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関係が終わるとき
しおりを挟む婚約して1年を迎える頃、関係の終わりはやってきた。
連絡なしで家を訪れると嫌な顔をされたり、待たされることが増えたとは感じていた。
初めの頃は私が訪れるとすぐに招き入れて、嬉しそうに笑ってくれたのに。
前はしていた家の掃除も、忙しいだろうからしなくていいと言われるようになって。
気がついてはいたわ。
私が片づけをしなくても、部屋に埃が溜まることが無くなっていたのは。
それでも構わなかった。
約束があったから。
別れてほしい、そう言った彼をじっと見返す。
目を伏せる彼は別れを言い出した側には見えないほど沈んでいた。
「どうして?」
彼の研究も決定的な成果こそ無いものの目敏い者の興味を引いている。
最近は研究に実が入っていないようだけれど、スランプは誰にでもあることで気にすることはない。
実を結べば彼の研究者としての地位は確固たるものになる。
別れなきゃいけない理由が私には考えつかなかった。
感情が乗らない声での問いかけが彼を追い詰めたのか、僕が悪いと謝罪を口にする。
謝ることなど、些細なことしかないのに。
「君も気づいているだろう、僕が他の人を愛してしまったことを」
「ええ」
気づかないわけがない。
他の人の気配がし始めた家。
もう食事を忘れたりしないから買ってこなくていいと言われた焼き菓子に、綺麗に片付いた部屋。
料理なんてしないはずの家で彼が好む料理に使われるハーブの香りを感じるようになったこと。
研究に適した静かな町はずれの家に訪れる時によくすれ違う人から同じ香りがしたことも。
全部気がついていた。
けれど、それが何だと言うのでしょう。
「それだけならすぐに私と別れなくても良いでしょう?
私は約束通りあなたを支えるし、あなたもこれまで通り研究に没頭できる環境を望めるわ」
私たちは二人とも結婚するにはまだ早い。
この街で十代のうちに結婚する人は珍しい。
あと数年ゆっくりと将来のことを考えてからでは駄目なんだろうか。
「将来的に婚約を解消するとしても、それが今でなければならない理由はないのでは?」
彼の愛する人と別れる必要もない。
もちろん気持ちの上で私の存在が負担だというのは理解する。
その人が彼の生活を支えてくれるのなら私は研究のための環境を整えるだけで構わない。
「新しく契約を結び直しても構わないわ。
そうすればあなたにもあなたの愛する人にもより良い未来が開けると思……」
「それが負担なんだっ!」
私の提案に彼が叫ぶ。
それは、私が今まで聞いたことがない悲痛な声だった。
結果を出せない焦りと不安に苛まれていたとき心を支えてくれた彼女を愛するようになったという。
私が与えた家と金で暮らしながら満足のいく結果を得られない自分が不甲斐なくて、私と顔を合わせるのが辛くなったとも。
もう、僕も僕の研究も諦めてくれと告げられる。
それは……。
「君は、僕がいなくても大丈夫だろう?」
苦しそうな顔で言う彼に何を言うのかと声を上げる。
「あなたがいなくても大丈夫なんて、そんな……」
訴えるような瞳に微笑みかける。
――そんなの、当たり前じゃない。
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