分の席に着くまで立ったままだったから、それに気づけたのだ。
「ぼくよりも背の高い者がいない……」
男子は確かにいた。普通科一組に小柄な男子が一人。そして三組の僕。そこで一八〇センチある僕は注目の的だった。特にほぼ全員と言っていいくらいの女の子の視線を感じる。
僕が緊張していると、
「目立ってるね」
出席番号順で前に立っている和葉が、顔を横に向けながら呟く。
「好きで目立っているんじゃないからな」
元々陰キャの自分には、ただの羞恥プレイだと思った。
八組が入ってくる。さすがはスポーツ推薦組である。
川上小夏を見つけた。笑顔で手を軽く振ってくれる。僕もそれに答えたが、和葉も同じように手を振っていた。
男子はもちろん女子でも、僕と同じくらいまたはそれ以上の身長の者がチラホラいた。
そして数人の男子がいたが、
「どう見ても陽キャラな連中だな……」
正直、明るくてクラスカースト上位の男子らと、仲良くできる気がしない。仲良く出来そうなのは、一組の小柄な男子くらいかと思う。
「あいつと気が合うといいな」
そう呟きながら、一組の男子生徒を見つめていると、向こうも僕に気づいたみたいだった。
こちらに視線を向けると少し頬を赤らめて俯いた。背は一五〇センチくらいの小柄な少年風である。
「あいつ、男なのに小さいな。パッと見ただけだけど、なかなか綺麗な顔をしてるな」
それを和葉は聞き逃さなかった。
「早速、ナンパ?」
と言った。
「ばっ! バカ! そんな訳ないだろう!」
すると、
あの男子、男好きなのかしら?
もう、早速~。やだあ~。
「和葉、頼むよ……」
向かいに立っている妹は肩を震わせ、クスクス笑った。
入場が終わると、全員が着席した。理事長の話が始まる。その時、
「ねえねえ……」
小声で和葉が前を見ながら話しかけてきた。
「……なんだよ」
「私、前々から思っていたんだけど……」
「……だからなんだよ」
「もし男子が九人いたら野球部を作れるんじゃない?」
少し僕は考えていたが、ハッとなり、
「そうか! その手があったか! 諦めていたけど、そうか!」
と僕は小声で言い、小さくガッツポーズをした。
だが、瞬時に理事長が言った。
「今年の新一年生は女子が三百三人。男子が八人でした」
という情報を聞かせてくれた。
「えっ……。九人、いないの? ウソだろ……」
野球は少なくとも九人必要だ。僕は和葉が気づいてくれた野球部を作る夢を、瞬殺で失った。
「竜馬さん、残念……」
と妹がからかう。
「くそ……。あともう一人だったのに」
心底、ガッカリしている僕に、また和葉が話しかける。
「でも来年の新入生が入ってきて、男子が一人でも増えたら、野球部を作れるんじゃない?」
と素晴らしい提案をした。
「そうか! そうだよな! 来年か!」
僕はまたも小さくガッツポーズをすると、
「竜馬さん、かわいい」
と和葉にからかわれた上に、
「そこの男子、ちゃんと聞きなさい」
と早速、注意を受けたのだった。
「何で僕だけ……」
と落ち込むと、
「竜馬さん、要領悪い」
と笑われた。
「ところで和葉。お前なんで僕の名前で呼ぶんだ? 普通は兄……」
と言いかけたところで、
「また、注意されるよ。竜馬さん」
となぜか、頑なに「お兄ちゃん」と呼ばない。
一体、どういうつもりなんだか?
──2──
体育館での理事長、校長、PTA会長による祝辞。三年生の生徒会長による在校生挨拶。そして今、知ったのだが新入生挨拶は和葉だったのだ。驚いている僕を見て、
「入学試験一位だった者が挨拶をするみたいよ」
僕に言ってから壇上に向かい、紙を読み上げるのではなく空で挨拶を終えた。拍手喝采を浴びながら、自分の席に戻ってきた。
「そんな話どころか、そんな素振りも見せなかったよな」
「話しても仕方ないし。それに」
ニッコリと笑い、
「竜馬さんを驚かせた方が面白いかなって」
「お前は本当に流石(さすが)だよ」
してやられた事と、頼もしい妹に感心したのだった。
挨拶がやっと終わり、僕らは三組の教室に入った。高校だからか? 私立だからか? 教室が綺麗で広い。
席に出席番号と名前が貼ってある。
「キョロキョロせずに早く座ったら」
「お。おう」
「落ち着こう。竜馬さん」
「分かってるったら」
と和葉はイタズラッ子っぽく笑う。
それにしても。
突き刺さるほどの視線を感じる。僕が視線の方へ顔を向けると、そちらにいる女子達はサッと視線を外す。前後左右向いたが、反応は同じだった。
「なあ、和葉。なんか僕達、見られてないか?」
「僕達じゃなくて、僕だけじゃないの」
「え? 何でだよ。新入生挨拶をしたお前に視線が集まっているんじゃないのか?」
和葉は小さくため息をつき、
「竜馬さん、全然分かってない」
と言うと、
「おい。その竜馬さんはやめろよ」
「ちょっとしたドッキリの伏線」
と言い残して、前を向くと全く話さなくなった。
「は? どういう事だ?」
僕が理由を聞こうとしたタイミングで、
「ハーイ、私語はやめて下さいね」
と先生が入ってきた。
腰まで髪が長く、和葉より小柄の可愛らしい女性だった。
「先程の式で紹介されていました、今日から皆さんの担任になる前田千恵(まえだちえ)です」
「教師になって三年目になります。よろしくお願いします。そして私!」
と話を止めたと思うと、
「幼稚園から大学そしてこの如月学園の教師になるまで、ずっと女子校でした」
と言うと僕に視線を向けて、僕を指さした。クラスの女子全員が僕の方を向く。
「なので新屋敷竜馬君! う、上手くは! 話せるかどうか分からないですが、今年一年、よ! よろしくお願いします!」
と言ってきた。
「え! ええ~!」
と引き気味にいると、
先生。という事は、先生には恋人がいないんですか?
先生、もしかして処女?
と女子トークが始まった。
「ええ! どうして分かるんですか!」
と中学生が無理をしてスーツを着たような教師は慌てだした。それを見た僕以外の生徒は、
先生、カワイイ!
と囃(はや)し立て始めた。
しばらく照れていたが、「コホン!」と担任は咳払いした。すると、一気に緊張感が増して、全員が黙った。
「今から自己紹介をしてもらいます。では出席番号一番の相生(あいおい)優子さんから」
「はい」と立ち上がったのは、担任教師よりも年上に見えそうな、和葉よりも背の高い美人だった。
「相生優子です。趣味はクラッシック音楽鑑賞です。そして今回の入学試験は残念ながら二位でした」
と和葉の方を見る。
「成績で決まる新入生の挨拶を、新屋敷和葉さんに取られてしまったのは、非常に残念ですが、これからの試験では絶対に負けないようにしたいと思っています。以上です」
と言って着席した。
「これは和葉も大変だなあ」
と僕は思った。
「学年の一位二位の成績優秀者が同じクラスにいるなんて、先生は頼もしく思うわ。では次」
と数人が無難に自己紹介を終えると、和葉の番になった。
──3──
和葉は立ち上がり、
「先程、ご紹介に預かりました新屋敷和葉です」
何という始まり方だよ、と僕は思った。
「私は相生さんの事を知らなかったのですが」
と言うと、相生優子さんは和葉を睨みつけた。そりゃそうでしょう。
「たった今、知りました。そしてここにいる」
と僕の方へ手のひらを向けて、
「新屋敷竜馬は!」
と声のボリュームを上げた。おいおい。何を言い出す気だ?
「何を隠そう、私の夫です!」
驚きと悲鳴の混じった声が響く。僕は思わず、
「は! はあ~!」
と呆れてものが言えない。
「い! いやらしいわ!」
と相生さんが声を荒げた。
「私達夫婦は今日も同じ家に帰り」
黄色い悲鳴が上がる。
「営みを楽しみます」
より一層、大きな悲鳴が出た。
「いやらしいわ!!」
と相生さん。
僕は気づいた。いつもみたいに「お兄ちゃん」と言わなくなった理由は、二人が兄妹だと知られないようにするための、伏線だったのだ。
「はーい、みんな静かに。ところで新屋敷さん」
と担任の前田先生が一度、止める。
「えーっと。資料を読むと、あなたと後ろの新屋敷竜馬君とは、双子のご兄妹よね?」
えっ! と一瞬で静かになったが、
「いいえ。違います。夫婦です!」
と和葉は言い切った。
もう、絶叫に近い声が上がる。
「こら! いい加減にしろ!」
と思わず、僕は立ち上がった。
「皆さん、聞いて下さい。和葉と僕は正真正銘、二卵性双生児つまり双子の兄妹です」
と言うと、
な~んだ。
そうなの。
という安堵の声が出た。
「和葉。何でそんなウソをつくんだ!」
と語気を強めて言った。すると、
「こんな機会は滅多にないから、みんなを驚かせてみようかと思って。ちょっとしたドッキリのつもりで」
「そのドッキリ、強烈過ぎるだろう」
すると、
「そんな事ないのよ、あ・な・た」
と僕に和葉は抱きついた。
次は悲鳴ではなく、黄色い声が響いた。
「こら。いくらご兄妹でも校内で抱き合うのは感心しないわよ」
「分かりました。申し訳ありません」
と和葉は離れた。
なんだ。前田先生もちゃんと教師らしい事が言えるじゃないか。
「はい。だから二人共、注意してね」
と僕まで怒られる。
「何で僕まで」と思っていると、
「皆さん、さっきのはすべて冗談でした。少しでも皆さんに楽しんでもらおうと思って、お兄ちゃんを使ってのちょっとした余興でした」
笑いが起きて「面白かったよ!」という声もする。受け入れられたようだ。
「改めて。私は新屋敷和葉です。こちらの男子は私の双子の兄の竜馬です。皆さん、仲良くして下さいね」
と着席したが、
新屋敷さん、趣味とかないの? という声がした。すると、
「趣味は! お兄ちゃんをからかう事です」
と答えたために、一同爆笑が起こった。
正直、僕の立場がない。
「はーい、とても面白かったわ。では次、このクラスで唯一の男子、新屋敷竜馬君」
ちょ! ちょっとその言い方はやめて欲しいな、と思いながら起立する。
「え~っと。新屋敷竜馬です。両親が妹の和葉の事が心配だということで、妹と同じ高校に入学しました」
これで少しは好感度があがるかな?
「でも実際はお小遣い二倍アップで、高価なゲーミングパソコンを買ってもらっていま~す」
と和葉が付け加えた。
「ちょ、和葉!」
と見ると、ニヤッと笑っている。全くこの妹は!
「あ、あなた達二人は、いやらしい関係じゃないのね?」
と相生さん。すると、
「お風呂は数え切れないくらい一緒に入っていま~す」
とまた和葉がいらない事を言い出す。ここでさすがに悲鳴が上がった。
「ちょ! ちょっと! 小学生の時までだから」
とまた「な~んだ」と収まる。和葉を見ると、またニヤッとしていた。そして僕は、
「小学と中学までは野球をしていました。趣味はゲームです」
と言うと着席した。
「ふん! 野球とゲームね」と吐き捨てるように、相生さんは言ってプイッと僕から顔を背けた。
「あ~あ。嫌われちゃったか」
とため息をつくと、
「このモテモテ男子」
と和葉が小声で言う。
「は? 何、言ってんだ、お前」
と返すと、
「相変わらずの鈍(にぶ)チン」
と前を向いた。
正直、どういう意味かさっぱりわからん。
相変わらず、視線を感じて周りを見渡すと、
「女の子達、みんな僕と視線を外すんだよな。特に」
と相生さんの方をまた見た。
相生さんは睨んでいた目線を逸(そら)して、すぐに下を見るのだった。
そしてチャイムが鳴り、休憩時間になった。
すると相生優子さんがこちらに近づいてきたのだった。
えっ! なになに? 何かまた言われるのか?
僕は緊張した。
登場人物。
新屋敷竜馬。
妹の和葉のボディガードを頼まれて、同じ私立如月(きさらぎ)学園へ入学した野球少年。
公立中学でギリギリレギュラーの実力。勉強は普通。運動も普通。
妹からは慕われている。
新屋敷和葉。
新屋敷竜馬の双子の妹。二卵性双生児なので顔はあまり似ていない。
勉強と運動共に優秀な美少女。身長は竜馬よりも二十センチ低い一六〇センチ。
兄のことは大好きでどうしても兄と同じ高校に通いたいという目標を実現した。
三上小夏。
新屋敷兄妹の家の近所に住む幼稚園からの幼なじみ。
短距離走で県大会二位の実力で如月高校のスポーツ推薦で入学を果たす。
身長一七〇センチで男っぽい雰囲気なので、竜馬は気を許しているが、小夏は竜馬に好意を抱いている。
新屋敷兄妹を「竜ちゃん」「和ちゃん」と呼ぶ。
前田千恵。
竜馬と和葉のいる一年三組の担任。
二十五歳で可憐に見えるが、幼稚園から大学まで女子校だったこともあり、男性が苦手。
竜馬に対して上手くやろうとし過ぎて、慌てる事が多い。
相生優子。
出席番号一番。入学試験第二位で入学した秀才。ちなみに一位は和葉。
一六五センチと女子としては長身で、やたらと竜馬に絡んでくる。
口癖が「いやらしいわ」で、それに気づいた和葉は兄を出汁にして楽しんでいる。
実は優子は竜馬に一目惚れしているのだが、素直になれないでいる。
※この小説へのご意見・ご感想・誤字脱字・等がありましたら、お気軽にコメントして下さい。
お待ちしています。
2022年6月27日
※当サイトの内容、テキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
また、まとめサイト等への引用をする場合は無断ではなく、こちらへお知らせ下さい。許可するかを判断致します。
東岡忠良
※この小説へのご意見・ご感想・誤字脱字・等がありましたら、お気軽にコメントして下さい。
お待ちしています。
──1──
「それにしても……」
一組から順番に厳粛な音楽の中を体育館内へ入場していく。八組まで全員が自分の席に着くまで立ったままだったから、それに気づけたのだ。
「ぼくよりも背の高い者がいない……」
男子は確かにいた。普通科一組に小柄な男子が一人。そして三組の僕。そこで一八〇センチある僕は注目の的だった。特にほぼ全員と言っていいくらいの女の子の視線を感じる。
僕が緊張していると、
「目立ってるね」
出席番号順で前に立っている和葉が、顔を横に向けながら呟く。
「好きで目立っているんじゃないからな」
元々陰キャの自分には、ただの羞恥プレイだと思った。
八組が入ってくる。さすがはスポーツ推薦組である。
川上小夏を見つけた。笑顔で手を軽く振ってくれる。僕もそれに答えたが、和葉も同じように手を振っていた。
男子はもちろん女子でも、僕と同じくらいまたはそれ以上の身長の者がチラホラいた。
そして数人の男子がいたが、
「どう見ても陽キャラな連中だな……」
正直、明るくてクラスカースト上位の男子らと、仲良くできる気がしない。仲良く出来そうなのは、一組の小柄な男子くらいかと思う。
「あいつと気が合うといいな」
そう呟きながら、一組の男子生徒を見つめていると、向こうも僕に気づいたみたいだった。
こちらに視線を向けると少し頬を赤らめて俯いた。背は一五〇センチくらいの小柄な少年風である。
「あいつ、男なのに小さいな。パッと見ただけだけど、なかなか綺麗な顔をしてるな」
それを和葉は聞き逃さなかった。
「早速、ナンパ?」
と言った。
「ばっ! バカ! そんな訳ないだろう!」
すると、
あの男子、男好きなのかしら?
もう、早速~。やだあ~。
「和葉、頼むよ……」
向かいに立っている妹は肩を震わせ、クスクス笑った。
入場が終わると、全員が着席した。理事長の話が始まる。その時、
「ねえねえ……」
小声で和葉が前を見ながら話しかけてきた。
「……なんだよ」
「私、前々から思っていたんだけど……」
「……だからなんだよ」
「もし男子が九人いたら野球部を作れるんじゃない?」
少し僕は考えていたが、ハッとなり、
「そうか! その手があったか! 諦めていたけど、そうか!」
と僕は小声で言い、小さくガッツポーズをした。
だが、瞬時に理事長が言った。
「今年の新一年生は女子が三百三人。男子が八人でした」
という情報を聞かせてくれた。
「えっ……。九人、いないの? ウソだろ……」
野球は少なくとも九人必要だ。僕は和葉が気づいてくれた野球部を作る夢を、瞬殺で失った。
「竜馬さん、残念……」
と妹がからかう。
「くそ……。あともう一人だったのに」
心底、ガッカリしている僕に、また和葉が話しかける。
「でも来年の新入生が入ってきて、男子が一人でも増えたら、野球部を作れるんじゃない?」
と素晴らしい提案をした。
「そうか! そうだよな! 来年か!」
僕はまたも小さくガッツポーズをすると、
「竜馬さん、かわいい」
と和葉にからかわれた上に、
「そこの男子、ちゃんと聞きなさい」
と早速、注意を受けたのだった。
「何で僕だけ……」
と落ち込むと、
「竜馬さん、要領悪い」
と笑われた。
「ところで和葉。お前なんで僕の名前で呼ぶんだ? 普通は兄……」
と言いかけたところで、
「また、注意されるよ。竜馬さん」
となぜか、頑なに「お兄ちゃん」と呼ばない。
一体、どういうつもりなんだか?
──2──
体育館での理事長、校長、PTA会長による祝辞。三年生の生徒会長による在校生挨拶。そして今、知ったのだが新入生挨拶は和葉だったのだ。驚いている僕を見て、
「入学試験一位だった者が挨拶をするみたいよ」
僕に言ってから壇上に向かい、紙を読み上げるのではなく空で挨拶を終えた。拍手喝采を浴びながら、自分の席に戻ってきた。
「そんな話どころか、そんな素振りも見せなかったよな」
「話しても仕方ないし。それに」
ニッコリと笑い、
「竜馬さんを驚かせた方が面白いかなって」
「お前は本当に流石(さすが)だよ」
してやられた事と、頼もしい妹に感心したのだった。
挨拶がやっと終わり、僕らは三組の教室に入った。高校だからか? 私立だからか? 教室が綺麗で広い。
席に出席番号と名前が貼ってある。
「キョロキョロせずに早く座ったら」
「お。おう」
「落ち着こう。竜馬さん」
「分かってるったら」
と和葉はイタズラッ子っぽく笑う。
それにしても。
突き刺さるほどの視線を感じる。僕が視線の方へ顔を向けると、そちらにいる女子達はサッと視線を外す。前後左右向いたが、反応は同じだった。
「なあ、和葉。なんか僕達、見られてないか?」
「僕達じゃなくて、僕だけじゃないの」
「え? 何でだよ。新入生挨拶をしたお前に視線が集まっているんじゃないのか?」
和葉は小さくため息をつき、
「竜馬さん、全然分かってない」
と言うと、
「おい。その竜馬さんはやめろよ」
「ちょっとしたドッキリの伏線」
と言い残して、前を向くと全く話さなくなった。
「は? どういう事だ?」
僕が理由を聞こうとしたタイミングで、
「ハーイ、私語はやめて下さいね」
と先生が入ってきた。
腰まで髪が長く、和葉より小柄の可愛らしい女性だった。
「先程の式で紹介されていました、今日から皆さんの担任になる前田千恵(まえだちえ)です」
「教師になって三年目になります。よろしくお願いします。そして私!」
と話を止めたと思うと、
「幼稚園から大学そしてこの如月学園の教師になるまで、ずっと女子校でした」
と言うと僕に視線を向けて、僕を指さした。クラスの女子全員が僕の方を向く。
「なので新屋敷竜馬君! う、上手くは! 話せるかどうか分からないですが、今年一年、よ! よろしくお願いします!」
と言ってきた。
「え! ええ~!」
と引き気味にいると、
先生。という事は、先生には恋人がいないんですか?
先生、もしかして処女?
と女子トークが始まった。
「ええ! どうして分かるんですか!」
と中学生が無理をしてスーツを着たような教師は慌てだした。それを見た僕以外の生徒は、
先生、カワイイ!
と囃(はや)し立て始めた。
しばらく照れていたが、「コホン!」と担任は咳払いした。すると、一気に緊張感が増して、全員が黙った。
「今から自己紹介をしてもらいます。では出席番号一番の相生(あいおい)優子さんから」
「はい」と立ち上がったのは、担任教師よりも年上に見えそうな、和葉よりも背の高い美人だった。
「相生優子です。趣味はクラッシック音楽鑑賞です。そして今回の入学試験は残念ながら二位でした」
と和葉の方を見る。
「成績で決まる新入生の挨拶を、新屋敷和葉さんに取られてしまったのは、非常に残念ですが、これからの試験では絶対に負けないようにしたいと思っています。以上です」
と言って着席した。
「これは和葉も大変だなあ」
と僕は思った。
「学年の一位二位の成績優秀者が同じクラスにいるなんて、先生は頼もしく思うわ。では次」
と数人が無難に自己紹介を終えると、和葉の番になった。
──3──
和葉は立ち上がり、
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何という始まり方だよ、と僕は思った。
「私は相生さんの事を知らなかったのですが」
と言うと、相生優子さんは和葉を睨みつけた。そりゃそうでしょう。
「たった今、知りました。そしてここにいる」
と僕の方へ手のひらを向けて、
「新屋敷竜馬は!」
と声のボリュームを上げた。おいおい。何を言い出す気だ?
「何を隠そう、私の夫です!」
驚きと悲鳴の混じった声が響く。僕は思わず、
「は! はあ~!」
と呆れてものが言えない。
「い! いやらしいわ!」
と相生さんが声を荒げた。
「私達夫婦は今日も同じ家に帰り」
黄色い悲鳴が上がる。
「営みを楽しみます」
より一層、大きな悲鳴が出た。
「いやらしいわ!!」
と相生さん。
僕は気づいた。いつもみたいに「お兄ちゃん」と言わなくなった理由は、二人が兄妹だと知られないようにするための、伏線だったのだ。
「はーい、みんな静かに。ところで新屋敷さん」
と担任の前田先生が一度、止める。
「えーっと。資料を読むと、あなたと後ろの新屋敷竜馬君とは、双子のご兄妹よね?」
えっ! と一瞬で静かになったが、
「いいえ。違います。夫婦です!」
と和葉は言い切った。
もう、絶叫に近い声が上がる。
「こら! いい加減にしろ!」
と思わず、僕は立ち上がった。
「皆さん、聞いて下さい。和葉と僕は正真正銘、二卵性双生児つまり双子の兄妹です」
と言うと、
な~んだ。
そうなの。
という安堵の声が出た。
「和葉。何でそんなウソをつくんだ!」
と語気を強めて言った。すると、
「こんな機会は滅多にないから、みんなを驚かせてみようかと思って。ちょっとしたドッキリのつもりで」
「そのドッキリ、強烈過ぎるだろう」
すると、
「そんな事ないのよ、あ・な・た」
と僕に和葉は抱きついた。
次は悲鳴ではなく、黄色い声が響いた。
「こら。いくらご兄妹でも校内で抱き合うのは感心しないわよ」
「分かりました。申し訳ありません」
と和葉は離れた。
なんだ。前田先生もちゃんと教師らしい事が言えるじゃないか。
「はい。だから二人共、注意してね」
と僕まで怒られる。
「何で僕まで」と思っていると、
「皆さん、さっきのはすべて冗談でした。少しでも皆さんに楽しんでもらおうと思って、お兄ちゃんを使ってのちょっとした余興でした」
笑いが起きて「面白かったよ!」という声もする。受け入れられたようだ。
「改めて。私は新屋敷和葉です。こちらの男子は私の双子の兄の竜馬です。皆さん、仲良くして下さいね」
と着席したが、
新屋敷さん、趣味とかないの? という声がした。すると、
「趣味は! お兄ちゃんをからかう事です」
と答えたために、一同爆笑が起こった。
正直、僕の立場がない。
「はーい、とても面白かったわ。では次、このクラスで唯一の男子、新屋敷竜馬君」
ちょ! ちょっとその言い方はやめて欲しいな、と思いながら起立する。
「え~っと。新屋敷竜馬です。両親が妹の和葉の事が心配だということで、妹と同じ高校に入学しました」
これで少しは好感度があがるかな?
「でも実際はお小遣い二倍アップで、高価なゲーミングパソコンを買ってもらっていま~す」
と和葉が付け加えた。
「ちょ、和葉!」
と見ると、ニヤッと笑っている。全くこの妹は!
「あ、あなた達二人は、いやらしい関係じゃないのね?」
と相生さん。すると、
「お風呂は数え切れないくらい一緒に入っていま~す」
とまた和葉がいらない事を言い出す。ここでさすがに悲鳴が上がった。
「ちょ! ちょっと! 小学生の時までだから」
とまた「な~んだ」と収まる。和葉を見ると、またニヤッとしていた。そして僕は、
「小学と中学までは野球をしていました。趣味はゲームです」
と言うと着席した。
「ふん! 野球とゲームね」と吐き捨てるように、相生さんは言ってプイッと僕から顔を背けた。
「あ~あ。嫌われちゃったか」
とため息をつくと、
「このモテモテ男子」
と和葉が小声で言う。
「は? 何、言ってんだ、お前」
と返すと、
「相変わらずの鈍(にぶ)チン」
と前を向いた。
正直、どういう意味かさっぱりわからん。
相変わらず、視線を感じて周りを見渡すと、
「女の子達、みんな僕と視線を外すんだよな。特に」
と相生さんの方をまた見た。
相生さんは睨んでいた目線を逸(そら)して、すぐに下を見るのだった。
そしてチャイムが鳴り、休憩時間になった。
すると相生優子さんがこちらに近づいてきたのだった。
えっ! なになに? 何かまた言われるのか?
僕は緊張した。
登場人物。
新屋敷竜馬。
妹の和葉のボディガードを頼まれて、同じ私立如月(きさらぎ)学園へ入学した野球少年。
公立中学でギリギリレギュラーの実力。勉強は普通。運動も普通。
妹からは慕われている。
新屋敷和葉。
新屋敷竜馬の双子の妹。二卵性双生児なので顔はあまり似ていない。
勉強と運動共に優秀な美少女。身長は竜馬よりも二十センチ低い一六〇センチ。
兄のことは大好きでどうしても兄と同じ高校に通いたいという目標を実現した。
三上小夏。
新屋敷兄妹の家の近所に住む幼稚園からの幼なじみ。
短距離走で県大会二位の実力で如月高校のスポーツ推薦で入学を果たす。
身長一七〇センチで男っぽい雰囲気なので、竜馬は気を許しているが、小夏は竜馬に好意を抱いている。
新屋敷兄妹を「竜ちゃん」「和ちゃん」と呼ぶ。
前田千恵。
竜馬と和葉のいる一年三組の担任。
二十五歳で可憐に見えるが、幼稚園から大学まで女子校だったこともあり、男性が苦手。
竜馬に対して上手くやろうとし過ぎて、慌てる事が多い。
相生優子。
出席番号一番。入学試験第二位で入学した秀才。ちなみに一位は和葉。
一六五センチと女子としては長身で、やたらと竜馬に絡んでくる。
口癖が「いやらしいわ」で、それに気づいた和葉は兄を出汁にして楽しんでいる。
実は優子は竜馬に一目惚れしているのだが、素直になれないでいる。
※この小説へのご意見・ご感想・誤字脱字・等がありましたら、お気軽にコメントして下さい。
お待ちしています。
2022年6月27日
※当サイトの内容、テキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
また、まとめサイト等への引用をする場合は無断ではなく、こちらへお知らせ下さい。許可するかを判断致します。
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ただでさえ再会したことと変わってしまったこと、そして過去にあったことで接し方に困っているのに成長した元義妹にドギマギさせられてるのに。
「矯正します」
「それがなにか関係あります? 今のあなたと」
冷たい視線は俺の過去を思い出させて、罪悪感を募らせていく。それでも、義妹とまた会えて嬉しくて。
今の俺たちの関係って義兄弟? それとも元家族? 赤の他人?
ノベルアッププラスでも公開。
かつて僕を振った幼馴染に、お月見をしながら「月が綺麗ですね」と言われた件。それって告白?
久野真一
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2021年5月26日。「スーパームーン」と呼ばれる、満月としては1年で最も地球に近づく日。
同時に皆既月食が重なった稀有な日でもある。
社会人一年目の僕、荒木遊真(あらきゆうま)は、
実家のマンションの屋上で物思いにふけっていた。
それもそのはず。かつて、僕を振った、一生の親友を、お月見に誘ってみたのだ。
「せっかくの夜だし、マンションの屋上で、思い出話でもしない?」って。
僕を振った一生の親友の名前は、矢崎久遠(やざきくおん)。
亡くなった彼女のお母さんが、つけた大切な名前。
あの時の告白は応えてもらえなかったけど、今なら、あるいは。
そんな思いを抱えつつ、久遠と共に、かつての僕らについて語りあうことに。
そして、皆既月食の中で、僕は彼女から言われた。「月が綺麗だね」と。
夏目漱石が、I love youの和訳として「月が綺麗ですね」と言ったという逸話は有名だ。
とにかく、月が見えないその中で彼女は僕にそう言ったのだった。
これは、家族愛が強すぎて、恋愛を諦めざるを得なかった、「一生の親友」な久遠。
そして、彼女と一緒に生きてきた僕の一夜の物語。
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散々利用されてから勇者パーティーを追い出された…が、元勇者パーティーは僕の本当の能力を知らない。
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僕こと…ディスト・ランゼウスは、経験値を倍増させてパーティーの成長を急成長させるスキルを持っていた。
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……とまぁ、ここまでは良くある話。
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遂には、大魔王ドゥルガディスが収める魔大陸を攻略すると言う話になっていた。
「おやおや…もう魔大陸に上陸すると言う話になったのか、ならば…そろそろ僕の本来のスキルを発動するとしますか!」
それから数日後に、ディランとパーティーメンバー達が魔大陸に侵攻し始めたという話を聞いた。
なので、それと同時に…僕の本来のスキルを発動すると…?
2月11日にHOTランキング男性向けで1位になりました。
皆様お陰です、有り難う御座います。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
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アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
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※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
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