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不安定な感情
しおりを挟む鳥の声で目が覚め身体を起こす。
昨日に続いてすっきりとした目覚めだ。
今日の勤務は城内の警備なのでその前に訓練所に行く。
人の少ない訓練場で軽く体を動かすと、やっぱり体がいつもより軽い。
調子が良いというか、感覚が研ぎ澄まされている感じだ。
昨晩アルヴィスに会いに行こうか悩んだけど、この感じだと会いに行かなくて正解だったかもしれない。
張り詰めた、まではいかないものの鋭敏になっている今、自分がどういう反応を取るか読めなかった。
ウォルドの言う発情期特有の感情の不安定化によって冷静に話ができない可能性がある。
この間のようにアルヴィスの態度に過剰反応して、強引な行動を取らないという保障もない以上迂闊な行動はできない。
もう発情期が終わるまでは顔を見ない方がいいだろうか。
前の発情期は確か一週間足らずで終わった。だいぶ前のことだし、特別身体に変調も感じなかったので印象に残っていない。
今週は休みも合わないので非番の日も訓練などしていればあっという間に過ぎるだろう。けれど……。
「長いな……」
会いたくて胸が騒ぐ。
恋人のいる発情期はこんなに違うものなのか。
あまり竜族としての特徴が濃くないエイルでこれなら国に残っている竜族たちはさぞ面倒だろう。
竜族の発情期が獣族などと比べて少ないのはそうでないと日常生活が送りづらいからではないだろうか。
そんなどうでもいい考察を浮かべながら訓練を終わらせ、身支度を整えると詰め所に戻った。
警備に向かう同僚たちと予定を確認する。
配置を変える必要のない場所でよかった。
今は会いたくない。
顔を合わせたくない相手をそれぞれ頭に浮かべ、小さく息を吐く。
なんでこうも重なるのか。
さっさと全部終われば良いのに。
ままならない感覚を振り払うように瞳を閉じて気持ちを切り替える。
隊長が呼んでると言われ向かうと予定変更を伝えられた。
夜勤に回されたのはエイルに取って好都合だ。
他人やアルヴィスに接触する機会が少なく異変に感づかれづらく、すでにエイルの状態を知っている同僚たちは刺激するようなことを言わない。
交代で休憩に入り暗い城内を歩く。
時折残業していた文官や同じく巡回をしている騎士とすれ違う以外は静かだ。
鋭さを増した聴覚が階下の足音を捉え手すりから覗き込む。
闇に紛れる紺色に思わず声をかけた。
自室に帰る道すがら、ふと空を見上げる。
夜空に浮かぶ明るい月は美しい輝きを放っている。
金色の月光はエイルの髪色を思わせた。涼やかなのに、暖かい。
一度エイルの部屋に行ったが不在だったので勤務の変更でもあったんだろう。
騎士という職務上時々あることだ。
明日には時間が取れるといいんだが。
会いたくてしかたない。
いつからこんな感情に振り回されるようになったのか。
それが悪くないと思っているのがまた馬鹿みたいだと自嘲する。
『別れたくなったとかではないね?』
いつ別れてもいいと思ってるのはエイルの方だと思っていた。
俺と共にいるのも、この国にいるのも、気が向いているから。
合わなくなれば、居心地が悪くなれば別のところへ行く気でいる。
だから何も話さなかったのかとさえ、思っていた。
「アルヴィス?」
幻聴かと思った。
都合よく会えるとは思わなかったため返事が遅れる。
「また遅くまで残業?
身体に負担のかかる勤務はあまりよくないよ?」
見上げると上階の窓から上半身を覗かせたエイルがいた。
月明かりを浴びて金の髪が淡く光る。
ちょっと待っててと窓から姿を消し、走る足音が近づいて来る。
驚きに身を固めたまま待っていると、制服に身を包んだエイルが駆け寄ってきた。
「ほらこれ、どうせ夜食も食べないで仕事してたんでしょう?」
差し出された焼き菓子の包みを受け取る。
可愛らしいリボンの付いた包みに、本当によく差し入れを貰うなと感心する。
食事を抜いたと決めつけられたが仕事が立て込んでいるときは食べに行く時間を惜しむこともよくあるので文句も言えない。今日は違うが。
「いや、軽食は分けてもらって食べた」
「……誰に?」
「ブラント女史にだが」
一瞬エイルの瞳が光ったような気がしたが、気のせいか?
背にした灯りに目が眩んだのかもしれない。
「なんだそうだったんだ。
でもなんだか疲れた顔をしてる。
明日も仕事なんだし無理しないようにね」
「ああ、お前は夜勤か?」
「そう、休憩終わったところ。
じゃあ、早く休みなよ!」
足早に立ち去って行こうとするエイルを思わず呼び止める。
「エイル!」
立ち止まって振り返る。
呼び止めたのに言葉に詰まった。
「どうしかした?」
その場で向き直って首を傾げるエイルは半身だけこちらを向いていて、早く戻らなければならないと態度で表している。
「明日休みだろう?
少し話せないかと」
「悪いけど――」
アルヴィスの言葉を遮ってエイルが答える。
「来週じゃだめかな。
今週はちょっと余裕がなくて」
笑みを浮かべているが、はっきりとした拒絶。
いつもより硬い声が不安を煽る。
「ごめん、もう行くね」
また連絡するから、との声を残して走って行った背中を呆然と見つめるしかなかった。
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