竜族の女騎士は自身の発情期に翻弄される

紗綺

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目に見える変化

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喉が渇いた。
目を開けると暗くなっている。せっかくの休みだというのに結局一日寝ていた。
息を吐いて頭を起こす。部屋の端を見て身体が硬直した。
鏡に映った自分の顔。その中に映る瞳が光っていた。
焔のような薄い橙の瞳がぼんやりと黄色みを帯びている。
金というよりは黄色い、そう、月のような……。
自分の顔なのに瞳の色が違うだけでそうと思えなくなる。
これも発情期の影響なのか。こんな目に見える反応が現れるなんて。
苛立ちに息を吐き出したところで扉が叩かれてびくっと体が跳ねる。
すぐに答えなかったからか、再度扉が叩かれる。

「エイル、いるのか?」

聞こえてきたアルヴィスの声にぴくりと耳が反応した。
わずかな間迷ってエイルは声を返した。

「アルヴィス? ごめん、立て込んでて」

普段なら立ち上がってすぐ扉を開けるのに、動けない。
視界に入る鏡像の瞳が光を増したように見えたからだ。

「忙しいと言っていたのにすまない。
どうしても少しだけ話したくて」

相手の事情を斟酌しないで訪ねてくるなんて珍しい。余程急ぎか重要な話なのだろう。
しかし、今のエイルにまともに答える気はなかった。
扉を開けて招き入れる。

「珍しいね、アルヴィスが連絡もせずに来るなんて」

真っ直ぐに視線が合わないよう注意しながら口を開く。
瞳の色がまぎれるよう灯りをつけていても近くで見られたら気づいてしまうかもしれない。
エイルは慎重に距離を測っていた。

「ああ、今度はちゃんと連絡を入れる」

律儀にそう返してくるアルヴィスに和みつつ話を促す。

「お前、体に異常はないか?」

「体? 特に異常はないけど」

一瞬発情期のことを聞かれたのかと思ったけれど、この国で竜族の発情期のことを詳しく知っている人間なんてそういないだろう。
アルヴィスともそんな話をしたことはない。
エイル自身も忘れていたくらい竜族は発情期が少ない種族だ。思い至るわけがないだろう。

「なら、良かったが」

安堵の息を吐いたアルヴィスを訝しむ。
そんなことをわざわざ聞きに来たんだろうか。この前はエイル自身もらしくなかった自覚はあるがあの程度ならおかしいと思われる範囲でもないはずなのに。

「話ってそれ?」

「ああ。
それからもうひとつ」

ふぅん、と相槌を打ちながら目を閉じる。
発情期の衝動を我慢している身からしたらその程度でわざわざ訪ねてこられても困る。
同じ空間にいるだけでも辛いのに、自身の状態を思い出させる質問をされては理性が破れそうだ。
あの夜の情動を思い出しそうになる。

「そんなことわざわざ聞きに来るなんてらしくないね?
あ、それともそれは建前で……、あの夜と同じことをしたくて来たとか?」

わざとらしく明るい声で聞くと平静だった顔が赤く染まった。

「ごめん、明日は勤務日だから、あんな濃厚な夜は過ごせないかな」

「エイル!」

からかう声音のエイルにアルヴィスが怒る。
怒りたいのはこっちだよ。全く、人の気も知らないで。
質の悪い冗談に怒って出ていくかと思ったのに心配そうな表情に変わる。

「お前、やっぱり変だぞ。
体調が悪いんじゃないのか?」

開けていた距離に踏み入る一歩。
伸ばされる手がやけにゆっくりに見えた。
――触れたい。

この手がもたらす快感を知っている。
思考が麻痺したように動けない。

額に触れる指が髪をかき上げた。
顔を覗き込まれそうになって我に返る。

「……っ、離れて」

瞳を伏せながら半歩下がる。戸惑う気配を感じたけれど態度で問うことを拒否した。

「何もないから帰ってくれる?
本当に余裕があまりないんだ」

偽りではない言葉を吐きながらアルヴィスを追い出す。
背中を押す手は乱暴にならない程度に強い。
もう、限界だった。

「待て! まだ話が……!」

言い募ろうとするアルヴィスを無視して扉を閉める。
扉を叩く音にも答えないでいると、閉めた扉の向こうから静かな声がした。
エイルが聞いているのを知っているように。

「エイル、今はダメでも落ち着いたら話がしたい」

落ち着いたら、の言葉に胸が騒ぐ。
アルヴィスが知っているわけがないのに、どうしてなんだろう。
エイルの状態を知っているみたいな言い方をする。

「一緒にいたいんだ」

唐突な告白に震えが走った。
どうして今そんなことを?
態度で大切にされているとか尊重されていると感じたことはある。
けれどそんな単純な言葉を貰ったことはなく、エイルからも伝えたことはない。

「これからもお前の側に」

ぞわりと背筋を撫でるような感覚を覚える。
発情の兆しに呼吸を震わせながら座り込む。
扉を開ければすぐそこにいる恋人の気配が否応なしに感情を刺激する。

――ダメ、だ。
拳を握って扉に手を掛けたくなる衝動を抑える。
応えないでいるとしばらくして気配が去っていった。
こんなときでなければ親愛を示して私もだよと答えられただろう。
今は、ムリだ。
扉で物理的に隔てられていなければ、あの夜のように一方的に行為を仕掛けていたかもしれない。
いや、もっと酷いかもしれない。
衝動は日増しに激しくなっている。
もし力で押さえつけて欲望をぶつけることになんてなったら、もう合わせる顔がない。
黄みを帯びた瞳が見返す鏡を伏せる。

「私だって離れたいなんて思ったことはないよ」

伝えたかった言葉は静かになった部屋に落ちて、アルヴィスに届くことはなかった。


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