竜族の女騎士は自身の発情期に翻弄される

紗綺

文字の大きさ
上 下
13 / 29

不安定な感情

しおりを挟む
 

鳥の声で目が覚め身体を起こす。
昨日に続いてすっきりとした目覚めだ。
今日の勤務は城内の警備なのでその前に訓練所に行く。
人の少ない訓練場で軽く体を動かすと、やっぱり体がいつもより軽い。
調子が良いというか、感覚が研ぎ澄まされている感じだ。
昨晩アルヴィスに会いに行こうか悩んだけど、この感じだと会いに行かなくて正解だったかもしれない。
張り詰めた、まではいかないものの鋭敏になっている今、自分がどういう反応を取るか読めなかった。
ウォルドの言う発情期特有の感情の不安定化によって冷静に話ができない可能性がある。
この間のようにアルヴィスの態度に過剰反応して、強引な行動を取らないという保障もない以上迂闊な行動はできない。
もう発情期が終わるまでは顔を見ない方がいいだろうか。
前の発情期は確か一週間足らずで終わった。だいぶ前のことだし、特別身体に変調も感じなかったので印象に残っていない。
今週は休みも合わないので非番の日も訓練などしていればあっという間に過ぎるだろう。けれど……。

「長いな……」

会いたくて胸が騒ぐ。
恋人のいる発情期はこんなに違うものなのか。
あまり竜族としての特徴が濃くないエイルでこれなら国に残っている竜族たちはさぞ面倒だろう。
竜族の発情期が獣族などと比べて少ないのはそうでないと日常生活が送りづらいからではないだろうか。
そんなどうでもいい考察を浮かべながら訓練を終わらせ、身支度を整えると詰め所に戻った。
警備に向かう同僚たちと予定を確認する。
配置を変える必要のない場所でよかった。
今は会いたくない。
顔を合わせたくない相手をそれぞれ頭に浮かべ、小さく息を吐く。
なんでこうも重なるのか。
さっさと全部終われば良いのに。
ままならない感覚を振り払うように瞳を閉じて気持ちを切り替える。
隊長が呼んでると言われ向かうと予定変更を伝えられた。





夜勤に回されたのはエイルに取って好都合だ。
他人やアルヴィスに接触する機会が少なく異変に感づかれづらく、すでにエイルの状態を知っている同僚たちは刺激するようなことを言わない。
交代で休憩に入り暗い城内を歩く。
時折残業していた文官や同じく巡回をしている騎士とすれ違う以外は静かだ。
鋭さを増した聴覚が階下の足音を捉え手すりから覗き込む。
闇に紛れる紺色に思わず声をかけた。







自室に帰る道すがら、ふと空を見上げる。
夜空に浮かぶ明るい月は美しい輝きを放っている。
金色の月光はエイルの髪色を思わせた。涼やかなのに、暖かい。
一度エイルの部屋に行ったが不在だったので勤務の変更でもあったんだろう。
騎士という職務上時々あることだ。
明日には時間が取れるといいんだが。
会いたくてしかたない。

いつからこんな感情に振り回されるようになったのか。
それが悪くないと思っているのがまた馬鹿みたいだと自嘲する。

『別れたくなったとかではないね?』

いつ別れてもいいと思ってるのはエイルの方だと思っていた。
俺と共にいるのも、この国にいるのも、気が向いているから。
合わなくなれば、居心地が悪くなれば別のところへ行く気でいる。
だから何も話さなかったのかとさえ、思っていた。



「アルヴィス?」

幻聴かと思った。
都合よく会えるとは思わなかったため返事が遅れる。

「また遅くまで残業?
身体に負担のかかる勤務はあまりよくないよ?」

見上げると上階の窓から上半身を覗かせたエイルがいた。
月明かりを浴びて金の髪が淡く光る。
ちょっと待っててと窓から姿を消し、走る足音が近づいて来る。
驚きに身を固めたまま待っていると、制服に身を包んだエイルが駆け寄ってきた。

「ほらこれ、どうせ夜食も食べないで仕事してたんでしょう?」

差し出された焼き菓子の包みを受け取る。
可愛らしいリボンの付いた包みに、本当によく差し入れを貰うなと感心する。
食事を抜いたと決めつけられたが仕事が立て込んでいるときは食べに行く時間を惜しむこともよくあるので文句も言えない。今日は違うが。

「いや、軽食は分けてもらって食べた」

「……誰に?」

「ブラント女史にだが」

一瞬エイルの瞳が光ったような気がしたが、気のせいか?
背にした灯りに目が眩んだのかもしれない。

「なんだそうだったんだ。
でもなんだか疲れた顔をしてる。
明日も仕事なんだし無理しないようにね」

「ああ、お前は夜勤か?」

「そう、休憩終わったところ。
じゃあ、早く休みなよ!」

足早に立ち去って行こうとするエイルを思わず呼び止める。

「エイル!」

立ち止まって振り返る。
呼び止めたのに言葉に詰まった。

「どうしかした?」

その場で向き直って首を傾げるエイルは半身だけこちらを向いていて、早く戻らなければならないと態度で表している。

「明日休みだろう?
少し話せないかと」

「悪いけど――」

アルヴィスの言葉を遮ってエイルが答える。

「来週じゃだめかな。
今週はちょっと余裕がなくて」

笑みを浮かべているが、はっきりとした拒絶。
いつもより硬い声が不安を煽る。

「ごめん、もう行くね」

また連絡するから、との声を残して走って行った背中を呆然と見つめるしかなかった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。

石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。 ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。 そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。 真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく

おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。 そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。 夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。 そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。 全4話です。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...