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番外編
とある竜族との遭遇
しおりを挟む街中でウォルドを見つけて手を上げる。
丁度良かった。
発情期の時にアルヴィスに事情を説明しに行ってもらったお礼をしようと思ってたんだ。
「ウォルド、丁度良かったよ。
この間のお礼を選ぼうと思っていて、せっかくだからウォルドの好みを聞いていいかな」
「あ? 別にいつもの銘柄そのままでいいってのに」
礼は酒でいいって言ってたけど、いつもと同じヤツじゃつまらないし。
「まあまあ、アルヴィスはお酒に詳しいから好みに合うものを選んでくれると思うよ。
つまみもいつも美味しいしね」
「で、お前は食って飲むだけか」
痛いところを突かれたので笑って誤魔化し、先に行きつけの酒店に向かったアルヴィスに合流する。
ウォルドの姿に少しだけ驚いた顔をしたけれど、お礼をしたいということは話してあったので、ウォルドの好みを聞きながらこれはどうかと話し合っていた。
アルヴィスの説明にウォルドも興味を示している。
拘りはなくても美味しい物が良いのでよく飲む銘柄や味の好みを細かく伝えているみたい。
元々知らない仲ではないしぶっきらぼうに見えるウォルドとも普通に会話をしていた。意外と話が盛り上がっている。
「おい、決まった」
エイルが少し離れたところで並んだお酒を眺めている間にもう決まったらしい。
好みがはっきりしてると決まるのも早いね。
会計を済ませ店を出る。アルヴィスはまだお店の人と話をしていたのでエイルも先に出てきた。
ウォルドはどうやらこのまま城に帰るらしい。帰って飲む気なのかな、まだ明るいけど。
「ウォルド、本当にありがとう」
「別に、大したことじゃねえよ。
あいつはけっこう上手くお前を乗せてるみたいだし、俺が間に入らなくても何とかなっただろ」
エイルが離れてた間に何話してたんだろ?
考えても良いことはなさそうなので言いたいことだけ伝える。
「通常のときならそうかもね。
でもあの時はそこまで考える余裕なかったし、本当助かったから」
「その礼がこれなら首突っ込んだ甲斐が合ったな」
楽しそうな口元がお礼に満足してると伝えてきた。
じゃあ飲み過ぎないようにね、と別れの言葉をかけたエイルへ軽く手を上げてウォルドは背を向けた。
聞かないつもりかと苦笑する。
まだ店から出てこないアルヴィスの様子を見ようと酒店に一歩踏み出したときだった。
鋭い声に呼び止められる。
「ちょっと、アナタ。
どういうつもりなの?」
振り向くと、赤毛に緑の瞳の美しい女性がエイルを睨みつけていた。
ぱっちりと大きな瞳は少しつり目がちだけれど、勝気な顔立ちと合っている。
赤毛は緩く波打っていて、太陽の光を受けてキラキラと輝いていた。
腰に手を当てて背の高いエイルを睨み上げているせいか、豊かな胸が上を向いて存在を主張している。
なんというか、すごく男性に好まれそうな女性だ。
女性のエイルから見ていてもとても魅力的な容姿をしている。
エイルもアルヴィスが満足してくれるくらいには胸は豊かであると自負しているが、彼女はさらに少し大きそうで。
背の高いエイルと比べ、平均より少しだけ低い身長が愛らしさを強調している。
「ちょっと! 聞いてるの!?」
何よりもエイルの目を引いたのは赤い髪から僅かだけ覗く、尖った耳。
――竜族。
自身と同じように尖った耳が同族であることを教えてくれる。
けれど、同郷ではないだろう。
これほど見事な赤毛はエイルの国には少ない。おそらくここよりもう少し南方の国の竜族だ。
知り合いではない彼女にどうして睨まれているのだろうと不思議に思う。
その疑問はすぐに氷塊した。
「人の夫を馴れ馴れしく呼んで!
昼間っからお酒を選ぶなんてどういう関係なのよ!!」
きつく睨みつけているように見える瞳には薄っすらと涙の膜が張っていて、怒りに釣り上げた眉はわずかな不安を表すように顰められている。
――なるほど。
竜族にやたら詳しかった理由がこれでわかった。
「ちょっとぉ! だんまりってなんなのよ!
ウォルドにはちゃんと私っていう妻がいるんだからね!
同じ竜族だからって浮気相手なんか認めないわよ!」
興奮している彼女を落ち着かせようという理性より、ウォルドの浮気相手と言われた怒りの方が先に立った。
「ウォルドの相手なんて冗談きついんだけど」
同僚として先輩としてそれなりに大切な相手であるのは確かだけれど、この前のことでは感謝もしてるけど、それとこれとは別の問題だ。
「エイル、何騒いで……」
「私には、ウォルドとは比べものにならないくらい素敵な恋人がいるから」
ようやく店から出てきたアルヴィスの腕へ自らの腕を絡める。
自分の恋人はこっちだと伝え、アルヴィスの方が素敵だからと笑う。
「何よ、ウォルドだって格好いいんだから!
ちょっと怒ると怖くて、しつこ……い、け、ど……?」
自分の夫の方が素敵だと主張していた女性のセリフが途切れた。
横を見ると凄い顔をしたウォルドが立っている。
「久しぶりだな、レイア?」
「ウォルド……! そのっ」
「お前ら、嫁が悪かったな。
連れていくから気にすんな」
悪口になりかけたところを聞かれた女性、レイアさんが青褪めた顔でウォルドから逃げようとしているけれど、がっちりと腰を押さえられて逃げられない。
レイアさんは騎士ではない普通の女性のようなのであれは逃げられないだろうな。
ちらりとエイルに向けられた視線での懇願はスルーした。
パートナー同士の問題はお互いで解決するのが一番だよ。
ウォルドに渡したばかりのお酒を渡されて「飲んだら歯止めが効かねえから預ける」と言われたので素直に受け取って二人から離れる。
普段より細くなっている瞳孔がウォルドの精神状態を表している気がした。
同じようなことを体験した身として他人が入ると余計に危険なことがわかる。
去り際に発した「隊長に明日から3日間休むって伝えてといてくれ」という言葉にレイアさんが絶望の表情を浮かべていた。
二人を見送ってアルヴィスと目を見合わせる。
獣族の発情期って個人差はあるけれど、年に1~2回あったはずだ。
久しぶりと言われていたレイアさんはいつからウォルドと会っていなかったんだろう。
ウォルドが激情に駆られていたのは確かだけど、発情期ではないからまだマシなはず、……多分。
でも、3日か……。
発情期が終わる寸前の、あの日のアルヴィスはしつこかった。
あんな調子でもし3日間されたらと思うと寒気が走る。
連れ去られていった彼女にちょっと同情の念が湧いた。何にもできないけど。
「ウォルドに奥さんがいたとか初めて知ったよ」
同僚もウォルドは独身だと思ってるんじゃないかな。そういう話題聞いたことないし。
「ああ、どうりで色々詳しかったわけだな」
エイルたちの間に入ってくれたのも、自分たちのことがあったからかな。
なんだろう、嵐に巻き込まれた気分。
気分転換にお店に入ったけれど、話題はあの二人のことばかりになってしまった。
城に戻って隊長に伝えたら休暇は普通に通った。
出勤してきたらその分討伐に出すと言っていたので帳尻は合うんだろう。
物理的にレイアさんから離す意味合いもあるのかもしれない。
その間に彼女が回復しますように。
元気な姿を見ることがあったら、何をしたらあんなことになるのか聞いてみよう。
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