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【1-1】山田伊織。あなた、男性だったの! 占い祓い屋風雷館ってこのカレー屋ですか?

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【1-1】占い祓い屋風雷館には風神・雷神・吸血鬼の娘がいる!

     東岡忠良(あずまおか・ただよし)

【1-1】山田伊織。あなた、男性だったの! 占い祓い屋風雷館ってこのカレー屋ですか?

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──【1-1】──

「これからどうすればいいんだ……」
 山田伊織は子供達がはしゃぐ声のする公園のベンチに、肩を落として座っていた。
 身長は一八〇センチあり、がっしりというよりは細めの青年で、今は辛い境遇のせいで暗い表情をしているが、顔は優しそうで爽やかなイケメンである。
 そんな整った顔立ちの彼の手持ちのお金は、ついに一万円を切ってしまった。
 持ち物と言えば、大学二回生で使うであろう教材と書類。そして少しの着替えなどが入ったキャリーバッグと来月四月で料金滞納で使用できなくなるであろうスマートフォンである。
「まさか、親父(おやじ)の会社が倒産してしまうなんて……」
 突然の出来事だった。  
 会社兼事務所だった一軒家は、あれよあれよという間に差し押さえられ、伊織はやってくる黒服でいかつい債権者に、
「お前の親父はどこ行った!」
 と何ども聞かれながら、取りあえず最低限必要な物を持ち出して、長年住んていた家を後にした。
 落ち着いて考えたり、スマートフォンで調べてみると自分自身の浅はかさに気がついた。
「ヤミ金関係の連中だったのかもしれない。出て行かずに弁護士を頼めば、最低限の生活が補償されていたかも……」
 だが何よりも、 
「親父が僕を捨てて勝手に出て行ってしまったことが信じられない……」
 中学二年の時に母が他界してから、親子二人で必死にやってきた。
 伊織が高校二年の時に、親父が設立した会社が軌道に乗り高い利益を出したまでは、本当によかった。
 電車で二十分ほどで通える大学の学費も出してくれていたのだが……。
「僕は親父に捨てられた……。住むところがない……。大学も二回生までで辞めないといけないかも、だな……」
 学費の支払いは先払いだったお陰で、新二回生の一年間は大丈夫なのだが、三回生になるには最低限百二十万円は必要である。
 家を持たない自分を働かせてくれるところなんてあるのか?
 伊織はまた、ため息をついた。
「いやいや、落ち込んでいる場合じゃない。せめてバイトくらいは今日見つけよう」
 と先ほどネットカフェで充電したばかりのスマホで求人サイトを検索するが、
「ダメだ……。どこも必ず住所を入力しなくちゃいけない……」
 今、ホームレスの自分には高いハードルだった。
 求人サイトを閉じると、ニュース速報が表示された。
『暴力団幹部を銃で襲撃した二人組の男が逃走中』と出て、顔写真を見ると、中年の男はスキンヘッドで、それよりも若い男は長髪だった。二人共、無精髭を生やし、目つきが鋭い。
「人相の悪い二人だな」
 と思い襲撃場所を見ると、隣町のようだった。
「怖いな。こんなところにいつまでも座っていられないな」
 と焦りを感じる。
 ふと視線を感じて顔を上げると、母親らしき女性らがやって来ては、子供達の手を引いて去っていく。去り際に伊織の方を警戒するようにして、避けながら公園を出ていくのである。
「確かに平日の午前中に、一人で公園のベンチに座っていたら怪しまれるか」
 とまたも、ため息がでたが、
「そうだ。求人サイト以外でバイトの募集ってないかな?」
 とダメ元で検索してみると、
 占い祓い屋風雷館(うらないはらいやふうらいかん)。住み込みでのアルバイト募集中。 
 と出てきた。
「住み込みだって! それって好条件じゃないか。それにここから近い。大学にも近い」
 藁(わら)にも縋(すが)る気持ちとは、まさにこのことだと募集要項を読んでみると、
 ご希望の面接日時とお名前を教えて下さい。
 普通免許をお持ちの方、大歓迎。
 と書かれていた。
 伊織は一時間後に面接時間を決めた。
 メールの内容は、
 山田伊織と申します。四月から海西大学二回生になります。普通免許はあります。面接時間は十時三十分でお願い致します。
 と入力して送信した。
「一時間後って焦っているように思われるかもな。午後からとかにすればよかったかも……」
 それともう一度、内容を読み直してみると、
「占い祓い屋風雷館? これってとてつもなく怪しげじゃないか? 大丈夫なのか、ここ?」
 と思っていたら、すぐに返事がきた。
「応募をありがとうございます。面接担当の西園寺・フェラ・梅です。十時三十分にお待ちしています。もし、場所が分からなかったり、来られなくなったりしましたら、添付した地図の下に書かれている番号へ電話して下さい」
 とあった。
 だが!
「面接担当。西園寺・フェラ・梅? え? なに? この名前? 本名なの?」
 と背中に冷や汗を感じた。
「占い祓い屋風雷館……。面接担当。西園寺・フェラ・梅って。求人サイトには載っていないし……。これって行っていいのか?」
 頭の中に黒服のイカツい債権者達の姿が浮かんだが、
「いや。もう行くしかない。僕にはもうここしかないんだ……。それにいざとなったら全力で逃げ出せばいい」
 そう考えてキャリーバッグは、最寄り駅のロッカーへ入れて、添付されていた地図を見ながら歩いて行った。
 思いの外、簡単に近くまできたのだが、
「ここのはずなんたけど……」
 地図で確認すると、こじんまりとしたビルがあり、その一階には『ワンコインカレー・梅』という店が入っており、その店の前では小学校高学年くらいの女の子が掃除をしていた。
「平日のはすなのに、学校はどうしたんだろう? 何か家庭の事情なのか? それにしてもあんな子供に掃除をさせるなんて」
 と少し怒りが湧いてきた。
 約束の時間まではまだある。確かにこのビルのはずだがカレー屋しかない。
 伊織はその女の子に聞いてみることにした。
「ねえ。お嬢ちゃん」
 と笑顔で声をかける。
「はい。なんでしょうか?」
 と意外としっかりとした声で返ってきた。
「この辺りでさ。占い祓い屋風雷館って知っているかな?」
 と訊ねた。
 女の子は、伊織の頭の先から足元を見ると、
「なんのご用でしょうか?」
 と訊いた。
 誤魔化す必要もないと思い、
「僕、十時半から風雷館で仕事の面接があって……」
 と言うと、
「風雷館で面接ですって! 確かお名前は山田伊織さんでしたよね」
「はい」
「女の子じゃないの?」
 と驚いた。
「まあ、仕方がないわね。ついてきて下さい」
 と小柄な身体でカレー店のシャッターを開けると、
「どうぞ」
 と言われ、一番奥の四人掛けのテーブルに座った。
 伊織の向かい側に女の子は座り、自分のスマートフォンを触り出した。
「しまったわ。これは確認しなかった私のミスだわ。お名前から性別を勝手に女の子だと思い込んでしまった」
 と少し曇った表情をした。
「あのう……」
「なんでしょう?」
「面接担当の西園寺・フィラ・梅さんはおられませんか? もしかしてお母さんなのかな?」
 と伊織が言うと、
「私が西園寺・フィラ・梅だけど」
 と答えた。
「え。あなたが面接担当の西園寺さんですか?」
「そうよ。おかしい?」
 と言われたが、見た目はどう見ても小学高学年女子である。
「もしかして、この服がよくないのかな? でも仕方がないのよ。私の体格に合うサイズの服って、こういうヒラヒラの付いた子供服しかなくってさ」
 と胸元の服を引っ張った。
「ああ。そうですか……」
 と言うと、
「四月から大学二年生なのよね。二十歳くらいかしら。大学は偏差値の高い海西大学なのがいいわ。そうそう。免許もあるのね」
「はい。オートマ限定じゃなくマニュアル車を運転できるやつです」
「それは助かるわ」
 と明るい声で言ったが、
「条件にぴったりなんだけとね。男性っていうのがね。事前に知っていたら断っていたわね」
 と右手人差し指でテーブルを叩いている。
「男はダメなんですか? それなら事前に募集要項に書いておいてくれたらよかったんですけど」
 と言うと、
「その通りなんだけど、今は求人による男女差別をなくそう、とかいう決まりがあってね。事前に書けないのよ。本当に無駄よね。まあ、普通は名前を見たらどちらかすぐに分かるから、その時点でお断りしているんだけど」
 と困っている。
「どうして男だとダメなんですか?」
 と伊織が訊くと、
「うちって私も含めて住んている子らが女の子ばかりなのよ。山田伊織さんは私の求人の条件を満たしてくれていて雇(やと)いたいんだけど」
「はい」
「女の子達が何て言うかよね……」
 とため息を付いた時に、西園寺・フィラ・梅は驚いた様子で椅子から立ち上がった。
「人が並んでいる! もう、十一時五分前だわ! 開店させないと!」
 と言い、
「山田君はそこのカウンター席のこの隅に座って待ってて。後でカレーを持っていくから食べてって。お店が落ち着いたらまた面接しましょう」
 と言いながら、手を念入りに洗ってから、カウンター横のロッカーからエプロンを出して素早く着けると、
「おまたせしました。今、開店致します」
 と店の扉の鍵を開けた。

2023年12月12日

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