君は僕がいなくても大丈夫だろう……、ってそんなの当たり前じゃないかしら。

紗綺

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番外編

僕たちの今

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コーヒーの良い薫りがしてきて、にらめっこしていた資料から顔を上げる。
少し休憩にしませんかと声をかける妻に微笑み資料を伏せた。
あまり根を詰めないでくださいねと控えめな心配に曖昧に微笑む。
無理はしていないが今が頑張り時だと思っているのでつい休むのが遅くなっている。
初めて研究が実用化され注目が集まっている今、早めに次の研究に取り掛かっておきたい。
コーヒーを味わい妻にお礼を言って資料に戻る。
仕方ないといった顔をした妻がカップを片付ける音を聞きながらページを繰った。




先に就寝した妻を起こさないよう、手元の灯りでメモを綴る。
こうして研究の計画を立てていると思う。

彼女はずいぶん先を見越していたのだと。
幼馴染であり、婚約も交わした彼女は幼い時から才気煥発な子だった。
あの頃彼女に見えていたものが、最近ようやく見えるようになったのだ。
研究を続けるのにはお金がいる。
時間がかかる研究だってあるし、自分の全てを研究に捧げたければ援助が必要で、それには実績がいると。
彼女と別れた後、僕が残していった研究が実用化されたとき気づいたんだ。
その利益があればどんな形であっても研究を続けられた。
その道を作ろうと彼女が力を尽くしてくれていたことを。

けれど、そうだったと知っても、やっぱり僕には不相応だったと思う。
あの研究を僕が成して経済面の苦労がなくなっても、今度は自分の功績がプレッシャーになって苦しんだだろう。

だから、これでよかったんだ。


ただ妻には申し訳なく思う。

彼女は有名だ。
実家の名声だけじゃなく、僕との婚約時代に自分で築いた資産と人脈は多岐にわたり、実家を出て才能を開花させた才女と引く手数多だと聞いた。

法律家と婚約したときもすごい噂になっていた。
そしてその度事情を知っている人から言われるのだ。
あの彼女から婚約者を奪った身の程知らずと。
あるいは僕では彼女には釣り合わなかった、控えめな妻とはお似合いだと。

僕がもっとしっかりしていたら妻にそんな思いをさせずに済んだのに。
妻のためにも立ち止まっていられない。
もっと頑張らないと。

切りの良い所でペンを置き妻の眠るベッドに入る。
眠気に目を閉じる寸前、僕の話を笑顔で聞いてくれた彼女の姿を思い出した。
妻とは研究の話はしない。
たまに夢中なって僕が一方的に話してしまうことはあるが。
その時も妻は何も言わず静かに聞いている。
彼女のように色々と質問してくることはない。

愛してはいなかったと彼女は言った。
初めて見た、傷ついた瞳で。
あの時僕がもっと彼女をちゃんと見ていたら、何か違っていただろうか。
少しの後悔と彼女の幸せを願う思いは心の底で固まって、取れそうにないけど。

僕が彼女にできることはもう何もない。
腕の中の妻を大切にすることだけを考えていこう。
それが僕にできる精一杯のことだから。











こちらで完結となります。
番外編まで目を通してくださりありがとうございました!

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感想 1

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みんなの感想(1件)

さくら夏目
2024.09.29 さくら夏目

浮気男は自分を正当化するのにさぞ忙しかった事でしょう…別れるまで

お互いにハッピーエンドは良かったです✨

お互いに愛ある結婚が出来て幸せになれるのね(⁠^⁠3⁠^⁠♪

やっぱりこういう事ってなるようにしかなりませんね

紗綺
2024.10.20 紗綺

読んでいただいてありがとうございます♪
浮気中、問い詰められることがなかったので頭の中でずっと正当化する言葉と言い訳がぐるぐる回っていたと思います。

お互いにハッピーエンドが良かったと言っていただけてうれしいです。
浮気男も幸せになるのでどうかなとちょっと反応にドキドキしてました。

元婚約者はメンタル弱い子でしたが主人公との別れを経て自立の必要にかられ少し芯が強くなったようです。

どこかで2人の考えが噛み合っていれば幼馴染同士で幸せにもなれたかもしれませんが、合わずに上手く行きませんでしたね。

でも、お互いに幸せになれました✨️

そのときそのときで一生懸命選んだ結果で、本当なるようにしかならないものだと思います。

遅くなりましたが、感想ありがとうございました!

解除

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