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エイルの怒り ★
しおりを挟む灯りの無い、廊下の奥。
研ぎ澄まされた聴覚がこちらに近づいてくる足音を拾う。
足音の主が恋人と確信を得て息を潜める。
慣れ親しんだ自室だからか灯りは持っていない。
聞こえてくる足音だけで慎重に距離を測り、扉を開けようとした瞬間手を掴んだ。
そのまま手を引き、身体を反転させ扉に背を押し付ける。
密着した姿勢で顔を覗き込むと、びくりと肩を跳ねさせた恋人の瞳がエイルを捉えた。
至近距離で見つめる青は何時ぶりか。
いつもは心を躍らせるその色に、エイルの胸に浮かんだのは苛立ちだった。
「久しぶりだね、アルヴィス」
取りあえず笑顔を浮かべているがそれが柔らかいものでないことは自覚している。
「エ、エイル……」
名前を呼んで固まったアルヴィスもそれがわかるようで、触れた肩から緊張が伝わる。
「どうしたのかな? ずいぶん緊張してる」
肩に掛けた手と反対の手で頬を撫でる。
覗き込んだ青は避けていた相手が現れたことに動揺していて、その様子に苛立ちが増す。
アルヴィスの同僚の、不在を告げたときの気まずそうな顔。
意識は奥の部屋に向いていたのでそこにいたのは間違いないだろう。
関係者以外立入禁止の部屋に私事で踏み込むことはしなかったが、明確に避けられたことにふつふつと怒りが湧いた。
顔を引き攣らせていた文官を気遣う余裕がないくらいには。
「アルヴィス、私に言いたいことはないかな?」
なんでもいい。
避けていた言い訳でも謝罪でも。
「な、何も無いが」
意図的に避けていたくせに?と胸の内で呟く。
「何も?」
もう一度問いかける。
柔らかく問いかけたはずの声は、自分でも恐ろしい響きをしていた。
問いかけている間ずっと見つめていた瞳がすっと逸らされる。疚しいことがあるときの動きだ。
灯りの無い暗がりであろうとも竜族であるエイルにはしっかりと見えていた。
言い様のない苛立ちが胸を支配する。
こんなに怒ったのはいつぶりだろうか。
「そう」
静かな声で発した呟きにほっとしたのか力を抜いたアルヴィスの肩をゆっくりと扉に押し付ける。
「エイル?」
戸惑ったような声で名前を呼ぶアルヴィスへ微笑み、くちづけを落とした。
「……!」
驚いた表情でエイルの肩を押しやろうとするアルヴィスの手をやんわりと外して首筋を撫でる。
深く受け入れる気のなさそうな唇を一舐めし、そのまま頬、耳元、首筋へとくちづけを移していく。
撫でていた首筋を唇で食むと大きな反応があった。
「……っ、待て、エイル!」
動揺以外の気配が混じったことに笑みを浮かべ愛撫を続ける。アルヴィスの制止は無視した。
気づかれないよう左手でシャツのボタンを下から外していく。右手の指の先でうなじを撫でると小さく息を詰める。
アルヴィスの弱い場所へくちづけを繰り返す。
首筋はエイルも触れられるのが好きな場所だ。エイルにそこで快楽を得られると教えたのはアルヴィスだった。
執拗なほど首筋への愛撫を繰り返す。
抵抗が微かなものになったのを感じ、すでに半分ほどボタンを外したシャツの隙間から手を入れる。
びくりと震えて身体を引くが、逃げられないよう脚の間に膝を入れているため動けない。
男とはいえ特に鍛えているわけでもないアルヴィスと、竜族で騎士として身体を鍛えているエイルでは力はエイルに軍配が上がる。
怖がらせたくないため力で押さえつけたりはしないが。
指先で腹を撫でれば切なげな吐息を漏らす。
その気にさせれば途中で止められる男はそういない。いつか聞いた知識をもとに弱い部分を攻めた。
さりげなく視線を落とせば興奮の証が見える。
口元を吊り上げ着衣の上から触れるとアルヴィスから待ったがかかった。
「止めろ!
ここは外だぞ、誰かに見られたら……」
焦った様子のアルヴィスに笑いを含んだ声で返す。
「これだけ暗ければ見えないんじゃないかな」
人族には、と声を出さずに呟く。
エイルには全て見られていると気付いたら興奮が醒めるかもしれない。
「そういう問題じゃない!
……!」
小声で抗議を上げる唇を深いくちづけで塞ぎ、腰で膨らみに触れる。
びく、と身体を揺らしエイルを睨みつけるアルヴィスの瞳には、すぐには消えない情欲の炎があった。
招き入れられた私室で深いくちづけを交わす。
くちづけは大して経験のないエイルより、アルヴィスの方が上手いので主導権を奪い返されてしまう。
扉を潜る前であればうやむやにして追い返されていたかもしれない、そう思うと悔しさに苛立ちが混じる。
部屋に入る前から乱していたシャツはボタンが全て外され肌が見えている。
鍛えているわけではないがだらしない身体でもなく、ほっそりとした腹や腰にはちゃんと筋肉が付いている。騎士団の同僚とは比べるべくもない薄さではあるが。
アルヴィスが自分の袖のボタンを外している間にエイルは着ている衣服を全て脱いだ。
いつもはアルヴィスが脱がせたがるので委ねていたが、今日はアルヴィスに合わせるつもりはなかった。
そう、いつもはアルヴィスがエイルの服に手を掛けるのが合図になっていた。それがない日はそういう気分じゃない日なのだろうと思っていたので自分から誘いを掛けたことはない。
夜の誘いに限らず色々な選択を任せていた。
だからなのかな。
それがこのすれ違いなのか。小さな後悔が胸をよぎる。
が、それを塗りつぶしていくのは避けられた怒りで。
結局のところ、エイルは全く冷静ではなかった。
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◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
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