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番外編

すごく喜ばれている感じ

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落ち着いてから感情的になったことを彼に謝る。
こんなに泣いたことは子供の頃にもなかった。

「ごめんなさい、感情的になったわ」

「何も謝ることなんてないですよ?」

何でもないことのように答えるけれど、私は恥ずかしくて顔が上げられない。
けれど、ようやく弟のために泣けた。その事実が胸を軽くしていた。

「じゃあ、ありがとう?」

「あ、嬉しいです。
顔を上げて言ってくれたらもっと嬉しいですが」

「今はダメ!」

まぶたが重くなるくらい泣いたんだもの。
きっと腫れてるし目も赤いに決まってるわ。
とても彼には見せられない。

ぎゅっとしがみついて顔を見られないようにすると呆れたような仕方ないと許すような声が降ってくる。

「はいはい、そんな奥さんのために冷えたタオルを用意してきますので少し離してください」

「……」

「そのままにしとくと明日も腫れますよ」

そう言われては離さざるを得ない。
しぶしぶ手を離すと律義に顔を見ないようにして部屋を出て行った。


持ってきてくれたタオルで目元を冷やしているとちょっと失礼と声をかけられて抱き上げられた。
そのまま降ろされたのは彼の膝の上。
見えなくても感触でわかる。
一気に体温が上がる。耳が熱いので耳まで赤くなっているかもしれない。

「な、な、何!? 急に!?」

動揺に声が上擦る。

「いや、なんか離れがたそうだったので」

「そっ……!」

そんなことない、とは言えなかった。
その事実が更に恥ずかしくてタオルに顔を押し当てる。

「俺は離れ難いので目を冷やし終わるまでは付き合ってください」

私が答えを返さない否定をしないことに機嫌を良くした声で、もう少しこのままでいたいと願う彼にぐるぐると言葉を探す。
結局言葉は見つからなくて、小さく頷いて頭を寄せる。
彼は何も言わなかったけれど、満足そうな吐息と小さく刻む鼓動が喜びを伝えてきた。
静かな部屋にお互いの息遣いと鼓動の音だけが聞こえる。
顔を上げるタイミングを失っているとタオルを押さえている手に口づけられた。
大げさなほど手が震えタオルが落ちる。
拾い上げることもできずに顔を手で覆っていると口づけが繰り返される。
たまらずに手を外すと食えない顔で微笑んだ。

「良かった、腫れは引きましたね」

落ちたタオルを盆に置きサイドテーブルに戻す。
平然とした顔が悔しくて膝から降りようとすると腰に回った手が離れない。

「もう少しだけ」

そうお願いされると文句が言いづらい。
されるがままにベッドに倒れ込み、まだほんのり熱い耳に口づけられる。
頬、瞼と落ちる軽い口づけに何かが溢れそうだった。
頬に唇を寄せると一瞬硬直した後、強い力で抱きしめられた。すごく喜ばれている感じがする。
温かい腕に包まれ眠りに落ちる直前、気がついた。
私から口づけたのが初めてだったことに。
どんな顔してたか見損ねたわ……。
そう思いながらもいつもと同じ飄々とした顔をしているんだろうなと思う。
肩に触れる頬がいつもより熱い気がするけれど。
幸せな気持ちで眠りに落ちていった私にはわからなかった。




Fin.








こちらで完結となります!
最後まで読んでくださってありがとうございました。

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みんなの感想(2件)

kunoenokou
2022.06.12 kunoenokou
ネタバレ含む
紗綺
2022.06.12 紗綺

感想ありがとうございます。
今回は魔導具を使っている設定ですが、ずっと演じるのは無理があり、ふとした瞬間の態度や言葉選びに違和感が出ることもこの先増えたでしょうし、どこかで止める必要がありました。
婚約者が良い人で主人公との間に情が生まれれば、婚約者が防波堤になって主人公を守ってくれたかもしれませんね。もしかしたらそんな物語があったかもです。

声や話し方、仕草は絵などには残せず、自分が演じている弟は想像でしかないのも悲しいのだと思います。
姉の後をついて回る子供と学園に通い他者と交流する年齢では全然違うはずなので。

夫にとって主人公が悲しみに寄り添いたい相手になったのは、主人公からもとても幸せなことですし、少しずつ前に進んでいけると思います。

ありがとうございました。

解除
ulalume
2022.06.12 ulalume

全編読んでからでないと分からない
番外編の『忘れゆく面影』が1番胸に染みました。
彼女と彼と この作品世界の全体の象徴はあれかなと。

この一篇故に 何度も読み返してみると思います。
佳編をありがとうございました。

紗綺
2022.06.12 紗綺

ありがとうございます。
彼女たちにとっても作品としてもそこが根幹になり、どうしても入れたかった部分なのでそう言っていただけて嬉しいです。

読んでいただけて感想までありがとうございました。

解除

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