竜族の女騎士は自身の発情期に翻弄される

紗綺

文字の大きさ
15 / 29

目に見える変化

しおりを挟む
 

喉が渇いた。
目を開けると暗くなっている。せっかくの休みだというのに結局一日寝ていた。
息を吐いて頭を起こす。部屋の端を見て身体が硬直した。
鏡に映った自分の顔。その中に映る瞳が光っていた。
焔のような薄い橙の瞳がぼんやりと黄色みを帯びている。
金というよりは黄色い、そう、月のような……。
自分の顔なのに瞳の色が違うだけでそうと思えなくなる。
これも発情期の影響なのか。こんな目に見える反応が現れるなんて。
苛立ちに息を吐き出したところで扉が叩かれてびくっと体が跳ねる。
すぐに答えなかったからか、再度扉が叩かれる。

「エイル、いるのか?」

聞こえてきたアルヴィスの声にぴくりと耳が反応した。
わずかな間迷ってエイルは声を返した。

「アルヴィス? ごめん、立て込んでて」

普段なら立ち上がってすぐ扉を開けるのに、動けない。
視界に入る鏡像の瞳が光を増したように見えたからだ。

「忙しいと言っていたのにすまない。
どうしても少しだけ話したくて」

相手の事情を斟酌しないで訪ねてくるなんて珍しい。余程急ぎか重要な話なのだろう。
しかし、今のエイルにまともに答える気はなかった。
扉を開けて招き入れる。

「珍しいね、アルヴィスが連絡もせずに来るなんて」

真っ直ぐに視線が合わないよう注意しながら口を開く。
瞳の色がまぎれるよう灯りをつけていても近くで見られたら気づいてしまうかもしれない。
エイルは慎重に距離を測っていた。

「ああ、今度はちゃんと連絡を入れる」

律儀にそう返してくるアルヴィスに和みつつ話を促す。

「お前、体に異常はないか?」

「体? 特に異常はないけど」

一瞬発情期のことを聞かれたのかと思ったけれど、この国で竜族の発情期のことを詳しく知っている人間なんてそういないだろう。
アルヴィスともそんな話をしたことはない。
エイル自身も忘れていたくらい竜族は発情期が少ない種族だ。思い至るわけがないだろう。

「なら、良かったが」

安堵の息を吐いたアルヴィスを訝しむ。
そんなことをわざわざ聞きに来たんだろうか。この前はエイル自身もらしくなかった自覚はあるがあの程度ならおかしいと思われる範囲でもないはずなのに。

「話ってそれ?」

「ああ。
それからもうひとつ」

ふぅん、と相槌を打ちながら目を閉じる。
発情期の衝動を我慢している身からしたらその程度でわざわざ訪ねてこられても困る。
同じ空間にいるだけでも辛いのに、自身の状態を思い出させる質問をされては理性が破れそうだ。
あの夜の情動を思い出しそうになる。

「そんなことわざわざ聞きに来るなんてらしくないね?
あ、それともそれは建前で……、あの夜と同じことをしたくて来たとか?」

わざとらしく明るい声で聞くと平静だった顔が赤く染まった。

「ごめん、明日は勤務日だから、あんな濃厚な夜は過ごせないかな」

「エイル!」

からかう声音のエイルにアルヴィスが怒る。
怒りたいのはこっちだよ。全く、人の気も知らないで。
質の悪い冗談に怒って出ていくかと思ったのに心配そうな表情に変わる。

「お前、やっぱり変だぞ。
体調が悪いんじゃないのか?」

開けていた距離に踏み入る一歩。
伸ばされる手がやけにゆっくりに見えた。
――触れたい。

この手がもたらす快感を知っている。
思考が麻痺したように動けない。

額に触れる指が髪をかき上げた。
顔を覗き込まれそうになって我に返る。

「……っ、離れて」

瞳を伏せながら半歩下がる。戸惑う気配を感じたけれど態度で問うことを拒否した。

「何もないから帰ってくれる?
本当に余裕があまりないんだ」

偽りではない言葉を吐きながらアルヴィスを追い出す。
背中を押す手は乱暴にならない程度に強い。
もう、限界だった。

「待て! まだ話が……!」

言い募ろうとするアルヴィスを無視して扉を閉める。
扉を叩く音にも答えないでいると、閉めた扉の向こうから静かな声がした。
エイルが聞いているのを知っているように。

「エイル、今はダメでも落ち着いたら話がしたい」

落ち着いたら、の言葉に胸が騒ぐ。
アルヴィスが知っているわけがないのに、どうしてなんだろう。
エイルの状態を知っているみたいな言い方をする。

「一緒にいたいんだ」

唐突な告白に震えが走った。
どうして今そんなことを?
態度で大切にされているとか尊重されていると感じたことはある。
けれどそんな単純な言葉を貰ったことはなく、エイルからも伝えたことはない。

「これからもお前の側に」

ぞわりと背筋を撫でるような感覚を覚える。
発情の兆しに呼吸を震わせながら座り込む。
扉を開ければすぐそこにいる恋人の気配が否応なしに感情を刺激する。

――ダメ、だ。
拳を握って扉に手を掛けたくなる衝動を抑える。
応えないでいるとしばらくして気配が去っていった。
こんなときでなければ親愛を示して私もだよと答えられただろう。
今は、ムリだ。
扉で物理的に隔てられていなければ、あの夜のように一方的に行為を仕掛けていたかもしれない。
いや、もっと酷いかもしれない。
衝動は日増しに激しくなっている。
もし力で押さえつけて欲望をぶつけることになんてなったら、もう合わせる顔がない。
黄みを帯びた瞳が見返す鏡を伏せる。

「私だって離れたいなんて思ったことはないよ」

伝えたかった言葉は静かになった部屋に落ちて、アルヴィスに届くことはなかった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【完結】初恋の彼に 身代わりの妻に選ばれました

ユユ
恋愛
婚姻4年。夫が他界した。 夫は婚約前から病弱だった。 王妃様は、愛する息子である第三王子の婚約者に 私を指名した。 本当は私にはお慕いする人がいた。 だけど平凡な子爵家の令嬢の私にとって 彼は高嶺の花。 しかも王家からの打診を断る自由などなかった。 実家に戻ると、高嶺の花の彼の妻にと縁談が…。 * 作り話です。 * 完結保証つき。 * R18

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

貴方の側にずっと

麻実
恋愛
夫の不倫をきっかけに、妻は自分の気持ちと向き合うことになる。 本当に好きな人に逢えた時・・・

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

処理中です...